現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
名古屋を代表する二つの教会にクリスマスイブの日に行ってきた話
2008年01月06日 (日) | 編集 |
主税町教会-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 / DMC-TZ1



 名古屋市最古の教会という主税町(ちからまち)カトリック教会というのがあるのを初めて知ったのは、おととしのことだった。一度見に行きたいと思いつつなかなか機会がなくて延びのびなっていた。ようやく行くことができたのはクリスマスイブの日だった。
 イブの午後ということで入れるかどうか心配したのだけど、門が開いていたので思い切ってお邪魔することにした。さすがカトリックの教会はオープンハートだ。イブのミサは夜だったのだろうか、教会はひっそりと静まりかえってひとけがない。
 場所は主税町三丁目で、名古屋人には、清水口の美宝堂がある交差点を南に41号線沿いに行ったところ、と言えば分かってもらえるだろう。あんな大通りに面しているとは思ってなくて、地図とカーナビを見ながらぐるぐる探し回ってしまった。もっと奥まった裏通りにあるものとばかり思っていた。
 駐車場がないので、路上に少しとめておくことになった。長居は無用だ。関係者以外は中まで車で入っていくのはまずそうだった。

主税町教会-2

 左奥が教会堂で、明治37年(1904年)に士族の屋敷を改造して建築された。一部は昭和60年(1985年)に改修されたものの、教会建築では名古屋市最古のものとなっている。
 日本家屋の屋根に十字が乗っかっていて、玄関の三連アーチは洋風だ。建築された当時は鬼瓦の上に十字架が立っていたそうだ。それもまた面白い光景だ。大正11年(1922年)の改築で現在の姿になったようだ。
 内部も和洋折衷で、壁は漆喰塗りなのに床は畳敷きになっていた。平成15年(2003年)にフローリングの床になってしまったのはちょっと残念なところだ。畳敷きの教会というのは一度見てみたかった。
 右手前は平成2年(1990年)に復元された鐘楼で、まだ新しい。中の鐘は明治23年(1890年)にフランスのマルセイユで製造されたものだそうだ。今でも日曜のミサのときは鐘を鳴らしているという。
 主税町教会の歴史は明治20年(1887年)までさかのぼる。名古屋や岐阜でカトリックの布教活動をしていた井上秀斎という人物が、フランス人宣教師のデュルパン神父とともに教会を作ったのが始まりだった。
 それからこの地方のカトリック教会の中心となり、大正末期まで名古屋で唯一のカトリック教会でもあった。
 明治21年には敷地内に小学校が建設され(明治35年廃校)、現在は幼稚園が併設されている。

主税町教会-3

 教会堂の裏手には司祭館もある。明治23年(1890)年に建てられたものを昭和5年(1930年)に改築した。
 このときはケヤキの落ち葉が屋根に降り積もって、それを光が照らしてきれいだった。
 後ろにある大ケヤキは高さ19メートルもある大きなもので、ここのシンボルのようになっている。

主税町教会-4

 庭の一角に、ルルドの洞窟を模したものがあって、マリア様もいる。
 明治42年(1909年)にフランスのルルドに聖母マリアが出現したという伝説を再現したもので、日本でもあちこちの教会で作られている。私は、多治見のカトリック修道院と、東京のカテドラル聖マリア大聖堂で見た。
 この主税町のものは日本で2番目に古いもので、当時のフェラン神父が富士山の溶岩を使って作ったものだそうだ。

主税町教会-5

 教会堂の扉をおそるおそる開けてみると開いたので、中にも入らせてもらうことにした。
 しんとした空気に満たされていて、誰もいない。この雰囲気はまさに現役の教会特有のものだ。ある程度馴染みのものとなりつつある。
 募金箱と絵はがきが置いてあったので、お金を入れて絵はがきを記念にもらってきた。
 中に入っていいものかどうか確信が持てなかったのと、路上の車が心配になったので、早々においとますることにした。せっかくだからもう少しゆっくりしたかったのだけど。

