現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
夏の記憶
2008年06月14日 (土) | 編集 |
夏の空-1

Canon EOS 20D+TAMRON SP 90mm f2.8



 家から一歩外へ出たとたん、あ、夏だ、と思う。昨日まではそうじゃなかった。夏はある日突然やって来て、しばらく居座っていく。恋のように。
 春の体は夏の濃密な空気にまだ馴染んでいなくて、少し息苦しいような気さえする。今シーズン初めて半袖を着て出かけた。強い太陽の日差しに晒された白い強雨では、ちりちりと小さく音を立てて焦げるようだ。
 直射日光で熱せられた車に乗り込むと、すぐに汗が滲んでくる。あわてて入れたエアコンもすぐには冷えず、汗が流れた。窓を開けて空気を入れ換える。これで多少は車内の空気が軽くなった。
 私たちは夏が去るたびに夏を侮ってしまう。冬になる頃には、夏なんてたいしたことなかったとさえ思う。こんな凍えるような寒さに比べたら真夏の暑さの方がずっとましだと。けど、夏の入り口に立つと、夏を甘く見ていた自分に文句を言いたくなる。誰だよ、冬より夏の方がいいなんて言ったのは。
 見上げる空は無情に青く、力を取り戻した太陽は直視することを許さない。私は心の中で夏に向かって小さくあやまる。ごめんよ、侮っていた私が悪かったです。

 夏が来るたびにいつも、小学生の夏休みを思い出す。夏はそのあとも繰り返しやって来たのに、どういうわけか思い浮かべるのは小学生の自分なのだ。ラジオ体操のときの朝の匂いや、田舎で蝉を捕ったことや、スイカを食べたあと昼寝をした畳の感触や、真っ黒に日焼けした好きな女の子のこと。夏祭り、朝顔、クワガタ、朝焼け空。夕暮れ時に聞いたカナカナの声。
 夏という季節にはたくさんの記憶が閉じこめられている。この季節になるたびに私はその宝箱をそっと開けて確かめる。誰にも知らせていない秘密の宝をこっそり見るように。
 あなたは夏が好きですかと問われたら、迷うことなくはいと答える。昔よりもずっと好きになって、どうして好きかという理由をいくつも並べることができる。夏を売り込む営業マンのように。
 汗をかきながら食べるかき氷、小旅行だった海水浴、兄ちゃんたちがやっていた頃の高校野球。友達と遊んだ花火や、子供会のキャンプや、川の魚釣り。ラムネに縁日の金魚すくいに夏休みの宿題。全部が全部楽しい思い出ばかりじゃないけど、今はすべてが懐かしい。
 あの頃私たちは子供だった。子供らしい子供だったと言った方がいいかもしれない。あの時代に子供時代を送れたことを幸せに思う。

 これから夏は何段階かに分けて深まっていく。まだ今は入り口に入ったばかりの第一段階だ。今の段階ではまだ信じられないくらい暑くなる。寝苦しい熱帯夜も続くだろう。でも、少しずつ体も慣れていって、夏を受け入れるようになる。あるいは、暑さをあきらめる。夏とケンカしても勝てないことを思い知って。
 大人になった私たちは、この夏にどんな記憶を刻めるだろう。今子供時代を懐かしんでいるように、おじいちゃんになったとき、この時代のことを懐かしく思い出すことができたらいいなと思う。
 いつの夏も、二度と巡り来ない特別な夏だ。真っ白な画用紙のように、まだ何も描かれていない。いい絵が描けるかどうかは自分次第。どこへも行かず、何もしなければ、夏の思い出を描くことができない。大人になっても宿題はある。自由研究という宿題が。それは、未来の自分に対して提出するものだ。
 今年もいい夏にしよう。あちこちへ行って、楽しいことをたくさんやって、いろんな思い出を作ろう。
 大人と子供の一番の違いは、子供は夏が永久に続くと思い込んでいるけど、大人はそうじゃないことを知っているところだ。この夏が最後の夏になるかもしれない。だから、大人は一つの季節を全力で生きなければいけないのだ。もうあの頃みたいに無邪気なだけではいられないから。

夏の空-2

 今日、稲沢へ行って、神社仏閣を巡り倒してきたので、明日からは神社仏閣編が続く予定です。
 今日のところは写真の現像と勉強ができなかったので、特別編ということでつないでみました。


