 PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4
名古屋駅の朝5時半。東京とは違い、まだ街は完全に目覚めきっていない。道行く人もまばらで、車も時折思い出したように通りすぎるだけだ。何より、とても静かだ。夜が早いといわれる名古屋は、朝も遅い、よく眠る街だった。 家に帰るためのバスも地下鉄も、6時を過ぎないと動き出さない。それまでの30分間、ぼんやり途方に暮れているのも能がないということで、名古屋駅周辺の写真を撮ることにした。もちろん、こんな時間に駅の写真を撮ってる人間など私の他にはいない。そもそも歩いてる人自体ほとんどいないのだから。 私の写真の大部分は午後で、その多くが夕方の光の中で撮られている。遠出したときは午前中の写真もあるけど、朝の写真は少ない。ましてや早朝の写真などほとんどない。そういう意味では、今日の写真は珍しいものでもあり、私にとって貴重なものでもあった。 早朝の光というのはまた独特で、夕暮れとは質感が違っている。朝焼け色も、夕焼け色とは別のものだ。すごく新鮮に感じた。そのあたりが伝わるといいのだけど。 上の写真は駅裏の太閤通口がある方だ。太閤というのは、あの太閤秀吉の太閤で、秀吉は名古屋駅裏で生まれたから、そこから名前が取られている。 最近の私は駅前よりもこちらの方に来ることが多い。新幹線のホームがあるのもこちらで、ビジネスホテルや予備校、飲み屋街などもこちらに集まっている。ビックカメラやソフマップがやって来て以来、やや電気屋街的な性格も持つようになってきた。 昔はガチャガチャして汚いようなイメージがあったけど、最近はえらく小綺麗になった。ただ、駅裏の街の開発はあまり進んでおらず、ちょっと中にはいると昔の面影が色濃く残っている。高層ビルやビジネス関係のものはほとんどが表側に集中していて、高層ビル化の波もこちらまでは押し寄せていない。
 ホームで出発を待つ新幹線。確か、始発はどこ行きも6時20分だったんじゃなかったか。6時くらいのものがあってもよさそうだけど、新幹線は速いから、そんなに早く出発したら到着時間が早くなりすぎる。名古屋から京都まではのぞみなら30分だから、6時に出たら6時半に着いてしまう。その時間では現地でちょっと困りそうだ。 しかし、新幹線も速くなったものだ。名古屋から東京まで1時間40分ちょっとでいくようになった。リニアモーターカーの東京と大阪1時間というのも、そう遠くない将来に実現するのだろう。 左に見えているのは、ゆりの噴水と、その向こうはルーセントタワーだ。ゆりの噴水は、どういういわれで、いつできたのか、私は知らない。そんなに昔からあったような気がしないのだけど、気づいたときにはそこにあった。 ルーセントタワーは、2007年に完成した地上40階、高さ180メートルで、超高層ビルというにはやや高さが足りず、地味で目立たない存在だ。オフィスビルで展望台などがないので、一般人はほとんど立ち寄らない。地下や低い階に飲食店などもあるから、ビルそのものに入ることはできる。考えたら私はまだ一度も入ったことがない。一度くらいは行っておいた方がいいだろう。地下道のルーセントアベニューは、光と影で壁画を描いているらしいから、それも見てみたい。
 駅構内もこのがらんどうさ。電車が動いてないのだから、歩いているのは構内を通って桜通口の方へ行く人くらいのものだ。 右に写ってる時計は銀の時計と呼ばれていて、一応待ち合わせスポットになっている。ただ、名古屋人の間でも認知度は低く、銀の時計なんていわれても何のことか分からない名古屋人も多いという。 桜通口には金の時計がある。知らない人は両方知らない。よかったら今日覚えて帰ってください。
