現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
Nikonを持って近所をうろつきながら撮ったノンジャンル写真で一服
2007年10月13日 (土) | 編集 |
ニコン近所写真-1

Nikon D100/D50+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6/SIGMA 17-70mm F2.8-4



 伊良湖の写真はまだあるのだけど、今日はちょっと一休みして違う写真にしてみよう。伊良湖では曇り空が多かったから、写真もブルーグレーの暗い色調が多かった。今日は色のある写真を並べたい。
 特にテーマはない。強いて言えば、Nikonで撮ったノンジャンル写真ということになるだろうか。実は意味もなくD50や別のレンズを手に入れてしまったこともあって(ホントは意味があるんだけど)、ここ2日ほどNikonを持って近所をうろついた。そのときの写真を紹介したい。
 手軽に短時間で試し撮りするときは、たいてい尾張旭へ行く。もしくは河原に。街中よりも被写体が多くて、空が広いところがいい。そして夕焼けが見られるところだ。今回は少し足を伸ばして春日井の方も回ってきた。
 城前の休耕田では毎年小規模ながらコスモスを植えている。今年もいつの間にか咲きそろっていた。もう10月も半ばだ。思っている以上に秋は深まっていっている。

ニコン近所写真-2

 スカイワードあさひの55メートルの展望台からの風景だ。田園と赤い電車と低い町並は、20年以上前からあまり変わってない気がする。それでも田んぼの面積は減っただろうか。家も以前に比べたら増えたのだろう。そういえば、この展望台も昔はなかった。それでもできてからかれこれ15年くらいにはなるかもしれない。
 夕焼けがきれいな日は、西向きの名古屋方面が染まる。夜景もそこそこ見応えがある。夜の9時半まで開いていて無料というのがいい。

ニコン近所写真-3

 田んぼの農道は、私のたたずみスポット兼、車の作業場兼、写真撮影場所となっていて、たびたび出没している。難点は犬の散歩をする人通りが多いことだ。
 とにかく尾張旭は犬を飼ってる人が多い。統計とかデータとか詳しいことは分からないのだけど、やたら犬を散歩してる人がいる。ほとんど一家に一頭くらいずつ飼ってるんじゃないかと思うほどだ。私の友達の家も、その隣の家も、向かい側の家でも飼っていた。
 一方で猫が少ない。野良が生活するには自然と民家のバランスがかなりよさそうなのに、猫をあまり見かけない。城山公園あたりにはいるようなのだけど、私は尾張旭で猫を撮ったという記憶がほとんどない。もう少し猫がいてくれると私としては嬉しい。

ニコン近所写真-4

 今はキンモクセイの花が最盛期で、木のあるところを通りかかるとキンモクセイの甘い香りがしてくる。花期は案外短くて、2週間くらいだ。もう少し寒くなってくると花が落ちてしまう。
 以前はキンモクセイの匂いをかいで秋の始まりを知ったものだけど、最近はもう少し先に季節の移り変わりを感じられるようになっている。写真を撮るために季節の先頭を追いかけているから。今になってみると、キンモクセイで秋を感じているようでは季節に対して鈍感すぎた。
 ところでNikonの空の色はときどきおかしい。これがあるから私は完全なNikonユーザーになりきれないところがある。なんだか青いペンキで塗ったような青空で、こうなるとホワイトバランスやカラー調整くらいではどうにもならない。FUJIのFinePix S1proも似たような傾向があったから、やはりNikonの色に違いない。
 空の色はやっぱりPENTAXが一番好きだ。Canonは薄味過ぎるし、OLYMPUSも嫌いじゃないけどちょっとあざとく感じることがある。今回D100とD50と両方同じところから撮ってみたけど、両方おかしかった。

ニコン近所写真-5

 このあたりの青はそんなに悪くない。これも紛れもなくNikonの青空だけど、変ではない。Nikonの青は水色っぽい。青の深みが足りない。
 しかし秋の空だねぇと独り言をつぶやいてしまうほどの秋空が広がった。この雲の感じは秋の空の典型だ。

