| 身もだえながら作る身の丈1m70cm中肉中背料理 2005年10月30日(日) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.0, 1/25s(シャッタースピード優先)
身の丈にあった料理を作るべし。それが先週の教訓だった。 今日作ったのは1メートル70センチの料理、パスタとスープ。これなら楽勝だろう。 と思ったのだけど、やっぱりそう簡単にはいかないのだった。足りなかったのは私の身長か、それとも料理の腕か?(そりゃ料理の腕だろう)
ちょちょいのちょいで作るはずが、むむむっとうなったり、将棋でいうところの長考に入ったり、鍋をひっくり返して叫んだりしてるうちに月日は流れ、というほど流れてないけど、なんだかんだで1時間10分を要することになったのだった。おかしいな、これくらいならパスタを茹でてる間に作れるはずだったのに。 ひとつ問題なのは、コンロが2つしかないということだ。たいていの家庭でもそうだと思うけど、3ヶ所同時進行で火を使わなければいけないシーンが出てきたときに途方に暮れてしまう私なのですよ。 今日の場合だと、パスタを茹でるのと、スープの下地を作るのとで2つ埋まってしまい、パスタの具材を炒める箇所がなーいのであります。こういうときでも手慣れた主婦の人たちはうまくやってるんだろうなと思いつつ、仕方ないのでスープ作りをいったん中断して具材を炒めることにした。のはいいんだけど、そうこうしてるうちにパスタを茹ですぎたー。あー、やっちゃった!? アルデンテなんてとっくの昔の通り過ぎて、ふにゃふにゃの腰砕け麺と化していたのだった。お父さんはキミをそんな腰抜けに育てた覚えはありませんっ、と麺に向かって説教してももう遅い。東京から新幹線に乗って名古屋で降りるつもりが、寝過ごしてハッと起きたら京都を過ぎて新大阪の手前だった、みたいな。もはや取り返しがつかんっ。
もうひとつ事態をややこしくしたのは、スープを普通のものじゃなく、焼きおにぎり入りのイタリア風オニオンスープなどというこしゃくなものにしてしまったところにもあった。 おにぎりを握る手がご飯粒だらけでどうした、私? と自問自答してしまったぞ。握れど握れど、わがご飯まるくならざり、ぢっと手を見る、石川啄木、的な。 これはおにぎりを握る前に両手に何か仕掛けを施しておかなければいけなかったらしい。後から知ったところによると、手には水かサラダ油をつけておくんだそうだ。そんなこと学校では習わなかった。知らないことってたくさんあるのね。 お百姓さん、ごめんなさいと思いながら米粒だらけの手を洗い流している間にもパスタが加速度的に冷めてのびていくのをとめるすべはない。もうそこで好きなだけのびていなさい、と放任主義に教育方針を切り替えることにした私であった。
味は例によって、今日も65点といったところか。キノコとトマトのクリーム・パスタが足を引っ張った。焼きおにぎり入りオニオンスープはけっこう美味しかったから、これは自己採点で80点くらいあった。パスタはこれが店で出てきたら、温厚な私でも暴れたかもしれない。 とにかく時間配分を間違えたのが一番の敗因だった。まだまだ料理は私にとって難しいものがある。身の丈にあったものを作るつもりが、これでもまだ背伸びが必要だったようだ。来週は卵かけご飯にしようかな……。 いやいや、ここで弱気になってはいないよ。簡単なものを作っていたんじゃいつまで経っても上達しないからね。難しいものに挑戦するから限界を知り、限界を超えられるようになるのだ。 よし、来週は身の丈2メートルくらいの大男料理を作ってみせる。 ん? それってどんな料理なんだろう?
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| バタフライで半分溺れながら華麗に泳ぎ渡れレンズ沼 2005年10月29日(土) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f3.2, 1.3s(絞り優先/三脚)
昨日から仲間に加わったEOS D30、通称デ・ミゼラブル(全然通称じゃない、私がひとりで呼んでるだけ)。 今日からこれがメインのデジとなる。 操作や撮影に違和感はない。E-10とそんなに違わないし、銀塩のEOS650を少し使った後だから、特に戸惑うこともなく使い始めている。マニュアル読みもそこそこに。 ただ、この電源スイッチはどうなんだと思う。左上に独立していて、小さなつまみを左右に動かしてオン/オフするようになっているんだけど、これは設計者何を考えてたんだ? 普通、カメラはまず右手でグリップを握るようにして持つのだから、右手でスイッチを入れられないと不便じゃないか。これじゃあ両手を使わないといけない。私の場合特に、車を運転しながら撮ることが多いから、そういうとっさのときに対応が遅れることになる。 え? そんなことは想定して作ってないって? 確かに。けど、やっぱりこの位置はおかしいと思うぞ。オートパワーオフにして、シャッターオンで復帰させればいいだけといえばそうなんだけど。
画質に関しては、E-10を使っていたから驚きはない。まあこんなもんかなという感じで。むしろE-10の400万画素から300万画素にダウンしてる分、解像感が足りないと感じるときもある。ただし、ノイズの少なさはさすがCanonと言える。濁りがないというか、すっきり抜けてる感じがいい。ダイナミックレンジ(ラチチュード)もE-10より広いようだ。 画質にさほど違いがないのになんで買い換えたかというと、E-10では被写界深度が深すぎて背景ぼけの量がコントロールできないからというのが一番大きい。もちろん、E-10はレンズ一体式で自由度が狭いから、レンズ交換ができるものにしたかったということもある。 あと、E-10はどうにものんびり屋さんで、4枚連写するとそのあと一服しないといけないくらい待たされるのがだんだんつらくなってきたということもあった。4枚撮ったあとは、タモさんの「いったんCMで〜す」という声が聞こえてきそう。 まあ要するに大多数のE-10ユーザーが買い換えたくなるのと同じ理由でそうなったわけだ。そして同時に、買い換えて気づくE-10の優秀さも再認識することになる。やっぱりE-10の明るいレンズはなかなかのもんなんだ。
なにはともあれ、やっとここまで辿り着いたか、やれやれという気持ちが強い。ちゃんと写真を撮りたいと思ってNikonのCOOLPIX950を買ったのが去年の7月で、今日までの1年3ヶ月の間に買ったデジは全部で9台。 Nikon COOLPIX950、OLYMPUS C-2020ZOOM、TOSHIBA Allegretto M70、OLYMPUS C-3030ZOOM、MINOLTA DiMAGE S304、Kodak DC4800、OLYMPUS C-2100UZ、MINOLTA DiMAGE7 UG、OLYMPUS E-10。 EOS D30は10台目ということになる。ようやく初のレンズ交換式一眼だ。けっこうかかったなという思いと同時に、もうこれで言い訳ができないところまで来てしまったとも感じている。もう写真の出来をカメラのせいにはできない。 しかし、ここが到達点などでは決してない。ここからまた新たなさまよいが始まることになる。いわゆるレンズ沼というやつが。溺れないようにどうにか泳ぎ切りたいと思っているけどどうなることか。
高校時代、夏休みの補習がイヤで、バタフライ50メートルを半分溺れそうになりながら泳ぎ切ったときの根性を思い出せ、私(行っていた高校では、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ、それぞれ50メートル泳げないと夏休みの半分補習授業だったのだ)。 「おい、オオタ、溺れとるんじゃないか?」と、もう少しで救出されそうになったのも、今となってはいい思い出だ。 しかし、早速2本もレンズを買ってしまった私がホントに華麗にレンズ沼を泳ぎ渡ることができるのだろうか?
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| 愛・地球博会場周辺を取り巻く物憂げな空気 2005年28日(金) |