 桜通口はいつ行っても人が多くてざわついているのに、この時間はこの通り。こんなに閑散とした桜通口を見たのは初めてだ。かなり驚いた。夜中でももっと人が多い。 そういえば、名古屋駅の構内って、何時から何時まで開いてるんだろう。かなり夜中まで開いてる気がしてたんだけど、閉鎖することってあるんだろうか。それとも24時間電気が消えることはないのか。夜中の2時、3時に名古屋駅あたりをうろついたことがないから、未知の世界だ。ずっと開いてる気もするし、開けておくのも無駄だし、どうなんだろう。ちょっと気になった。 エスカレーターの前にある時計が金の時計だ。銀の時計とはデザインがずいぶん違う。
 このポスターを見て、わっ、やられたと思った。こんな場所があるんだ。知らなかった。 写真では光の映り込みでよく分からないかもしれないけど、駅前の高層タワー全部と名古屋城が一つの画面の中にきれいに収まっている。この角度は知らないし、分からない。名古屋城がこれだけ大きく写ってるということは、名古屋城からある程度近いということになる。角度としては、名古屋城の東北ということになるんだろうか。しかも、これだけ高い視点からの撮影となると、かなり場所が限定される。そんなところはまったく思いつかない。 黒川とかそのあたりだろうか。41号線のユニーの上の階なんてどうなんだろう。高さが足りないか。ひょっとして、かなり離れた庄内川沿いのザ・シーン城北という超高層マンションから超望遠で撮ったとかか。 場所が分かればぜひ撮りに行きたいところだ。これは中部電力のポスターだから、中電に問い合わせたら教えてくれるだろうか。
 名古屋駅は表が東向きだから、こちらに出てくるともうすっかり夜が明けて明るくなっていた。 左手に見えているのが大名古屋ビルヂング。これは私が物心ついた頃からあった。調べたらできたのは1965年だった。 三菱地所所有のオフィスビルだけど、ここは名古屋駅前でも超一等地だ。売ったらいくらになるんだろう。かつてはこれでも高層ビルだったにしても、今ではすごく贅沢なビルになっている。こんな場所に、こんな背の低いビルがあるなんて。 屋上は期間限定でビアガーデンになる。
 JRセントラルタワーズよりも2メートル高い、現在名古屋で一番高いビルがこのミッドランドスクエアだ(全国で5番目)。2007年に全面オープンした。 セントラルタワーズの展望台がなくなってしまったから、今はミッドランドスクエアの展望台に登るしかなくなった。そのときの様子は以前にこのブログで紹介した。
 JRセントラルタワーズは、世界で一番高い駅ビル(245メートル)としてギネスに載っている。 できたのは2000年だから、もう8年になるのか。当初はこんなもの名古屋に分不相応だという声が大きかったけど、今ではすっかり馴染んで、なくてはならない名駅のシンボルになった。 かつては買い物といえば栄で、名駅は移動のための出入り口というイメージだったけど、最近では買い物も名駅という名古屋人が多くなった。これまでは地元企業の独占状態で安穏としていた名古屋に、外部から様々なものが入り込んできて、需要を活性化させたというのがある。タワーズに入っている高島屋も、最初はまず受け入れられないだろうというのがおおかたの意見だった。今や、松坂屋の包装紙にこだわるのは古い世代の名古屋人だけとなっている。 展望台がなくなってしまったのはちょっと残念だ。登ったことはあるけど、ミッドランドスクエアと差別化を図って共存できなかったのか。流行ものに飛びついて飽きるのも早い名古屋人にしてやられてしまったという面はあるにしても、もう少し粘って欲しかったところだ。テレビ塔だって頑張ってるんだから。
 駅前通りの反対側も大きく様変わりした。昔は映画館街で、映画館が隣り合って並んでいたのに、今やヴィトンやディオールなどの海外高級ブランド店が入ったブランドビルになっている。いつからこんなことになったんだろう。変化の時期を私は知らない。 お金持ちの名古屋嬢御用達の店だろうか。名古屋人の私も、名古屋の変化にはついていけてない。名駅は私にとっては移動の中継点で、遊ぶ場所じゃないから、ついていけないのも当然のことだ。栄もあまり行ってないけど、けっこう変わっているのだろう。