ニコン近所写真-6

 ふと思い立って、春日井の王子バラ園へ寄ってみた。そろそろ秋バラの季節だということを思い出して。
 思った以上に咲いていて、ちょっと驚いた。ここまで咲いてるとは思ってなかったから。偵察のつもりが、もう秋バラ本番が始まっていたのだった。
 秋は数が少ないけど、花の形は春よりも整っている。好きなバラをじっくり観賞するなら秋の方がいい。写真写りも春より秋だ。
 まだ咲きそろうというところまでいってなかったから、もう少し間を置いてもう一度行けたら行きたい。今日は日没間際ということで、写真を撮るには光が足りなかった。

ニコン近所写真-7

 私のお気に入りのマダムも、秋は端正な姿をしている。これぞマダムだ。凛として品がある。
 同じく寺西菊雄作で私の好きな荒城の月はまだつぼみだった。
 秋バラもじっくり見て回りたいところだけど、今年はちょっと余裕がないか。どこかへ行ったついでにちらっと見るくらいで終わりそうだ。

ニコン近所写真-8

 王子製紙の工場の煙突からモクモクとはき出された煙が夕陽を浴びる。このシーンをいいロケーションから撮りたいと思っているのだけど、王子バラ園からでは障害物が多すぎて上手く撮れない。どこかにいいポイントはないものか。もう少し高い場所からの方がよさそうだ。

ニコン近所写真-9

 竜泉寺の裏手へとやって来た。ここはあまり人に知られていない夕焼け・夜景スポットとして私のお気に入りの場所の一つとなっている。人気がないのは、ここが墓地のど真ん中だからだ。普通はあまり来たがらない。カップルでいちゃつきに来るようなところでもない。でも、ロケーションは最高なのだ。空が広くて、遠くに名古屋駅のビル群が見えて、眼下には庄内川がゆったりと流れている。高台なので、河原とはまた違った視点から夕焼け風景を見ることができるのがいい。
 唯一の問題点が墓地の中ということで、これはやはり致命的か。私は気にしないのだけど。同じように気にしない人はオススメだ。竜泉寺の正面から左に折れて、つづら折りの道をしばらく下っていくと、パァーと視界が開ける。その先には駐車スペースもある。ただし、そのまま下まで行くと行き止まりになるので、帰りは駐車場でUターンして元来た道を戻らないといけない。墓地の人たちに挨拶することも忘れずに。

ニコン近所写真-10

 裏側から見た王子製紙の工場。こちらからは、夕焼けよりも夜景がいい。日没後に空がダークブルーに染まったときにここを撮ると、不思議な雰囲気になる。19世紀と近未来が入り交じったような古くて新しい感じが面白い。手前の電線が残念なのだけど、ここは三脚を立ててでも撮る価値がある。
 NikonのVR 24-120mmは、広角側よりも望遠側の方が画質がいい。これは120mmで撮った写真で、広角とは解像感とコントラストがかなり違う。望遠としては届かないけど、35mm換算の180mmレンズとして積極的に使っていきたいところだ。

ニコン近所写真-11

 太陽が沈んでしばらくすると、空はオレンジからパープルピンクへと変化していく。この時間帯を逃さず望遠で切り取るとドラマチックな写真になる。この色はとても好きな色だ。
 秋で空気が澄んできたこともあって、遠くの名古屋駅のビル群がよく見える。うちからは建物の影になって見えないビルもあるけど、ここからは全員集合そろい踏みだ。セントラルタワーズ、ミッドランドスクエア、ルーセントタワー、一番左にできかけのスパイラルタワーズもはっきり見えている。やっぱりこの場所はいいなとあらためて思った。

 D50の印象は、そつなくまとまったいいデジというものだった。使いやすいし分かりやすいしコンパクトで軽い。画質もD70よりもクリアくっきりで抜けがよくなった。ただ、D100を一度使ってしまうと、どうにも勝負にならない感じだ。シャッターを切る感覚だけで撮る楽しさが全然違う。撮れた写真が同じでも、使っていて気持ちいいかそうではないかの違いは大きい。重かったり、使い勝手が悪かったりしても、私はD100を使いたい。今中古価格は同じくらいになっているけど、今から買うにしてもD50よりもD70よりも、あえて古いD100をオススメしたい。何かがはっきり違うのだ。
 以上、こんな感じでNikon近所写真でした。明日からまた伊良湖写真に戻ります。