南山教会-1

 主税町教会をあとにしたのち、教会のはしごとばかりに南山教会にも行ったのだった。これは昭和区南山町にある。
 南山教会については以前詳しく書いたので繰り返さない(あのときは私の大学入試の思い出と絡めて書いたので、読んでない方はブログ検索で)。今回は写真中心に。

南山教会-2

 私たちが着いたときは、ちょうどクリスマスコンサートが終わったところで、中からゾロゾロと大勢の人が出てくるところにぶつかった。事前に電話で訊ねてミサは4時からというのは知っていたのだけど、駐車場が満車で何事だろうと驚いたらそんなことだった。おかげでずいぶん遠くにとめて寒空を歩くことになった。
 そのあとも、コンサートの居残り組とミサ待ちの人でそこそこの賑わいとなった。静かな教会もいいけど、クリスマスらしい華やいだ雰囲気を知ることができたのはよかった。

南山教会-3

 普段はあがれない二階にも行くことができたのは収穫だった。ここからの眺めは一階とはまた違った趣がある。教会の祭壇というのはたいていは高いところにあって見上げるようにできているから、こうして見下ろしたのは初めてだ。神父やキリストの十字架を見下ろすというのは、信仰的にはやや問題があるかもしれない。ここからではあまり謙虚な気持ちにはなれない。

南山教会-4

 二階はパイプオルガンのあるところで、基本的に信者があがるところではないのだと思う。
 色とりどりのステンドグラスを通して差し込む光が美しくも神々しい。

 教会を一日に二つも行ったので、すっかり浄化された気分になった。教会はやっぱり効く。浄化作用は海にも劣らず、神社仏閣よりも効果がある。信者である必要はないから、たまに行くのはいいことだ。
 これで布池教会とあわせて名古屋を代表する3つの教会を回ったことになる。他にも小さなところやマイナーな教会はたくさんあるのだけど、どこまで入っていけるかの判断は難しい。あまりこぢんまりしたところだと観光気分で入っていくのはためらわれるし、見とがめられないまでも何かご用ですかと訊かれたら言葉に詰まってしまう。あ、いや、見学で、とは言いづらい。名古屋ハリストス教会あたりも興味があるのだけど。
 それでも今後とも教会巡りは続けていきたいと思っている。名古屋に限らずどこかへ遠出したときは教会も調べて行ってみたい。あまり一般に開いているとは思えないプロテスタントの教会も入れるものなら入ってみよう。カトリックとの違いも知りたいし。
 そんなクリスマスイブの教会巡りの話でした。


豊橋観光では外せない豊橋ハリストス教会は曇りのち青空
2007年11月14日 (水) | 編集 |
豊橋ハリストス教会-1

Canon EOS 20D+SIGMA 18-50mm f3.5-5.6



 市電を見たあとは、豊橋ハリストス正教会へとやって来た。
 豊橋というところは見所がはっきりしていて分かりやすい。市電の次はハリストス教会と公会堂を見て、余裕があれば吉田城や二川宿まで回って、一日たっぷり過ごすなら動植物園の「のんほいパーク」や貴重な湿地植物が咲く葦毛湿原がある。そこまでフルメニューでこなせば、豊橋を見知ったと言っていいだろう。
 というわけで、ハリストス教会だ。ここは前々からずっと見てみたいと思っていて、ようやく念願が叶った。なるほどこれがそうか。ゆっくり近づきながらしげしげと眺めてみる。
 国道一号線から少し入ったところにさりげなく建っていて周りとの違和感がない。荘厳な雰囲気というのとは違って、洒落た洋館のようなたたずまいだ。去年(2006年)外観補修で塗り直しているから余計にそう見えたのだろう。歴史のある趣というには外見が真新しすぎた。良くも悪くも威圧感のようなものがなく、厳粛という感じでもない。思い描いていたのとは少し違った。