Canon EOS D30+EF35-135mm(f3.5-4.5), f6.7, 1/90s(絞り優先)
愛・地球博会場とその周囲一体は、現在大がかりな解体作業中。 ここを訪れるのは、万博へ行って以来だから、ひと月以上ぶりになる。閉幕してからずっと気になっていたのになんとなく近づく気になれなかったのは、実際に自分の目で終わっていることを確認したくなったという気持ちが心のどこかにあったからかもしれない。 今日、行く気になったのは、オークションで買った中古デジEOS D30が届いたからだった。というのも、これまで使っていたE-10を買ったのが今年の3月で、そのとき愛・地球博開催前のこの場所に下調べと試し撮りを兼ねて訪れたということがあって。
3月はじめにE-10を持って訪れたときと、閉幕してひと月になる10月の終わりにD30を持って訪ねた今と、何が変わって何が変わってないのだろう? カメラが変われば写りは変わる。半年で少しは成長できただろうか。 私自身、万博へ行ったことで何が変わったんだろう。 半年という時間の経過を思いながら、あのときと同じ場所で、同じところを写真に撮ってみた。 夕暮れ時、忙しげに作業する重機たちは少し疲れた様子に見えた。それはきっと、現場を支配する空気感が3月とは明らかに違っていたからだろう。活気がなく、物憂げだった。
愛・地球博の終わりを目の当たりにして、やっぱり終わってしまったんだなと実感した。どれだけ寂しがっても、もう時間は戻せない。3月のあのとき、10月にこんな気持ちになってるなんて想像もつかなかった。 でも、すべてが一夜の幻のように消え去ってしまうわけではない。いくつかのものはここにそのまま残る。写真に写ってる大観覧車も当面残すというし、跡地の目玉となるであろうサツキとメイの家も、来年の夏には一般公開されるという。グローバルハウスは元の温水プールとスケートリンクに戻り、森や散策路などもそのまま保存するようだ。 その他、万博で使われたいろんなものが愛知県をはじめ、全国に散らばって保存されたり再利用されることになっている。思い出の断片たちは私たちがいなくなった後も、消えずに残るだろう。
愛知万博は終わったけど、私とD30とのつき合いは今日から始まる。 そうだ、挨拶もまだちゃんとしてなかった。 D30くん、はじめまして。これからよろしくね。 キミをデ・ミゼラブルと名付けよう。 ううっ、苦しい。
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| 名前がよくなくても人気者になれる(こともある) 2005年10月27日(木) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.4, 1/30s(絞り優先)
誰がつけたかヘクソカズラ。 カタカナで書くとさほどでもないけど漢字で書くと容赦がない。 屁糞葛。 目くそ鼻くそ、みたい。 そりゃないぜと花も嘆いているかもしれない。 けど、この名前で得してるところもある。同情票が集まって、意外よく知られた花となっているのだ。変わった名前やよくない名前がかえってその人を人気者にすることがあるように。 速水もこみちみたいに。 幸田シャーミンみたいに。 山本スーザン久美子みたいに。 もしこの花の名前が伊藤博さんみたいな名前だったら、マイナーな雑草として今ほど知られずにいただろう。
小さな筒型の白い花はあまり目立たない。夏頃、フェンスに絡まったり、溝の中でへばりつくようにして咲いている。やっかいな雑草として引っこ抜かれてしまうことも多い。 でも生き延びて秋になると、この写真のように黄褐色の実をつける。始めは緑色だったものが、だんだん黄色くなり、更に葉っぱが落ちるともっと黄色が濃くなる。よく言えばこがね色とも言える。
名前の由来は、花や茎や葉っぱをつぶすと嫌な匂いがするところからつけられたそうだ。それにしてももう少し遠慮がちにつけてあげようよと思う。よっぽどこいつのせいでひどい目にあったりしたのだろうか。 実は変な匂いではないそうだ。ヒヨドリやツグミなんかも好んで食べるらしい。
見えるところでも見えないところでも、秋は確実に深まっていっている。野草に興味を持つようになってから、季節の移り変わりに敏感になった。先週まで咲いていた花が週明けに枯れているのを見たりすると、季節の目盛りがひとつ動いたなと思う。 街中で見かける花もめっきり少なくなった。最近ちょっと森に行ってないけど、森林の野草は今どうなってるんだろう。木にはたくさんの実がなってるんだろうか。野に咲く花はいよいよ終わりが近づいた。
この季節はやっぱり、どうしたって少しもの悲しい気分になる。 けれど、寒い季節にもそのときにしかない楽しみがあるわけで、そっちの方を向いていこうと思う。 砂漠の真ん中でレンタカーが故障して動けなくなり、「あなたどうするのよ!」と奥さんに怒鳴られた村上春樹は言った。 「ねえ、ものごとの良い面を見ようよ」と。 私もホント、そう思う。凍える冬には太陽の日差しが暖かい。
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| ガソリン車が姿を消すまで長生きする予定 2005年10月26日(水) |
 SANYO DSC-SX150
わが目を疑うとはこのこと。 レギュラー89円? 灯油 594円!? 安っ! 安すぎる! どこだどこだ、それ。早く教えろと前のめりになったあなた。早まっちゃいけません。実はこれ、4、5年前福井へ行ったときに撮った写真なのです。 わっ! 物を投げないでください。 昔の写真を整理したらこれを見つけてかなり衝撃的だったので紹介してみました。
いやー、こんなに安かったときがあったんだ。思わず中島みゆきの「時代」を口ずさんでしまった。
♪そんな〜時代も〜あ〜ったねと いつか〜話せる〜日が〜来るわ〜 だから〜今〜日は〜くよくよしないで〜 ハイオク〜135円で〜入れ〜ましょう〜♪
しかし、この金額は今となっては冗談みたいに思える。最近は安いところでもレギュラーが120円はする。高いところでは130円くらいのところもある。灯油なんて1,200円くらいじゃないだろうか。倍も値上がってるのか。今年はホントにウォームビズを導入しないといけないかもしれない、自分の部屋でも。 ただいくら原油価格が上がったといっても、最近の値上げはちょっと納得できないものがある。採掘量が極端に減ったわけでもないだろうから、それだけどこかで誰かがたくさん使っているということだ。 遠い国の戦争なんて自分には関係ないと思ってると、思いがけないところで損害をこうむっていることもあるという例だろう。
もし、どこかのガソリンスタンドで今この看板を出したら、長蛇の列ができる前にこの周辺で追突事故が起こるだろう。誰かが急ブレーキを踏んで。それくらいこの金額は現在において衝撃的でわが目を疑うものがある。車を運転しない人のためにたとえるなら、100円ショップが突然60円ショップになってしまったようなものと言えるだろう。 ……。 そのたとえは違うな……。
ガソリンの値上げはともかくとして、私は公道からガソリン車が姿を消すくらいまで長生きしたいと思っている。話が突然飛ぶけど。 ガソリン車はやっぱり20世紀のものだぜ、と思うのだ。21世紀の乗り物じゃない。アニメのようにすべての自動車が空を飛んだり、透明のチューブの中を走ったりするまで生きられる自信はちょっとないけど、せめて電気や水素で動く車で、アスファルトじゃない平らな道を走る時代は見てみたい。 車はどんどん性能を上げ、スピードも出せるようになった。デザインも洗練され、乗り心地も快適にもなったけど、基本的な部分では変わってない。少なくとも、私たちはかつて馬車に乗っていた人たちが初めて自動車を見たときのような衝撃を経験してはいない。 愛・地球博で未来の乗り物が登場してたけど、ああいうものが見せ物ではなく一日でも早く実現して欲しいと本気で願っている。 ガソリンを燃やして走るなんて石炭を燃やして走ってた蒸気機関車と大して変わりない。地球を汚すだけだし。それよも、水と太陽で走ろうじゃないか、と言いたい。 でもそうなったら、水と太陽も有料になってしまったりするんだろうか? 水税や太陽税がかかってしまったり。そしてまた私たちはこうぼやくようになるんだろうか。 水と太陽も高くなったもんだな。オレたちの若い頃はタダだったのによお、と。
結局、高速道路は無料にならないの? という虚しい問いかけを残して今日の断想日記プラスワンはこれにて終了。
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| カモから始まる古いネタの群れ 2005年10月25日(火) |

OLYMPUS E-10+C-PL+テレコン, f2.8, 1/125s(絞り優先)
池の中心付近にカモ軍団発見。 遠っ! 小っちゃ! 至近距離で見てもよく分からないのに、これだけ遠いと何ガモかさっぱり区別がつかない。もう少し近寄れないかと池を一周してみたけど、真ん中あたりで固まって岸辺に近づくことはなかった。まだ渡ってきたばかりで人に慣れてないというのもあったのだろう。残念無念また来週。
体が小さいやつはコガモの気がする。大きいのはオナガガモだろうか。両方はずしてるかもしれない。一年中いるカルガモも入っていたりするのか。ヒドリガモは入ってないように見えたけどどうだろう。 でも、何ものであろうと、今年もまた忘れずに渡ってきたカモたちの姿を見て嬉しかった。 おかえり。
もし写真のカモがコガモやオナガガモだとしたら、彼らはユーラシア大陸か、北アメリカ大陸の北あたりから渡ってきたものだろう。のんきに浮かんでるだけのように見えるカモも、何百キロ、何千キロという長旅をして日本にいる。そんなに飛べるようには見えないんだけど、たいしたものだ。 冬にカモが池や川にいるのは当たり前だと思っている人が多いかもしれない。または、そんなこと興味さえ持たず見ようとも思わない人もいるだろう。おととしまでの私もそうだった。知識として渡りを知っていても、興味を持たなければカモは風景の一部でしかない。 その認識を一変させたのは、『WATARIDORI』というフランスのドキュメンタリー映画だ。これは渡り鳥に密着した貴重な記録フィルムで、悲しくも力強く、感じるところの多いものだった。 渡るということが知識としてではなく感覚としてその大変さの一端を知った。それ以来、池でのんきそうに浮いてるカモは、私にとって尊敬の対象となった。偉大な旅人として。
しかし、どうやって彼らは渡りの位置を正確に知ることができるのだろう。不思議だ。いつも同じところに行くのかどうかは分からないけど、毎年同じくらいの数のカモたちが同じところへ飛来してくるというのは、単なる偶然ではあるまい。 ユーミンがかつて「'78」で歌ったように、「ふるさと忘れない渡り鳥の群れはどこかに磁石を持ってる」のだろうか。
これから本格的な渡り鳥の季節になる。日本中の川や池や海に、たくさんのカモたちの姿が見られるようになるはずだ。 今年はぜひ、池や川に行ったらカモのことを眺めて欲しい。何千キロもの空を飛んできた姿を思い浮かべながら。もしかしたらカモを好きになってしまうカモね。 ……。 カモを好きになったあなたは、きっとこう歌わずにはいられないだろう。 ♪カモねカ〜モね 恋カモね〜 クセになっちゃうカモね〜♪ (30代以上限定)
私は池に浮いてるカモたちを見ると、ときどき思う。 マラソンの小鴨ちゃん、元気にしてるかな、と。松野明美はテレビであんなにうるさいくらい元気だけど。
もし、川辺や池のほとりで、ギターを背負った男がカモを見ていたら、それは私である確率が高いです。優しく、「マイトガイ?」と声をかけてください(元ネタが古すぎる)。
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| 朝焼けと名前も思い出せない彼女の記憶 2005年10月24日(月) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f4.0, 1/10s(絞り優先)
似て非なる朝焼けと夕焼け。村上ファンドと欽ちゃんくらい違う。私の友達のマッチャくんと森進一くらい似てるけど。 さて、これは朝焼けでしょうか、夕焼けでしょうか? という問いに正解する人の確率は何パーセントくらいなんだろう。70パーセントくらいいくのか、それとも案外半々くらいなんだろうか。 ライフラインのオーディエンスをお願いします。
これは秋の朝焼けで、時間は6時すぎのものだ。 夕焼けでもこういうライトブルーとピンクのコントラストの空はあるけど、朝焼けの方がやわらかい感じがする。色合いが優しい。 私はこの色の空が一番好きで、幸せに一番近い色と呼んでいる。真っ赤な夕焼けよりも、黄金の空よりも、こちらの方が幸せが体に染み込んでくる感じがする。個人的な感覚として。
「最近、毎日のように夜明け空を見てから寝てるんですよ」 「そうなんだ、すごいね」 何年か前、短い間メールを交わした女の子との何気ない会話がずっと心に残っている。 「すごい」という反応が意外だったのと、それは嘘とも言えない嘘だったから。あの頃の私は確かに朝まで起きていて寝る前に空を見たりもしたけど、毎日のように夜明けを見ていたわけでは決してなかった。なのに、なんでそんなことを書いてしまったのか、自分でもよく分からない。格好つけたかった気持がどこかにあったのかもしれない。当時の私は、今よりももっと感傷的な人間だったから。 「私、奥さんのいる人とつきあってるんだ」 「へえ、そうなんだ」 「ちょっと大変だった」 「うん」 それからしばらくしてメールは途切れてしまったけど、朝の空を見ると、あのときの会話が消えずに残った小さな古傷みたいに思い出される。 あれから彼女は幸せな恋愛をしてるのかな。
夜が明け始める頃、私は窓の外を見る。あのときついた嘘を本当にするために。 そして、彼女のことを思い出すともなく思い出す。もう名前さえ忘れてしまったけれど。
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| ただいまの待ち時間は160分になります 2005年10月23日(日) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.0, 1/25s(シャッタースピード優先)
ようこそここ〜へ〜 クッククック〜 私の料理たち〜♪ とご機嫌に作り始めたサンデー料理。 しかし、それから1時間15分後、私はキッチンに立ち尽くし、こう悟ることになる。 この料理たち、私の調理能力を超えている……と。 ヘルプ・ミー・ケンタロウ。
前回の料理でさえかなり追いつめられていたのに、今回はあれを更に上回る難しいものに挑戦してしまったのは、やはり無謀だった。野菜を切る時点ですでに30分もかかったところでそれに気づくべきだった。ホップ、ステップ、ジャンプといく途中で足首をグキッといわせて肩から着地した感じ。痛てててっ。 それでも途中で投げ出すわけにもいかず、悪戦苦闘の末なんとか写真を撮るところまでもっていったときには、料理開始からすでに2時間40分が経過していたのだった。 どんだけかかっとんねん! 愛・地球博のレストランでもこんなに待たされなかったぞ。 いやー、まいった、まいった。でも、どうにかこうにか完成してホッとした。食べる前に作り終えた満足感ですでにおなか一杯の私であった。 それにしてもまた作りすぎた。2食分はたっぷりあるぞ。
メニューは、レンコンと油揚げの混ぜご飯に、スズキとエリンギのハーブパン粉焼き、それにジャガイモと野菜のマヨネーズチーズ焼きの3点。 作り方は……あー、もうややこしくて忘れてしまった。思い出すのもつらい。 味は手間がかかったわりには普通? って、人に聞いてどうする。すごくテスト勉強をしたのに帰ってきたら72点しかなかったみたいな。うーん、微妙。
自分ではけっこう手先は器用な方だと思ってたんだけど、材料を切るのが異常に遅いという致命的な欠点に気が付いた。刃物類に対する軽い恐怖症があるから、なかなか思い切った包丁さばきができない。まずそこで時間を食いすぎる。 あと、料理の完成型が分からないまますべて未知の料理に挑んでいるため、いちいちレシピを読みながら作っていかないといけないので効率が悪い。3品となると同時進行せざるを得なくなるから途中で頭がこんがらがってくる。えーと、生クリームはどれに使うんだっけ。炒めるのはジャガイモが先かレンコンが先か、オーブンはどっちでグリルはどっちだっけ。あー、火止め忘れたー! オー、ノー! っと、まあ終始こんな調子で。
料理って、賢くないとできないのね、と思い知った今日の夕食作り。 来週は、もう少し自分の身の丈にあった料理を作ることにしよう。せめて1時間半以内に作れるものにしたい。
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| 名前を知らなければまだ知り合いとは言えない 2005年10月22日(土) |

