現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
今日の名古屋は昼から雪国だったことを報告して、オラ東京さ行くだ
2008年02月09日 (土) | 編集 |
雪の名古屋-1

Canon EOS 20D+EF-S 17-85mm f4-5.6 IS / EF 50mm f1.8 II



 昼過ぎ、ふと窓を見るといやに白い。ん? なんで白い? もしかして!?
 窓を開けるとそこは雪国だった。なんじゃこりゃ。ものすごい吹雪いてますよ。大雪で真っ白でやんす、ダンナ。言葉遣いも乱れるほどの降りっぷり。こりゃ驚いた。
 積雪は最大で13センチだったとか。去年の1月にも一度積もったことがあったけど、ここまで大雪になったのは3年ぶりくらいだろう。大粒の雪が絶え間なく降り続いて、夕方までには街を真っ白に染めた。
 こんな機会はめったにないから写真を撮っておこうと思ったのだけど、明日は東京行きで今日は準備をしなければならなかった。のんきに出かけて雪写真を撮ってる場合じゃなく、手近なところで済ませた。ちょっと残念。
 そんなわけで、ブログの更新も時間をかけられないから、今日は雪写真を並べて終わりとしたい。
 明日の朝、出かける前に時間があればちょこっとだけ更新する予定でいる。

雪の名古屋-2

 脇道はもちろん、大通りにも雪の影響は出た。名古屋のドライバーは雪に慣れてないから、おっかなびっくりゆるゆる運転してる人が多かった。みんなチェーンなんて持ってるんだろうか。私は持ってないぞ。
 雪の日になんて運転したいとは思わないし、できるとも思えない。昔2度くらい雪の日に運転せざるを得なくなって、あのときの恐かった記憶が今でも残っている。

雪の名古屋-3

 午後の早い時間はまだ道にも余裕があった。タイヤの跡がくっきり見えて、この上を走れば大丈夫そうな感じもあって。タイヤ跡のラインがきれいだななんて思ったり。

雪の名古屋-4

 雪は降り止む気配を見せず降り続き、ますます視界不良となっていく。
 高速道路も次々と通行止めとなり、明日の東京行きが不安になってきた。このままでは名古屋駅にさえ行けない。予定が今日じゃなくてよかった。

雪の名古屋-5

 子供たちは大喜びで雪遊びをしていた。雪だるまや雪合戦などは、昭和の光景そのものだ。人間は道具を使った遊びに関しては進歩してるけど、人工物を持たずに自然の中に出れば大昔からあまり変わってないように思う。
 この頃はまだ雪の積もりが少なかった頃だ。雪だるまの雪が汚い。

雪の名古屋-6

 これが積雪10センチ近くのときだろうか。雪合戦の雪に困らなくなっている。

雪の名古屋-7

 雪が降っているところを撮るのは難しい。空から絶え間なく落ちてくる雪も、写真にはあまり写らない。シャッタースピードを遅くしたり速めたりしても駄目だった。バックが暗かったり何か色がないと雪が降る様子は写し取れない。
 今回で雪写真の難しさをあらためて思い知った。

雪の名古屋-8

 雪は夕方前から雨に変わった。しばらくすると道の雪はだいぶ少なくなり、日没となった。雪雲は関東方面へ行ったようだ。
 今日の名古屋の最高気温は2.5度。でも、雪降りの日って意外と寒くない。今日は風がなかったこともあって。
 明日の朝はどんな状況になっていることか。東京にちゃんと行けるんだろうか。とりあえず早起きして状況を見ながら対処するしかない。予定通りとはいかなくても、なんとか辿り着かねば。東京の雪はそろそろやんだだろうか。
 というわけで、今日の更新はこれで終わり。お互い、雪で滑って転んだりしないように気をつけましょう。