豊橋ハリストス教会-2

 門や塀があるわけではなく、周りは普通の民家が建ち並んでいて、どこからどこまでが教会の敷地なのかよく分からない。裏にある駐車場は教会のものかと思ったら、どうやら月極駐車場のようだった。どこまで踏み込んでいいものか、やや戸惑う。
 日曜日の午後だけはミサのあとに内部見学ができるそうなのだけど、この日は祝日の月曜日ということで扉は閉ざされていた。残念。正教会はカトリックの教会と比べるとやや閉ざされ
れ感がある。
 とりあえず教会の周りをぐるぐる周りながら写真を撮る我々。あたりにひとけはない。不審者に思われないかちょっと心配だったけど、たまにこういう観光客も訪れるだろうから、私たちが特別怪しげに見えたということはなかっただろうと思う。

豊橋ハリストス教会-3

 建物は大きいは大きいけど、大聖堂というほどの規模ではない。見慣れないビザンチン様式の割には違和感がないのがちょっと不思議だ。それが個人的な印象なのか誰もがそうなのかはよく分からない。
 屋根の鐘塔やドームがなければ、個人宅の洋館か学校かそんなふうに見える。複雑な構造にわりにバランスが取れている。
 設計したのは建築家ではなく、半田市出身で東京の副輔祭をしていた河村伊蔵という人物だった。どういう経緯でそういうことになったのかはよく知らない。東京神田のニコライ堂完成に立ち会い、1915年(大正4年)に豊橋のハリストス教会の設計を担当することになった(その前に松山のロシア人捕虜収容所の聖堂や大阪修善寺の聖堂も設計している)。その頃までは日本におけるロシア正教会の聖堂建築は完成の域にあって、河村伊蔵も京都と大阪の聖堂を参考にしたと言われている。
 その後続けざまに福島の白川聖堂と函館の聖堂を完成させている。函館は正教会発祥の地ということで力が入ったのだろう。立派なレンガ造りの聖堂で、あちらは国の重要文化財にも指定されている。豊橋は木製で、県の文化財指定にとどまる。この違いは何なんだとちょっと思う。古い木造だし、これはこれで価値が高そうなのに。
 聖堂は、八角形の鐘塔を持つ木造3階建てで、屋根はパステルグリーンの銅板葺きになっている。ドーム状の塔も正教会のシンボルだ。
 白ペンキ塗りは日本特有のものだそうだ。京都の聖堂はグリーンに塗られているし、ニコライ堂の屋根も緑だったから、イメージカラーはグリーンなのだろう。本場ロシアの聖堂はもっときらびやかな感じのものが多い。

 ロシア正教会については、以前ニコライ堂を紹介したときに書いたから、繰り返すのはやめておく。
 日本における正教会の歴史は、江戸の末期1861年にニコライが函館に降り立ったときから始まった。やがて布教活動は全国に広がり、豊橋へは明治8年(1875年)にやって来た。それから信者は少しずつ増え、苦労の末に聖堂を完成させたのは38年後の大正2年(1913年)のことだった。
 本国ロシアでは、日露戦争、第一次世界大戦、ロシア革命と混乱が続き、その影響は日本の正教会にも及んだ。それでこちらまで資金が回ってこなくて教会も苦労したようだ。1922年にはロシアは社会主義国のソビエト連邦となり、宗教は否定されてしまう。日本のロシア正教の人たちはさぞや困ったことだろう。
 豊橋のハリストス教会は、幸いにも第二次大戦では焼けずに残り、昭和20年(1945年)の三河地震でも倒れなかった。戦時中、鐘は軍に持っていかれたものの、昭和31年(1956年)には新しいものをつけることができ、屋根もブリキ板から銅板になり、昭和35年(1960年)に現在の姿となった。
 教会には古い文献や美術品なども残っていて、山下りんの「主の昇天」や「ハリストスの降誕」などもあるという。

