| 金色の水のコサギ 2005年9月29日(木) |

OLYMPUS E-10+C-PL+テレコン, f3.2, 1/100s(絞り優先)
そろそろ冬鳥のカモが川にやって来たんじゃないかと、近所の香流川に寄ってみた。いたのは、金色の水の中にいるコサギだった。 どうやらまだここに冬鳥は訪れてないようだ。カモは留鳥のカルガモ軍団のみ。ただ、セグロセキレイがいたから、もうそのときは遠くないだろう。あと一週間もすれば、最初のマガモやコガモなどの姿が見られるんじゃないだろうか。これからは一気に秋が深まっていく。そして今年もまた、遠いシベリアやカムチャツカ半島からたくさんの冬鳥たちが日本にやって来る。
ところでコサギだけど、よほど孤独が好きなのか、私が見る限りほとんど単独で行動している。池などではたまに数羽一緒にいることもあるけど、川ではたいていひとりぼっち(一人法師)だ。根っから一人っ子体質なのか、一人っ子政策のおかげなのか(それはない)。 つがいでいるとか、子育てしてるところとかのイメージがまったくない。そのあたりの恋愛事情や子育て事情はどうなってるんだろう? 気になったのでちょっと調べてみた。 繁殖や子育ては、4月から9月くらいにかけて、他のサギたちと一緒に雑木林などのコロニー(営巣地)で集団でするんだそうだ。だから川辺などで子育てをしてる姿を見ないのか。カルガモみたいに親子で泳いでるところも見たことがない。 一回に3〜5個くらいの卵を産んで、メスだけじゃなくオスも卵をあたためるらしい。孵化するまでは約3週間、子育ての期間はひと月くらいという。 コサギのヒナって一度も見たことがないから、いつか見てみたいけど、そもそもサギのコロニーってどこにあるんだろう? 子供のサギも見た覚えがない。どのあたりで育ってるのかも私にとっては謎だ。見るといつも孤独なたたずまいを見せている。 どれくらいの確率で生き残るのか知らないけど、同じところに同じくらいの数しかいないというのも不思議な話だ。極端に増えたり減ったりというのはないような気がする。
よく見かけるという理由でこれまであまり興味を持たなかったから、サギについては何も知らないことに気づいた。普通の人よりも知ってることといえば、コサギ、チュウサギ、ダイサギがいることくらいだ。あと、アマサギやゴイサギ、アオサギなどもいる。 今日からはもっとサギに対して関心を持ちたいと思う。
あ、もしもし、オレオレ。オレだけど。 ……。 そっちのサギじゃない。
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| スーパーカー・ブームど真ん中世代 2005年9月28日(水) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f3.2, 1/125s(絞り優先)
車で近所を走っていたとき、サイドミラーにひときわ車体の低いオレンジ色の車が映った。 あ、スーパーカーだ! と、心の中で小さく叫んだ私は、スーパーカー・ブームど真ん中世代。
スーパーカーという言葉がどの世代までなつかしさを伴って響くのかは分からないけど、池沢さとしの「サーキットの狼」をリアルタイムで読んでいた人間にしてみたら、ひどくなつかしい言葉だと思う。 昭和でいうと50年代はじめから中頃にかけてだろうか。今30代なかばから40代はじめの世代だ。当時の私は小学生だった。 スーパーカー消しゴムを集め、ガチャガチャでスーパーカーのミニカーを出しまくり、自転車で東名高速道路に友達とスーパーカーを見に行った。橋の上で待っていて、走ってきたスーパーカーに手を振るとパッシングライトで答えてくれたりした。スーパーカーに乗っているだけで街では小学生の男子に取り囲まれ、スター扱いされるという今では考えられないくらい平和な時代だった。 あと、ブラスチックにスーパーカーの絵の輪郭がくりぬかれたものがあって、よくそれで授業中絵を描いてたことを今ふいに思い出した。
ランボルギーニ・カウンタック、フェラーリ512、ロータス・ヨーロッパ・スペシャル、ポルシェ・カレラ、デ・トマソ・パンテーラ、マセラッティ・ボーラ……。 うーん、なつかしすぎて涙が出そうだ。しかも、そんな名前をまだ覚えてる自分に驚く。 今30代以上のたとえばプロ野球選手などがフェラーリやポルシェなどを買いたがるのは、少年時代にあのブームを経験したからという面がたぶんある。あの時代の少年にとって、成功した人間が乗るのはベンツやBMWではなくカウンタックなのだ!
