現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
早朝の光の中で見る名古屋駅の風景は新鮮で少し非現実的だった
2008年05月15日 (木) | 編集 |
朝の名古屋駅-1

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4



 名古屋駅の朝5時半。東京とは違い、まだ街は完全に目覚めきっていない。道行く人もまばらで、車も時折思い出したように通りすぎるだけだ。何より、とても静かだ。夜が早いといわれる名古屋は、朝も遅い、よく眠る街だった。
 家に帰るためのバスも地下鉄も、6時を過ぎないと動き出さない。それまでの30分間、ぼんやり途方に暮れているのも能がないということで、名古屋駅周辺の写真を撮ることにした。もちろん、こんな時間に駅の写真を撮ってる人間など私の他にはいない。そもそも歩いてる人自体ほとんどいないのだから。
 私の写真の大部分は午後で、その多くが夕方の光の中で撮られている。遠出したときは午前中の写真もあるけど、朝の写真は少ない。ましてや早朝の写真などほとんどない。そういう意味では、今日の写真は珍しいものでもあり、私にとって貴重なものでもあった。
 早朝の光というのはまた独特で、夕暮れとは質感が違っている。朝焼け色も、夕焼け色とは別のものだ。すごく新鮮に感じた。そのあたりが伝わるといいのだけど。
 上の写真は駅裏の太閤通口がある方だ。太閤というのは、あの太閤秀吉の太閤で、秀吉は名古屋駅裏で生まれたから、そこから名前が取られている。
 最近の私は駅前よりもこちらの方に来ることが多い。新幹線のホームがあるのもこちらで、ビジネスホテルや予備校、飲み屋街などもこちらに集まっている。ビックカメラやソフマップがやって来て以来、やや電気屋街的な性格も持つようになってきた。
 昔はガチャガチャして汚いようなイメージがあったけど、最近はえらく小綺麗になった。ただ、駅裏の街の開発はあまり進んでおらず、ちょっと中にはいると昔の面影が色濃く残っている。高層ビルやビジネス関係のものはほとんどが表側に集中していて、高層ビル化の波もこちらまでは押し寄せていない。

朝の名古屋駅-2

 ホームで出発を待つ新幹線。確か、始発はどこ行きも6時20分だったんじゃなかったか。6時くらいのものがあってもよさそうだけど、新幹線は速いから、そんなに早く出発したら到着時間が早くなりすぎる。名古屋から京都まではのぞみなら30分だから、6時に出たら6時半に着いてしまう。その時間では現地でちょっと困りそうだ。
 しかし、新幹線も速くなったものだ。名古屋から東京まで1時間40分ちょっとでいくようになった。リニアモーターカーの東京と大阪1時間というのも、そう遠くない将来に実現するのだろう。
 左に見えているのは、ゆりの噴水と、その向こうはルーセントタワーだ。ゆりの噴水は、どういういわれで、いつできたのか、私は知らない。そんなに昔からあったような気がしないのだけど、気づいたときにはそこにあった。
 ルーセントタワーは、2007年に完成した地上40階、高さ180メートルで、超高層ビルというにはやや高さが足りず、地味で目立たない存在だ。オフィスビルで展望台などがないので、一般人はほとんど立ち寄らない。地下や低い階に飲食店などもあるから、ビルそのものに入ることはできる。考えたら私はまだ一度も入ったことがない。一度くらいは行っておいた方がいいだろう。地下道のルーセントアベニューは、光と影で壁画を描いているらしいから、それも見てみたい。

朝の名古屋駅-3

 駅構内もこのがらんどうさ。電車が動いてないのだから、歩いているのは構内を通って桜通口の方へ行く人くらいのものだ。
 右に写ってる時計は銀の時計と呼ばれていて、一応待ち合わせスポットになっている。ただ、名古屋人の間でも認知度は低く、銀の時計なんていわれても何のことか分からない名古屋人も多いという。
 桜通口には金の時計がある。知らない人は両方知らない。よかったら今日覚えて帰ってください。

朝の名古屋駅-5

 桜通口はいつ行っても人が多くてざわついているのに、この時間はこの通り。こんなに閑散とした桜通口を見たのは初めてだ。かなり驚いた。夜中でももっと人が多い。
 そういえば、名古屋駅の構内って、何時から何時まで開いてるんだろう。かなり夜中まで開いてる気がしてたんだけど、閉鎖することってあるんだろうか。それとも24時間電気が消えることはないのか。夜中の2時、3時に名古屋駅あたりをうろついたことがないから、未知の世界だ。ずっと開いてる気もするし、開けておくのも無駄だし、どうなんだろう。ちょっと気になった。
 エスカレーターの前にある時計が金の時計だ。銀の時計とはデザインがずいぶん違う。

朝の名古屋駅-4

 このポスターを見て、わっ、やられたと思った。こんな場所があるんだ。知らなかった。
 写真では光の映り込みでよく分からないかもしれないけど、駅前の高層タワー全部と名古屋城が一つの画面の中にきれいに収まっている。この角度は知らないし、分からない。名古屋城がこれだけ大きく写ってるということは、名古屋城からある程度近いということになる。角度としては、名古屋城の東北ということになるんだろうか。しかも、これだけ高い視点からの撮影となると、かなり場所が限定される。そんなところはまったく思いつかない。
 黒川とかそのあたりだろうか。41号線のユニーの上の階なんてどうなんだろう。高さが足りないか。ひょっとして、かなり離れた庄内川沿いのザ・シーン城北という超高層マンションから超望遠で撮ったとかか。
 場所が分かればぜひ撮りに行きたいところだ。これは中部電力のポスターだから、中電に問い合わせたら教えてくれるだろうか。

朝の名古屋駅-6

 名古屋駅は表が東向きだから、こちらに出てくるともうすっかり夜が明けて明るくなっていた。
 左手に見えているのが大名古屋ビルヂング。これは私が物心ついた頃からあった。調べたらできたのは1965年だった。
 三菱地所所有のオフィスビルだけど、ここは名古屋駅前でも超一等地だ。売ったらいくらになるんだろう。かつてはこれでも高層ビルだったにしても、今ではすごく贅沢なビルになっている。こんな場所に、こんな背の低いビルがあるなんて。
 屋上は期間限定でビアガーデンになる。

