
Canon EOS D30+SIGMA28-80mm(f3.5-5.6), f4.5, 1/45s(絞り優先)
草刈り作業中の女の子とそれを厳しい目で見守る鬼監視員。 ……ではない、と思う。 この瞬間だけ見るとそう見えないことはないけど、実際はアヒルとたわむれる女の子とその彼のさわやかカップルだった(たぶん)。
関係性ってのはふたりの距離感だ。単純に言うと近ければ近いほど親しいと言える。 人間は誰もがボディ・ゾーンとかパーソナル・スペースと言われるものを持っている。自分の体の周囲数十センチから数メートル以内に侵入されると警戒心が生まれたり、圧迫感を感じたりするという、目に見えない縄張りのようなものだ。ただ、それには個人差があったり、相手によってもまったく反応が違ってくるので、自分のパーソナル・スペースは何十センチだなどという言い方はできない。 サウナでふたりっきりなのにすぐ隣に座ってくるおっさんはもちろん困るけど、背中に絵を描かれた方だとたとえ一番離れて座っていても気絶しそうになる。
一般的にいって、1メートルあたりにひとつの境界線があると思う。苦手なカチョーでも1メートル向こうなら平気だけどそれ以上近づいてきたら、わっ、あっちいけと思ったり。 異性間だと30センチあたりにラインがあるだろうか。それが好きな相手なら緊張感が生まれるし、オカンなら、近い、近いっ、となる。 ただそのへんも相手次第でこちらの反応は変わってくるわけで、単純に距離で関係が決まるとは言えない部分もある。あなたのそばにいるとなんだか落ち着くわ、などと言われたとしてもそれが必ずしも恋愛感情であるとは限らないから気をつけたい。そのへんが人の心理の不思議なところでもあり、難しいところでもある。 毎日隣り合わせのたった15センチが永遠に縮まらないこともあるし、数百キロが一瞬にしてゼロになることもある。
そのあたりの理由を遺伝子に関連づけて考えるのもひとつの方法かもしれない。 夫婦の遺伝子を調べてみると、面白いことにうまくいっている夫婦ほど遺伝子配列が遠いというデータが出るそうだ。逆に言えば、配列的に似た人間同士は恋愛感情には発展しづらいということらしい。親子や兄弟間がそうであるように。 つまり、恋愛や結婚というのは遺伝子の指令だという言い方ができる。もちろんそれがすべてではないだろうけど、恋愛感情に大きな影響を与えていることは間違いなさそうだ。 何故遺伝子は自分と遠い遺伝子を求めるのか? それは、自分にはない要素を持った別の遺伝子と結合して、より強い生命体になろうとする戦略に他ならない。才色兼備の女子アナとプロスポーツ選手の結婚などはその分かりやすい例だろう。たとえ元々優れた遺伝子を持っていたとしても、同じような遺伝子と結びついていては大きな上積みやイレギュラーは期待できないということだ。
とはいうものの、なんでもかんでも遺伝子に決められてるわけでもない。遺伝子には遺伝子の思惑があるだろうけど、こちらにもこちらの感情がある。相手の人間にも事情ってもんがある。状況や宿命、偶然、あるいは運命、タイミング、それらが複雑に絡み合って人と人は向き合い、ときに恋愛に落ち、ときに憎み合い、永久に何も起こらないこともある。 リアルタイムの複雑なせめぎ合い、それは実に面白いものだ。更に言えば、その関係性というのも時間の経過とともに変化していく。不変ではないところが飽きさせない。正解が存在しないこともいいところだ。
私は恋人たちの後ろ姿が好きだ。そこには本人たちも自覚してないドラマがある。つきあい始めて長いのか短いのか、どっちが主導権を握っているのか、どっちがより惚れてて負けてるのか、うまくいってるのかどうなのか、そんなところが垣間見える。 この写真でいうと、きっと女の子はB型で、男はO型、つきあい始めて数ヶ月〜1年くらいのうまくいってるカップルだと私は想像する。さて実際はどうだろう? いい線突いてるのか、大ハズレなのか。 「すみません。彼女B型で、あなたはO型ですか?」 などと、見ず知らずのカップルにいきなり質問するわけにもいかず、自分の想像が当たってるかどうか、知りたくても知ることができなくてもどかしい思いをしている。 でももし、カメラを持った男がそっと近づいてきていきなりそんな質問をしてきたら、こう切り返してもらうといいと思う。 「そういうおまえは、分析好きのAB型だな!?」と。 「あ、いや、そうだけど……。あー、失礼しましたー」とあわてて逃げていったら、それはきっと私です。

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