OLYMPUS E-10+C-PL+テレコン, f2.4, 1/125s(絞り優先)
聞き慣れない鳥の鳴き声がしたので見上げてみると、見慣れない鳥が電線にとまっていた。 ええと、私たちどこかで会いましたっけ? と、下手なナンパの口説き文句のような問いを投げかけてみた。 すると、ヒューとかヒョーとかヒョンヒョンヒョンとか、歌うような答えを返してくれたのだけど、残念ながら何が言いたいのか分からなかった。女心も鳥の心も分かってないダメな私。飼い猫のアイの気持だって掴んでない。
うーん、としばらくうなりながら眺めていたのだけど、やっぱり分からない。姿や大きさはスズメに似てたからそのあたりの仲間だとは思うけど、スズメではないはずだ。鳴き声も違うし、尾っぽも長い。 更に近くで撮ろうと近づいたら、ヒョーっと逃げていってしまった。あえなくナンパ失敗、みたいな悲しさ。 って、ナンパなんてしないけど。
帰ってきてポケット図鑑で調べてもよく分からなかった。最初、セッカかなと思ったんだけど、なんとなく違う。セッカだったら目の上に白いラインが入るはずだ。これは頭の上半分が焦げ茶っぽくて、目の下が少し白っぽい。 ホオジロ、ヒバリ、オオヨシキリ……。どれも似てるような似てないような。ええい、紛らわしい。写真が小さすぎるのがまずいけない。テレコンを付けて200mmではこれが精一杯だった。ああ、もどかしい。 こりゃダメだ、分からん。とあきらめかけたところで当たったのが、アカモズ疑惑。アカモズかぁ。それはアリなのか? 街中でも普通にいるもんだろうか。それとも単純にモズなのかも。 確信はないけど、キミは今日からアカモズくんだ! それに決定。名前が分からなければ知り合いとは言えない。だから、名前は必要だ。はじめまして、アカモズくん、オオタです。今日からよろしくね。 もし違ってたら、あだ名ということにしよう。問題ない。
これから冬にかけて、本格的な野鳥観察シーズンが始まる。去年の秋、C-2100UZを買って突如野鳥に目覚めた私だったけど、夏場はあまりにも見られないから目覚めてすぐに寝てしまっていた。二度寝はいけないぞ。今年の冬こそ、もう少し名前が分かるようになりたい。 名古屋近郊の野山や公園で、「き〜〜みの〜名〜は〜〜♪」と小さな声で歌いながら上を見て歩いている真知子巻きの男がいたら、それは私かもしれません。
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| なぜ銀の塩? 2005年10月21日(金) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.2, 0.5s(絞り優先/三脚)
銀塩を買った。 といっても、銀色をした塩を買ったわけではない。銀塩カメラだ。えーと、つまりデジタルじゃないフィルムのやつ。
何故今になってデジタルではなく銀塩なのかといえば、そこには深い理由があるようでない。気の迷いかもしれない。単に安かったからというのが主な理由だったりもする。 レンズ交換式デジタル一眼だと一番安いものでもオークション相場で3万5,000円はする。レンズも必要だから全部で約4万。それに対して銀塩だと、レンズセットで3,000円くらいから買える。安っ! もちろん、フィルム代とか現像代とかを考えるとランニングコストがかかりすぎて経済的ではないのだけど、ちょっとだけ銀塩の一眼というものを使ってみたかった。そこにはそれなりの理由がある。
デジカメで撮っているとどうしても一枚が軽くなる。失敗してもいいように何枚もおさえのショットを撮るクセがついてるし、露出やホワイトバランスはRAWで撮ってあとからレタッチで現像すればいくらでも修正がきく。そういう気持の甘さが結果的に写真としても甘いものになってしまっているように思えたから。最近、特に。 そこで銀塩を使ってみて、もう一度基本に返るというか、一枚をもっと大事にしようと思ったわけだ。
買ったのはEOS650。なんとこれ、EOSの初号機ですぜ、ダンナ。イカすでしょ? と、何故か口調が古めかしくなる私。昭和っぽい。 それもそのはず、このEOS650の発売は1987年、昭和62年なのでげすよ。 ……。 口調を戻そう。 我ながらよくぞそこまでさかのぼったと思うけど、これも縁とタイミングで、欲しいと思ったときにたまたまそこにあったからこれになっただけで、特にこいつに思い入れがあるわけではない。EOS kissへと至る系譜の原型を知っておくのもいいかなという思いも少しはあったけど。 レンズが付いて3.700円。EF35-135mm F3.5-4.5のレンズが3,000円で本体が700円って感じだろうか。それにしても安いな。中学生のひと月のおこづかいでも買えてしまう。
早速これを持って、街に出てみた。 そしてパシャパシャ撮ったかというとそうではない。何しろフィルム24枚撮りだから、1枚が重いのだ。重すぎる。現像とCD-R焼き付けで1,000円ってことは、シャッター1回につき40円かかることになる。高けっ! そう考えるとうかつに押せなくなる。ファインダーをのぞいて、シャッターボタンに置いた人差し指が凍り付く私であった。ああ、貧乏性。 高いというだけでなく、つまらないものを撮ってる場合じゃないとか、失敗できないという重圧がかかり、ホントに撮れなくなってしまったのだった。結局、名古屋城や中心街を車で走って撮ったのは、たったの5枚というていたらくだった。少なっ! デジカメなら何も考えず50枚は撮ってただろう。 こんなちびってるようではいつになったら24枚フィルムが終わるか分かったもんじゃない。もう少し頑張ってシャッター押そうよ私、と自らを励まして銀塩一日目は終わった。
ああ、銀の塩、どうしてあなたは銀の塩なの? 早くも銀塩を卒業したくなってしまった私に銀塩が微笑んでくれる日は来るのだろうか? 明日に向かって撮れ。
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| イイもんかワルもんか区別がつかない隣人 2005年10月20日(木) |