朝の名古屋駅-7

 JRセントラルタワーズよりも2メートル高い、現在名古屋で一番高いビルがこのミッドランドスクエアだ(全国で5番目)。2007年に全面オープンした。
 セントラルタワーズの展望台がなくなってしまったから、今はミッドランドスクエアの展望台に登るしかなくなった。そのときの様子は以前にこのブログで紹介した。

朝の名古屋駅-8

 JRセントラルタワーズは、世界で一番高い駅ビル(245メートル)としてギネスに載っている。
 できたのは2000年だから、もう8年になるのか。当初はこんなもの名古屋に分不相応だという声が大きかったけど、今ではすっかり馴染んで、なくてはならない名駅のシンボルになった。
 かつては買い物といえば栄で、名駅は移動のための出入り口というイメージだったけど、最近では買い物も名駅という名古屋人が多くなった。これまでは地元企業の独占状態で安穏としていた名古屋に、外部から様々なものが入り込んできて、需要を活性化させたというのがある。タワーズに入っている高島屋も、最初はまず受け入れられないだろうというのがおおかたの意見だった。今や、松坂屋の包装紙にこだわるのは古い世代の名古屋人だけとなっている。
 展望台がなくなってしまったのはちょっと残念だ。登ったことはあるけど、ミッドランドスクエアと差別化を図って共存できなかったのか。流行ものに飛びついて飽きるのも早い名古屋人にしてやられてしまったという面はあるにしても、もう少し粘って欲しかったところだ。テレビ塔だって頑張ってるんだから。

朝の名古屋駅-9

 駅前通りの反対側も大きく様変わりした。昔は映画館街で、映画館が隣り合って並んでいたのに、今やヴィトンやディオールなどの海外高級ブランド店が入ったブランドビルになっている。いつからこんなことになったんだろう。変化の時期を私は知らない。
 お金持ちの名古屋嬢御用達の店だろうか。名古屋人の私も、名古屋の変化にはついていけてない。名駅は私にとっては移動の中継点で、遊ぶ場所じゃないから、ついていけないのも当然のことだ。栄もあまり行ってないけど、けっこう変わっているのだろう。

朝の名古屋駅-10

 今名古屋で一番新しい超高層ビルがこれ、モード学園スパイラルタワーズだ。2008年3月にできたばかりだから、私も完成した姿を見るのは初めてだった。建てている最中からその斬新なデザインが話題になっていたけど、できあがったのを見てよくこんなものを作ったなとあらためて感心する。ガラス面と内部の構造とのつながりがよく分からない。
 地上36階、高さ170メートルで、主に名古屋モード学園、HAL名古屋、名古屋医専の3つの専門学校から成り立っている。専門学校経営ってそんなに儲かるんだ。
 展望台などはないため、上に行くことはできない。ただ、地下や1階には飲食店が入っているから、一般も出入りできる。たぶん、セキュリティーが厳しくて、専門学校生のようなフリをしても途中で止められて上まで上がることはできないだろう。ビルに負けないくらい奇抜な格好をしていけば、ひょっとするとモード学園の生徒と思われてフリーパスになるかもしれない。

朝の名古屋駅-11

 人と車のいない名古屋駅というのは、人がいなくなった世界という設定の映画の中みたいだ。ちょっと非現実的な感じがした。朝の5時台に行けば、この光景が見られる。
 遠くに見えているのがテレビ塔だ。これが名駅と栄の距離感だから、歩いていく気にはなれない。この距離が名古屋に二つの繁華街を生むことになったのだけど、それがいいことだったのかそうじゃなかったのかは、なんとも言えない。二つの距離がもっと近くて一つになっていたら、名古屋はもっと早くに大都会らしくなっていたかもしれない。
 現在、駅の北にもう一本超高層ビル建設の話が出ている。旧名古屋中央郵便局がビルを建てるらしい。高い建物が増えて個人的に困ることは何もないから、どんどん建ってもらえばいいと思う。話題が増えるし、駅前もますます賑やかになる。

朝の名古屋駅-12

 名古屋人で知らない人はいないのに、全国的な知名度は今ひとつ低いナナちゃん人形。
 1973年スイス生まれで身長6メートル10センチ。もう35だけど、白くてスリムなボディは衰え知らず。
 名鉄セブンの前にあったからナナちゃん。名前は一般公募で決められた。
 季節ごとにいろんな衣装を身にまとうことでも知られていて、ときどきはニュースにもなる。夏は水着になり、冬はサンタ、ドラゴンズが優勝すればドラのユニフォームとお色直しに忙しい。着るものがないと、素っ裸になったりもするから油断がならない。このときはナゴヤ・エキトピアまつりのたすきをかけて、いち早く夏を先取りして赤いビキニを身につけていた。
 昔は名古屋駅の待ち合わせスポットの定番だった。9時にナナちゃんの下でね、みたいに言えば話は通じた。最近はどうなんだろう。
 そうえいばナナちゃんの場所変わったな。前はもっと向こうだった。今は名鉄バスセンターのエスカレータを降りてすぐのところに立っている。名鉄百貨店が大がかりなリニューアル工事をしていたから、それに伴って立ち位置も変わったようだ。一時は撤去されて姿を消していたらしい。

朝の名古屋駅-13

 駅裏と駅表の写真を撮りながらぷらぷら歩いていたら、バスが動く時間になってきた。さすがにその時間になれば名古屋の街も目を覚まして動き出す。太陽も昇って街も明るくなってきたところで、そろそろ帰ることにしよう。

 長かった激闘・河口湖編はこれでようやく完結となる。早朝の東京街歩きから始まって、亀戸天神の藤、河口湖へ移動してロープウェイ、遊覧船、流鏑馬、富士桜と巡って、池袋サンシャインのナンジャタウン、そして早朝名古屋駅散策と、ここまでが連続した日程だった。振り返ってみても、まさに激闘と呼ぶにふさわしい強行軍だったと思う。
 楽しくもあり、思い出深くもあった河口湖も、これで全部書いて自分の中で一区切りついた。もう気持ちを次へ向かわせよう。
 ネタとしては、津島のレトロ町、本町シリーズがあるから、まずはそれを紹介して、近い内にまたどこかへ旅に出よう。そろそろ歩きたくなってきた。