川原で黄色い風景を見たから11月7日は黄色記念日 2006年11月7日(火)
2006年11月08日 (水) | 編集 |
伸びる影

PENTAX istD+Super Takumar 28mm(f3.5), f4.5, 1/40s(絞り優先)



 自分の長く伸びた影を見て、ジャイアント馬場よりデカいな確実に、と思う。足の長さだけで5メートルくらいはあった。でも実際そんなに大きかったらイヤだ。もし、身長2メートルとして生まれてしまったら、それは呪いに近い。人生の選択肢が極端に狭くなるということだから。絶対、小学校時代のあだ名がジャイアンとかになってしまうし。もしくは、ジャンボとか。今は亡きジャイアント馬場は、どんな思いで生きていたんだろう。物静かなインテリでいつも本を読んでいたあの人は、私と同じ1月23日生まれだ。愛知県体育館に友達に連れられてプロレスを見に行ったとき、廊下ですれ違った。葉巻をくわえてゆっくり歩いていた馬場におもむろに近づいて二の腕を触り、「うわっ、でら固い!」と小さな叫び声を上げた少年は私です、馬場さん。覚えてるでしょうか。
 黄色い太陽の光に染められた枯れ始めの芝生に映る長い影を見て、いよいよ冬の到来を感じた。今日は木枯らしも吹いて寒い一日だった。それもそのはず、暦はもう立冬だ。

黄色い川原
OLYMPUS E-1+Super Takumar 200mm(f4), f5.6, 1/100s(絞り優先)

 今日の太陽は不思議な色をしていた。川原全体を黄色く染めて、別の世界に迷い込んだみたいだった。そしてふと思う、この色は指に付いたカールの色だな、と。自転車で走り去る人に向かって、なんとなく、ヘイ、カール! と声をかけたくなったけどもちろんそんなことはしない。
 犬の散歩の人たち、自転車青年、サッカー少年、後ろ歩き散歩をするじいさま、写真を撮る私。共通点も接点もないバラバラの人種が一堂に会する川原というステージは、これはこれでひとつの世界を形作っているのだった。公園風景とは違う独特のものが川原風景にはある。その心地よさを最近知った私なのだ。

黄色い夕焼け

 帰り道は黄色い夕焼け空の中。シルエットの彼女は、自分が美しい世界の中にいることに気づいていただろうか。
 今日ほど黄色かった日は他にちょっと記憶がない。これほど空や街や人が黄色に染まることはそうあるものじゃないだろう。みかんを食べ過ぎてもこんなに黄色くはならない。この黄色がいいねと君が言ったから11月7日は黄色記念日。……パロディが中途半端に古い。
 せっかくなので今日は黄色にまつわることを書こうと思いついた。そうなるとやはりイエローキャブの野田社長解任劇についてだろう! となるわけはなく、黄色という色そのものについてちょっと書いてみたい。

 好きな色は何ですかと訊かれて黄色と即答する人はあまりいないと思う。黄色いフォルクスワーゲンに乗っている人なんかはかなり黄色好きなんだろうけど、全身黄色い服を着てる人もめったにいない。バブルの頃黄色いボディコンを着ていたお姉さんはいたけど。
 大人に対するアンケートでは、黄色はほとんど最下位に近いというのが世界共通なんだそうだ。黄色が好きと大きな声で言うとちょっと変な顔をされることが確かにある。ただ、子供にアンケートをとると、これが意外に黄色は上位に来るのだ。そこから黄色は幼児性を表すと言われることもあるけど、実は心理学的にみると黄色というのはとても複雑なイメージを併せ持っているということになる。
 たとえばゴッホ。ゴッホはとにかく黄色が好きで、後期のあらゆる作品に黄色がふんだんに使われている。代表作ひまわりはもちろん、自画像も、種を蒔く人も、麦畑も、アルルの黄色い家も、イメージカラーはすべて黄色だ。星空を描いた星月夜でさえ星が黄色く光っている。自分の家の壁も黄色に塗ってたくらいだからよほど黄色が好きだったのだろう。弟宛の手紙にもいつも、黄色い絵の具がなくなったから送ってくれと書いている。
 ゲーテが言ったように、黄色は光に最も近い色だ。光を表そうとしたとき、黄色以外に使う色がない。ちょっと面白いのが、日本の子供の多くが太陽を描くときに赤色を使うのに対して、欧米の子供たちはほとんどが黄色を使うという点だ。もし自分の子供が黄色で太陽を描いたら、お約束としてこう突っ込まねばならない。欧米か! と。精神分裂の患者もまた、黄色で太陽を描くという。
 このようなことから、黄色を好む人間の心理的傾向として、明るい世界への憧れと自分に注目を集めたいというある種の甘えと依存があり、と同時に不安や不安定さを心に抱えているといったことが言えるのだろうと思う。あるいは、自分に対する自信や異端ということもありそうだ。黄色というのは強い色だから、目立たないようにしようという人が選ぶ色ではない。たとえば洋服を選ぶときも、何気なく黄色を着てしまうという人は少ないはずだ。黄色を着るには意志が働く。そこにはリスクを背負うという面もある。24時間テレビで募金活動をするときは例外として。黄色を好む人は、良くも悪くも個性が強いと言えるだろう。