 今名古屋で一番新しい超高層ビルがこれ、モード学園スパイラルタワーズだ。2008年3月にできたばかりだから、私も完成した姿を見るのは初めてだった。建てている最中からその斬新なデザインが話題になっていたけど、できあがったのを見てよくこんなものを作ったなとあらためて感心する。ガラス面と内部の構造とのつながりがよく分からない。 地上36階、高さ170メートルで、主に名古屋モード学園、HAL名古屋、名古屋医専の3つの専門学校から成り立っている。専門学校経営ってそんなに儲かるんだ。 展望台などはないため、上に行くことはできない。ただ、地下や1階には飲食店が入っているから、一般も出入りできる。たぶん、セキュリティーが厳しくて、専門学校生のようなフリをしても途中で止められて上まで上がることはできないだろう。ビルに負けないくらい奇抜な格好をしていけば、ひょっとするとモード学園の生徒と思われてフリーパスになるかもしれない。
 人と車のいない名古屋駅というのは、人がいなくなった世界という設定の映画の中みたいだ。ちょっと非現実的な感じがした。朝の5時台に行けば、この光景が見られる。 遠くに見えているのがテレビ塔だ。これが名駅と栄の距離感だから、歩いていく気にはなれない。この距離が名古屋に二つの繁華街を生むことになったのだけど、それがいいことだったのかそうじゃなかったのかは、なんとも言えない。二つの距離がもっと近くて一つになっていたら、名古屋はもっと早くに大都会らしくなっていたかもしれない。 現在、駅の北にもう一本超高層ビル建設の話が出ている。旧名古屋中央郵便局がビルを建てるらしい。高い建物が増えて個人的に困ることは何もないから、どんどん建ってもらえばいいと思う。話題が増えるし、駅前もますます賑やかになる。
 名古屋人で知らない人はいないのに、全国的な知名度は今ひとつ低いナナちゃん人形。 1973年スイス生まれで身長6メートル10センチ。もう35だけど、白くてスリムなボディは衰え知らず。 名鉄セブンの前にあったからナナちゃん。名前は一般公募で決められた。 季節ごとにいろんな衣装を身にまとうことでも知られていて、ときどきはニュースにもなる。夏は水着になり、冬はサンタ、ドラゴンズが優勝すればドラのユニフォームとお色直しに忙しい。着るものがないと、素っ裸になったりもするから油断がならない。このときはナゴヤ・エキトピアまつりのたすきをかけて、いち早く夏を先取りして赤いビキニを身につけていた。 昔は名古屋駅の待ち合わせスポットの定番だった。9時にナナちゃんの下でね、みたいに言えば話は通じた。最近はどうなんだろう。 そうえいばナナちゃんの場所変わったな。前はもっと向こうだった。今は名鉄バスセンターのエスカレータを降りてすぐのところに立っている。名鉄百貨店が大がかりなリニューアル工事をしていたから、それに伴って立ち位置も変わったようだ。一時は撤去されて姿を消していたらしい。
 駅裏と駅表の写真を撮りながらぷらぷら歩いていたら、バスが動く時間になってきた。さすがにその時間になれば名古屋の街も目を覚まして動き出す。太陽も昇って街も明るくなってきたところで、そろそろ帰ることにしよう。
長かった激闘・河口湖編はこれでようやく完結となる。早朝の東京街歩きから始まって、亀戸天神の藤、河口湖へ移動してロープウェイ、遊覧船、流鏑馬、富士桜と巡って、池袋サンシャインのナンジャタウン、そして早朝名古屋駅散策と、ここまでが連続した日程だった。振り返ってみても、まさに激闘と呼ぶにふさわしい強行軍だったと思う。 楽しくもあり、思い出深くもあった河口湖も、これで全部書いて自分の中で一区切りついた。もう気持ちを次へ向かわせよう。 ネタとしては、津島のレトロ町、本町シリーズがあるから、まずはそれを紹介して、近い内にまたどこかへ旅に出よう。そろそろ歩きたくなってきた。
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