急に決まった帰郷は雪降る中の高速ドライブとなった
2008年01月26日 (土) | 編集 |
雪の帰郷-1

Panasonic DMC-TZ1



 急に田舎に帰らなくてはいけないことになって、今日日帰りで行ってきた。
 三重県に入って突然雪が降り始めて、進むにつれて雪景色になっていったのは驚いた。名古屋を出たときは冬晴れの青空だったのに、1時間走ったら真っ白の世界になってしまうなんて思いもしなかった。
 積もるほどの雪ではなかったものの、雪降りの高速走行は初めてだったから、少し緊張した。吹雪のようになって前が見づらいのでちょっと恐い。写真には雪はあまり写らないから、そのときの状況をお伝えすることはできないのが残念だ。
 走行中の一眼撮影はさすがに無理があるので、今日はコンパクトデジの撮影だけになった。田舎でも雪で濡らすのがイヤで、コンパクトしか使わなかった。今日は写真を撮りにいくような用事でもなかったし。

雪の帰郷-2

 長らく工事をしていた第二名神がようやく完成に近づいて、2月23日に開通するようだ。ただしまだ全体の一部で、まずは亀山と草津田上の間の暫定開通ということになる。神戸までつながるのはいつになることやら、気の遠くなるような話だ。今のところの完成予定は2018年となっているけど、そんなにすんなりいくとも思えない。
 うちは名古屋の北東なのであまり関係ない。大阪への時間が15分短縮するということくらいか。豊田方面に住んでいる人は、伊勢湾岸自動車道から関西方面へ行くのに便利になる。
 渋滞緩和や雪が降りやすいところを避けるなど、いろいろ効果はいわれている。高速道路はあればあるほど便利ではあるけど、必要ないようなところもけっこうありそうだ。昔は、高速道路はいずれ無料になるって話だったのに、今は誰もそんなことを言う人はいなくなった。民主党もそこまでは言わないだろう。
 新名神の愛称は、畿央まほろばハイウェイに決まったそうだ。響きはいいけど、まほろばなんて言葉の意味を知ってる人がどれだけいるか。

雪の帰郷-3

 雪は御在所から亀山あたりまでだと思っていたら、松阪に入っても降り止むことはなかった。松阪は雪の少ないところだから、こんなに降るのは珍しい。

雪の帰郷-4

 大師前のふれあいの館。
 雪が降ると、案外寒くない。風が吹いて吹雪くと体感的に冷たく感じるのだけど、風がない雪の日はむしろ暖かいくらいだ。今日も、雪が降っていた三重よりもよく晴れた名古屋の方が寒かった。放射冷却もあったのだろう。

雪の帰郷-5

 田舎のノラ。雪が降る中、出迎えてくれて、だみ声でニャーニャー鳴いていた。
 カリカリを投入したらよく食べていた。デカい図体だから、かなり食べるのだろう。アイの倍くらいの大きさがあって、同じ猫とは思えないくらいだ。

雪の帰郷-6

 雪でも見上げていたのか。見慣れないものが空から降ってくるとでも思っていたのかな。
 まだ当分寒い日が続くけど、夏に行くまで元気でいて欲しい。

雪の帰郷-7

 サービスエリアに寄ったら、御福餅(おふくもち)が売っていたので買って食べた。ちょっとお久しぶりです。
 赤福の販売再開は来月の中旬くらいになりそうなことをいっていた。御福餅は短い自粛期間のあと、本店と伊勢で販売再開したのは知っていたけど、サービスエリアまで復活してるとは思わなかった。赤福がいぬ間にたくらん売っておかないと。
 すごく久々に食べた御福餅は、イメージの中にあったものよりずっと美味しかった。昔は、赤福のニセモノで味もだいぶ落ちるといった思い込みがあったのだけど、どうやらそれは間違いだったようだ。御福餅も、これはこれで美味しい。
 赤福と比較すると、御福の方が甘さ控えめのあっさり味で、あんのキメが荒くて粉っぽい。餅は赤福よりも柔らかいかもしれない。赤福ではなく御福餅の方が好きという人の気持ちもようやく分かった。ずっとパチモンだと思っていた御福餅に謝りたい。
 でも、どっちが食べたいかというとやっぱり赤福なのだ。赤福の方が甘いけど美味しいし、あんの舌触りがなめらかだ。営業再開したら、みんなこぞって買いに行くだろう。最初は直営店だけの復活になるようだから、すぐに売り切れてプレミアがつくかもしれない。