豊橋ハリストス教会-4

 十字架の上にカラスがとまっていた。それを喜んで撮る私たち。教会の十字架にカラスって、シュールな絵で少し笑えた。
 正教会の十字架はカトリックなどでお馴染みのものとは違う形をしている。ロシア正教会特有のもので、八端の十字架と呼ばれている。上の短い横棒はキリストがはりつけにされたとき頭に打ち付けられた罪状の板を表していて、右下がりになった下の横棒は足台を意味しているらしい。
 ロシア正教では十字の切り方もカトリックとは違っている。カトリックの場合は上下左右という順番なのに対して、ロシア正教は左右が逆になり、上下右左となる。指も三本指で切る。三本というのは父と子と聖霊の三位一体と表しているという。右から始めるのは右を神聖視しているからで、信者は結婚指輪も右手の薬指にはめるそうだ。

豊橋ハリストス教会-5

 道を隔てた向かい側にある豊橋公園をうろついて戻ってきたら、空が急に晴れて青空が戻った。やっぱり教会は青空がよく似合う。白い色もよく映える。今にも鐘の音が響いてきそうだった。
 内部は見られなかったけど、この姿を見られたから満足した。

豊橋ハリストス教会-6

 光があふれる教会の様子をもう一枚。灰色の曇り空を背景にしたときとはずいぶん感じが違う。教会というとなんとなく薄暗いようなイメージがあるかもしれないけど、本来は光を求めるものだから明るい日差しが当たっている方が似合うのだ。必ずしも重々しく荘厳である必要はない。

 正教会は全国に有名、無名なものがたくさんある。機会があれば他のところも行ってみよう。特に京都と函館のものは一度見てみたい。
 名古屋ハリストス教会というのもあるらしいけど、ここはかなり身内な感じが強そうで観光気分で行くところではないのかもしれない。
 教会自体も、神社仏閣同様、折に触れて巡っていきたい。名古屋最古の教会堂、主税町カトリック教会も行こうと思ってまだ行けずにいる。


今年最後は布池教会で反省なき締めくくりと新たな思い 2006年12月30日(土)
2006年12月31日 (日) | 編集 |
布池教会大聖堂

PENTAX istDS+TAMRON 28-200mm XR(f3.8-5.6), f3.8, 1/8s(絞り優先)



 重い扉を静かに開いて、おそるおそる中をのぞき込む。大聖堂の内部は静まりかえり、木の椅子に腰を下ろしている人の姿が数人確認できた。どうやら入っても大丈夫そうだ。ちょっとおじゃまします。
 クリスマスイブの日曜午後、ミサを終えた礼拝堂は夜のクリスマスキャンドルまでの間、しばしの休息に入っていたらしい。私たちも椅子に座ってしばらくの間、そこで過ごすことにした。クリスチャンでも仏教徒でもないけれど。もちろん、ヒンズー教でもゾロアスター教でもない。
 見上げるとアーチ型を描く天井が高い。正面上部にはイエス・キリスト十字架のステンドグラスがはめられ、光を通して鮮やかな色彩を放っている。振り向くと二階には大きなパイプオルガンがあるのが見える。以前訪れたとき、その音色を聞いた。それは遠い記憶を呼び覚ますような懐かしい音だった。
 大聖堂の中の空気感をどう表現すればいいだろう。神聖という言葉は逆に安っぽく、厳かというほど重たく暗いものではない。ひんやりしているけど暖かくて、硬質だけど堅苦しくはない。濃密な空気に全身が包まれて守られているような安心感を覚える。とても居心地がいい。一度坐ったらもう動き出せないような気さえしてくる。たった壁一枚でこれだけの空気を閉じこめることができるのはどういうことだろう。外界とは明らかに異質の空気が支配する、まさにここは異空間なのだ。
 ひとつには人間の善良な部分だけで成立しているということがあるだろう。悪い人間はほとんど入ってこない場所だし、少しくらいの悪い想念もここでは簡単に浄化されてしまう。あるいは、祈りの念が空気に重みを与えているのだろうか。ここは芸人殺しだ。この空間ではダウンタウンでもスベってしまうに違いない。
 大聖堂というのは、他のどの場所の空気感にも似ていない特別なところだ。特にここ布池教会はそれが色濃い。ここを訪れて心地いいと感じれば、それは善良な側に属している証拠と言っていい。人が人を選ぶように、場所もまた人を選ぶ。