OLYMPUS E-10+C-PL, f2.2, 1/25s(絞り優先)
公園を歩いていたら、美味しそうなキノコを見つけたので、そのままもいで食べてみた。 ……。 嘘つきました。 そんなことはしてないです。間違ってもしない。私は食のチャレンジャーじゃないから。 でもこのキノコ、見た目美味しそうだった。カレーで煮て、ハーブを盛りつけたみたい。ナイフとフォークでいただくフレンチに見えなくもない。 見えない?
最近毒キノコに関するニュースが多い。愛知県の人がキノコ狩りで採取した毒キノコ(ニセクロハツ)を食べて死んでしまったとか、中部国際空港周辺にたくさんの毒キノコが生えてきて話題になったりとか。秋はキノコの季節でもある。 普通の感覚でいうと、山や森で見つけたキノコをあえて食べようだなんて思わない気がするんだけど、中には当たり前に食べてる人も大勢いるのだろう。私が知らないだけで、日本全国には100万人くらいのキノコ・フリークがいるのかもしれない(そんなにいるかな?)。 ただ、キノコに限らず食に対する飽くなきチャレンジ精神が今の食文化を作ったわけだから、今も昔もチャレンジャーには敬意を表さないといけないとは思う。命がけの人もいるわけだし。 でも、私はやっぱり嫌だ。特にキノコに対して挑みかかっていくようなチャレンジ精神は発揮したくない。キノコだって、人間に食べられたくて生えてるわけでもないだろう。キノコの写真を撮るのは好きだけど。
写真のキノコはやっぱり毒キノコだろうか。ドクヤマドリかと思ったけどまったく自信はない。もしかすると食べられるキシメジだったりするのだろうか。キノコは、野草よりも、野鳥よりも、昆虫よりも、更に判別が難しい。アフリカ大陸に住んでいる人がどこの国の人かを見分けるのと同じくらい。 おまえは中国人か? ノー! ジャパニーズだ。 カンフーやってみろよ。ヘイ、ブルース・リー。 それは中国だっての。的な混乱を生みがちだ(たとえがちょっと間違ってる)。
毒キノコはともかくとして、秋になってキノコ類を食べる機会も増える。あえて危険を冒して自分で採取しなくてもスーパーでたくさんの種類が売られているから、私はそれを買って食べよう。マツタケとか、マツタケとか、マツタケとか……。 ああ、マツタケ食べたい。 シイタケ、エリンギ、マイタケ、シメジ、エノキタケ、マッシュルーム、マジックマッシュルーム。 って、おいおい、マジックマッシュルームはスーパーには置いてないだろう。
今週末のサンデー・クッキングはキノコのパスタでもしようかな。ワライタケ入りの。ウヒャヒャヒャヒャーと本当に笑い出すんだろうか? 一説によると神経がやられて顔が引きつって、それが笑い顔に見えるだけらしい。家族全員、笑顔が引きつる食卓……。想像すると不気味な感じだ。 キノコって、意外と洒落にならない。
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| あなたはダイサギさんですか? 2005年10月19日(水) |

OLYMPUS E-10+C-PL+テレコン, f2.4, 1/50s(絞り優先)
ダイサギさん、こんにちは。 お元気ですか? 木の陰に隠れてこっそり挨拶しつつ写真を撮らせてもらった。星飛馬を見守る星明子みたいに。 ダイサギさんは星明子こと私オオタに気づいていたのかいなかったのか、このとき早めの夕食中。首を伸ばしながら、そぉ〜っと水面を歩き、おもむろにシュパッとくちばしを水中に差し入れ魚をくわえ、コクコクコクッと上を向いて飲み込んだ。上手い。続けざまにもう一匹。 でもなんで魚って、鳥の足や気配に気づかないんだろう? 人間の手が近づけばすぐに気づいて逃げるのに。魚は鳥の気配を感じないようにできてるんだろうか? くちばしのスピードだってそんなに速いとも思えない。スピードだけなら全盛期のマイク・タイソンの方が速そうだ。けど鳩を素手でつかんだタイソンだって泳いでる小魚をつかむのは無理だろう。自然界って、人間には理解しにくい不思議な部分でうまくできてるなと思う。
とここまで、写真のこのサギをダイサギとして話を進めてきた私だけど、ホントにこれダイサギでいいんだろうか、という素朴な疑問がわき上がる。 コサギよりは体が大きかった気がする。くちばしも遠目ながら黄色かった。だからたぶんそうじゃないかなと思ったんだけど確信はない。チュウサギがこんなところをうろついてるとも思えないから、ダイサギでいいんだろうか。とりあえずそういうことにしておこう。
でもダイサギとチュウサギって、どうやって見分けるんだろう? 図鑑やネットで写真を見たり説明を読んだりしても、もうひとつよく分からない。「コサギより大きくてダイサギより少し小さい」って! 都合良く一緒にいるわけじゃないから、そんなこと言われても困ってしまう。くちばしの長さがチュウサギは少し短いともいうんだけど、それだってほんのちょっとの差らしいから分かるはずもない。目の下の切れ込み(口角)が深いとダイサギで、浅いとチュウサギといっても、そんなことまで確認できるほど至近距離まで近づけないし、大写しにするには超望遠レンズが必要だ。 唯一はっきりした判断材料は、チュウサギはめったにいない、ってことだ。なんだそりゃ。 だから、コサギじゃない大きいサギがいたら、それはダイサギと思ってほぼ間違いないようだ。
ただ安心するのはまだ早い。ダイサギには2種類の亜種がいるんだそうで、その名も、亜種チュウダイサギと、亜種オオダイサギ。ややこしい……。 亜種チュウダイサギとチュウサギの区別がまた難しいんだそうだ。こうなってくれると私にはもうお手上げさ。 マナカナのどっちがマナでどっちカナか分からず、こう言ってしまう心境に似ている。 どっちでも一緒じゃん。 なんて投げやりな。 宗猛と宗茂の区別だっていまだについてない。
キミはダイサギですか? そう心の中で問いかけたのが聞こえたのか、推定ダイサギは日が沈んだ森の向こうに飛び去っていった。大きな羽を広げて、バサバサバサっと。 また会いましょう、ダイサギさん。チュウサギくんにコロニーかどこかで会ったら、私がよろしく言っていたと伝えてください。
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| 遅れてきたモリコロ・グッズたち 2005年10月18日(火) |

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遅れてきたヒーロー、ではなく、遅れてきたモリコロ・グッズたち。 ただいま部屋の中に散乱中。 多っ!
気がつけば早いもので、愛・地球博が終わってそろそろひと月になろうとしている。にもかかわらず、今頃なんでこんなにモリコロ・グッズを抱えてるかといえば、公式オンラインショップの限定福袋「モリゾーパック」と「キッコロパック」が買えてしまったから。 買えてしまった? ちょっとびっくり。割とあっさり買えたのだった。嬉し恥ずかし。 それにしてもこの量は記念物として取っておくには多すぎる。こんなにいらないぞ。祭りのモチまきのようにモリコロ・グッズを投げるわけでもないのに。 ダブってるものもあるし、人にあげるものはあげて、売れるものは売って、余ったもののいくつかを持っておくことにしよう。
欲しかったグッズは手に入ったけど、愛・地球博が日に日に遠ざかって印象が薄れていくのを止めることはできない。テレビのニュースにもならなくなり、日常で交わされる会話の中で登場することもほとんどなくなった。駐車場の案内掲示板もとうとう取り外されてしまったし、会場内の撤去作業も10月25日で一応の完了が予定されているという。 たったひと月でこんなに感動が薄れてしまうのはちょっと寂しいけど、でも仕方がない。万博は9月25日で止まったままなのに対して、私たちは前へ進み続けているのだから。 毎日のように万博に通い詰めてた人たちは今頃抜け殻のようになってるんじゃないだろうか。ペットをなくしたペットレスに似た万博レス症状に陥ってるかもしれない。 でも、記憶や思い出は、ゼロに向かっていってるわけじゃない。心の底に沈殿していってるだけだ。遠い将来、心をかき回してみればきっと、あの時の印象が鮮やかに浮かび上がってくるはずだ。大事な思い出はそう簡単に消えるものじゃない。
ところで、モリコロ・グッズはいつまで恥ずかしくなく喜んで使えるものなんだろう? シャープペンとかバッグとかストラップなんか。家に置いておくグッズに関しては記念として持っておけばいいけど、使うものはどうなんだ。もしかしてすでに微妙な感じなのだろうか? 学校などではもう期限切れになってるのかもしれない。まだそんなもの使ってるのかよみたいな言われ方をしてたりして。だとしたら恐ろしい。行き場を失った大量のモリコロ・グッズたちの行く末が今から心配だ。 恥ずかしさを通り越してビンテージものとしての価値を持つまでどれくらいかかるだろう。20年か、30年か。とりあえず孫の代まで大事にしまっておくとするか。 おい、これは昔の万博のモリゾーとキッコロのバッヂだぞ、いいだろう? なんだこれ! こんなもんいらねえや! と顔に向かって投げつけられた日には脳卒中で死んでしまいそうだけど、大丈夫だろうか。 まさか「なめ猫」グッズ路線は進まないと思うけど、モリコロ・グッズの将来というのも、これはこれでなかなかに興味深いものがある。
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| 赤い光を見つけた雨の夜 10月17日(月) |