家庭の数だけひな人形はあることを知る ---中馬のおひなさん第3回
2008年03月04日 (火) | 編集 |
中馬のおひなさん2-1

Canon EOS 20D+EF-S 17-85mm f4-5.6 IS / EF 50mm f1.8 II



 今日は中馬のおひなさん写真の続きをお届けします。
 130軒以上の展示があるから全部は写真も撮れないし、ここに載せることもできないけど、撮ってきた分は紹介したい。昨日も書いたように撮ってると途中から感覚が麻痺してきて、後半からはぐっとひな人形写真が少なくなる。どれを撮っても同じものに思えて。前半飛ばしすぎると失速するというのも初めてだから分かっていなかった。二回目があれば、次はもう少しバラエティーに富んだ写真が撮れるんじゃないかと思う。
 上の写真は旅館の玄関口に飾られていたものだ。玉田屋さんだったか。
 上段の5列は基本の人形が並ぶ。親王はそれぞれ天皇皇后を表す男雛、女雛、三人官女がいて、五人囃子がいる。ここまではよく知られているメンバーだ。そこから下の段になると私も怪しくなる。近衛兵としての右大臣・左大臣の随身(ずいじん)、従者の仕丁(しちょう)は三人一組が一般的だ。
 ここまでが五段飾りで、七段飾りになると三歌人の柿本人麻呂、小野小町、菅原道真、能の鶴亀、
稚児二人が加わったりする。七段でも五段分の人形とその他の飾り物というパターンも多い。
 衣装はみんな平安時代のものだ。鎌倉や室町の衣装をよく知らず平安時代を多少なりとも知っているのは、ひな人形を見ているからというのもありそうだ。

中馬のおひなさん2-2

 六畳間くらいに大きなひな人形を置くとこの存在感。ひな人形を置くと寝る場所もなくなってしまうような家に七段飾りのひな人形は置けない。
 いろんな日本人形などが便乗するように並べられているけど、これも悪いことじゃない。日頃は忘れ去られたように部屋の隅に置かれた人形も、年に一度くらいは注目を浴びたいと願ってるかもしれないから。
 フラッシュ撮影禁止と書かれているところが多いのは、フラッシュの光によって色あせるのが早まってしまうからというのが理由のようだ。部屋の中の人形を撮ることを考えると、明るいレンズか手ぶれ補正を持っていきたい。

中馬のおひなさん2-3

 ここでも大きな女の子の日本人形がかたわらに控えていた。これはひな祭りと関係があるものなんだろうか。この大きさは抜群の存在感を見せる。
 からくり人形になっていて動き出すんじゃないかとさえ思える。家の人が奥からリモコンで操作していて、見学者が来たところで急に動かしたらびっくりするだろう。お茶を運んだりするからくり人形は江戸時代から作られていたから、ここでもそういうものがあっても不思議ではない。
 そういえば前に、学研の「大人の科学」でからくり人形が組み立て付録になったものがあった。

中馬のおひなさん2-4

 広い玄関先に飾られたひな人形。見学者のためにここに置いてくれてるんだろうけど、置き場所としては意表を突く。
 ひな人形はどこに置かなくてはいけないとか、どこに置いてはいけないとかの決まり事はあるのだろうか。正式な向きなんかもありそうだ。

中馬のおひなさん2-5

 もともと銀行だった建物の金庫室に置かれたひな人形。
 上段の男雛、女雛がいる部分が豪華絢爛だ。いつの時代のものだろう。ちょっと古そうなものだった。

中馬のおひなさん2-6

 昭和の色濃い雑貨屋さんの一角にも飾られていた。こういう昔ながらの店が今でも営業してるのがすごいと思う。
 男女一対の人形だけでは寂しいと思ったのだろう。七福神などの土雛も一緒に参加している。さりげなく混ざっている福助も見逃せない。

中馬のおひなさん2-7

 かつてこの町にもたくさんの土雛があったそうだ。田んぼでかかしの代わりに使って朽ちてしまったり、ネズミにかじられたり、骨董屋に売り払ったりしてしまって、今ではあまり多く残ってないという。
 昔のおもちゃや人形などでもそうだけど、将来価値が上がるなんて思いもしなかったから仕方ない。現在まで残ったのは貴重な土雛になった。