 今日はこんな落ち着かない一日だった。そしてこのバタバタ感は来週いっぱい続く。その間、ブログが少し軽めになるかもしれないけど、2月からは落ち着いてしっかり書いていきたいと思っている。
 明日も早寝でのんびり更新してる時間はない。花鳥園の写真になりそうだ。日曜は出かけるから今週のサンデー料理はない。
 2008年も、もうひと月が終わろうとしてるなんて、信じられない。


雪が降る地球に生まれて静寂の音と純白の美しさを知る
2007年01月09日 (火) | 編集 |
名古屋の雪2007

OLYMPUS E-1+SIGMA 18-50mm DC(f3.5-5.6),f5.6, 1/320s(絞り優先)



 雪は天から送られた手紙である。
 雪博士・中谷宇吉郎の言葉だ。2007年1月7日の名古屋に、雪は年賀状よりもたくさん降ってきた。結局短時間でやんでしまったのだけど、本格的な雪は今シーズン初だった。たくさんのお手紙ありがとう。このブログの記事でお返事に代えさせていただきます。
 名古屋は雪が少ないところだから、たまに降る雪は嬉しい。喜んで写真を撮ってしまう。その喜びと価値観は、年に数度しか見ることがない海と同じくらいのものがある。わー、海だ、海だー。わー、雪だ、雪だー、みたいに。
 名古屋と雪の距離感はちょうどいい。

 ところで、雪とは何だろう? 雨が凍ったもの? それはみぞれじゃないのか? 積もる雪とすぐに溶ける雪とではどんな違いがあるんだろう?
 そんな疑問に対してすぐに答えてくれるPC世界が22世紀か23世紀にはできるのだろうけど、今はまだ21世紀。対話形式で問いに答えてくれるシステムはまだない。けど悲観することはない。今はもう20世紀ではない。PCがあり、ネットがある。ひと昔前なら、百科事典を調べ、物知りの人に訊ね、図書館へ足を運び、それでも分からなければあきらめるしかなかった。それを思えば今はいい時代になった。