それにしても久々にスーパーカーを見た。よく見えなかったけど、あれはなんだったんだろう。ランボルギーニっぽいけど、よく分からない。 しかし、笑えるほど車高低いな。乗用車の半分くらいしかない。ドライバーはほとんど仰向けのような格好でシートに収まり、運転してる。ボンネットは見えないはずだ。 一生に一度は乗ってみたい、スーパーカー。けど、メインカーにするにはあまりにも不便すぎる。あんなので散策の山道走れそうにないし、近所のスーパーに買い物に行くにも気を遣う(そのスーパー・カーじゃない)。 やはり夢は夢のままが一番なのか。
昨日、あそこでミウラ見たぞ! ウソつけ! ホントだって! じゃあ、今日の帰り見にいこまい!
なんていう遠い日の会話がよみがえる。
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| 乱雑な片づけに見る血液型診断 2005年9月27日(火) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.4, 1/6s(絞り優先)
シーズンオフの岩屋堂の売店横。 微妙な乱雑さで片づけられたイスたち。 「自 ご に お 使」 言いたいことは分かる。 他に「由 い く だ さ い」の文字が隠れていると思うのだけど、それにしてはイスの数が足りない。どこか別の場所にもあるんだろうか。 ひょっとして「ご自由にお使い!」と女王様口調だったりするのか!? だとしたら、ちょっと喜んでしまいそうだ。そのあとに「よろしくてよ」と続いたら完璧だ。
ところでこれを片づけた人は、まず間違いなくA型ではない。A型はこんな風になっていることを許せないはずだ。 AB型も違う。AB型はマイ・ルールで整理整頓するから他人から見ると片づいてないように見えても自分なりの理屈や合理性を持っている。だから、これは明らかに違う。 となると消去法でO型かB型となるわけだけど、私はB型と見る。一見乱雑さがO型っぽいけど、O型ならもっととりととめがない。そもそもここまで片づけようと思わない可能性がある。これは微妙な味というか独自性がある。見えてる文字の並びから。たぶん、片づけが好きじゃないB型の人が、途中で飽きたんだと思う。そして、ええーい、もういいや! と投げ出したんじゃないだろうか。 もうひとつ、B型の仕業だと考える根拠としては、ビニールイスの背もたれに油性マジックで直接書いてしまっている大胆さだ。大雑把とは違うこの後先を考えない思い込みめいた行動は強くB型を思わせる。実用本位で分かればいい、という考え。うーん、素敵だ。 やっぱりこれはB型だな、うん、うん、とひとりで納得してその場をあとにしたのだった。
B型にちょっと憧れ、O型好きで、A型に共感する私は、分析好きなAB型。
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| サヨウナラとアリガトウを長久手方面に向けて 2005年9月26日(月) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f3.2, 1/25s(絞り優先・車内より)
沈黙した電子掲示板。 愛・地球博公式駐車場の混雑程度を知らせるための電光掲示板も、今日になって光を失い、もはや真っ暗なまま何も表示していない。 開催してしばらくは客の入りも悪く、公式駐車場も気の毒なほど利用者が少なかった。週末でさえがらんとしていて、平日などは台数を簡単に数えられるほどだったという。だから表示はいつだって「空」だった。たまに週末などに「混」という表示が出ていたら驚いたものだった。 しかし、後半になると利用者が増え、今度はいつでも混を通り越して「満」の日が続いた。それを見て、よかったね、万博と思ってちょっとだけ嬉しかった。まったくの他人事だけど、なんとなく。 この掲示板が取り外される日も近いだろう。
愛知万博も昨日で終わり、今日から大がかりな解体・搬出作業が始まったとニュースが伝えていた。外国パビリオンの関係者も一斉に帰国の途についたことだろう。寂しさと、満足感と、安堵感の入り交じった複雑な気持ちだったんじゃないだろうか。半年というのはやっぱり短い時間じゃないから。たくさんの出会いがあって、別れがあったに違いない。
今回愛知万博へ行ったことで、体験する、参加する、その場に居合わせるということの大切さをあらためて知ることができた。毎日ニュースで万博会場の様子を見てはいたけど、テレビで見るのと会場に行くのとではまったく違うものだった。会場にいた時間よりもテレビで見た時間の方がずっと長かったのに。 百聞は一見にしかず---悔しいけどこの言葉は本当であることが多い。見ることや知ることと、その場に居合わせて肌で感じることの決定的な違いを再認識させられた。
万博が終わって、私もささやかな一参加者として寂しさを感じている。昨日、特集番組を観ていたらよけいにもの悲しい気持ちになった。でもそれは、自分も確かにあそこに行ったからなんだ。もし一度も行ってなかったら決してこんな気持ちにはならなかっただろう。そう考えれば、この切なさも大事なものだということに気づく。