中馬のおひなさん2-8

 変わったまるっこいひな人形もあった。自分で作ったものでもないだろうから、やはり買ったものなんだろう。個人作家のオリジナル作品だろうか、既製品なのか。
 家の中に飾ってあって網戸越しだったから写真はよくない。このように撮るには条件がよくないところもちょくちょくある。

中馬のおひなさん2-9

 ガラス越しになると撮るのがいっそう難しくなる。映り込みは避けられない。それを逆に利用して自分を映してしまうというのもやり方によっては面白いだろうけど。
 ここで気になったのは、いなり寿司と巻き寿司だ。ひな祭りでも食べたり供えたりするものなんだろうか。
 ひな祭りのときに食べるものとしては、ひなあられや菱餅などが定番だろう。その他のものとしては、甘酒、ちらし寿司、貝の吸い物なども一般的かもしれない。
 そのあたりも地方や各家庭によっていろいろありそうだ。

中馬のおひなさん2-10

 これは飾りものではなく売り物だ。ひな人形一式で売ってるところはないようだけど、こういうふうに単品で売っているものはあれこれあった。
 おみやげ物としては、もち花があちこちで売られていて買っている人も多かった。これも足助の風物詩の一つで、小枝にピンクや白、緑、黄色など、色とりどりの小さな餅をつけて花のように飾るものだ。地方によっては旧正月に豊作を祈って作られるところもある。

 ひな人形写真はそろそろこれで打ち止めとなる。こういう行事ものというのは一日でも過ぎてしまうと急激に白々しいような感じになってしまうから、私も長々と続けるのはよそう。12月26日のクリスマスケーキや、2月15日のバレンタインチョコのように、ひな人形も3月4日になればすでに過去のものとなってしまう。
 足助シリーズはあと一回、番外編写真で完結となる。写真としては次の最終回が一番面白いと思う。


ひな人形もそれぞれの時代を反映するもの ---中馬のおひなさん第2回
2008年03月04日 (火) | 編集 |
中馬のおひなさん1-1

Canon EOS 20D+EF-S 17-85mm f4-5.6 IS / EF 50mm f1.8 II



 人口1万人の町、足助町が年に二回賑わいを見せることは知っていた。第一はなんといっても秋の香嵐渓で、これは愛知県屈指の紅葉名所として全国的にも知られている。もう一つは春のカタクリ。こちらの方は般的な知名度はさほど高くないものの、この地方では特に有名な群生地で大勢が詰めかける。
 活気を呈するのは年に二回と思っていたらもう一つあった。それが今回訪れた中馬(ちゅうま)のおひなさまというひな祭りイベントだ。1999年に始まって以来今回が10回目で、年々規模も大きくなり、人も集まるようになってきたそうだ。私はもっとローカルな催し物だと思っていたからあまりの人出に驚いたのだけけど、期間中の一ヶ月に7万人を超える人が訪れるというから大イベントに成長していたのだ。知らなかった。
 中馬というのは簡単に言うと江戸時代から明治にかけての運送屋さんのことで、海でとれた塩を信州などの山に運ぶときにここの道を使ったので、古くは中馬街道と呼ばれていた。その街道沿いにおひな様を飾るイベントだから「中馬のおひなさん」というわけだ。
 尾張、三河、信濃の国境に近い要所ということで、戦国時代には武田信玄もこの道を通り、徳川家と小さな足助城の取り合いを演じている。
 江戸時代以降は宿場町としてそれなりに栄え、今もその面影を残している。現在は静かな里で、訪れる人も少ない。
 中馬のおひなさんイベントは、毎年2月のはじめから3月のはじめにかけての一ヶ月ほど開催される。足助の町の店舗や民家が協力しておひなさんを飾り、訪れる人に楽しんでもらおうという趣旨で始まった。
 香嵐渓として知られる紅葉名所からやや外れた巴川の西側から始まり、足助川の北側へと続く約2キロがメイン会場となる。地図で紹介されているだけでも130の店や民家がそれぞれ自前のおひな様を飾り、町はひな人形一色となる。
 期間中の週末には、コンサートや浄瑠璃、人形の色つけ実演やもち花作り体験などのイベントも用意され、出店なども登場してお祭りムードに包まれる。
 飾られる人形はひな人形に限らず、作られた年代も江戸から平成までと幅広い。上の写真は、一番新しい平成のものだ。華やかで繊細でしゃれている。私が思い浮かべるひな人形よりもかなり洗練されていた。顔つきも時代の流行があるのだろう、ずいぶん今風な感じだ。あかりがピンクだったり、ひな壇がスチール製(?)だったりと、そのあたりにも新しさが出ている。