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また雨か。 やや憂鬱な気分を抱えながら、すっかり日が暮れた夜の入り口で、私は雨の中車を走らせていた。鳥目(とりめ)の私にとってこういう日のこの時間帯は危険だ。あまりよく見えないまま、3割くらい勘で走っている。 他の人が夜にどれくらい物が見えているのかは知らないのだけど(知りたいけど知りようがない)、私はかなり見えてない気がする。鳥さんといい勝負かもしれない。いや、それはちょっと大げさか。病気ってほどでもないから。これはビタミンAの不足なのか? 毎日、ブルーベリーのゼリーを食べてるんだけどな。 自分が夜、今一歩物が見えてないらしいと気づいたのは、大学生になって免許を取ってからだ。女の子を助手席に乗せて夜ドライブしてたとき、いつの間にか反対車線を入っていて、対向車とぶつかりそうになったことがあった。女の子が横で「ギャーーー!」と悲鳴を上げたとき、なんだよ、私って鳥目かよ、と思ったのだった。 その後、その女の子が二度と助手席に乗ることがなかったのを、自分の鳥目のせいにしようと思ったけど、考えたら昼間も乗ってくれなかったから原因は他にあったのだろう。
赤信号で引っかかって、なかなか信号が変わらない。でもこの長い停車時間が赤い光の美しさに気づかせてくれた。ああ、赤い光がきれいだ。ふとそう感じて、一枚写真を撮った。 車のテールライトと赤信号が、雨に濡れた地面や車を赤く染めていて、これはちょっといいなと思った。
赤い光といえば赤い彗星だ(やや無理矢理な連想)。 「認めたくないものだな…自分自身の若さゆえの過ちというものを」 シャアのセリフをつぶやいてみる。 「認めたくないものだな…自分自身の鳥目ゆえの過ちというものを」 シャアの言葉は、車に乗っているといろんなところで応用が利く。今でも右車線から猛スピードで走り去る車を見ると私は反射的に心の中でこう言うのだ。 「速いな」と。 無理矢理割り込んでこようとする車を、スピードを上げて阻止するときはこうだ。 「させるか!」 それでも割り込まれて、いかれてしまったときは、 「更に出来るようになったな、ガンダム」となる。 いや、公道にガンダムは走ってないけど。
雨の日の夜は赤い光がにじんできれいに見えることに今日初めて気づいた。もうずいぶん長いあいだ車を運転してるし、こういうシーンは何度も目にしてたはずなのに、今までそんなこと思ったこともなかった。 イヤなことや苦手なことの中にも気づけばいいことがあるもんだ。こういう小さな喜びを自分の中で見つけて集めていくと、人生も悪いもんじゃないなと思えるようになる。 まだ気づけてない美しさが見慣れた街の中にもたくさんあるはずだ。目を開いてしっかり見ようと思う。鳥目に負けるな、私。
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| 中6日のサンデー・クッカー 2005年10月16日(日) |

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サンデー・ドライバーならぬ、サンデー・クッカーとなりつつある最近の私。ん? サンデー・クッキンガーか? いや、単純にサンデー・コックでいいんだろうか。サンデー・シェフってほどたいそうなもんじゃないし。サンデー・クックドゥードゥルドゥーじゃないことだけは確かだ。
呼び名はともかく、今日も料理を楽しんだ。少しずつ手の込んだものを作ろうとして、だんだん手に負えなくなりつつある。素振りもそこそこにすぐにバッティングマシーンで打ち込みをしようとするお調子者みたい。もしくは、打ちっ放しでロクに練習もせずいきなりゴルフコースに出てみんなに迷惑をかける人のよう。 って、両方私じゃん。昔から性格に進歩がない。基本を大切にしないからすぐに行き詰まるのだ。 いかん、前置きが長い。
今日のご飯は、しめじご飯。 だし汁としょう油でしめじを少し煮て、しめじはボールで受けたザルにあげて取っておく。その煮汁にだし汁としょう油、酒をあわせたツユでご飯を炊いて(水は使わない)、炊きあがったところにしめじを入れて、15分蒸らす。その後かき混ぜて完成。至って簡単だ。 しかし、どうも私には薄味過ぎた。関西風というか、上品すぎて名古屋人の舌には物足りない。最初にしょう油大さじ1、炊くときに大さじ1、とあったけど、もう少し増やした方がよさそうだ。他に好きな具材を入れてもいいだろう。あげとか。
おかずは2品。なんだけど、写真を見ても分かるように、完全に作りすぎ。どうなってるんだ、私の食材の分量、って感じだ。満腹限界まで食べたけど無理だった。 ひとつは、鮭とブロッコリーのチーズ焼き、右手前のがそうだ。 でもこれ、見た目がレシピの完成写真と大きく違っているぞ。どうしてこんなことになってしまったんだろう。ブロッコリーの上に溶けたベーコンが乗っかってるみたいに見える。オーブンで焼く時間が長すぎてチーズが焦げてしまったからかもしれない。味はまずまずだったんだけど。
もうひとつは豆腐のソテー。これは今回の中で当たりだった。美味しくできた。 木綿豆腐をふきんでくるんで水気を取り、1センチくらいの厚さに切って、塩、コショウを振っておく。 フライパンで、みじん切りにしたニンニクとタマネギを炒める(できればオリーブオイルで)。色が付いたら、そこにパン粉を投入する(カップ2/3くらい)。ここにも塩、コショウを少々。炒めたものはフライパンから取り出して別のところにキープしておく。 次にトマトを6ミリくらいの厚さに輪切りして、フライパンで両面焼く。豆腐一丁に対して2個くらい。軽く焼いたら、それを食べる皿の上に盛りつける。 最後に豆腐をフライパンで両面よく焼く。オリーブオイルがあればそれで。焼いたら、トマトの上に乗せて、さっきのパン粉たちを豆腐の上にばらまく。好みでみじん切りにしたパセリなどを振ってもいい(写真はパセリ多すぎ)。 味付けがないようだけど、しっかり味は付いている。焼いたトマトと、ニンニク、タマネギ、パン粉が上手くマッチしてるのだろう。こういう料理は自分では思いつかない。
まだ料理熱は冷めてないようだ。よかった。作りたい気持が続いている。来週もまた、サンデー・クッキング野郎と化す予定だ。 「サンデー兆治」に負けないように、私も中6日のローテーションでしっかり料理しよう。 サンデー・クック、クック〜、クック、クック〜、青いと〜り〜〜〜♪ とご機嫌に歌を歌いながら。
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| 栗に描いたストッキングをかぶった村上春樹 2005年10月15日(土) |

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栗をもらったので、早速ゆがいて村上春樹の似顔絵を描いてみた。 え? 似てないって? 確かに、ちょっと失敗して口をふたつも書いてしまったものな。その点だけは似てないかもしれない。 ん? 全体的に似てない? おかしいなぁ。 たぶん、村上春樹がストッキングをかぶったら、こういう顔になると思う。バラエティ番組で実現する日が来ることを気長に待とう。
今日も少し栗について勉強してみた。そこが栗に顔を描いて遊んでいるだけの小学生との違いだ。 原産地は中国だとか日本だとか北ヨーロッパだとか北アメリカだとか、ややはっきりしない。日本ではすでに縄文時代から食べられていたんだとか。中国へはシルクロードを通って渡ってきたという説もあるらしい。いずれにしても、あちこちに古くからあったというのは確かなようだ。 日本で食用に栽培され始めたのは、7世紀の持統天皇の頃で、武田信玄なども栽培を奨励してたんだとか。和菓子のようにして食べられるようになったのは江戸時代あたりからだという。栗きんとんのようなものを将軍に献上してたりしたのだろう。大奥でも、毒味と称して「美味でごさりますぅ〜」と食べてられてたとかそうじゃないとか。
栗の種類を大きく分けると次の4つになる。日本栗、中国栗、アメリカ栗、ヨーロッパ栗。 日本では昔から丹波が産地として有名で、主な品種としては、丹沢、筑波、銀寄、岸根などがある。 中国はなんといっても天津甘栗が有名だ。でもあれ、天津で採れるわけではなく、万里の長城近くの山麓で生産されたものが天津の港から世界に向けて出港されるところからそう呼ばれるようになったのだとか。 天津甘栗は最高品種として名高いだけあって、独特の美味しさがある。大須のアーケードにあった天津甘栗屋は今でもやってるんだろうか。
栗はビタミン、ミネラル、タンパク質、繊維質などをたくさん含んだ自然食品で、とっても健康な食べ物だ。一年中食べられるものだったらもっと注目されて、優良な食べ物としてみのもんたにオススメされたに違いない(もうしてるかもしれない)。 栗は季節の食べ物というイメージだけで体にいいというのはあまり知られてないんじゃないだろうか。本来、もっと食べていいものだ。栗だけ食べていてもかなり生き延びられるに違いない。 ただし、パサパサなので、あまり多くは飲み込めないのが難だ。欲張ってあまりたくさん頬張るとむせかえるので、食いしん坊の人は要注意だ。 そんなやつおらんやろう〜(大木こだま)。 私も2個食べておいた。 少なっ! いや、似顔絵の下書き用と、写真のこの本番用と、あわせて2個。
さあ、次に何に村上春樹の似顔を描こうか。次こそもっと上手く描いてみせる。 追いつけ、追い越せ、ナンシー関。
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| 近くて遠かったコスモスと急接近 2005年10月14日(金) |

