
OLYMPUS E-10+C-PL, f2.8, 1/30s(絞り優先)
河原でひとり、楽譜を見ながらハーモニカを吹くおばさまを見た。 「女ナガブチ」と命名しよう(本人はきっと喜ばないだろう)。 秋の夕暮れ時、優しい風に乗って流れてくるハーモニカの音色は、どこかなつかしさを感じさせるものだった。小学校のとき、好きな女の子のハーモニカをこっそり吹いたりはしなかった私だけど(いや、ホントにしてないですってば)、みんなが下校したあとの教室を思い出した。
これはなかなかにいい光景だった。シチュエーションといい、演じていていた人といい、絵になっていた。 かつて内海で見た、海岸で夕陽に向かってギターをかき鳴らしていた青年と比べたら、インパクトという点では及ばないけれど、長く記憶に残るワンシーンになると思う。 けど、こういうある意味特殊な光景を見ると、その背後まであれこれ想像を巡らせてしまうのが私の悪いクセかもしれない。 どういう家族構成なんだろう、ダンナさんや子供はいるんだろうか、彼らとの関係はうまくいってるんだろうか、もしかしたら独身か、ダンナさんとは死別したとか、それか、家事に疲れて今日だけこの河原に逃げるようにやってきてハーモニカを吹き鳴らしてるんだろうか、などとついよけいな詮索をしてしまう。 裏を返せば、自分が突飛なことをすると人にいろいろ詮索されてしまうんじゃないかという恐れから、頭に描く素敵なことをやれないでいるところがある。 浜辺を全力疾走したあと海に向かってバカヤローと叫んでみたり、土砂降りの中を傘も差さずに雨に打たれてずぶ濡れになってみたり、洒落たカフェのテラスでエスプレッソを飲みながら英字新聞を読んでみたり、地下のバーでひとりドライマティーニを飲んでみたり、好きな子の家の前で夜、好きだー、と大声で叫んでみたり(そんな相手は今思い浮かばないけど)、なんてことをしてみたいという憧れのような妄想がたくさんある。でもやっぱり実行できない。 カッコつけないのにできないカッコつけ。それらをいつか出来るようになる日が来るんだろうか? いまだにひとりで「吉野家」にも入れない私なのに?
そんなあれこれを思いめぐらせながら、少し微笑んでその場をあとにした。心の中でハーモニカおばさまに向かって、両手の親指を立ててグー・サインを出しながら(湯浅弁護士風)。 よし、私も負けてはいられない(どういう対抗意識だ?)。じゃあ私は、マイ・オカリナ(なんでそんなもん持ってるんだ?)で、「イルカに乗った少年」でも吹きながら大須の商店街をねり歩こうか。 ……うーん、それはいきなりハードルが高すぎやしないか? 失笑くらいでは済まず、地元ローカルのニュース・ネタになりかねないぞ。キケンだ。キケンすぎる……。もう少し人目につかないところでこっそり吹くことにしよう。
もし、池のほとりの草むらの中でしゃがんでオカリナを吹いてる男がいたら、それは私かもしれません。脅かさないように、遠くからこっそり激写してくださいね。よろしく頼みます。
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