中馬のおひなさん1-2

 とにかく大きいのから小さいのまでひな人形だらけで、どれをどう撮っていいものやら戸惑う。とりあえず最初は目につくものを記録するように撮っていったのだけど、ひな人形当たりを起こしたというか、だんだん感覚が麻痺してくる。悪く言うとひな人形に飽きる。帰ってきてからふと冷静になって撮ってきた写真を見てみると、もっと顔のアップを撮ればよかったとか、気に入った人形を見つけて個別に撮ればよかったとか、いろいろと悔いが残った。ひな人形を撮るのは初めてだったから勝手が分からなかった。意外と難しいことを知る。
 上のひな人形は、古い大正時代のものから新しいものまでいろいろな年代のものが並べられていたようだ。狭い室内に大勢の人がいるところだとじっくり鑑賞したり写真を撮ったりは難しい。ひな人形撮影をメインに考えるなら平日の方がいい。特にひな祭りが終わった明日以降がよさそうだ。

中馬のおひなさん1-3

 かなり豪華なものだけど、これは私の中のひな人形イメージに近いものだ。おそらく昭和のひな飾りだろう。
 女兄弟もいないし、ひな祭り会などにお呼ばれしたことがないから、ひな人形にはまったく馴染みが泣く、知識はほとんどない。去年このブログでひな料理を作ったときに調べて書いたから多少は分かるようになったけど、どの人形がどんな名前で配置がどうだとか、そんな詳しいところまでは無知のままだ。箱に入ったひな人形を自力で正しく飾るのも不可能だ。男雛と女雛の位置しか分からない。左右のことに関しては去年書いた。

中馬のおひなさん1-4

 これまた高そうなひな人形だ。昭和63年というから、かなり新しい。今でもこういう豪華なひな人形を買う家庭があるんだ。21年前というから、このイベントのために買ったわけではない。
 ちょっと調べたところ、七段飾りの一式で30万から40万くらいするようだ。高いのはもっとだろう。これだけ大きなものを飾っておくにはそれだけ部屋が広くないといけないし、しまっておく収納スペースも必要になる。マンションではなかなか難しそうだ。

中馬のおひなさん1-5

 飾ってあるひな人形のそばにはさりげなくいろんな人形が置かれている。一つの特徴として巨大日本人形がときどき登場するというのがあった。ひな祭りとは直接関係なさそうだけど、いい機会だから一緒に飾って見てもらいましょうということだろうか。夜とかちょっと恐そう。幼稚園生くらいの等身大だし。
 背景の飾りや菜の花が華やかさに彩りを添える。その手前は田舎によくある木の置物だ。うちの田舎にも切り株とか木の根っことかが置いてあった。
 左側のひな壇を数えると八段ある。バブル期に八段飾りがたくさん作られたそうだ。当時はみんなお金を持っていたから七段では物足りなかったのだろう。ひな人形にもその時代が反映されるものだ。

中馬のおひなさん1-6

 人形についてや古い歴史などを説明してくれたおばさま。モノクロの古い写真の中の女のが買ってもらったひな人形だそうだ。その家の人たちと話をしたりするのも楽しみの一つとなっている。そこでついつい買い物をしてしまうという人も多いのだろう。
 靴を脱いで家の中まであがらせてくれるところもある。