ホワイトデー便乗企画、クッキーと私と名古屋銘菓とオマケ
2008年03月15日 (土) | 編集 |
ホワイトデークッキー

Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II



 今日は白い日、ホワイトデー。来月はブラックデーで、再来月はイエローデーと続いていくのは韓国の話。年がら年中記念日がある韓国とは違って、日本では冬から続いたイベントが一段落するのがホワイトデーだ。ここを乗り切ればしばらく休めるぞと思ってホッとしてる人が案外多いんじゃないだろうか。クリスマスからの寂しさが続いた人にとっての終戦記念日でもある。
 義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たい男の世界と高倉健さんも歌っていた。男と女の世界も、ときに人情よりも義理が優ることもある。義理チョコには義理キャンディーや義理マシュマロで応えるのが人の道というものだ。誰だ、ホワイトデーは3倍返しなんて理不尽なことを言い出したやつは。
 今年も日本中で義理と愛情が行き来したのだろう。どこかでロマンチックな物語もあったかもしれない。今日は全国的に雨降りの一日だった。誰かの涙雨だったのか。

 私はひとあし先にホワイトデーをしてしまって、今日は特別なことはなかった。でも、せっかくのホワイトデーだし、ちょっとでも気分に浸ろうと思って、クッキーを焼いてみた。自分のために。バレンタインのときは自分に生チョコを作って送ったから、そのお返しだ。自分に自分でチョコを送って、自分にまたクッキーを送ってる男もそうはいまい。二重人格でもないのに。
 一つ完成させたいクッキーがあって、今日もそれに挑戦した。ボールクッキーといって丸い形のクッキーなんだけど、過去2回はぺちゃっとつぶれてしまって丸くならなかった。今回はもう一度レシピに忠実に三度目の正直なるかと意気込んで、またもや失敗に終わった。原因は結局分からずじまいだ。
 レシピの写真を見ると確かに丸くなっているけど、どう考えても丸を保てるような気がしない。地球には重力というものがあるから。焼いている段階で、どうしても自分の重みで下半分はつぶれてしまう。丸いままをキープさせるにはどうすればいいんだろう。もっとがっちり固めればいいのか。
 まあしかし、味は申し分ないから食べる分には問題ない。アーモンドプードルとコーンスターチを使ったこのクッキーは、口溶けサクサクでとっても美味しいのだ。市販のクッキーにもないようなサックリ感で、一度食べると忘れがたい。
 私の作ったのはあげられないので、ぜひ各自で作ってください。日頃のご愛顧に感謝して、画像だけホワイトデーのお裾分けです。
 その後もう一度よく考えてみたんだけど、要するに生地に腰がないのが原因なんだろう。粉類を混ぜ終わった段階で、ゴムべらでまとめるだけじゃなくて、そこから手で練り込まないといけないのかもしれない。自家製のうどんを考えてみると、練りが腰を生んで強い麺になるわけで、クッキーも練り込みが必要な気がする。あと、ボール状に丸めるときも、手のひらで転がして丸くするだけじゃなく、もっと押して固める方がよさそうだ。
 三度目の失敗で挫けそうになっていたけど、もう一度作ってみようという気になった。

名古屋みやげ-1

 ホワイトデーのクッキーネタに便乗して、今日は名古屋みやげなどを紹介しようと思う。
 名古屋名物というのは、食べ物屋で食べる食事ものと、おみやげなどに持っていく菓子類の両方がある。二つの要素を備えているものもあって両者の境界線は曖昧になることもあるけど、今回はまんじゅう系にスポットを当ててみる。名古屋銘菓と呼んだ方が分かりやすいかもしれない。
 まずトップバッターは、知る人ぞ知る名古屋の人気定番みやげ「シャチボン」だ。
 見た目の通り、シャチをかたどったシュークリームで、発想が名古屋らしいっていえば名古屋らしい。こういうものを作って喜んでるから、名古屋人はみんな名古屋城やシャチが好きなんだと思われてしまうのだ。なにかっていえばシャチかよとか言われてしまう。名古屋の一般人の生活の中にシャチなどいないにも関わらず。
 名古屋駅「ボン・ヴォヤージュ」という店がオリジナル商品として売り出したのが2001年のことだった。その後クチコミで評判が伝わり、すべて手作りで一日50個というプレミアもあって人気が高まっていった。
 しかし、2004年には「ボン・ヴォヤージュ」が閉鎖してしまい、シャチボンは絶滅危惧種に指定されることとなる。絶滅から救ったのは「黐木(もちのき)」という店で、現在もそこのオリジナルということで1日80個限定で販売している。パーツを全部手作りしないといけないから、これが限界なんだとか。でも、手作りゆえに全部顔が違うという楽しみも残った。
 ネタとして面白いというので、県外人よりもむしろ名古屋人がよそへおみやげに持っていくときに買っていく方が多いようだ。確かにこれはちょっと受ける。
 で、肝心の味の方はどうかというと、いたって普通のシュークリームで味にパンチはない。あくまでも見た目重視で、この形をキープするために制約も多いから、美味しさの追求は難しい。
 最大の欠点は、とても食べづらいところだ。ダメじゃん。かぶりつくには大きすぎるし、上品に割って食べようとするとパーツが取れてきて収拾がつかなくなる。一番効率的な食べ方としては、パーツを一つずつ分解して、それにクリームを付けて食べていくという方法だ。これならきれいに食べられる。ただし、パーツを取り終わった時点で、シャチボンはただのシュークリームに成り下がるので、それがちょっと悲しい。

シャチボン-2

 店頭に並ぶシャチボンたち。記念撮影する我々。
 1個340円だったか、346円だったか。
 一日80個だから、すぐになくなりそうでもあり、売れ残るようでもあり、微妙なところだ。おみやげとして持っていくなら、一人で3個とか5個とか買っていくだろうから、そう考えるとあっけなく午前中で売り切れなんてこともありそうだ。
 電話すると取り置きもしてくれるそうだ。カフェの中でお茶を飲みながら食べることもできる。形が形なので、通販はしてくれない。名古屋駅に行かないと買えないという意味では貴重な一品といえるだろう。