始まりがあり終わりがある。出会いがあれば別れもある。別れは多くの悲しみを含んでいるけど、別れの悲しみがない人生が別れの多い人生より幸せかといえばそうじゃない。別れの数だけ出会いがあったということだから。出会いの数が多いほど人生は豊かになるのだと信じたい。だから、私たちは寂しい終わりも、悲しい別れも受け入れ、それを愛そう。
長久手方面に向かって手を振りながら、心の中で小さな声で言ってみる。サヨウナラ、愛・地球博。ありがとね(←名古屋弁のイントネーションで)
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| パエリェロへの小さな一歩 2005年9月25日(日) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.0, 1/20s(シャッタースピード優先)
少し前シーフードカレーを作ったときに余ったシーフードの引き受け手を探していた。 そして見つかったメニュー、「パエリア風炊き込みご飯」。いつものケンタロウレシピだ。 早速作ってみた。
ケンタロウのいいところはこしゃくな材料をほとんど使わないから、特殊な食材を買いに特別な店へ行かなくて済むところだ。このメニューも、なんだそれ? ってものは材料の中に入っていない。唯一サフランがあったけど、これは無視した。見なかったことにして(そもそもサフランって何?)。 主な具材はイカ、エビ、アサリ。それとトマトとピーマン。実にシンプルだ。 作り方も難しいところは特にない。炊き込みご飯を作るのと一緒。ご飯を炊くのも普段の電気釜でもいいし、土鍋や炊飯鍋なら尚いい。
ところで肝心の味だけど、これは好みが分かれそうな気がする。使ってる具材を好きな人ならきっと好きだし、シーフードが苦手な人はそのまま苦手に感じるんじゃないだろうか。私は中間だった。 しょう油などの強い調味料を使わないから味は海産物のダシがダイレクトに出たそのまま。シーフード味? というと漠然としてるけど、まあそんな感じだ。 個人的にはもう少し味にインパクトがあった方がいいと思ったけど、どういう材料や調味料を加えたらもっと美味しくなるのかはイメージできなかった。みりんとかしょう油とかを入れるとどうなるんだろう。そうすると味がくどくなるんだろうか。 じゃあもう一回挑戦してみよう、とはいかない。もういいです、私。そこはかとなく後々まで口の中に残る海産物の味を早く追い出したい。 余ったシーフードも今回で使い切ったし、シーフードそのものをしばらくお休みしたい気分だ。夏も終わった。
とはいえ、海の幸が好きなら一度試してみる価値はある。シーフードがあまり好きじゃない私でもそれなりに美味しいと思ったくらいだから、美味しいと感じる人も多いだろう。 けど、これ、どう見てもパエリアじゃないよなぁ。名前が「パエリア風炊き込みご飯」となってることからも分かるけど、本場のパエリアとはずいぶん趣の違うものだと思う。本物は具材を炒めて、ご飯もフライパンで焼くはずだ。食感もパリッとしてるイメージがある。いや、実際食べたことはないのだけど。 よし、次は本場風を作ってみよう。パエリェロ・オオタと呼ばれる日は近い?(パエリェロとはパエリアを炊く男という意味で、女の人ならパエリェラ)
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| テレホーダイのあの頃 2005年9月24日(土) |

OLYMPUS E-10+C-PL+マクロレンズ, f2.8, 1/13s(絞り優先/三脚)
夜の11時になると、今でもときどき、あ、テレホーダイの時間だ、と思う。常時接続のADSLにしてからもう5年も経つのに。
テレホーダイと聞いても、最近になってPCやネットを始めた人はなんのことかわらからないかもしれない。照れ放題? 夜の11時に何をそんなに照れることがあるんだ? 11PM(イレブンピーエム)と関係あるのか? などと思ったりする可能性もないとは言えない。 簡単に言うと、NTTが電話回線でネットをしてる人のために提供していた(今でもしている)定額サービスの名前で、夜の11時から朝の8時までは電話回線が定額料金で使い放題になるというものだ。 なんだそんなこと当たり前じゃないかと思うかもしれないけど、これが5年くらい前の私たちには天の助けとも言えるほど画期的なサービスだったのだ。当時はまだADSLもなく、電話回線でネットにつないでいた。しかし、普通の電話料金で何時間もネットに接続してると電話代がとんでもないことになってしまう。長電話をしまくった月の請求書みたいに。下手したら月に数万円ということもあった。 だからそのときの私たちはテレホーダイというサービスに頼らざるを得なかった。早く11時が来ないか、毎日が待ち遠しかったものだ。その記憶が残っていて、今でも11時になると、あ、11時だ、と思ってしまう私なのだ。