中馬のおひなさん1-7

 時代をさかのぼるほど古くなって年季が入った感じになっていく。それと、人形の特徴がずいぶん違っているということもだんだん分かってくる。古いものほど小さく、渋くなっていく。地味ながらも重みがある。
 ひな祭りの歴史を辿れば、平安時代の人形遊びが始まりだから、子供の遊び相手としてはこれくらいのサイズの方がしっくりくると言えるかもしれない。江戸時代以降は自分の災厄を人形に身代わりさせるという儀礼的な意味合いが強くなり、やがて飾ることそのものが目的になっていった。
 ひな壇の前の方ではいろんな人形が参加している。七福神や歴史上の有名人などが多い。冬ソナブームのときは、ペ・ヨンジュンたちの人形もどこかで飾られていたという。あと何年か何十年かすると、ここに綾波レイのフィギュアとかが置かれるようになるかもしれない(それはならないか)。

中馬のおひなさん1-8

 江戸時代のひな人形に見入る人たち。ほほー、とみんな感心していく。
 ひな人形でありながら舞台のジオラマのようだ。人形浄瑠璃を思わせもする。
 昔は御殿を模したり、その中の一室を再現したりするのが一般的だったようだ。のちにそれが簡略化され、屏風とひな壇だけになった。
 江戸時代のものとしては保存状態がいい。代々大切にされてきたのだろう。資料としても貴重なものに違いない。飾られていた中では一番古いものだったかもしれない。

中馬のおひなさん1-9

 右手前のものは明治時代だったか大正時代だったか。こちらも古いものだ。今回、メモ撮りをまた忘れてしまった。
 飾られている人形の種類も、昔と今とでは顔ぶれが違っている。そういう変遷を見られるのもこのイベントの良いところだ。古いひな人形だけを集めてもそういうことは分からない。
 江戸時代ひな人形の前にお賽銭が置かれていたのはちょっと面白かった。そういう心理は理解できる。

中馬のおひなさん1-10

 土雛(つちびな)や土人形も主役の一つだ。最初は、この地方に古くからある土雛を集めて展示したのが中馬のおひなさんイベントの始まりだった。それがきっかけで町の住人からうちの古いおひな様も一緒に飾って欲しいという話が出て、少しずつ今のような町ぐるみの行事になっていったという経緯がある。
 足助中馬館や交流館などにはたくさんの土人形が並べられていた。牛若丸と弁慶や、加藤清正などの戦国武将、赤穂浪士や七福神などが多い。
 奥では色つけの実演もやっていた。

中馬のおひなさん1-11

 竹の中に飾られた小さなひな人形たち。これもけっこう有名なひな人形になっているようで、みんな写真を撮っていた。
 これくらいならアパートでも置ける。ささやかだけどひな人形には変わりない。
 こういう行事は昔からの伝統というだけでなく意味のあるものだから、あまり軽視しない方がいいようにも思う。精神だけ忘れなければいいというものではないし、形だけ真似れば済むということでもない。次の時代に引き継ぐという役割も果たす必要がある。
 ひな祭りがどういう意味を持っていて、どういう歴史があって今に続いているのかを子供たちに伝えることは無駄じゃない。そのためにはまず大人や親が知る必要がある。知らなければ勉強しないといけない。そこにどんな願いが込められているのかも理解してないままでは精神が伝わらない。
 私も今回、このイベントを見にいったことでもう一度ひな祭りというものを考え直すきっかけとなった。祝日ではない3月3日はさりげなく過ぎてしまうから、やっぱり祝日にした方がいいんじゃないか。成人の日をハッピーマンデーで移してしまうようなことはやめて、祝日についても見直した方がいい。それぞれの日にちにはきちんとした意味があるのだから、勝手に動かしてしまったら意味が違ってきてしまう。旧暦から新暦に変わってしまったから今更ではあるのだけど。
 ちなみに、ひな祭りが過ぎた後もひな人形を片付けずにいると結婚が遅れるというのは昭和作られた迷信で根拠はないそうだから安心していい。中馬のおひなさんイベントは来週の日曜日(9日)まで続く。私の足助ネタももう少し続くことなりそうだ。