布池教会外部

 5階建ての鐘楼は地上50メートル。遠くからでも2本のとんがりがよく目立つ。東区の自慢のひとつだ。名古屋市の都市景観重要建築物にもなっている。
 ゴシック様式の建物は鉄骨鉄筋コンクリート造りで、1962年(昭和37年)に建てられた。聖ペトロ・聖パウロ司教座教会とも呼ばれるカトリックの教会だ。
 司教座聖堂はカテドラル(Cathedral=大聖堂)とも呼ばれ、カトリック教会の中心を意味している。この布池教会は愛知、岐阜、石川、富山、福井県の名古屋教区の中心となっている。司教座のことをカテドラともいうので、なんとなくややこしい。
 日本のカトリック教会は16の教区があって、東京、大阪、長崎の三つの教会管区に分けられる。一般人は覚える必要のない知識だけど、自分の住んでる街のカテドラルくらいは知っておいてもいいかもしれない。
 場所は、東区の桜通と錦通に挟まれたやや奥まったところにある。近い駅は、地下鉄東山線の新栄町駅か、地下鉄桜通線の車道駅で、それぞれ歩いて5分くらいだろう。高い尖塔が見えるはずなので迷うことはない。車の場合は、少しとめられる無料駐車場か、近くのパーキング利用になる。

布池教会前の人々

 教会前の人々。若いカップル、写真を撮る人、塔を見上げる人、結婚式の説明を受ける二人。ここは名古屋で一番大規模なカトリック教会結婚式を挙げることができるところでもある。最大参列者数は700人とかだったか。それだけいっぱいにするには芸能人か財界人でもないと難しいかもしれない。
 ちらっと調べたら、平日20名で54万円とか。高いのか安いのか、まったく見当がつかない。これがどこまでのコースなのかもよく分からない。もしかしたら、披露宴まで含めての金額なのだろうか。結婚式の終わりには白い鳩が飛ぶらしいから、鳩代ってことも考えられる。その鳩たちはちゃんと家に戻ってくるんだろうかなんてことが気になったりならなかったり。
 値段はともかく、本物の教会で結婚式を挙げたいカップルには断然おすすめできる。結婚式場の教会とは全然違うはずだ。もう少し規模が小さくてもいいなら南山教会もあるけど、名古屋で一番といえばやはりここだ。神前で名古屋一となると熱田神宮会館ということになるのだろう。
 日本の場合はカトリック教徒でなくても教会で結婚式はできる。ただ、結婚準備講座というものに参加しなくてはならないようだ。

 大聖堂の中で30分ほど過ごしていたら、少し人が増えてきてザワザワしだした。夕方からのクリスマスキャンドルの準備も始まったので、出ることにする。非日常的空間から日常へ。扉を開けた向こうには、いつものざわついた街の音がして、私たちは一瞬にして夢から覚めた。けど、やはり私たちが生きるのはこちら側だ。あちら側ではない。教会へはときどき行くくらいがちょうどいい。ひと月に一度かそれくらいで。あちらが日常空間になってしまったら、ありがたみがなくなってしまう。
 今年最後の絶好の懺悔機会だったけど、私は何も思うところはなかった。反省からは何も生まれないと思ってるから。自分がしてしまったことを悪びれてもしょうがない。反省するようなことは最初からしなければいい。失敗も間違いもすべてこの先でいかせばいいだけだ。無駄なことは何もない。懺悔して許してもらって何もなかったことにしてもらおうだなんて思ってはいけない。起こったことはすべて積み重なっていく。日々感謝の気持ちを忘れず、自分が幸せになることで恩返ししたい。それが自分を支えてくれている人たちに対してできる唯一のことだと私は思っている。
 とにかく前へ進むこと、少しでも遠くまで行って、見たことがない景色を見たい。その思いは今年一年を通して変わることがなかった。このブログも、ほぼ休むことなく一年書き続けて、日々新たな発見があった。今年は今日で最後になるけど、来年も今年以上に書きたいと思っている。私にとっても読んでくれている人たちにとっても、毎日が今日という日を生きた証になればいい。昨日まで知らなかったことを知ること、それが書き続ける意味だ。
 今年一年、どうもありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。さよなら2006年、こんにちは2007年。