5年くらい前のネットのことを思い出すと、ずいぶん牧歌的で平和な世界だったなと思う。テレホーダイの11時になると、ML(メーリングリスト)の仲間がいっせいに顔を出すようになり、メールが行き来し、サーバはとたんに重くなり、なかなかページを表示しなくなる。ただでさえ遅い電話回線だから、それはもう気が遠くなるほどだった。 まだ当時はネットも今ほど一般的なものではなく、ネットの住人もややマニア寄りの人たちが多かった。圧倒的に男子が多くて、女を装うネカマなる言葉が生まれるほど女子の絶対数が少なくて、当時ネットをしてる女の子はたいそうモテたものだ。高校の工業科の女子みたいに。 PCを使えるというだけでやるなと思われ、デジカメを持っている人もまだまだ少なく、自分のHPを持っているだけで上級者のように思われていた。 Windowsはまだ大多数が98で、WindowsMeの発売に戸惑い、2,000年問題などというものが本気で心配されていた時代だ。
オークションも参加費などすべてが無料で、yahoo!も今のようにエラそうじゃなく、売ります買いますの場を提供してる黒子に徹していて好感が持てた。 出品は質量とも充実してるとは言えなかったけど、面白い出品物やおかしな人がいろいろいて笑えることが多かった。 「拾ってきた大きな松ぼっくり」が売られてたり、「夜のおかずに買ったけど余ってしまった豆腐」が一週間売れずに回転してたり、あやしげなものなども数多くあった。 「オークションはナンパの場所ではありません!」と、評価の欄で女の人に説教されてる男とかもいたりして。 オークションもいまではずいぶん安全で便利になったけど、あの頃のような魅力がなくなってしまったのはちょっと残念なところだ。
今ネットにいる人たちと、5年前のネットの住人とでは、明らかに人種が違っているように感じる。私自身、かなり変わってしまったし。 成熟したと言えばそうなのかもしれないけど、あの頃はもっと狭い世界で身内意識のような暖かいつながりがあった気がする。その分衝突することも多くて、よくモメてたりもしたのだけど。 メールにしても、書くのももらうのも、もっとドキドキしたものだった。一通いっつうがとても重要で、重みがあった。幻想があり、未知のものに対するある種の恐れとか憧れがあった。 大げさに言うと、ラブレターに近かったと言ってもいい。あるいは、メール交換は文通の変形だったとも言える。もしくは交換日記に近い性質もあった。 今はもう、そういう意味での重さはなくなってしまった。
この先ネットはどういうふうに変化して、自分はどう変わっていくんだろう。不便さゆえの工夫や、そこから生まれるドラマなどは更に希薄になっていくんだろうか。もっと回線が高速になったとしても、そこにあらたなドラマや感激はイメージできない。 テレホーダイだと思って油断して、休みの日の朝8時を過ぎたことに気づかず、9時くらいになって、うわぁーーー! と驚き叫ぶようなことももうないのだろう。 不便さがよかったとかそういうことはもちろんない。便利で快適なのに越したことはないし、かつてのようにメールや書き込みでケンカなんてのはまっぴらごめんだ。ただ、5年前のことを思い出すと、少しだけ感傷的な気持ちになる。それはきっと、あの頃私はネットに恋をしていたから。
時計の針が夜の11時を回る頃、私はまた、あっと思うことだろう。テレホーダイの時間か、と。 そして、なんとなくソワソワと落ち着かない気分になるのだ。かつてのネットの仲間が一斉に集まってきたような気がして。
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| ルリ祭りだ、わっしょい(ちょっと違う) 2005年9月23日(金) |

OLYMPUS E-10+C-PL+マクロレンズ, f2.2, 1/80s(絞り優先)
気づいたらまたいつの間にかルリマツリが咲いていた。もう死んだと思ってたのに。 ♪死んだはずだよ、おルリさん〜 生きていたとは〜 お釈迦様でも〜 知らぬ仏のおルリさん〜♪ と、若者は知らない歌の替え歌を歌ってしまいそうなほど驚いた(そんなに驚いてないだろう)。
去年の夏、もう駄目になりかけていた鉢植えを安く買ってきて、その存在を忘れかけていた秋になって突然眠りから覚めたように咲いてきたのだった。 あれから季節は巡り、長く沈黙していたからもう終わったのかなと思って大して世話もせず放っておいたら、秋になって再び返り咲いてきた。
ルリマツリって、口に出して言うとけっこう言いにくい。5回連続だともっと難しい。うまく舌が回らない。 ルリマツリルリマツリルリマツリルリマツリルリマツリ。こうやって書いたものを読むのは更に難しくなる。 漢字は「瑠璃茉莉」という字を当てるようだ。でもこれだと「るりまり」と読んでしまう。ジュリマリみたい。岡田茉莉子と同じ茉莉だし(みんな知らないだろうな、岡田茉莉子。知ってるかな)。 響きだけだと、「ルリ祭り」をイメージして、陽気な感じだ。ルリだらけの祭りだ、わっしょい、みたいな。 あと、響きに馴染みがあると思ったのは、ドイツの詩人ライナー・マリア・リルケに少し似ているからというのもあるだろう。
