
OLYMPUS E-10+C-PL, f5.0, 1/200s(絞り優先)
いい夕焼けが穫れた。ゲッツ!(ダンディ元気にしてるかな) でもこれは昨日のものだ。今日は一日雨模様だったから、せめて写真だけでも夕焼け気分を味わいたかった。
ときどき、こんなことを考える。 今、あたりまえのように目にしている風景を、私たちはいつか見られなくなってしまうんじゃないだろうか、と。この景色は、遠い記憶の彼方にわずかに思い出されるだけのものとなる悲しい予感が私にはある。50年後か、5千年後か、5万年後かは分からないけど。 夕陽も、青空も、雨も、海も、森も、生き物も、建物も、光さえも、未来ではあたりまえのものではなくなるだろう。感傷と技術で同じものを作り出せたとしても、それは私たちが今見ている風景とは別のものだ。
夕焼け空を見て、こんなにも切なくて泣きそうになるのは、遠い未来の遺伝子が泣いているからかもしれない。もう見ることができなくなった風景を見ていることが懐かしくて嬉しくてしょうがないのだ、きっと。 地球は美しくて泣ける。 それは失われる悲しみであり、だからこその愛おしさなのだろう。
愛・地球博で冷凍マンモスを見たとき、私は感動しなかった。それよりも1万8,000年分の悲しみがどっと押し寄せてきたようで泣きそうになった。 彼らをはじめ、たくさんの仲間と私たちはもう会うことができない。 そして、未来では、人以外の生き物が絶滅した私たち人間を掘り出して、私たちが感じたのと同じ悲しみを味わうことになるのかもしれない。 遠い未来の万博では、氷の下から見つかった人間の骨で作ったストラップが飛ぶように売れて、レアアイテムとなることだろう。品切れ続出、入荷未定。 (あー、マンモスのキバで作ったストラップ、欲しかった)
私たちは確かに多くのものを失ってきた。けど、まだたくさんのものを持っている。それはどうやったってやがて失われていくものだ。守ったり食い止めたりすることはできない。だからこそ、今ここにあるものを喜びとし、幸福と知り、肌で感じ、目に焼き付けよう。 それは、遺伝子に託した未来への贈りものとなるはずだ。
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