現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
路地裏のオヤジに憧れた少年は遠くへ行けず19のままさ 2005年11月10日(木)
2005年11月11日 (金) | 編集 |
東山給水塔横のアンティークショップ


Canon EOS650(フィルム)+EF35-135mm(f3.5-4.5)


 路地裏のアンティークショップ。絵にはなるが金にはならない、などというと店主に叱られそうだ。
 店に入って何か買っていれば堂々と写真も撮れたのだろうけど、店に入ってさえいないので、ちょっとこそこそしながら離れたところから一枚だけ撮らせてもらった。

 今も浮世離れしているところのある私だけど、若い頃は今よりもっとその傾向が強くて、こういう店を持つことに憧れを持っていた。商売気のない店に埋もれるようにひっそり生きていくような、なかば隠遁生活めいたものが自分に合っているような気がして。マニアックな喫茶店の店主だとか、古本屋のオヤジとか、そんなものになれたらいいと少しだけ本気で思っていた時期があった。
 けど、今はとてもじゃないけどそんな恐ろしいことをする気にはなれない。商才のない私なんかがやった日には、半年と持たないのは目に見えている。親が資産家でもなければ、じいさんが田舎に山を持っているわけでもない。
 私がそういうものに憧れたのは喧噪から逃れて優雅に日々を過ごしたかったからであって、毎月の家賃が払えるかどうかピーピー言いながらカリカリした日々を過ごしたったわけでは決してない。
 つまらない現実的な大人になったといえばそうなんだけど、こういうところを続けて行くには、もっと強い強い思いれだとか、本当にその道が好きで極めたいとか、逆に度を超えた達観だとか、そういうものが必要だということを知ったからだ。知り合いの喫茶店を手伝ったりして、少しだけ大変さを知って、こりゃいけねえと思ったのだった。
 私のような安易な憧れでこういう店は決してやってはいけないのだ。のだけど、そうとは知りつつ、大学生だったあの頃の憧れは今でも消えずに自分の中に残っているかもしれない。

 それにしても、世の中には実にたくさんのいろんな店がある。自分の街にある店だけでもどれだけ知ってるだろう。たぶん3分の1も知らないんじゃないか。何百回と前を通っても、興味のないものは見えないものだ。
 たとえば金物屋、モデルガンショップ、「男の作業服」店、手芸の店、ガラス店、陶芸の店、仏壇屋、刀剣・古美術の店、刺繍店などの自分とはまったく無縁の店の他にも、私がその存在自体知らない店だってたくさんあるに違いない。
 これほどの種類の店が必要というのは考えてみるとすごいことだ。需要があるから供給が生まれるわけで、私には思いつくことさえないものを欲している人が無数にいて、それを支える店を持っている人もそれだけいるということに対して妙に感心してしまうのだ。

 世の中にはいろんな人がいる、とはよく言われる言葉だけど、人間自体の個性もさることながら、人の気持ちが向かう先の多様性というのはちょっと信じられないくらいの広がりを見せている。時代が進むごとにその傾向は加速してる。
 もし私が異星人で初めて地球を訪れたとき、少し高い位置から俯瞰で地上にひしめく店舗を見たら、きっと素朴な感情としてこう思うだろう。
「こいつら、ホントにこんなにたくさんのモノが必要なのか?」と。
 でも私は幸か不幸か地球生まれの地球育ちなので、この無数のモノたちを当たり前のものとして受け入れ、心地よくさえ感じて暮らしている。
 自然の多様さに加えて人工の多様さまであるなんて、なんて楽しいことだろう。

 このアンティークショップはこの先もずっとここにとどまることはできるのだろうか、と他人事ながら余計な心配をしてしまいがちだ。
 じゃあおまえが何か買って少しでも支えてあげればいいじゃないかとあなたは言うかもしれない。さりとて私にそんな余裕はない。断じてないのである。
 私にできることといえば、テレビショッピングで高枝切りバサミを買って、店にからまるツタを刈り揃えるくらいのものだ(またそれか)。
 あー、切りたい、刈りたい、この店のツタと湯浅弁護士の前髪。

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