ネットで調べたところ、原産は南アフリカあたりで、やはり生命力の強い丈夫な花だそうだ。寒さにも意外と耐性があるらしい。なるほど、それで世話もしないのに冬を越して、また秋に復活して花を咲かせたわけか。えらいぞ、ルリルリ(ナデシコより)。 鉢を大きくすると、どんどん伸びて大きくなるとか。いや、それは困るぞ。そういえば去年よりいくぶん巨大化したような節もある。何年生きるのか知らないけど、どんどん大きくなってしまったら置く場所も考えないといけないし、存在を強く主張するようになると気になって世話をしなくてはいけなくなる。だから、これくらいでとまっていてもらうことにしよう。 このままベランダの片隅にそっと追いやって、また来年の秋の楽しみとしよう。
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| 好きじゃない+好きじゃない=やっぱり好きじゃない 2005年9月22日(木) |

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カレー・ライスが好きですか? という問いに対して、特に好きじゃないと答えると、なんだこの人は、おかしいんじゃないか、というような驚かれ方をすることがある。 けど、私の中におけるカレー・ライスの地位はそれほど高いものではなく、ましてや無条件に好きと言えるほど美味しいとも思っていない。 クラスで一番人気の女の子だけど、そんなにいいかな、というような感じに似てるかもしれない。 同じようにラーメンもさほど好きじゃないと言うと、日本人失格みたいな言われ方をされかねないので気をつけたい。いや、ラーメンはどちらかというと好きだけど。
そんなカレーに対する思い入れがない私が初めて作ったシーフードカレー。がしかし、そもそもシーフードも好きじゃないのだから、悪条件に悪条件が重なる。特に好きじゃないカレーと、どちらかというと好きしゃないシーフードをドッキングさせてみたところで気に入ろうはずがないことは作る前から分かっていた。なのに作ってしまったのは気の迷いとしか言いようがない。たまにはいいかな、という安易な思いつきだった。 結果は、うーん、微妙。まずくはないけど、感動した!(小泉純)みたいな喜びや驚きはなく、肉のカレーの方がやっぱり好きだという再確認で終わったのだった。 さよなら、シーフードカレー、また会う日まで。
作り方は普通のカレーと変わらない。ただし、シーフード(ホタテ、エビ、イカなど)を煮込むとよくないので、先にバターでさっと炒めておいて、白ワインか酒をふって、それを別の鍋にキープしておくのがポイント。 あとはタマネギをニンニクで炒めて(そこに青野菜などを入れてもいい)、そのあとの手順は普通のカレーと同じ。最後にさっきのシーフードを汁ごと入れて、少しニコンで、いや違う、煮込んでできあがり。 っと、その前にしょう油を加えるとさらにシーフード風味が増すというもの。 ちなみに、これはお気に入りのケンタロウ・レシピではないです。
シーフードが好きな人ならけっこうオススメできるかも。肉のカレーとは違うあっさり風味のカレーになる。 でも私はやはり、次は普通の肉とジャガイモのカレーを作ろうと思う。というか、カレーはもう2ヶ月くらい先でいいや。
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| 192,502人の中の1人として 2005年9月21日(水) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f4.8, 1/100s(絞り優先)
愛・地球博、駆け込みセーフ。 苦節半年、ついに行くことが出来た、愛知万博。長い道のりだった……。行くいくと言いながら、ここまで引っ張ってしまった。 でも、最後になっていい流れになって、満足、納得の愛知万博行きとなった。交通機関もパーフェクトで、待ち時間なしで家を出て40分後にはゲートをくぐっていた。 楽しかったかと訊かれると、うーん、と言葉に詰まりがちだけど、行って良かったと訊かれれば、もちろん、と元気に答えられる。行っておいてよかった、いや、ホント。
今日の入場者数は192,502人。ここ最近ではまずまずといったところだろう。決して空いてはいないけど、ものすごい混雑というわけでもない。 しかし、20万人って、行く前はちょっと想像できない人数だった。プロ野球の球場でも5万人で、あの4倍なんて。関ヶ原の合戦が15万人。自衛隊員が24万人(って、それは参考にならない)。 20万都市というと、小田原市、岸和田市、沼津市あたりで、小さい都市ではない。 会場は広いからどこもかしこも混雑してるわけではないものの、やっぱりたいそうな人出だった。歩きにくいことこの上なし。 こういう人が集まるところへはあまり行かない私にしたら、20万人というのは最初で最後かもしれない。東京ディズニーランドでも、1日の平均入場者数は4万5,000人らしいし。