 国によっても黄色に対するイメージはかなり違っている。一般的に欧米人が黄色を嫌うのは、キリスト教の影響が大きいと言われている。ひとつにはユダが着ていた服が黄色だったからというのがあるんだとか。対するアジアは黄色という色を高貴な色として捉えている国が多い。仏教も、ヒンドゥー教、道教、儒教も黄色は僧侶が身につける色だ。中国では黄色は皇帝の色だった。それが日本にも伝わり、黄色は天皇や皇太子が着る色として禁色(きんじき)とされたこともあった。水戸黄門さんも黄色を着ているし、皇太子さんの結婚の衣裳も黄丹色だった。
 日本の黄色という言葉の語源ははっきりしてないようだ。黄金から変化したらしいというのと、単独の色として確立したのは平安時代以降ではないかと言われている。ただ、花にしても何にしても自然界には普通にある色だから、認識はしていたに違いない。別の呼び名だったのか、もっと古くから黄色という言葉はあったのかもしれない。
 黄色い花として思い浮かぶのは、ヒマワリに菜の花にタンポポあたりだろうか。黄色といえばキツリフネだろう、という野草好きな人もいるだろうけど、いずれにしても自然界の黄色というのはぐっと優しい感じになる。春のイメージが強く、そんなに自己主張は強くない。それが人工色になると急に強くなってしまうのは不思議と言えば不思議だ。
 私はといえば、ここ数年、突然と言っていいほど黄色は好きな色になった。昔は意識的に避けるようなところがあったけど、夏が好きになったと同時期くらいから黄色も好きになったようだ。ただ、まだ上手く黄色というものを日常や自分自身に取り込めてはいない。部屋を見回してみると、自分の意志で持ち込んだ黄色ものというのはほとんどない。唯一クッションカバーだけは黄色だ。西に黄色いものを置くと金運が上がるというのは風水の基本らしいけど、それもしてない。財布はプリマクラッセだから黄色に近い。でも、金がたまる様子はいっこうにない。ダマしたな、Dr.コパ! と八つ当たりしてみる。洋服はアニエスb.の黄色いシャツを買ってはみたものの、やはり黄色というのは強すぎて、自分の気力が相当充実してないと着ていく気になれない。
 黄色でもうひとつ思い出すのがレモンだ。レモンといえば梶井基次郎の「檸檬」。丸善に置いて出てきた檸檬が爆発するというイメージが印象に残っている。
 人それぞれ、自分の中にいろいろな黄色を持っていると思う。黄色について誰かと熱く語り合った経験がないので詳しいところはよく分からないけど、今後は折に触れ黄色論議も重ねていきたい。すみません、黄色って好きですか? とか突然道行く人に訊ねてみたり。
 黄色い風景を見たことから始まった今日の黄色に関する考察が、今後どこかにつながっていくことがあるのかどうか。そういえば、キレンジャーは全身黄色のくせに存在が地味だったな、と子供の頃の記憶がよみがえったところで、そろそろ黄色話を終わりにしようと思う。長々とおつきあいいただきありがとうございました。できましたらモニターに向かって黄色い声援を送ってください。照れた私は幸せの黄色いハンカチで汗をふくでしょう。