雪でも子供は遊ぶ

 雪は寒さで雨が凍ったものだと考えてる人が案外多いんじゃないだろうか。実は私もそう思っていたら違った。雲の中にある水蒸気が冷たい空気に冷やされると、微粒子を核として氷の結晶ができる(氷晶)。これが空から落ちてくるとき、地面に落下するまで0度以下を保てば雪になり、0度以上になると雨になるのだそうだ。雨が途中で凍って雪になっているわけではなかった。今日もまた、ひとつ賢くなってしまった。
 みぞれ(霙)は、半分雪で半分雨の状態をいい、氷晶に水滴がついて上昇気流で冷たい上空に吹き上げられて凍りつくとあられ(霰)になる。5ミリ以上になるとあれらで、それ以下をみぞれとして区別している。
 雪が白く見えるのは、くっついた結晶に光が乱反射しているためで、ひとつひとつの結晶自体は透明だ。
 雪の結晶を世界で初めて人工的に作り出したのが中谷宇吉郎だった(1936年)。少し話はそれる。中谷宇吉郎は、「天災は忘れた頃にやって来る」と言った物理学者で随筆家の寺田寅彦の弟子で、寺田寅彦は夏目漱石の弟子になるから、夏目漱石の孫弟子ということになる。夏目漱石の弟子には芥川龍之介や内田百間がいる。そこまで思いを馳せると、なかなか感慨深いものがある。
 それはともかくとして、雪の話に戻ろう。雪は状態によってもいろいろな呼び名がある。降っている状態の雪を降雪と呼び、積もっている状態を積雪として分けて呼ばれている。これは雪の多いところと少ないところでも感覚的な違いとしてありそうだ。私などは雪といえば空から降ってくるものをイメージする。雪国の人は積もってない雪など雪のうちに入らないって言うかもしれない。
 粉雪、ぼた雪、ざらめ雪、新雪、吹雪、雪崩、淡雪、万年雪、どか雪、泡雪、細雪、なごり雪。
 日本語には雪を表現する言葉がたくさんある。それだけ雪の存在が大きいということだ。
 別名として「六花(ろっか)」というのがある。雪の結晶が六角形をしているところから来ている。「六花亭」のマルセイバターサンドが食べたい。こちらでは岡崎の備前屋「あわ雪」が有名だ。備前屋〜の〜あわ雪〜♪のCMでお馴染みの。
 知らなかった雪にまつわる言葉も、今回勉強していろいろ知った。雪と親しむという意味の「親雪(しんせつ)」や、雪を克服するという「克雪」、一歩進んで雪を利用しようという「利雪(りせつ)」など。「雪あかり」なんて言葉はとてもロマンチックな響きを持っている。
 雪とたわむれたり親しんだりするというと、私たちは雪だるまや雪合戦、スキーやソリ滑りなどしか思いつかないけど、雪国の人たちは違う。かまくらやさっぽろ雪祭りなどは知識として知っていても、雪泳は知らないだろう。なんでも今、静かなブームになっているらしい。本当だろうか? 読んで字の如く、雪の中を泳ぐ競技らしい。きっと静かなブームのまま終わるだろうけど、大人たちが本気で雪の中を泳いでいる大会を一度見てみたい気もする。
 昔の日本には「雪見」という風習があった。いつ果てるともなく降り続く雪をただ見ている。雪見障子や雪見酒、雪見風呂など、今ではすっかり失われてしまったものもたくさんある。
 ここでひとつ漢字クイズを。「雪ぐ」は何と読むでしょう? 答えはCMのあと。ヒントは、雪辱(せつじょく)。

ベランダからの雪風景

 答えは、「すすぐ」でした。祓い清めるという意味で、汚辱を雪ぐなどと使う。

 雪が好きかと問われたら、少し考えて間が空く。小雪はそんなにタイプじゃないのと同じように、雪も特別好きというわけではない。年に1度か2度見るだけなら悪くないけど、現実的な面では雪が降っていいことなどほとんどない。せいぜい写真を撮るときに場所によっては絵になるくらいのものだ。交通機関は壊滅的にダウンしてしまうし、車でも身動きも取れなくなってしまう。雪は溶ける街が汚れるし、雪国に住むのはきつそうだ。
 でも、雪にもいいところがある。それは、雪がもたらす静寂だ。まるで雪が世界の音を吸い取ってしまうみたいに街から音が消えて、世界が静けさに包まれる。あるいは静寂の音がする。雪が降り続く光景は、音を消したテレビ画面のようだ。世界は本来こんなにも静かなものなんだと、雪が教えてくれる。
 雪は天からの贈りものだ。宇宙に雪は降らない。地球に降りそそぐ祝福の白だ。だから私たちは雪を見て、きれいだと思う。純白は雪のイメージで、雪が覆い隠した真っ白な世界はウェディングドレスを思わせる。もし私たちが雪を知らなければ、純白の美しさに気づかなかったかもしれない。雪が降る星に生きていることの幸せを思う。


深い夜霧に包まれて迷子になった文章 2006年2月1日(水)
2006年02月02日 (木) | 編集 |
霧の中

FUJIFILM FinePix S1 Pro+TAMRON 28-200mmXR(f3.8-5.6), f3.8, 1/10s(絞り優先)