やたら人が多い中で意外だったのは、客の99パーセントが日本人だったということだ。万博ってのは、展示だけでなく人も世界中から見に集まってくるものだと思ってたら、まったくそうじゃなかった。会場中に異人さんがうようよいて、世界各国の言葉が飛び交い、写真も撮り放題、みたいなのを想像してたから、ガクッときた。パビリオンの関係者も表にはあまりいないから、探してもなかなか見つからない。これなら明治村の方がたくさんいたぞ。 もちろん、ちょこちょこはいる。でもホントにちょこちょこだ。あっちを見てもこっちを見ても異人さんだらけでウハウハ、ではなかった。個人的にそれが一番残念だった。パビリオンがどこも行列だらけで何も見られなかったことよりも。
いや、実はひとつだけパビリオンの中を見た。それは意外なことにマンモスだった! 何故!? あんなに見られないと大騒ぎだったマンモスだったのに、係のおにいさんが「ただいまマンモス、30分で見られますー。整理券も必要ありませんー」とマイクで叫んでたんで、ホントかいな、と半信半疑で並んだら20分で見られた。そんな……。 整理券の配布を待って本格的に見るためには確かに長い時間並ばないといけないのだけど、それはマンモス館前のドームとセットの見学で、マンモス単独なら普通に30分も並べば見られるのだった。そんな仕組みだったとは。 それよりも強烈に並んでたのは、ドイツ館とかロシア館などだった。あれは無理。今日あたりでも2時間半待ちとかだった。
人並みの中をただただ歩いた私の愛・地球博。しかし、いくら普段山や森の散策で歩き慣れてるとはいえ、ノンストップの4時間歩きはさすがにこたえた。グローバルループを2周も歩いてしまった。サツキの家の外周コースも遠〜い。 ペットボトル3本。食べは一切なし!
なにはともあれ、楽しい万博行きとなって、よかった、よかった。これから時間が経って、頭の中で楽しかったイメージとして育っていくことだろう。 愛知万博もう行った? せっかくの地元なんだし、行った方がいいかもよ。一生に一度だし。まだ行ってないの? 等々励ましとプレッシャーの言葉をかけてくれた人たちに感謝。 追い込まれてからの強さは、夏休みの宿題をため込んで一週間でやった少年時代があったればこそだ。 いや、でも、追い込まれてからじゃやり直しはきかないんだよね。やっぱり一番空いてた4月に行っておけばよかったかなと今更ながら思う、9月の終わりであった。
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| 空に流氷がある限り(にしきの) 2005年9月20日(火) |

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車に乗って、運転席から空を見上げると、いわし雲が広がっていた。またの呼び名をうろこ雲。正式には巻積雲(けんせきうん)。普通の雲よりも高いところにある雲だ。 でもこれ、どこかで見た何かに似てるなと思った。あ、そうだ、流氷だ。いや、もちろん実物は見たことないし、テレビなどで見たものの勝手なイメージでしかないのだけど、この雲を見てふと流氷を思い浮かべた。トド(唐十郎)が歩いて渡ってきそうだった(「北の国から」ネタ)。
彼岸の入りなのに、名古屋は今日も30度を超える真夏日となった。明日も30度くらいになるそうだ。暑いのは好きだし、夏の名残りをもう少し楽しんでいたいから30度超えはむしろ歓迎したいくらいだけど、やっぱり空も風ももう夏じゃないのが少し寂しい。夜、部屋のテレビを消すと、遠くで虫の鳴き声が聞こえる。 そして今年もまた、秋の入り口でこの言葉を思い出し、小さくつぶやいた。
もう秋か。 それにしても、何故、永遠の太陽を惜しむのか。 俺達はきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか。 ---季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。
このアルチュール・ランボーの『地獄の季節』を。
こんな言葉に酔えるほどもう若くはないけど、ふと思い出す詩の一節。 今ならランボーが詩を捨てて、なぜ砂漠の商人になったのかが分かるような気もする。少なくともあの頃よりは。 気づけばそのランボーが死んだ年に追いついている。でもまだ死ねない。ランボーさん、私はもう少し先まで行ってみます。
などと感傷に浸ってる場合ではないのだ、私は。何しろ明日の万博行きを控えてるのだから。もしかして、万博で死ぬってことはないよな? 熱中症とか、脱水症状とか。そういうニュースネタになるのはよくないぞ。なんとしてでも無事帰還しなければ。アイ・シャル・リターン精神で明日を乗り切ろう。 というか、早く寝ろよ、私。
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| 心の準備完了。あとは行くだけ。 2005年9月19日(月) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.8, 0.5s(絞り優先)