多治見修道院はとっておきの大事な場所だけどオススメ 2006年11月17日(金)
2006年11月18日 (土) | 編集 |
多治見修道院-1

OLYMPUS E-1+ZD 14-45mm(f3.5-5.6), f5.6, 1/250s(絞り優先)



 国道19号線を東に向かって走り、「上山町2」の交差点を左に曲がると、突然目の前に中世ヨーロッパが現出して驚く。おおっ! と小さく叫び声ももれるかもしれない。多治見修道院との初めての対面は、食パンをくわえて走りながら角を曲がったらいきなり美少女とぶつかったときのような思いがけない出会いだった。
 それまで教会やキリスト教には一切無縁だった私に、教会の魅力と親しみやすさを教えてくれたのが、ここ多治見修道院だった。その存在を初めて知ったのが去年の2月。一度どんなところか遠巻きに見てみようとおそるおそる出向いてみた私は、修道院の建物に圧倒されつつ、導かれるように大聖堂にふらふらと入り込んでしまった。そして、その空気に触れたとたん、私はかつて味わったことのない厳粛さに打ちのめされ、と同時に心地よさに包み込まれてしばらく動けずに立ち尽くことになる。

 多治見にあるカトリック神言修道院は、1930年(昭和5年)に神言会の宣教師モール神父によって、修道生活と修道士育成のために建てられた。最初の30年は神言会の日本本部として機能していた伝統のあるところで、男子日本三大修道院のひとつとされている。ただし、残りふたつがどこかは定かでない? 調べても、多治見の修道院が三大修道院のひとつという情報しか出てこないのだ。北海道の聖ベネディクト女子修道会・札幌修道院と長崎のフランシスコ会・長崎修道院が日本三大修道院というのはあったけど、これが本当かどうかもよく分からない。
 神言会(しんげんかい)というのは、1875年にドイツのアーノルド・ヤンセンによって作られたカトリックの修道会で、日本には1907年に入ってきた。名古屋や秋田、長崎などで活動が行われ、名古屋の南山大学もこの系列になる。多治見修道院も南山大学のものという一面(全面的に?)もあるようだ。
 修道院の建物は、地上3階、地下1階の木造建築(石造ではないのはちょっと残念)で、建坪1,000坪、ぶどう畑は3,000坪という、かなり広い敷地を持っている。建物を正面から見ると細長いかまぼこ型のように見えるけど、実際はコの字をしている。白い壁に赤い屋根、尖塔に鐘楼、アーチ窓と、どこをとっても本物感満点だ(そりゃ本物だから)。
 裏手に回ると、南山の関係者が研修や合宿などに使うログハウスや、広い畑、修道士や神父の墓やマリア像などがあり、こちらの空間はより俗世との隔絶感がある。
 大聖堂内部は、白と青を基調とした涼やかな色合いで、窓にはステンドグラスが入り、壁には宗教画などが描かれている。基本的には撮影禁止なのだけど、人が少ないときに頼めば撮らせてくれるようだ。