 昨日の深夜、ふと窓の外を見ると、見慣れた街並みは白の中に沈み込んでいた。デジのレンズが曇っていたわけでも、私のメガネ曇って食うもんなし! だったわけでもない。ものすごい霧だ。一体どうした? こんな光景初めて見たぞ。名古屋の郊外で、盆地でもなく川べりでもないこの街がこれほど深い霧に包まれてしまうなんてとても珍しいことだ。どういう理由だったんだろう。
 疑問に思ったことはその場で調べるに限る。そうしないと記憶力に難のある私の脳は、疑問そのものをすぐに忘れてしまうから。えーと、昨日の晩ご飯のおかずは何だったかな。ばあさん、朝飯はまだかい?

 まず驚いたのは、霧は雲だということだ。めったくの別人だと思ったら同一人物だった。状態の違いではなく、いる場所によって違う名前で呼ばれているだけで、同じものだというのだ。銀行の窓口にいる木下香織さん(仮名)は、夜のお店にいるときはレイナちゃんと呼ばれている、みたいな。だから、高い山に登ってる人が霧の中にいると思っていても、それを地上から見てる人は雲に見えるということになる。まさか、あの木下さんが……。いや、実際そんな人は知らないんだけど。
 霧にもいろいろ種類があるようだ。
 冬の晴れた日に地表から熱が放射されて発生する「放射霧」、暖かい湿った空気が低い温度の水や地面の上を流れることで生まれる「移流霧」、暖かくて湿った空気が冷たい空気とぶつかってできる「蒸気霧」、温暖前線の近くで雨が降って飽和状態になったところで発生する「前線霧」、山の谷を湿った空気が上昇して凍ることで生まれる「上昇霧」、内田裕也の奥さんでモッくんの義理の母親でもある樹木希林など(最後のは違う)。
 霧と靄(もや)の違いというのも今回初めて知った。1km先のものが見えたら靄で、1km先が見えなければ霧となるんだそうだ。

 ついでに霧と霞(かすみ)の違いも勉強しておくことにしよう。
 霧というのは水蒸気の固まりを意味するのに対して、霞は水滴やチリやホコリなどが原因で遠くがぼんやりしている様子を指すので、根本的に意味が違う。霧は自然現象で、霞は状態を表す言葉だ。
「遠くがかすんで見える」などというけど、霞というのは元々動詞の霞むから来ている。そして、もうひとつ知らなかったこととしては、霧も「霧る(きる)」という動詞が変化した名詞だということだ。霧が出てる状態を「霧っている」というように昔は使っていたらしい。
 季語としては、霧は秋の季語で、春の霧を霞と呼んで春の季語とし、夜の霞は朧(おぼろ)と呼ぶ。
 うっ、なんか受験勉強を思い出してきた。眠くなりそう。こんなときは仲根かすみの写真集でも見て気分転換だ。しかし何故か、もやいまさこの笑顔が頭に浮かぶ。おいおい、それを言うなら、もたいまさこだろう。ついに集中力は雲散霧消となり、思考は五里霧中。霧隠才蔵やゲームICO、霧の街ロンドンに霧の摩周湖などのイメージが浮かんでは消え、消えては浮かび、夜霧よ今夜も有難う。

 こんなふうに頭が混乱したときは海へ行こう。夜の港がいい。そして、埠頭の先で船をつなぐアレ(なんて名前なんだろう)に片足を乗せて肘をついたポーズで海を眺めよう。もしあなたが浅丘ルリ子に似ていたなら、そんな私に会いに来てください。目印はトレンチコートにソフト帽です。なるべく早くお願いします。やってもらうと分かると思うんだけど、あの姿勢、かなり疲れるんで長くは持ちませんので。オレは待ってるぜ。
 ♪そっと云うのさ〜 夜霧よ〜 今夜も〜 有難〜う〜♪
 霧笛が俺を呼んでいる。

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