名古屋みやげ-3

 「なごやん」という思い切り名古屋なお菓子のハローキティー・バージョン。
 なごやん自体は昔から名古屋の定番みやげとして親しまれている。
 製造発売は、意外にも敷島パン(Pasco)で、昭和32年に発売された。最初は「金鯱まんじゅう」だったのが、一年でなごやんに名称変更している。シャチ好きは昔も今も変わらない。
 そのままのネーミングだったら、今まで残ってなかったかもしれない。なごやんという脱力感を誘う名前は正解だった。
 白餡を薄い皮で包んだまんじゅうで、「ひよ子」に近いけど、なごやんの方がもう少し固い感じがある。私は地元びいきでなごやんの方が美味しいと思う。皮の口触りが違っている。うちの田舎の銘菓「うづらの郷」もお仲間だ。
 キティちゃんバージョンは、まんじゅうの形がキティちゃんになっているのかと思ったら、違いは包装紙だけだった。やられた。せめて表面にキティちゃんの焼き印くらい押して欲しかった。中からキティちゃんが出てくるのかと楽しみにしていた女の子なら、普通のなごやんが出てきたら泣くぞ。
 一応中部限定となっているらしいけど、もっと広い範囲で売っているという話もある。1個80円で5個入りからあるからちょっとしたおみやげにはいい。

名古屋みやげ-4

 これも最近人気のおみやげとして定着しつつある「なごや嬢」。左のピンクのやつがそうだ。
 右下はボールクッキーの試作品で、このときは半円さえ保てず普通のクッキーだった。その上はオリエンタルのハヤシだ。これも懐かしい人が多いんじゃないか。ハヤシもあるでよ、のCMでお馴染みだった。
 なごや嬢は、名古屋嬢とはまったく無関係な菓子だけど、妙に美味しいので、そのギャップが面白い。人によると、長野みやげの「雷鳥の里」にそっくりだそうだ。私は雷鳥の里を食べたことがないので分からない。
 ゴーフルというのかウエハースというのか、固めの焼き菓子でホワイトチョコをサンドしてあって、歯ごたえがちょうといい感じだ。
 これは私もまた食べたいし、どこかへおみやげに持っていくにもいい。ツレがとても気に入っていたから、また買っていこう。

名古屋みやげ-5

 どんな素性のものか知らないまま、なんとなく目についたので買ってみた「桃福(ももふく)」。
 赤福のパチ物かと疑ったけど、必ずしもそうではないようだ。桃が入った大福だから桃福、理にかなったネーミングに違いない。
 調べたところ、北名古屋市の「桃花亭」というところの期間限定商品だったようだ。
 近隣で採れた桃を蜜に漬け込んで種まで柔らかくして、それを丸ごと餅でくるんだ大福になっている。種の柔らか食感は他にはちょっとない不思議なものだ。これはけっこう美味しいのでオススメしたい。期間限定というのはいつからいつまでなんだろう。
 冷凍庫で半分凍らせてシャーベットのようにすると更に美味しいんだとか。

便乗みやげ-2

 ここからは名古屋みやげではなく、周辺みやげになる。ホワイトデーのクッキーに名古屋銘菓が相乗りして、更にそこに便乗した地方みやげという構図で、こうやって伸ばしていけばネタはどんどん広がっていくことが分かった。書くことがなくて困ったらこの手を使おう。
 それはそれとして、これは「真珠のたまご」というまんじゅうで、賢島へ行ったとき買って帰ってきたものだ。
 賢島の名物といえば真珠だから、真珠関連のお菓子がたくさんあっても不思議ではない。真珠には一切関係なくても、真珠という文字を使えば、それでもう賢島や鳥羽・二見あたりのおみやげ物になる。地方のおみやげものなんてそんなものだ。
 このまんじゅうの中には1万個に一つ本真珠が入っていてそれが出ると当たり、なんてはずもなく、特に変わったところのない普通に美味しい白餡のまんじゅうだった。真珠に相当するようなものも入ってない。丸っこい形そのものを真珠に見立てているのだろう。

便乗みやげ-3

 花鳥園の定番みやげになりつつある「ふくろうまんじゅう」。白餡と黒餡の2バージョンあって、最初に行ったときに白餡を買ったから、次は黒餡にした。個人的には漉し餡が好きだから、白餡の方が好みだった。
 目のところをくぼませたり、足のところに凹凸をつけてあって、一応フクロウっぽくはなっている。ふくろうまんじゅうって言われなければ何のことか分からないかもしれないけど。

便乗みやげ-4

 これは東名高速の浜名湖サービスエリアかどこかで買った「ふじさん小町」というまんじゅうだ。
 これの地元みやげの中で占める位置は知らない。有名なのか無名なのか。富士山とは似てもにつかないというか、まったく関連性を見いだせない。だいたい、富士山と小町は結びつかないものだ。
 薄くて白い皮に黒餡を包んだこういうまんじゅうはどこにでもある。安心して食べられる味ではあるけど、新鮮みはない。全国の銘菓を一堂に集めてみれば、見た目も味もそっくりというのがたくさんあるに違いない。まんじゅうなんてそうそうバリエーションのあるものではないから。

便乗みやげ-5

 オマケ写真は、ひなまつりのときに作ったひなケーキだ。生クリームの白と、イチゴの赤と、抹茶の緑色でひな祭りを演出したつもりだったのに、自分から説明しないと伝わらないものに仕上がった。いろんな部分で失敗気味で、ひな祭り以前にケーキとしての体裁が整っていない。
 スポンジ作りをいまだにマスターできない。

 ホワイトデーが終わったら、しばらくイベントはお休みだ。子供の日や七夕といっても何をするわけではないし、お盆は意味が違う。誕生日は1月だから、もうクリスマスイブまでないことになる。考えたら、1年のうちにイベントがあるのは3月の間だけで、残りの9ヶ月は休みなのだ。12月から1月は慌ただしい中だから、もう少し分散してくれてもよかった。身内の誕生日が1月に集中してるから、特にここがタイトすぎる。
 個人的には昔からずっと気になっている謎の7月14日もあるのだけど、それはまた別の話だ。
 イベントはなくても、クッキーやケーキは作るつもりだし、名古屋銘菓を買う機会もある。新しいものに挑戦してバリエーションを増やしていきつつ、名古屋銘菓もいろいろ試してみたいと思っている。