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そういえば今年はまだコスモスをほとんど撮ってなかった。尾張旭の田んぼと、海上の森で少し撮っただけだ。それも夏の間に。 もう秋も深まってきて、どこもコスモスは咲いてるはずだ。けど、いざ撮ろうと思うと意外とないことに気づく。ありふれているようでそうでもない花、コスモス。かといってわざわざ遠くまでそれだけを撮りに出かけようとは思わない。 こんなに遠かったのか、私とコスモスとの距離。行きつけの喫茶店のウェートレスと私みたい(ちょっと違う気が)。 そしたら今日、王子バラ園に行ったらちょうどコスモスが咲いていた。こりゃいいや、と撮ってきたのがこの一枚だ。
コスモスというと、日本の秋を彩る代表的な花のくせに原産は日本じゃない。あらためてそう言われると、へー、そうなんだと驚く人もいるんじゃないだろうか。原産はメキシコだ。でもメキシコとコスモスというのはイメージとして結びつかない。メキシコを舞台にした映画にコスモス畑のシーンが出てきたなんて記憶もない。高原に咲いてるらしいのだけど、日本の作られたコスモス畑のようには咲いてないのだろう。 コスモスって、日本人よりも上手に日本語を話す外国人みたいだ。
コロンブスがアメリカ大陸を発見した後、スペイン人がメキシコの高原で咲いてるこの花を見つけて持ち帰って、マドリッドの植物園長ガバニレスに渡したところ、ギリシャ語の「Kosmos(秩序、調和、美)」から「コスモス」と命名したそうだ。 日本にやってきたのは明治の初期。美術学校の教師ラグーザがイタリアから種子を持ってきたことから広まったのだとか。病気や害虫じゃなくこういう持ち込みなら歓迎だ。まさかラグーザもこれほど日本でコスモスが一般的なものになるとは思ってなかっただろうけど、お手柄だ。
コスモスというと、山口百恵の「秋桜」をまず思い出す。これは私が初めて自分のお金で買ったレコードだからよく覚えている。作詞・作曲はさだまさし。今聴いても名曲だと思う。 最近でいうと、「コスモスの花言葉に揺れながら♪」で始まる、ミスチルの「花言葉」が思い浮かぶ。「コスモスの咲く季節に 君は去った さよなら さよなら」 日本人のコスモス観は、幸せよりも悲しみ寄りのようだ。季節柄もあって。
花言葉は何だろうと調べてみた。 いろいろあるようだけど、「乙女の真心」というのがイメージとしてよさそうだ。英語でも「Girl's Mind」というらしいし。他には、「愛情」とか「調和」とか「乙女の純情」などとも言うらしい。
在来種は白、ピンク、紅の3色で一重なんだそうだ。今はいろんな種類がある。どれも種改良されてたものだ。あまり意識してないけど、たぶん何十種類もあるのだろう。八重咲きもある。 黄色やオレンジのキバナコスモスは少し種類が違うようで、これもまた十種類以上ある。 写真のこれはベルサイユ系だろうか。自信はないけど。 私は前々からずっとチョコレートコスモスが見たいと思っていた。チョコレートの香りがする茶色のコスモス。 でもいまだに見たことがない。今年こそ見たいと思っていたのに、結局見ることができなくて残念だ。店で売ってるのじゃなくて、コスモス畑に一面咲いてるのを見てみたい。そんなところはあまりないんだろうか。
今日一日でずいぶんコスモスのことを知った。これでまたコスモスを見たときの意識も変わってくるだろう。品種の名前も少しは知りたいと思う。 この勢いに乗じて、リクルート・コスモス株でも買ってみるか。あれはまだ価値があるんだろうか? なんなら関係者が私にくれてもいいぞ。捕まったら決まり文句を放てばいい。 「秘書が受け取りました」と。 秘書なんていないけど。
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| サツマイモをくわえたモリゾーを追っかけないで 2005年10月13日(木) |

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サツマイモ獲ったどーーー!!(濱口まさるさん的雄叫び) いや、獲ってないし、掘ってもない。ただもらっただけ。 サツマイモ獲ってないどーーー!! その立派な姿に軽い感動を覚え、天高く秋空に掲げてみた。果てしない大空と大地よ、ありがとう。松山千春のピッカリ頭が目に浮かぶ。
薩摩芋というからには、やはり薩摩の芋なのだろう。 などと思ったら大間違い。薩摩地方(鹿児島県)から全国に広まったからそう呼ばれてるだけだ。西郷どんが「おいどんたちが芋を作るでごわす」とか言って開発したわけではない。 だったら薩摩の人は何と呼んでるかというと、「琉球芋」と言うらしい(今はどうか知らないけど昔は)。ってことは、沖縄から伝わったのか。じゃあ、沖縄ではどうなんだというと、「唐芋(カライモ)」と言うそうだ。なるほど、本場は中国だったのか、と思うとこれも早合点。中国では「甘藷(カンショ)」と呼ばれるそうで(だからサツマイモを広めた青木昆陽のことを「甘藷先生」と呼ぶ)、フィリピンから渡ってきたんだとか。一体原産地はどこなんだというと、中南米らしい。アメリカ大陸を発見したコロンブスが本国スペインに持ち帰って以来、全世界に広がったというのが薩摩芋の歴史のようだ。 行きかうサツマイモもまた旅人なり、といったところか。
焼き芋屋が登場したのが江戸時代。 「栗よりうまい十三里」という言葉を耳にしたことがある人も多いんじゃないだろうか。これも江戸時代、焼き芋を売るために川越の焼き芋屋が考えた宣伝文句で、なかなか洒落がきいている。 江戸から川越までの道のりが十三里で、九里(栗)に四里(より)を足して十三里。つまり、「栗(九里)」 「より(四里)」うまい「十三里」というわけだ。ダジャレかよ! とミムラマサカズのようにツッコミを入れたくなるかもしれない。
さて、せっかくもらったこのサツマイモだけど、どうやって食べたものか、空に掲げながら考えた。 サツマイモの天ぷらは好きだ。でも2本も天ぷらにしたら胸焼けしてしょうがない。定番の焼き芋は美味しそうだけど、落ち葉を燃やして焼き芋を作るような空き地がない。ベランダでやるのは無謀だ。 レンジで美味しくならないのは、温度が高すぎるからだそうだ。焼き芋は70度くらいの低温で温めることでデンプンを甘い糖に変える酵素がよく働くんだとか。だから、実際、石焼き芋というのが一番美味しくなるらしい。 大学芋という手もあるけど、あの甘ったるさはちょっと苦手だ。おやつ風にするよりもおかずとして食べたい。オレンジ煮とかレモン煮が美味しいらしいから、そのあたりでいってみようかと考えている。裏ごしして揚げるのもよさそうだ。
いや、それよりも、今流行の薩摩焼酎を密造するってのはどうだ? なんなら幻の焼酎と呼ばれる森伊蔵でも作ってみるか! ……。 それは絶対無理だろう。そもそも森伊蔵が使ってる芋はこんな普通の芋じゃなくて黄金千貫(コガネセンガン)ってやつらしいし。 それ以前に私アルコール飲まないじゃん。ビールでさえここ5年くらい飲んでないし。そういえばそうだった。森伊蔵の密造はやめておこう。 関係ないけど、愛・地球博のモリゾーって、最初どっかで聞いたことある響きだなと思ったら、この森伊蔵だった。モリイゾー。モリゾー。似てる……。
森伊蔵の一升瓶を手にぶら下げて、口にサツマイモをくわえているモリゾーの姿を見たら、それは私かもしれません。危害を加えないでください。
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| 郵政民営化の始まりを感じた郵便局の自販 2005年10月12日(水) |

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何? 郵便局にジュースの自販が!? 驚いた。いつの間にこんなものが設置されたんだろう。ここはしょっちゅう利用してる近所の小さな郵便局。こんなもの初めて見た。 郵政民営化、見切り発車?
帰宅後ネットで調べたら、全国的に去年から設置が始まっていたんだそうだ。まったく知らなかった。だからこの光景も、人によってはもはや当たり前のものとして映るのだろう。けど、私はファーストコンタクトだったから、かなり驚いた。郵便局とジュースの自動販売機の組み合わせは、頭の中にまったくないパターンだったから。 いったん、その存在を認識してしまえば、郵便局と自販のセットは悪い取り合わせじゃない。局内で飲んでいいのだとしたら、ありがたいと思う人は多いだろう。昼間など、けっこう長く待たされるときもある。中で飲んではいけないのだとしたら、ありがたみは半減するかもしれない。ホントのついででしかないから。
しかし、この自販、何やら怪しい雰囲気がないとは言えない。素性を隠すように焦げ茶色に塗られたボディーにきな臭さを感じる。一体、どこのメーカーとタイアップしたんだ? と思って売られてる飲み物を見てみると……。 コカコーラ、ポカリスエット、オロナミンC、ジョージアコーヒー、CCレモン、伊右衛門、カルピスソーダなど。 なんだ、なんだ、このラインナップは? メーカーがバラバラじゃないか。なるほどそうか、不公平にならないように、各メーカーのものを取り込んだのか。 あまり最近のジュース事情には詳しくないのだけど、かなり頑張ってバランスを取っているのだろうと想像される。メーカーや銘柄を決めるのはけっこうモメたんじゃないだろうか。 炭酸、お茶、コーヒー、その他、破綻はない。お汁粉とかポタージュは入ってないし、グアバとかもない。
参入メーカーを調べてみたら、アサヒ、大塚ベバレジ、カゴメ、カルピス、キリン、サッポロ、サントリー、コカ・コーラ、ヤクルト、とあった。大事なところが抜けているのかどうか、私には分からない。分かる人には分かるのだろう。アカデミー賞に無視され続けるディカプリオ的なメーカーもあったりするのかもしれない。そういえば、ポッカは入ってないか。
民間のジュース自動販売機を置くようになったとは、いよいよ郵便局の民営化も現実味を帯びてきた。今日、実感として初めてそれを感じた。 郵便局のコンビニ化現象というのは、冗談でも大げさでもない。何でも置けて、何でも売れるとなったら、歯止めはきかなくなるだろう。そこに局ごとの売り上げ競争が起これば、その流れは加速していくことになる。そのへんのところはどうなっていくんだろう。中央の一括管理になるのか、それとも差別化を図っていくのか。なかなか興味深いところだ。
でも、ホントに郵政民営化って必要なのか? と、今更ながら言ってみる。
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| ネオンと言えばライトじゃなくテトラ 2005年10月11日(火) |

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水槽の側面にネオンテトラの卵を見つけた。けど、今回もまた孵化はしないだろう。何度も卵は見ているけど、いまだに孵ったことがない。 卵が透明なら有精卵で、白いと無精卵なんだそうだ。これは産みつけられた次の日のものだけど、すでに白くなりかけている。その次の日にはカビっぽくなってきた。やはり今回も無精卵だったか。
これまで卵で孵化するものでは、アフリカンランプアイが2、3度生まれたことがあるくらいで、ネオンはまだない。 卵から孵るものはとても難しい(と個人的には感じている)。特にネオンの水槽にはエビちゃんがいて、こいつらがすぐに取ってしまうということもあって。 子供で生まれるグッピーやプラティは爆発的に増えるのだけど(もう一本の水槽は数百匹がワラワラ状態になっている)、自然界では卵胎生と胎生の増え方はどれくらい違うんだろう。
熱帯魚は趣味とも言えないほど、ゆるく飼ってるだけだ。金魚を飼うのと同じくらいの意気込みで。とはいえ、やはりめったに生まれないものが生まれたらそりゃあ嬉しいものだ。ネオンも一度くらい孵化した赤ちゃんを見てみたいと思う。話に聞くとそんなに難しいもんじゃないらしいのだけど、何か特別にやらなくちゃいけないことがあるのかもしれない。ぼんやり眺めてる以外に。あるいは喜んで写真を撮ってる以前に。
なんならネオンを増やしに増やして、それを売りさばいて大儲けだ! などと考えていたら、甘かった。ふと冷静になってみると、10匹300円くらいで買ってきたことを思い出した。1匹30円ですか? ってことは、この卵が全部孵ったとしても240円。しかも、店と同じ値段で売れるはずもなく、熱帯魚店に魚を買いに来た人を店の裏に誘い込み、嬢ちゃん、坊ちゃん、こっちの方が安いよ、ネオン、1匹20円ダヨ、と売りつけたとしても、1万円儲けるためには500個の卵を孵化させなければならない。 ……。 ダメだ、こりゃ。 ネオン生めよ増やせよウハウハ大作戦は、空想の段階で早くも頓挫した。机上の空論でさえ儲からん。 うーん、トップブリーダーへの道のりは遠くて険しい。
ネオン・テトラ。原産地はブラジルのアマゾン川上流。 その姿の美しさから、遠く日本にまで連れてこられて、狭い水槽で生きることになった悲しいやつら。 姿が地味だったゆえに放置されて絶滅の危機に瀕してる日本メダカとネオン・テトラと、どっちが幸せなんだろう。
私が彼らにしてあげられるのは、なるべく快適な環境を保って、元気な姿を見て喜ぶくらいのものだ。狭いながらもひとつの世界の中で起こる生と死のドラマに学ぶことも多い。
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| 未来の遺伝子が泣いているから 2005年10月10日(月) |