シャッタースピードで変わる手持ち花火の世界---季節はずれの海岸花火物語
2007年10月11日 (木) | 編集 |
手持ち花火再び-1

Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II



 伊良湖の夜に手持ち花火をした。吉良のワイキキビーチでやり残したものだ。
 もはや10月で完全に季節外れとなった花火だけど、花火はいつの季節でも楽しいということを発見した。冬でも春でもかまわない。花火は夏しかしてはいけないというような思い込みで損をしている。寒さの中で震えながらやる花火はどうなんだという気はするけれど。
 手持ち花火写真はやっぱり難しい。二度目だからもう少し上手く撮れるかと思ったけど、実際は前回からほとんど進歩がなかった。適正なシャッタースピードがどうも掴めない。花火によってもそれぞれ違ってくるし、花火の時間は意外と短いからとっさには変更できない。やってる場所が暗いから、デジ本体のダイヤルなどもよく見えないのだ。
 手持ち花火撮りの結論としては、とにかく偶然に賭けろということだ。適当にシャッタースピードを変えながらパシャパシャ連写していれば、たまたま面白い感じに写ることがあって、それでいいのだと思う。打ち上げ花火のように計算しては撮れない。
 それに、そもそもが自分で花火をやりながら同時に撮るということに無理がある。いうなれば、テーブルでウエイターとして注文を聞いて、厨房で調理して、また自分で料理を出しに行って、レジまでやるようなものだ。忙しくてしょうがない。ツレがいたからそちらで写真は撮ったのだけど、一人手持ち花火撮影は無理ということがよく分かった(そんなことする人はめったにいない)。

手持ち花火再び-2

 最初は絞り優先で撮っていて、また前回のように弾ける光写真になってしまった。
 暗闇の中の花火というのはデジの計算の中には入っていない特殊な状況だから、明るさをちゃんと判断できない。デジはコントラストの強いシーンが苦手で、暗がりと花火の光はほとんどありえないくらのコントラストのきつさだ。デジタル測光では明るい部分に引きずられて、シャッタースピードが速くなってしまう。
 スポット測光にしたらどんな判断になるのだろう。試してみたいけど、もう手持ち花火は残っていない。来年の課題となった。

手持ち花火再び-3

 このときはどうしたわけかシャッタースピードが遅くなって、明るい部分が白く飛んだ。

手持ち花火再び-4

 青い光がきれいな花火もあった。どんな成分を燃やしているのだろう。
 でも、ガスコンロの火も青いから、青い火自体は特に驚くべきことではないか。花火で青は少し珍しいから、おおっと思うけど。

手持ち花火再び-5

 光の飛び散り方は線香花火っぽいけど違う。線香花火の親玉みたいなやつだ。

手持ち花火再び-6

 こちらは線香花火。繊細な光の様子が懐かしくもあり、今見ても新鮮だ。やっぱり線香花火はいいなと思う。
 右に見えている光はロウソクの光だ。浜辺は風が強いからすぐに消えてしまうのだけど、ツレが砂浜に穴を掘ることを思いついた。これはいいアイディアだった。ある程度の深さまで掘れば少々の風では火が消えなくなる。

手持ち花火再び-7

 吹き出し花火に移った。でもこれは完全にシャッタースピードが速すぎる。光が粉になってしまった。
 けど、狙いでやれば面白い写真になるんじゃないか。宇宙の星空のような写真になるかもしれない。

手持ち花火再び-8

 ここでようやく絞り優先モードからシャッタースピード優先モードに切り替えることを思いついた。これで1/20秒くらいだっただろうか。なるほどこうなるか。
 こうして撮ってみると、これが必ずしも正解ではないことが分かる。これはこれで成立するけど、光の粒もあれはあれで花火の写真だ。言い方を変えれば、シャッタースピードのコントロールによって写真というのは変わるということだ。特に花火の場合は表現の幅が広い。狙ってできるようになるには、もう少し経験が必要だ。

手持ち花火再び-9

 秋の手持ち花火撮影大会はこうして終了した。いくつかの発見と課題を残して。
 花火も花火撮りも面白い。あらためてそう思った。機会があればまたやりたい。花火セットの中で、打ち上げ花火系のものが残った。これは音がうるさいから人がいたり民家が近いところではできない。近所迷惑になる。人がいなくなった冬の海岸ででもやることになるだろうか。
 どうやって撮ったらいいのか、今のところイメージはない。打ち上げ花火、下から撮るか、横から撮るか。横向きに打ち上げたものを流し撮りで撮るというのはどうだろう。かなり高度なテクニックが必要となるけど、面白そうだ。海に向かって打ち上げたものを狙って撮るというのもよさそうだ。ミサイルめいたものになるのだろうか。
 考えてたら楽しみになってきた。今年中にやれたらやろう。




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