カレーうどんなんてどこにでもあるけど、それでも名古屋名物の一つ
2008年03月07日 (金) | 編集 |
カレーうどん-1

Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II



 名古屋名物試食ツアーとして今回はカレーうどんを紹介しようと思う。去年はツレと共に名古屋名物を食べ歩いた。ひつまぶしの「しら河」、味噌カツの「手のべとんかつ うめだ」、味噌煮込みうどんときしめんは「ひらのや」で、あんかけスパの「パスタ・デ・ココ」、「コメダ」さんでは小倉トーストとシロノワール、名古屋人のソウルフード「スガキヤ」のラーメンとソフトも食べた。
 あと残っているのは、天むすと手羽先くらいになった。天むすはクリスマスのとき栄で食べ逃して、手羽先は酒を飲まない私たちはちょっと食べに行きづらいというのがある。世界の山ちゃんで酒も飲まずに手羽先だけ食べてもいいんだろうか。
 そろそろネタ切れかなと思っていたら、そうだ、まだカレーうどんがあるではないかと思い出した。エビフライはタモリが言ってただけで、実際は名古屋名物でもなんでもない。台湾ラーメンはカップ麺で食べた。
 それにしてもいつからカレーうどんは名古屋名物になっていたのだろう。ごく最近というのではないにしても、そんなに昔のことではない。遠い日の記憶としては、学校給食でカレーうどんが出てあれは美味しかったというのはある。でも、当時は誰もそれが名古屋名物だなどと認識していなかった。
 そもそもカレーうどん自体は全国のどこにでもあるありふれたうどんの一つに過ぎない。発祥も名古屋ではなく東京だ。明治37年に早稲田の「三朝庵」という店が初めて出したのが始まりというのが定説になっている。
 それじゃあ、何故カレーうどんが名古屋名物になっているかといえば、同じカレーうどんでも名古屋のものと他県のものとでは似て非なるものらしいのだ。カレーうどんを前面に押し出している専門店があるというのも特徴として挙げられる。
 具体的には、名古屋のカレーうどんスープは和風だしを効かせて、とろりとしたあん状になっている。適度にスパイシーでもある。麺は柔らかめではなく腰があるのを基本とする。そうすることによって汁の飛び散りを抑えつつ、いい感じに麺にカレースープが絡まるようになっている。味は名古屋特有の濃さだ。
 名古屋では暑い夏にも寒い冬にも好んで食べられている。酒を飲んだあとにカレーうどんで締めるという人もけっこういるようだ。
 どうして名古屋でカレーうどんが名物と言われるまでの地位を獲得できたのかはよく分かっていない。たまたま名古屋人の嗜好と合ったとしか言いようがないのだろう。

 下調べがすんだところで、さてどこで食べるべきかということになる。本来ならば、名古屋のカレーうどんスタンダードとでもいうべきチェーン店の「若鯱家」で食べるのが王道だろう。しかし、それを外すのが私たちのだいたいのパターンで、今回も「香流庵」を選択した。
 ここは雑誌やテレビなどで何度も取り上げられているところで、クチコミの評判もいい。しかも、うちの近所だった。全然知らなかった。
 でも行ってみて知らなかったのも仕方がない。通りから奥まった住宅街に店はあった。あんなところでは飛び込みの客はまず期待できない。それでも人気店になれるんだから、たいしたものだ。

カレーうどん-3

 場所は地図を調べてから行った方がよさそうだ。近所に住んでる私でさえ最初どこにあるのか分からなかったくらいだから。
 ローカルな説明をすると、「ローソン」や「ドラッグ スギヤマ」、「メガネのキクチ」がある交差点「香流小学校」を南に入って、しばらく坂道を登った左側だ。看板が出ているから通りを間違えなければ見つかるはずだ。駐車場も15台分あるから、まず大丈夫だろう。
 店内は広くもなく、狭くもなく、一般的なうどん屋といった風情だ。テーブル8つくらいで、座席数は30くらいだったか。
 知名度はそれなりにあるとはいっても場所が場所だけに行列を作るようなことはない。日曜の夕方で満席になるかならないかといったところだった。

カレーうどん-4

 ここのこだわりの一つとして手打ち麺がある。ガラス張りのブースで麺打ち職人が二人、せっせと麺を打っていた。「麺打ち職人募集」なんていう張り紙があったりして、意気込みを感じさせる。
 ここの主人が名古屋手打ち研究会の会長さんなんだそうだ。手打ち一筋50年の名人だという。店で出すうどん、きしめん、そばは全部自家製の手打ちらしい。
 そんなこだわりもあって、注文したメニューがすぐに出てくるということはない。注文を受けてから打ち始めるなんてことはないけど、10分くらいかかっただろうか。とりあえず店内に置いてあったフクロウの置物でも撮って気を紛らわせることにした。掛川花鳥園のことを教えてあげたい。
 メニューは一般的な名古屋のうどん屋さんのものが一通り揃っている。きしめんもあるし、味噌煮込みも人気のようだ。カレーうどんはノーマルのものと、びっくりカレーうどんという激辛のものがある。辛いもの好きの人は挑戦してみるといいかもしれない。

カレーうどん-2

 やってきました、カレーうどん。本格的なカレーうどんとしては、これが初対面となる。なるほど、見た目からしてつゆがとろりとした感じだ。これにも特別な製法があって、カタクリ粉は使ってないという。
 汁を飛ばさないように慎重にまずはひとくち。うん、なるほど、カレーうどんの味だなと思う。初めてだけだど初めてじゃないのは、カップヌードルカレー味などを食べているからだ。カップ麺のカレー味もかつて食べたことはある。だから、最初はわりと普通だなという印象を受ける。
 しかし、本場のカレーうどんが美味しくなるのは、中盤以降だ。最初はまろやかに感じたカレーも、食べ進めるうちに辛みが追いかけてきて、口の中で旨みが増していく。食べ始めて一度軌道に乗ったらやめられない感じになってくる。うん、これは美味しいや。
 麺もさすがのこだわりで、腰があってツヤがある。伊勢うどんのように固いのとは違う。ツルツル加減がちょうどよくて、つゆとの絡み具合もいい。これは人気が出るはずだ。
 きしめんバージョンもあるけど、どうなんだろう。きしめんはやや柔らかめで横広だから、けっこう違う印象になるんじゃないだろうか。