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いい夕焼けが穫れた。ゲッツ!(ダンディ元気にしてるかな) でもこれは昨日のものだ。今日は一日雨模様だったから、せめて写真だけでも夕焼け気分を味わいたかった。
ときどき、こんなことを考える。 今、あたりまえのように目にしている風景を、私たちはいつか見られなくなってしまうんじゃないだろうか、と。この景色は、遠い記憶の彼方にわずかに思い出されるだけのものとなる悲しい予感が私にはある。50年後か、5千年後か、5万年後かは分からないけど。 夕陽も、青空も、雨も、海も、森も、生き物も、建物も、光さえも、未来ではあたりまえのものではなくなるだろう。感傷と技術で同じものを作り出せたとしても、それは私たちが今見ている風景とは別のものだ。
夕焼け空を見て、こんなにも切なくて泣きそうになるのは、遠い未来の遺伝子が泣いているからかもしれない。もう見ることができなくなった風景を見ていることが懐かしくて嬉しくてしょうがないのだ、きっと。 地球は美しくて泣ける。 それは失われる悲しみであり、だからこその愛おしさなのだろう。
愛・地球博で冷凍マンモスを見たとき、私は感動しなかった。それよりも1万8,000年分の悲しみがどっと押し寄せてきたようで泣きそうになった。 彼らをはじめ、たくさんの仲間と私たちはもう会うことができない。 そして、未来では、人以外の生き物が絶滅した私たち人間を掘り出して、私たちが感じたのと同じ悲しみを味わうことになるのかもしれない。 遠い未来の万博では、氷の下から見つかった人間の骨で作ったストラップが飛ぶように売れて、レアアイテムとなることだろう。品切れ続出、入荷未定。 (あー、マンモスのキバで作ったストラップ、欲しかった)
私たちは確かに多くのものを失ってきた。けど、まだたくさんのものを持っている。それはどうやったってやがて失われていくものだ。守ったり食い止めたりすることはできない。だからこそ、今ここにあるものを喜びとし、幸福と知り、肌で感じ、目に焼き付けよう。 それは、遺伝子に託した未来への贈りものとなるはずだ。
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| 日の本の和の食の人 2005年10月9日(日) |

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せっかく「和」のレシピ本を買ったから、今回は和の料理にぐぐっと迫ってみた。ニッポン、チャチャチャ。 なるべく簡単そうなものを選んで作ったのだけど、料理慣れしてないので段取りに妙に手間取る私。ジャガイモの皮をむくだけでえらい時間がかかる。わっ、あぶね! 手切りそう! おっと、包丁が滑って落ちた。うわーー、足に刺さりそうだった! とひとり身もだえる。 結局、たったこれだけ作るのに1時間もかかってしまったぞ。お店をやっていたら、お客なんてとっくに帰ってしまう。が、罵声を浴びせる客もいないので、あわてずのんびり作る。
まずご飯は、ジャガイモとサーモンの炊き込みご飯を選択。残念ながら、松茸捕獲には失敗した。ギブ・ミー・モロッコ松茸。 作り方は簡単で、普通にご飯を炊く上にジャガイモと切り鮭を乗せて炊くだけ。炊きあがったら、サーモンの皮と骨を取って、バターと塩胡椒を入れてざっくり混ぜて出来上がり。味付けはないので、塩胡椒は少し多めでも大丈夫。 みそ汁はなめこ汁にした。絹ごし豆腐となめこだけのあっさり赤みそ汁(あ、ネギ入れるの忘れた)。もしあれば田舎みその方がいいかもしれない。なめこのぬめっとした独特の食感がいける(それが苦手な人は苦手かもしれない)。 ご飯が色物なので、おかずは少なめにする。メインは桜エビとタマネギ、三つ葉のうす衣揚げ。天ぷら粉と水で薄く衣をつけて、パリッと揚げるのがコツ。揚げたてに塩を振るだけでしっかり味はついている。今回これが一番美味しかった。 つけあわせは、アスパラガスとキュウリのレモン炒め。オリーブオイルとレモン汁で炒めるだけ。
大食いの人はこれくらいでは足りないだろうけど、私はこれで充分。ちょうど完食で、ごちそうさまでした。 今回はばっちり箸の長さも揃っていて完璧だ。
ジャガイモとサーモンの炊き込みご飯にはもうちょっと改良の余地があると思った。塩胡椒だけではやや物足りない。これにしょう油を絡めると、おかずいらずでこれだけで食べられるものに仕上がりそうな気がする。ただ、どうすれば美味しくなるのかは想像がつかない。創作料理の才能はどうやらなさそうだ。レシピ通りに作って、その通りに完成させることに喜びを感じる。今のところは。 でも、少しずつ欲が出てきたというか、もっと美味しいものを作りたいという気になってきた。なんだこりゃぁぁぁぁーーーー、今まで食ったことないくらい美味いぜぇぇぇぇーーーー!!! と狂喜乱舞するような。 っというと大げさすぎるけど、自分で作って自分で驚くくらいのものを作ってみたい。自信を持って人に作ってあげられるようなものを。そのためにはまだまだ修行を重ねなければ。
よし、また来週の日曜日に作ろう(週に一回で上達するのか!?)。
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| 雨の休日はピアノ・ピアーノ 2005年10月8日(土) |

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雨の休日はピアノ・ピアーノ。 piano pianoは、「あわてずのんびりいこう」という意味のイタリア語だ。少しずつとか、段々にという意味もある。楽器のピアノのことじゃなく、強弱記号の「ピアノ」の方に近い(そういえばあれもイタリア語だ)。休みの日は優雅にピアノでも弾きましょう、ということでもない。 英語でいうとTake it easyになるのだろうけど、少しニュアンスが違う。Take it easyは他人に対してかける言葉であるのに対して、piano pianoは自分に言い聞かせるような使い方もする。 私はこの言葉が好きで、よく独り言のように言ったりする。気持ばかり焦って、物事がうまくいかないようなときなどに、ピアノ・ピアーノと。
外国語は、どの国も挨拶言葉程度しかしゃべれないのだけど、好きな言葉がいつくかある。 たとえば、有名なところでは「ケ・セラ・セラ」とか。 スペインで生まれた言葉で、Que sera sera---直訳すると「在るものはすべて在る」、それが転じて「あるがまま、なるようになる」と日本語では訳されることが多い(スペイン語表記は正確じゃない)。 英語でいうと「What will be,will be」になるそうだけど、これも少し違うような気がする。 ヒッチコック監督の『知りすぎていた男』で、ドリス・デイが歌っているのを聴いてこの言葉を知った人間が多いだろう。日本語訳はペギ-葉山が歌った「ケセラセラ なるようになる〜」というのでお馴染みとなった。 この言葉の持つ、あっけらかんとした明るい響きがいい。
中国には「メイクワンシー」という言葉がある。 漢字で書くと、「没関係」。 これも応用範囲の広い不思議な言葉で気に入っている。 訳すとか「かまわない。大丈夫だ。心配ない。どういたしまして」などになるだろうけど、それだけじゃない。 「ありがとう」「メイクワンシー」 「大丈夫ですか?」「メイクワンシー」 「失敗したのはおまえのせいだ」「メイクワンシー」 「あれを盗ったのはあなたですか?」「メイクワンシー」 単なる受け答えというよりも言い訳や言い逃れに近く、めったにあやまらない中国人気質をよく表している言葉だ。 たとえるなら、野球でエラーをした内野手がピッチャーに「ドンマイ、ドンマイ!」と声をかけるのに似ているかもしれない。気にするなって、おまえが言うなって感じだ。 「昨日の待ち合わせ、なんで来なかったんだよ!」 「あ、忘れてた。没関係〜♪」 ってなふうにも使える。
ネイティブ・アメリカン(タオス族)の言葉に、「Today is a very good day to die.」というものがある。 「今日は死ぬのにいい日だ」 あきらめとか無常観を含みつつ、達観と喜びさえ入り交じった深みのあるいい言葉だ。自然と一体になることで得られる生き物としての自覚とでも言うんだろうか。アメリカ人には理解しにくくても、日本人ならこの感覚は理解しやすい。 もし、誰かにそう言われたら、にっこり笑ってこう答えるのが正解だ。 「Yes, today is a very good day to die!」 死ぬのにいい日は、生きるにもいい日だ。 毎日、陽気に笑ってこう言える日を送りたいと思う。
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| 中日新聞がくれた30年で最高の贈りもの 2005年10月7日(金) |