ついに手元に届いた、愛知万博の入場券(オークションで2,000円)。 おおー、これがそうか。ネットの写真では見慣れてたけど、実物を手にするのは初めてだ。思ったより表面はザラザラしているんだ。もっとテレカみたいなツルツルの材質を想像してた。 中央に細く盛り上がっているところがあって、ここに世界最小のICチップが埋め込まれているようだ。インチキ防止、というだけではないだろうけど、そういう要素も含まれているに違いない。おかげで最後まで偽造チケットというのは出てこなかった。あと、全期間入場券を貸し借りすることができてないのもこれのおかげだろう。
おい、アイ、これが万博チケットだぞ、と見せてやったけど、案の定反応無し。寝起きを起こされて不機嫌な顔をしてる。 ま、どっちみちキミは連れて行ってやれないけどね。 この後、さらにチケットを顔に近づけていったら、イヤそうな顔をして逃げていった。猫にとっては何の価値もないものだ。 でも考えたら、下手に興味を持たれて、せっかくのチケットにかみつかれて破れてしまったら大変なとこだった。あぶない、あぶない。なめられてICチップがおかしくなったりしても困る。ゲートの入り口で止められて、いや、これ、猫になめられまして、などと言い訳しても許してもらえないだろうし。
昨日の入場者数が怒濤の28万人で相当ひるんだのだけど、今日は22万人で入場制限もなかったというのでちょっとホッとした。明日どれくらいかで、あさっての予想がつくだろう。20万人は超えて欲しくないんだけど、もうここまできたら何十万人であろうと行くしかない。 それにしても、家を出てからゲートをくぐるまでにどれくらいかかるのか見当がつかない。車で行けば20分かからないところなのに。 ただ、だんだん気分は盛り上がってきたことは間違いない。よし、これなら行ける。
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| 満月と戦争映画の話 2005年9月18日(土) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.8, 2s(絞り優先)
夜明け前の街並みと、うっすら見えた沈む途中の赤い満月……の一歩手前。これは今朝の風景だから、中秋の名月の半日前ということになる。 赤くて大きかったから、最初太陽かと思った。こういう夕陽をたまに見る。でもそんなはずはない。早朝5時の真西の空だから。天才バカボンの歌のように、お日様が西から昇らない限り。
今夜は満月だ。夜、少し撮ったけど、角度が悪くて面白くなかったから、また朝方撮ろう。明け方の空に沈みゆくやつを。
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韓国映画『ブラザーフッド』を観た(満月とは関係ない話)。 若い兄弟(チャン・ドンゴンとウォンビン)が、自分たちの意志とは関係なく朝鮮戦争に巻き込まれていく戦争映画だ。 韓国では記録的なヒットとなり、日本での評価は賛否分かれたものとなった。 感想は人それぞれでいいと思うけど、ストーリーがリアルじゃないからと放り投げてしまうのはもったいない。戦闘シーンが派手なだけの薄っぺらい作品ではない。確かにストーリーはややまとまりに欠けるかもしれない。何が言いたかったのか、戸惑う部分もある。途中も少しダレた。でも、個人的には感じるところの多い作品だった。 痛々しすぎる戦争描写と、カットインされる昔の平和な光景の対象が鮮やかで、そのコントラストの強さにこの世界の本質を見た気がする。
戦争をばかげたくだらないものと決めつけるのは一面的すぎるし、平和が何にもまして大切だとするのも違うと思う。両極があるからこそ人間であり、この世界なのだと私は考える。それに気づかせてくれるところに戦争映画の意義がある。悲惨さをリアルに描写することが目的じゃないはずだ。もちろん、カン・ジェギュ監督もそのことを分かって撮っていたに違いない。
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ありがたみが分かる幸せと、ありがたみが分からない幸せがある。 平和、家族、恋愛、家、金、才能。 当たり前に持っていれば気づきにくいし、なくして初めて知ることもある。 あるいは、不幸、絶望、悲しみ、別れ、死。 自分がその中にいると、人は自分を憐れみすぎる。でも必ずしもそうではない。 戦争を知らない私たちは幸せだし、戦争を経験して大切なものを知ることができた人たちも不幸じゃなかったのだと思いたい。
どちらかを選ぶことはできないのかもしれないけど、どちらに身を置いたときも、ありがたみが分かる人間でありたいと思う。
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| 記念ブツを素直に喜べた頃 2005年9月17日(土) |

OLYMPUS E-10+C-PL+マクロ+クローズアップNo.3, f3.6, 1/40s(絞り優先)