カレーうどん-5

 ごちそうさまでした。美味しくいただきました。
 小食の私にはけっこう多めで、カレーつゆまで飲み干すことができなかった。悔しいのでつゆに写り込んだ天井の明かりの写真でも撮ってみる。
 値段は800円。うどんと思えば高いけど、カレー+うどんと思えばこんなものか。去年までは740円だったはずだけど、値上げは最近だろうか。
 ご飯とサラダがついた定食にするとプラス100円でお得感が増す。胃袋に余裕がある人は定食にして、カレースープをご飯にかけて食べるというやり方もある。それくらいカレースープはただの汁ではなく、カレーとして独立できるくらいの存在感を持っている。スープカレーとしても充分成立しそうだ。

 ところで、カレーうどんには一つ重大な欠点がある。それは汁の飛びはね問題だ。
 うどんだからすすった方が美味しく食べられるのに、カレーうどんの場合はそうもいかない。家から直接店へ行って食べたら帰るというのならともかく、出先で食べるとなると飛びはねには神経質にならざをえない。結果としておっかなびっくり食べることになって、味わうことに集中できないということがある。これがもったいない。実際、私は二度ほど飛び跳ねてしまった。カレー色のセーターを着ていたからよかったものの。
 提案としては、カレーうどんのお客には使い捨てのエプロンを支給したらどうだろう。ちょっと格好悪いけど、服にはねるよりもいい。コストは一枚100円もかからないだろうし、なんならエプロン代を50円くらいのオプションにしてもいい。そうすればデートでも食べられるし、会社員やOLもランチで注文しやすくなる。エプロンさえつけていれば安心してすすれるから更に美味しく感じられるだろう。
 もしくは、自分ちから持っていけって話か。マイエプロンを持参してカレーうどんを食べてるカップルってどうなんだとは思うけど。
 前に「げりらっパ」という番組でさまぁ〜ずが、白いタキシードを5万円でレンタルしてカレーうどんを食べに行くという企画があった。そのときの店は「うどん錦」だったけど、あれはけっこう面白かった。

 その他の有名店としては、「鯱乃家」がある。名古屋で初めてカレーうどんを出したのがこの店だと言われている。
 もともとはここが若鯱家を名乗っていたのだけど、商標登録をとっていなかったため、後発の東海通信社に名前を商標登録されてしまって使えなくなってしまった。なんてことをするんだ、若鯱家。その後、若鯱家はどんどん事業を拡大して、30以上のチェーン店を展開するまでになった。愛知、岐阜、三重だけでなく、今や関東や関西にまで進出している。
 本家の鯱乃家はどうかというと、今でも黒川でひっそりと小さな店をやっている。カウンター10席のみという店らしいので入るのはちょっと勇気がいりそうだ。でも、ここが一番美味しいという人も多いから、そのうち食べに行きたいと思う。

カレーうどん-6

 外に出て記念写真を一枚。麺打ち職人さんが麺打ちに励んでいる様子が表から見えるようになっている。大通りに面していたらけっこう恥ずかしそうだ。でも、この姿に憧れて麺打ち職人を目指す人もいるかもしれない。

カレーうどん-7

 カレーうどんは、記憶の中で美味しさとして定着する。食べ終わってから美味しさが始まると言ったら大げさだろうか。でも一度食べるとまた食べたくなるのは確かだ。
 食べ比べもしてみたいということで、スーパーにカレーうどんを買いに行った。カップ麺で鯱乃家が出しているやつがあるというのだけど、近所には置いてなかった。期間限定だったか、地域限定かもしれない。
 あまり選択肢がなく、今回は「寿がきや」と「マルちゃん」のものを買った。そして早速、寿がきやのものを作って食べてみた。お湯で麺を茹でて、粉末のカレースープを混ぜて少し煮込めば完成だ。麺は生麺タイプになっている。
 マルちゃんの方は名古屋のカレーうどんとは違うだろう。赤いきつねと緑のたぬきでお馴染みのメーカーで、製造元も東京になっている。こちらは乾麺だ。近いうちに食べて比較してみる。
 さて、寿がきやのカレーうどんだけど、なるほどそうだよねという味だった。当たり前のカレーうどんで、美味しいには美味しい。名古屋風にカレースープもとろみのあるあんタイプになっていて、スパイシーだ。ただ、基本のだしが違う。たぶん魚類系のだしだろう。香流庵のものとはずいぶん印象が違っていて、だしが味を大きく左右することが分かる。麺は一般的な食感で、腰は足りない。
 これを食べてみて、あらためて香流庵のカレーうどんが美味しかったと思った。インスタントでは初めから勝負にならないのは当たり前だけど、カレーの味、だしの取り方、麺の腰とツルツル感、それらが絶妙に絡み合ったとき、初めて美味しいカレーうどんになるということを知った。単純なようで奥深い料理だ。

 カレーうどんが名古屋名物だと認識してない人も多いと思う。私も自分で食べてみるまで半信半疑だった。でも食べてみたら、これは名古屋名物として推したい気持ちになった。味噌煮込みよりも一般受けするはずだ。名古屋に来たときは一度食べてみて欲しい。
 今後も名古屋名物を追いかけていきたいと思っている。そういえば、イタリアンもあった。イタリアンって知ってるだろうか。鉄板の上に溶き卵を敷いて、その上にナポリタンを乗せた料理だ。名古屋の喫茶店でスパゲティを頼むとそれが出てくるし、一般家庭でもイタリアン用の鉄板を持っている。これも知られざる名古屋めしの一つだろう。機会があればそれも紹介したい。
 そんなわけで、名古屋のカレーうどんをよろしくお願いします。