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中日新聞を購読し始めてすでに30年以上の時が経つ。名古屋市民の鏡と言えよう。 名古屋人の間で交わされる、「今日の朝刊のあれ読んだ?」の朝刊が指すのは、朝日新聞でも、読売新聞でも、ましてや日本経済新聞でもない。言わずと知れた中日新聞である。なので、名古屋人は中日新聞をとらざるを得ないのだ(昔、うちでは毎日と中日をとっていた。ときに中日スポーツも)。
その中日新聞がこのたび、この30年の中で一番気の利いた贈りものをくれた。 「昭和の名古屋・平成の名古屋 愛知万博記念・航空写真集」 おお、これ、でらいいがや、と名古屋弁丸出しで誉めてしまうほどこれはいい。 *注:これ、でらいいがや=英語でいうとIt’s a wonderful!
名古屋市内各所の昔と今の航空写真を並べたもので、その移り変わりがとてもよく分かる。駅前、名古屋城、栄、東山、熱田神宮、名古屋港、万博会場など。劇的に変わったところもあり、意外なほど変わってないところもある。万博会場になった青少年公園を見ると、万博の会場は地形をそのまま利用して上手く造られていると感心する。周辺の森も、ほぼそっくりそのまま残っている(海上の森をつぶさなくて本当によかった)。
写真の名古屋駅の駅裏は大きく様変わりしたところのひとつだ。 左のモノクロ写真が撮影されたのは昭和36年で、この頃の笹島は国鉄の貨物駅が広い範囲を占めている。駅の真裏は軒の低い民家がギュッと密集して雑然とした感じだ(戦後すぐはこのあたりはバラック街だったらしい)。ただ、今ツインタワーが建っているあたりにはすでに10階建てくらいのビルが5、6本建っているのが見て取れる。戦後15年でもうその傷跡は確認できないほど復興している。このあたりも空襲でかなりやられたはずなのに。
現代の方に目を移してみると、さすがに駅前はたくさんのビルが建っている。とはいえ、超高層ビルは今度のトヨタビルでやっと3本目。これは他の大都市に比べて断然少ないだろう。全体として見ても、名古屋の街並みが低いことがよく分かる(夜も大都会とは思えないほど暗い)。 駅裏は民家、ビル、学校などがやや無秩序に建っているという印象を受ける。このあたりの再開発も、あまり進んでいるようには見えない。名古屋駅を挟んで表と裏ではまったく違う様相を呈していることが、上からだと一目瞭然だ。私は駅裏にほとんど馴染みがない。 万博のサテライト会場と位置づけられた「デ・ラ・ファンタジア」が、周囲の色合いとマッチせず浮いたようによく目立つ。写真右端に写ってるカラフルなところがそれで、子供向けの遊園地のようなものだ(万博が開催されてすぐは、こっちの方が人が多いじゃないかとばかにされたものだった)。 本来はここにナゴヤドームができるはずだったのに、なんで東区になってしまったんだろう。こっちの方が名古屋駅に近くて便利そうなのに。
中日新聞をとり続けてよかったと、30年で初めて思った。ドラゴンズ・タオルやうちわ、中日の選手のサイン入り下敷きなどを受け取り続けて苦節30年。ようやくその苦労が報われるときがきた。これも万博のおかげだ。 いや、でもホントは、もしかして、中日新聞、万博のタダ券くれるんじゃないかと期待してたことをここに告白しておこう。そんな夢を見ていたのは私だけではなかったはずだ。 きっと万博なんて人が全然行かないから、サクラじゃないけど、賑やかしのためにタダ券配って地元の人間を万博会場に送り込もうというような話になるんじゃないかと、半ば本気でそう思っていた。 甘かったか……。まさかあんなに人が押し寄せるとは。ちょっと万博というものの規模の大きさを理解してなかった。始まる前は、地元のちょっと大きめのイベントくらいにしか思ってなかった。中日新聞がケチとかそういう問題じゃなかったのだ。すまん、中日新聞。 まあしかし、嬉しい贈りものもこれが最初で最後のような気がする。今度いいものをくれるのは、50年後くらいに、もう一度名古屋にオリンピック誘致しよまいとなってそれが実現したときくらいだろう。それまで気長に待つか。
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| モリゾーとキッコロを探して海上の森2005番地へ 10月6日(木) |

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2005年9月25日、愛・地球博閉幕の日にモリゾーとキッコロは森へ帰った……はずだった。 しかし、衰えぬ人気に松坂屋のグッズ・セールのため呼び戻され、今度は頼んでもないのに瀬戸市の住民に無理矢理組み込まれることとなった(誰でも住民票を200円で交付してもらえる。待ち時間は2時間とか)。 住所は瀬戸市海上の森2005番地。そこにモリゾーとキッコロは住んでいる。もう住所不定じゃない。お手紙や郵便物も届く。宅配便も。 そして私は海上の森へ向かった。
しかし、森の中を歩けどあるけどモリコロの姿は見つからない。 というか、海上の森2005番地って、どこですか? 訊ねようにも、森の中には一切人影がない(訊ねられた方も困る)。 海上の森はとっても広いのだ。端から端まで歩くと3時間くらいかかるかもしれないくらい。 結局、モリゾーとキッコロにも会えず、野草の収穫もほとんどなく、日が沈んだ。 霊感ないからな、私(そういう問題か?)。 どうやらモリコロに会うには松坂屋に行くしかないらしい。
モリゾーとキッコロの人気は、万博が終わってから更に増したような感じさえある。公式グッズの人気が特にすごくて、オークションでは軒並み定価を超えてしまってるし、昨日から再開された公式オンラインショップは、あっという間に商品が品切れになってしまった。限定発売のモリゾー、キッコロ・パック(グッズの福袋)各400個は、5分で売り切れた。私も挑戦したけど、まったくつながらずに終わった。 まさか協会もこんなに売れるとは想定してなかったのだろう。分かってたらもっと大量に作ったはずだし、閉幕後の販売計画も万全にしてたはずだ。対策が後手後手に回ってしまっているあたりが商売下手の名古屋(愛知)らしい。
どこかでモリゾーの着ぐるみレンタルさせてくれるところはないだろうか。会場で使ってたやつはどうしたんだろう。もし借りられるのなら、自らそれを着て、海上の森に潜んでいたい。そして散策者が来たら、ちょこっとだけ姿を目撃させて、一目散に逃げていくのだ。なんだ、あれ! と話題になること間違いなし。海上の森でモリゾーを見たというウワサがウワサを呼び、連日大賑わい。きっと楽しいだろうな。 ただ問題は、大勢の人に追いかけられて逃げ切れるほど私に体力があるかどうかということだ。捕まったら、何してんだキミは、いい歳して、とか怒られてしまいそうだものな。ちょっと危険だな。でも欲しいな、モリゾーの着ぐるみ。
愛知万博ではいくつかの笑えるエピソードがあったけど、私が一番好きなのは、モリゾーが(正確にはモリゾーの着ぐるみを着てた人間が)、芝生で弁当を食ってる姿を見てちびっこが泣いた、という話だ。 ええ〜ん、お父さぁ〜ん、モリゾーが弁当食べてる〜、うううううっっ。 当然、その着ぐるみの男はこっぴどく叱られたそうだ。 確かにモリゾーが芝生で頭を取って弁当食べてちゃまずいだろうとは思うけど、そんな微笑ましいエピソードが私は好きだ。
次はあなたの街にモリゾー(を着た私)が現れるかもしれない。
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| 料理熱保温作戦その1 2005年10月5日(水) |

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せっかく目覚めた料理熱を逃がしちゃいけない、とレシピ本を買ってみた(「Book off」で350円)。 名付けて、料理熱保温作戦。 去年までの私なら、おいおいどうした自分、熱でもあるのかと思っただろうけど、今の私は違う。あるのは微熱ではなく料理熱なのだ。けっこう、いや、かなり本気だ。彼は昔の彼ならず、と太宰さんも言っている。ダスゲマイネ。
いろいろ選択肢があった中で、「和」のレシピ本にしたのは、この本そのものが魅力的だったから。内容は正直薄い。参考になるレシピも少ない。でもなんというか、器の写真がよかった(それだけかよ)。 人の意志決定って、けっこう変なところでなされていることが多い。
この本をパラパラと見ていたら、料理よりも和食器に興味が出てきた。それはまずいぞ。そっち方面は料理よりもずっと金がかかる。軽いコレクション体質の私だから、全部和食器で揃えたいなどと無謀なことも考えかねない。一度欲しくなると止まらないし、何かを買えばもっといいものが欲しくなるに違いない。焼き物の勉強とかを始めてしまったら歯止めが利かなくなる。 ここはひとつ、和食器にはあまり目を向けないようにして、料理に専念しよう。うん、そうしよう。それがいい。
ポストイットを何枚か貼って、作る料理の候補を選び出した。この本は炊き込みご飯系のものが充実してるから、まずはそのあたりからいってみる予定だ。 炊き込みご飯というと、混ぜご飯(五目飯と混ぜご飯って一緒のもの?)とか栗ご飯くらいしか思いつかないけど、実はこんなにもたくさんの可能性があったのか。知らなかった世界だ。 この時期、松茸ご飯もやってみたいけど、肝心の松茸が手に入らない。いつも散策してる近所の小山に生えてないかな? 生えてないだろうな。ってか、たとえ生えてても勝手に引っこ抜いちゃダメだろう。仕方ない、スーパーへ行って、モロッコ産の松茸でも買ってくるか。
このブログは意図に反して食べ物系のネタが多くなっている。パーセンテージはかなり高い。だから、私のことを食いしん坊バンザイなやつだと思っている人もいるかもしれない。しかし私、体脂肪は30歳以上の適正脂肪率17〜23パーセントを下回る15パーセント男で、食べ放題の店では店の利益に貢献し、食事会では必ず割り勘負けする小食野郎なのだ。決して石ちゃん(石塚英彦)風ではありませんです。 でもだからこそ、もっと食べることに興味を持とうと思ったのが料理を始めたきっかけにもなっている。 自分で作ったものはかなり美味しいと思えるおめでたい人間だということに最近気づく。 お料理バンザイ。 あー、つや消しの和食器欲しいな、コンチキショー。
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| 同世代の現役ハコスカ 2005年10月4日(火) |

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