四谷千枚田に今年も会いに行った、次は5月の夕暮れに 2006年7月27日(木)
2006年07月28日 (金) | 編集 |
四谷の千枚田

Canon EOS 10D+SIGMA 18-50mm(f3.5-5.6), f8.0, 1/250s(絞り優先)



 鳳来寺のヤマユリを見に行くもうひとつの楽しみが、ここ四谷の千枚田だ。日本の棚田百選にも選ばれているこの棚田は今、夏の青い空と白い雲、大きく育った緑の稲とのコントラストが美しい。
 よくぞこんな斜面にこれだけの棚田を作ったものだ。この段々は、石をひとつひとつ積み上げて作られている。その苦労を思うと気が遠くなりそうだ。鳳来寺のこのあたりは9割が山林で平地が少ないため、これしかなかったのだろう。起源は古く、江戸時代にはすでに今の姿が出来上がっていたと言われている。明治時代には、山津波に襲われ、一時は壊滅的な姿になってしまったそうだ。
 総面積7ヘクタールに、1970年頃のピーク時には1,300枚近い田んぼがあったという。まさに千枚田。現在はだいぶ減って800枚ほどになり、半分は休耕田になっているとか。
 下と上との標高差は180メートル。斜面なので一見近そうに見えるけど、一番上まで歩いていくと30分もかかるらしい。夏の暑い時期は大変だ。歩きにしても自転車にしても、ここから学校に通っている子供は相当足腰が鍛えられる。お年寄りは大変だろう。

 千枚田の方が一般的な呼び名だと思うけど、千枚もないようなところもあるので棚田と言った方が正しいのかもしれない。田んぼと棚田の違いは何かといえば、簡単に言うと斜面にある階段状の田んぼが棚田で、平面なのが田んぼということになる。農林水産省の定義によると、傾斜の角度が20分の1以上、つまり20メートル進んで段差が1メートル以上なら棚田扱いとなるらしい。そんなものどっちでもいいじゃないかと思うなかれ。いろいろややこしいこともあるのだ。たとえば、棚田に認定されると助成金が出るとか。まあしかし、少々の助成金よりも苦労の大きさを思うと、よほどのことがない限り棚田はきつい。
 何がきついって、大きな機械が使えないのが一番つらい。大きな機械ではUターンもままならない。必然的に手作業が多くなり、移動も大変となる。川の上流から水を引き込まないといけないし、雨が降らないことを想定して他からの水も確保しなければならない。機械に頼れない分、肉体的にきついから、年を取ったらなかなか農作業はできなくなる。自然と休耕田が増えていくという流れとなり、それを止めることは難しい。
 しかし、棚田のメリットもある。狭い土地で米が作れるというだけでなく、美味しい米が作れるのだ。山間部なので昼と夜の温度差が大きく稲がゆっくり育つとか、使っている水が上流のものでいろいろなミネラルを含んでいるとか、米を天日干しにすることでよく乾燥するとかで、結果的に美味しい米ができる。それがあるから、苦労は大きいけど棚田での米作りにこだわっている農家さんもいるだろう。

 日本における棚田作りがいつ頃から始まったのか、正確なところは分かっていないらしい。最も古いもので6世紀の古墳時代あたりではないかと言われている。棚田という言葉が最初に記録に出てきたのは室町時代だそうだ。
 こういうものを考えつくのは世界共通で、中国、ベトナム、タイ、インドネシアなどにも大規模な棚田がある。中でも世界最大といわれるフィリピンのコルディリェーラ山脈にある棚田は有名で、世界遺産にも登録されている。
 英語rice terracesと表される。
 日本では江戸時代に入って盛んに作られるようになったようだ。藩によっては米を作れる平野が少ないところもあるわけで、でも年貢の米は納めなくてはならない。よって、少しでも石高を増やすために作られた。東日本は平野が多かったのであまり作られなかったのに対し、西日本の方が土地の事情で多く作られた。
 現在、農家の高齢化や後継者不足で農業離れが進む中、棚田は一種のブランドとすることで生き残りをはかっている。全国各地で保存会ができ、ボランティアや農業体験、オーナー制度、棚田米のブランド化などという流れが生まれている。都会に住む人間の原点回帰のひとつの象徴として棚田はかっこうの存在だったとも言える。いきなり広い田んぼを任されても困るけど、千枚田の一枚くらいならオーナーになって収穫体験をしてみたいと思う人は少なくないに違いない。一区画(約100平方メートル)5万円前後で年間オーナーになれるならそんなに高いものでもないし、収穫した米ももらえる。
 しかし、米を作るというのはそんなに安易なものではないだろう。荒起こしから始まり、水入れ、田植え、草刈り、畦刈り、虫取り、見回り、肥料やり、稲刈り、天日干し、脱穀、精米、その他諸々の作業を思うと、それなりの覚悟は必要だ。家から近ければいいけど、遠いと通うのも大変になる。一度その体験をすれば、お米に対する認識が決定的に変わるだろうけど。