万博へはまだ行ってないのに、万博のコインを持っている。 EXPO'70って。 大阪万博ではないか。
昭和45年だったのか。私はもちろん行ってない。ヨチヨチ歩きでは行けないし、親が連れて行ってくれたという話も聞かない。 なんで持ってるんだろう? しかも、2枚あった。誰かにもらったのか、ずっと後になってどこかで買ったのか。 コインを少しだけ集めていたのは、小学生のときだった。寛永通宝とか。ってことは、昭和でいうと55年前後だろうか。まったく覚えてない。
コレクション用のコインとしては価値がないものだ。相当数出回ってるだろうし、むき出しで他のコインと一緒にがま口財布に入っていた。 ただ、100円通貨としての価値はあると思う。今の時代、100円じゃ缶コーヒーも買えないけど、お店の人に出したら受け取ってくれるだろうか? コンビニのバイトに出してもダメだろうな、きっと。 確認のため、オークションで調べてみたら、落札価格100円とかだった。気の毒に。それなら取っておいた方がよかったんじゃないか。
愛知万博の記念コインも出ていて、あれは確か500円硬貨だった。 大阪万博のときの100円と、今の500円と、価値としてはどうなんだろう。大阪万博の入場料と比較すると分かるかと思ったのだけど、検索してもちょっと分からなかった。 しかし、こういう記念グッズや観光地グッズに対する情熱というものはすっかりなくなってしまった。私だけじゃなく日本人全体がそうだろう。昔はこんなコインでもみんな大喜びで飛びついた。観光地へ行けばキーホルダーやペナントを買い、大きなイベントがあるたびに記念コインや切手を買ったものだ。今にして思えば、なんであんなことくだらないものを喜んでたのか不思議だけど、当時は普通に嬉しかった。 そういうたぐいの熱情をなくしてしまったことを悲しむべきかもしれない。
時代が進んで、一番残念なことは、人の心の純情が失われていくことだ。 愛知万博は、一応入場者数だけ見れば成功だった。開催後半のリピーター率5割というから、行った人の多くは楽しんだのだろう。 次に日本で開催される万博がいつになるか分からないけど、今回の愛知万博は日本人が素直に楽しめる最後の万博になるような気がする。愛知万博に大阪万博の熱狂はなく、次の万博に愛知万博の高揚はおそらくない。 だから私も、愛知万博の記念コインを買っておくべくだ。20世紀に育った人間の責任として。 えーと、どこ行けば売ってるんだろう。もう売り切れかも。現地に売ってるんだろうか。買うの、ちょっと照れくさいな。
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| 愛知万博よ、待っていておくれ 2005年9月16日(金) |
 OLYMPUS E-10+C-PL, f2.0, 1/30s(シャッタースピード優先/車内で手持ち)
手を伸ばせば届きそうなのに触れることができない憧れのクラスメイトみたい。 と言ったら大げさすぎる。 でも、近くて遠い愛知万博。すぐ横をもう何十回と通っているのに、いまだに行けずにいる。始まってからもう半年近くにもなるのか。そんなに月日が流れたとは信じられない。 そして閉幕まで残り10日を切った。 行くいくと言いながらここまで行けないとは思ってもみなかった。
しかーし、待っていておくれよ、愛知万博。ようやくチケットを買ったから(というか、まだオークションで落札しただけで手元にないのだけど)、もうすぐ行くよー。 この半年、イメージトレーニングもしてきたし(ホントか?)、何しろすぐそばまでは何度となく行ってるから場所も間違えようがない。不安要素があるとしたら、トイレ問題くらいだ。1時間待ちって、私耐えられるのか!? 耐えきれず森の中でしたら捕まってしまうのだろうか?
パビリオンに入るつもりはないから、とにかくゲートをくぐればそれで目的の8割は達成したと言っていい。あとの2割は写真を撮るだけだ。それと、異人さんをたくさん見ることと。 NHK語学講座仕込みの8ヶ国語がどこまで通用するか? ハーイ、アミーゴ! ハラショー、メイクワンシー。オー、ズーパ! マシッソヨ! ケルール・イレ? グラッツィエ! たぶん実際に話しかけることはないだろうけど、心の中で言ってみよう。
予定日は9月21日の午後。よかったら現地で会いましょう。20万人の中に私もいます。
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| 言葉に写真を足して 2005年9月15日(木) |
 OLYMPUS E-10+C-PL, f2.4, 1/15s(絞り優先)
ブログ始めました。 「断想日記」に「今日の一枚」を足して、何かプラスαが出ればいいなと。 スタイルは変わっても、頭の中が変わるわけではないから、大きな変化はないだろうけど。 いつまで続くか。しばらくこのスタイルでいこう。
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