 ここの空気感が、他の教会よりも更に濃密なのは、かつては修道院でもあった歴史とも無関係ではないだろう。ドイツなどからやって来た多くの修道士たちが、ここで日々祈りの生活していたそうだ。世間とは断絶した中での彼らの思いや息づかいが、今でもこの場所につなぎ止められているように感じる。
 ドイツ人宣教師たちによってもたらされたものは、キリスト教だけではなかった。何しろ酒好きの彼らだ。でも修道院でビールというわけもいかない。やはり修道院といえばワインだろう。そのワイン作りは今でも受け継がれ、修道院ワインとして地元ではちょっとした名物となっている。
 前の畑で作っているブドウから作った自家製ワインは、一般にも販売されていて、大聖堂入口を入ってすぐの売店で買うことができる。赤、白、ロゼとそれぞれ1,500円ほどのようだ。ただ、少人数の手作りのため、年間で5,000本ほどしか作れないというからなかなか貴重と言えるだろう。私は酒類は一切ダメなので買ったことも飲んだこともないのだけど、飲んだ人によると、やや渋めでこびない味らしい。今度、川島なお美に飲んでもらおう。
 ちょうど11月23日は、多治見ワインフェスタが開催される。前売りチケットが2,000円で、コンサートやパフォーマンスなどが行われ、ワインも飲み放題だとか。しかもなんと、俳優の天野鎮雄さんと女優の山田昌さんもやって来ます! って、どなたでしょう、その人たち……。手品もあるというから、まさか超天才マジシャン山田奈緒子じゃないだろうな。それなら私も見たいぞ。まるっとお見通しなのか?

多治見修道院-2

 この多治見修道院は非常に素晴らしいところなのだけど、残念なところもいくつかある。たとえばこの写真に写ってるように、エアコンの室外機がむき出しになっていたり、建物正面に関係者の車が置かれていたりして、中世の雰囲気に浸りきれなかったりする。進入禁止の黄色いやつ(あれ何て名前だろう)や赤いコーンが無造作に置かれていて、それが写真に写ってしまったり。作られた観光施設ではないだけに、そのへんの徹底さがなくて、逆にムードを壊してしまっている。うるさい監督さんなら、美術さんや大道具さんが怒鳴りつけられていることだろう。時代考証が間違っとる! とか。
 勝手な願望だとは思いつつ、そのあたりの演出をもう少し考えもらえると更に素晴らしいところになるに違いない。ちょっともったいない感じがある。

 月曜定休で、大聖堂に入れるのは、9時から4時まで。外は半開放状態なので、外観の写真を撮るだけなら夕焼けでも夜でもいい。無料駐車場もある。
 ログハウスは一般でも、1棟1泊10人で25,000円で借りられるようだ。大聖堂では結婚式もできる。
 日曜日には当然ミサも行われている。ただし、このときはさすがに一般の見学は無理だろう。
 日本でも屈指の大きなパイプオルガンがあるので、機会があれば一度は聴いてみたいと思う。

多治見修道院-3

 教会や修道院なんて一般人は近寄りがたい場所と思っている人も多いと思う。私も去年まではそう思い込んでいた。へたに入っていったら信者にされてしまうんじゃないかとさえ思っていたくらいだ。でも実際はまったくそんなことはなく、ひとりでふらりと訪れて、大聖堂の中にひょいっと入っていっても全然平気な場所なのだ。もちろん、誰かが話しかけてくるとかそんなこともない。神社やお寺と同じようなものと思って間違いない。
 大聖堂や礼拝堂の空気感というのは、日常の生活空間とはまったく異質のもので、その場にいかなければ決して味わうことができないものだ。そしてそれは、驚くほど心地がいい。10分も坐っていると、心が落ち着いてふっと気持ちが軽くなる。出てきた後は、自分が浄化されていることがはっきり分かるほどだ。番組で訪れた坂東英二でさえ無口になっていた。
 この多治見修道院は、私がこれまで散策した中で一番のお気に入りの場所であり、オススメの場所だ。ぜひ機会があったら訪れてみてください。デートにもいいし、親子で行くのも悪くない。もちろん、ひとりでも。
 もし、私が多治見修道院へ行こうと誘ったとしたら、それは私があなたを好きということだ。誘われないように気をつけてください。




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