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こんな光景をいつかどこかの戦場で見たように思えたのは、やはり気のせいだろうか。テレビや映画で見たのか、それとも本当に遠い昔に見たのか、それは分からない。激しい戦闘で破れた旗を、ようやく勝ち取った陣地に立てた日の夕暮れ風景を連想させた。
旗といってまず思い浮かべるのが国旗だろうか。国旗を持たない国はおそらくないと思うけど、国旗に対する意識は国によってかなり差がありそうだ。戦いで独立を勝ち取ったとか、国を自分たちが作ったという思いがある国ほど国旗に対する意識は高い気がする。典型的な例がアメリカだろう。 国によっては、外国人が国旗を踏みつけたり燃やしたりする行為を犯罪とするところもあるようだ。日本ほど国旗に対する意識が低い国は他にないと思う。
そもそも日本人と旗の関係はどのあたりまでさかのぼれるのだろう。 のぼりも旗とするならば、魏志倭人伝や日本書紀にも記述があるという。戦いの旗ということなら、源平合戦の紅白の旗あたりからだろうか(これが現在でも白組・紅組に分かれて戦っていることの由来となったのはよく知られた話)。 応仁の乱から始まった戦国時代にはおなじみのものとなっている。武田信玄の風林火山の旗などが有名だ。でもあれは象徴的な意味合いよりも、差し迫った理由で使っていたと思われる。敵味方入り乱れての戦いで、自分のところの旗を目印にしないと同士討ちになってしまうおそれがあるから。 その後時代は流れて、印象的な旗の話となると、鳥羽伏見の戦いの「錦の御旗」が思い出される。徳川軍と薩長連合の戦いで、薩長が錦の御旗を持ち出してきて、それまで官軍だと思っていた徳川軍が朝敵になるのを恐れて総崩れになったというあれだ。新撰組の時代劇などでも必ず出てくる。
そういう歴史の中で旗の役割は小さくなかっただろうけど、日本人が旗そのものに思い入れがあったかといえばどうだろう。たとえば戦国武将がのぼりを特別大事にしてたような印象はない。 今の日の丸の流れは太平洋戦争で作られたものだろうけど、そのあたりの日の丸は話がややこしくなるので省略する。けど、現代日本人の国旗に対する無関心さは悪いことではないと私は思っている。スポーツで日の丸を背負った日本代表選手を応援するくらいでいいじゃないかと。
旗は英語ではフラッグ。 チェッカーフラッグ、チャンピオンフラッグなど、戦いや勝負事に関わるものが多いのも世界共通だろうか。 フラッグシップ、つまり旗艦もそうだ。もともとは司令官が乗る船のマストにいくつもの旗を掲げて、それを司令代わりに使っていたことからこの言葉が使われるようになったんだそうだ。 今、フラッグシップというと、製造メーカーが製品に対して使っていることが多い。最上位に位置する製品をフラッグシップ機と称し、ユーザーも同じような使い方をしている。たとえばバイオのフラッグシップモデルのように。元の語源から少し離れて、最高級という意味合いで使われているようだけど。
旗についてのとりとめのない話になった。でも、こんなに旗について考えたり調べたりしたのは初めてだ。なかなか興味深く、面白かった。今後も折を見て旗に関して理解を深めていきたいと思う。そしていつの日か、手旗信号をマスターして、愛の告白でもしてみよう。 ん? それって通じるのか!? いや、逆に伝わったら、それはそれで腰が引けるか。
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