テレビ塔は名古屋人のためにただそこに建ち続けることでよしとする
2008年02月04日 (月) | 編集 |
テレビ塔-1

Canon EOS 20D+EF-S 17-85mm f4-5.6 IS



 古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます(鶴田浩二)。
 我らがテレビ塔が、知らない間にリニューアルしていた。それも2006年の6月というから、私としたことがうっかりしていたもんだ。コンセプトはズバリ、脱昭和。古式ゆかしい昭和のおみやげ屋などを一切取っ払ってオシャレ空間に生まれ変わったというが、果たしてその真相は!? 真偽を確かめるべく、我々は一路テレビ塔へ向かったのだった。
 事前調査の段階で分かっていたことは、古いおみやげ屋やレストランなどのフロアにやや高級レストランなどのテナントを入れたということだった。私は知らないけどけっこう有名らしいゼットンというところの「タワー・レストラン・ナゴヤ」も話題になっているらしい。
 ランチは2,300円から4,500円、ディナーは4,800円からとなかなかのもの。見晴らしはよさそうだけど、4階ではやや低いか。
 同じフロアにはラウンジもあって、名古屋では珍しく深夜2時まで営業しているようだ。
 展望台の営業時間も、これまでは土日だけ21時までで平日は18時までだったのを、毎日21時まで営業するようになった。それはありがたいけど人件費と光熱費でかえってマイナスではないのか。
 その他、ギャラリーや名古屋を紹介するスペースなどが設けられ、1階にはマ・メゾンなどの食事関連の店が入った。オープンテラスもきれいになったようだ。
 これまでは入り口から入ってすぐ入場料金を払うシステムだったのが、展望スペースだけ有料となって、1階から4階までは無料となった。これはいいことだ。いいことついでに、展望台の料金も750円だったのが600円に値下がりした。コンビニでチケットを買っていけば500円だし、JAF割引も100円引きなので実質500円となり、これなら安い。実はけっこう頑張っているのだ、テレビ塔。
 更に、今回のリニューアルのもう一つの目玉が、タワーウェディングだ。地上100メートルの吹きさらしで式を挙げることができるという。いいんだか悪いんだか。披露宴はそのまま4階のレストランを貸し切りで行うことになる。今までどれくらいのカップルが式を挙げたんだろう。人気はあるのかないのか。

テレビ塔-2

 真下から見上げるテレビ塔は意外と大きくて存在感がある。なかなかのもんだ。ただ、東京タワーに比べたら明らかに迫力不足ではある。ほっそりしている。良く言えばスリムでシャープと言えるだろうか。デザインは古いような新しいような、どっちなんだろう。無骨な鉄骨むき出しというのが逆に新しいようにも見える。時代が一周巡って、周回遅れで先頭に立ってしまったランナーのようなものかもしれない。
 しかし、名古屋のテレビ塔、実は日本で一番最初に誕生した電波鉄塔なのだ。東京タワーが昭和33年(1958年)に対して名古屋のテレビ塔は4年前の昭和29年に建っている(札幌のテレビ塔は昭和32年)。つまり、東京タワーはテレビ塔の二番煎じどころか三番煎じなのだ。勝ったな(完全に名古屋人的発想)。
 ただ、そのテレビ塔も、パリのエッフェル塔をパクっているから大きなことは言えない。日本で一番最初という点だけは自慢のタネになるかもしれないけど。
 できた当初の古い写真を見ると、周りには高い建物がなくて、足下は広場のようになっているから、本当にエッフェル塔っぽい雰囲気を持っていたことが分かる。今は周りのビルに囲まれて街に埋もれるような形になってしまっている。180メートルではちょっと低すぎた。おかげで地デジにも対応できず、地上デジタル放送の電波塔は瀬戸に新設されてしまった。テレビ塔は2011年に電波塔としての役割を終えることになっている。ただし、塔自体がなくなってしまうわけではないので心配は無用だ。2005年に国の登録有形文化財に登録されたから、ちょっとやそっとのことで取り壊されることはない。

テレビ塔-3

 入り口から入ってすぐにエレベーターガールがお出迎えしてくれて、エレベーターで3階まで上がる。あ、でも案内だけでエレベーターには乗り込まないからエレガではないことになるか。
 3階でチケットを買って、もう一度エレベーターに乗ってスカイデッキ(90メートル)を目指す。ここではエレベーターガールと共にいくことになる。
 写真は上昇中の様子だ。全面シースルーなんで、スリルが味わえる。鉄塔の上の方へ行くと細くなるから、狭い筒の中を上昇してるようで不安感が襲う。夜でも恐かったから昼間はもっと恐ろしそうだ。高所恐怖症の人にとっては拷問に近い。
 テレビ塔にはもう一つの登り方がある。それは、階段を歩いていく方法だ。東京タワーなどでもイベントなどで登れるようだけど、テレビ塔はいつでも行けるようになっているはずだ。435段でそんなに険しい道のりではないらしいから、上りが嫌なら下りだけでも階段を使うというのもよさそうだ。足下が見えて相当恐いらしいけど。
 テレビ塔ができた当初、階段上り競争が行われたのだけど、危険すぎるということで一年で終わってしまったという歴史もある。
 エレベーターはのんびり上昇していく。決して焦らない。200メートルを1分だなんだとそんなエレベータースピード競争時代の生まれではないから。50〜60メートル上がるだけでもたっぷり1分の時間をかける。おかげで耳がキーンとならなくていい。こういうところは景色を眺める楽しみもあるから、あえて急がないというのも一つの考え方だ。

テレビ塔-4

 おっと驚くオシャレ空間にちょっとびっくり。昔のテレビ塔がどんなふうだったかもはや思い出せないのだけど、こんな洗練されてなかったことは確かだ。カップルを意識した椅子やソファーも気が利いている。これならゆっくりくつろいで景色を楽しめる。ここは脱昭和に成功していると言えるだろう。
 しかし、狭いな。鉄塔の上の方だから小さくなっているのは分かるのだけど、東京タワーへ行ってきたあとだから余計に狭く感じる。しかし、お客が少ないので狭くても平気だ。この日も日曜の夜7時、8時というのに、カップルが数組だけだった。これじゃあ電気代も稼げないんじゃないか。リフォーム代を回収できるのはいつの話だ。展望台の代金値下げも大丈夫かと心配になる。