 1999年には、農林水産省が日本の棚田百選を発表した。ただしこれは、規模の大きさや収穫的に優れた棚田を選んだわけではなく、観光地化を目的としたもので、見栄えのよさで決められたようだ。
 北は岩手県の山吹から、南は鹿児島の佃まで、全国117市町村、134地区の棚田が選ばれている。百選じゃないじゃん。
 地元愛知では、ここ四谷千枚田と設楽町長江の2つ、三重件は紀和町の丸山千枚田など3つ、岐阜は白鳥町の正ヶ洞など5つが入っている。一番多いのは長野県の16だ。これは山の多い土地柄ということでよく分かる。

 四谷の千枚田は、東名高速「豊川IC」を降りて、153号線に入り、東に向かって「長篠」の交差点を左折して。そのまま32号線をキープすればそのうち辿り着く。インターを降りて50分か1時間くらいだろうか。
 ロケーションとしては、写真のこの位置で東向きになるんだろうと思う。だとすれば、正面に見える鞍掛山から昇る朝日のときもいいし、背中から染まってくる夕焼けどきも最高だ。季節としては、なんといっても水が張られて田植えが終わったばかりの5月に限る。空の色を映して、朝焼け夕焼け色に染まる千枚田は、それはもう美しいに違いない。泣くかもしれない。
 私もいつの日か、5月の夕暮れどきにもう一度訪れたいと思う。夕焼け色の空と棚田と農家さんのシルエット、それは初めて見る光景なのにひどく懐かしい気がするんじゃないだろうか。


ノートPCの再セットアップに大苦戦するの巻 2006年6月29日(木)
2006年06月30日 (金) | 編集 |
夕暮れ野球グラウンド

Canon EOS 10D+SIGMA 18-50mm(f3.5-5.6), f4.5, 1/160s(絞り優先)



 巨人があまりにも弱いから、今日はふてくされてブログの更新は抜きだ!
 というわけではまったくなくて、今日はノートPCの再セットアップに散々手こずってしまって、更新の時間が取れなかったというのが本当のところ。いやはや、CDドライブの壊れたノートPCにWindowsXPをクリーンインストールするのは難しい。

 いくつかの方法がある中で、今回私が試したのはこうだ。
 まずノートPCに新しいHDDをセットして、WindowsMeの起動ディスク(元々WinMeがインストールされていたPCなので)を使って、領域確保とフォーマットをする。
 それをデスクトップPCの外付けHDDケースに、3.5-2.5インチ変換アダプタでつないで、デスクトップに入れたWinXPのCD-ROMの内容を丸ごとHDDにコピーする。
 それをノートPCに戻して、起動ディスクから入って、Cドライブに移って、i386\winnt.exeと打ち込んだら、あとは通常のインストールと同じ手順になる。
 のだけど、ここからエラーが頻発。どうも、本体のメモリも調子も悪いようで、何度か止まったりエラーが出たりして、電源を切って入れ直してどうにかインストールは完了したものの、ものすごく不安定な状態になってしまった。突然エラー表示と共に電源が落ちて再起動してしまう。なんじゃこりゃー。
 今日のところは時間切れで力尽きた。また明日やり直す。
 やっぱりCDドライブを買った方が早いぞ私、と思ったけど、それをいっちゃあおしまいよ。

 それにしても巨人、どんだけ弱いんだ。八百長でもそんなに負けられないぞ。勝つつもりがなくてもうっかり打ってしまったり抑えてしまったりするもんだ。ここ20試合2勝18敗って。ここまでくると、もう見事な負けっぷりと言うしかない。むしろ、プロ野球チームがどこまで負けられるものなのか見てみたくなってきた。




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