テレビ塔-5

 スカイデッキから階段で上がったところに、オープンデッキのスカイバルコニーがある。ここが一般人が登れる一番上で、地上100メートルだ。
 全面金網張りで金網デスマッチのようになっている。逃げたくても逃げられない。ここに出る扉が手動の横開きというあたりに昭和の名残を見た。
 網にはいくつかの南京錠がつけられていた。渥美や伊良湖の流れだろうけど、ここにそんな伝説はない。
 金網が張ってあるとはいえ、吹きさらしなので何しろ寒い。5分と持たずに室内に逃げ込んだ。夏は暑そうだし、夜景をうっとり眺めながら過ごせるのは季節が限られている。
 以前このスペースは、展望バルコンという名前だったはずだ。バルコンというのはバルコニーのフランス語で、このあたりのネーミングにもエッフェル塔への対抗意識がうかがえる。スカイバルコニーに名前が変わったのもリニューアルのときだったのだろうか。
 昭和の一時期、日本人はやたらフランス語を使いたがった。定着しているものもたくさんあるけど、すっかり古びて使われなくなった言葉も多い。アベックはぎりぎり、ランデブーはもう使わない。パンタロン、シミーズ、ネグリジェ、シャッポなどの服装関連はめっきりすたれた。アトリエとかブティックなんてのは一応残ったか。
 名古屋人ならあくまでもここは展望バルコンと言い張って欲しい。
 そういえば、何年か前に、ここからデイトレードで儲けたドル紙幣をばらまいた男がいたなんてこともあったっけ。

テレビ塔-6

 見晴らしはなかなかいいけど、金網越しでは写真は厳しい。カメラのレンズを出すための穴なんてのも開いてない。
 見えているのはオアシス21だから、南東方面になるのか。右側に見えているのが、いわゆる100メートル道路と呼ばれる久屋大通で、その間にセントラルパークがある。テレビ塔は、セントラルパークの北寄りに位置しているから、地下鉄で行く場合は、栄ではなく久屋大通で降りた方が近い。
 最近は高い展望台も増えて、100メートルでは低いくらいに感じる。できた当初は、未体験の高さに名古屋の人たちはさぞかし驚き感動したことだろう。

テレビ塔-7

 一段下の室内に戻ってきた。10メートルの差はけっこうあると感じる。90メートルでは地上に近い。
 名古屋駅のタワーは西になる。栄は名古屋駅よりも北にあるのだけど、道が斜め下に伸びているから、それをたどっていくと名古屋駅にぶつかる。
 県外の人は栄と名古屋駅が案外近いと思って歩く人もいるそうだけど、名古屋人にしたらとんでもないことだ。栄から名駅まで歩くやつなんていない。直線距離にしたら3キロくらいだから歩けない距離ではないけど、感覚として歩いていくような位置関係にはないという思い込みがあるから。

テレビ塔-8

 こちらは三越などがある栄の中心方面だ。前に紹介したビルに張り付いたサンシャイン栄の観覧車も頭が見えている。
 晴れた冬の日は、遠く御嶽山や中央アルプス、三河湾や知多半島まで見渡せるそうだ。でも同じものは、名駅のミッドランドスクエアからの方がもっとよく見えるわけで、テレビ塔ならではというのはあまりないのかもしれない。栄も地上はけっこう暗いし、人もあまり歩いていない。名古屋人はみんな地下を歩いているから。

テレビ塔-9

 ビリケンさんが大阪の通天閣から出張してきていた。オリジナルはもちろん通天閣にいて、これは平成になって作られたレプリカだ。全国を回って願いを聞いて叶えているらしい。名古屋には12月28日から1月27日までいて、私たちが行ったときはもう帰る寸前だった。
 足をこしょこしょくすぐって顔が笑っているように見えたらビリケンさんに願いが届いたことになるんだとか。私たちも触っておいた。

テレビ塔-10

 これも一緒に出張してきたのか、ビリケン自販機。肝心のビリケンさんが帰ったあとにこれだけ残されても何のことか分からない。テレビ塔とビリケンさんは何の関係もないのだから。
 テレビ塔のおみやげといえば、金色に輝くテレビ塔のミニチュアが定番中の定番だった。私も昔持っていたのに、あれはどこへやってしまったのだろう。捨てるわけはないと思うんだけど。
 残念ながら昭和のおみやげ物屋さんは撤去されてしまったので、あの手の昭和みやげを買うチャンスはもはや失われてしまった。古き良き日本のおみやげ屋として、あれだけは残しておいて欲しかった。なんでもかんでも新しければいいというものでもない。
 たくさん集めていたペナントもどこにいったんだろう。

テレビ塔-11

 1時間ほどテレビ塔を堪能して降りてきた。これでもう四半世紀は登らなくてもいいだろう。あそこは、20年か30年ぶりくらいに行ってこそ感慨が持てる場所だ。そう頻繁に行くところではない。
 それで結局、昭和検証はどうなったかといえば、なるほどだいぶ払拭した感はあった。ところどころで隠しきれない部分があるにしても、かなり頑張ってる印象は持った。昼間に行くともう少し違う感じを受けるのかもしれない。
 ここは県外の人よりも名古屋人のためにあるものかもしれないと思う。東京における東京タワーとは明らかに存在意義が違う。子供の頃行って以来長らく行ってなくて何十年ぶりかにいくといろいろと思うところがある。思い入れがないと感動が薄い。単純に展望台からの景色というならミッドランドスクエアの方が見応えがある。名古屋へ行ってテレビ塔に登ってきたと言っても自慢にならないし。
 個人的には、ここはずっと昭和のままでいて欲しかった。むしろその方が付加価値が高かったように思う。もっと時代が進めば純然たる昭和色の価値がもっと上がると思うし、中途半端なことをするとかえって観光客を減らすことにもなりかねない。
 まあしかし、それより何より、テレビ塔というのはその外観というか名古屋の中心に建っていることそのもので充分価値があるのだろう。ただそこにあるだけで安心するような存在がテレビ塔だ。誇りにもならないし、特に話題にもしなくても、栄に行ったときにいつもの場所に建っているのを確認して、ああ、テレビ塔か、といったぐらいできっといいのだ。




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