 Canon EOS D30+EF50mm(f1.8), f1.8, 1/4s(絞り優先)
今年はたまたま巡り合わせで、何人かの知り合いが受験生を抱える受験ラッシュとなった。しかも、何の因果か敗者復活戦が多い。私自身は高校も大学も入れるところにありがたく入れていただくというスタンスで神頼みも勉強もまったくといっていいほどしなかったのだけど、一年間勉強してまで入りたい大学があるという受験生のためには少しでもお役に立ちたいと思った。ここはひとつ、私も天神さんに出向いて神頼みといこうではないか。
やって来たのは名古屋の中心、桜通りにある桜天神社。うわっ、すごいロケーションにあるな、と驚く。大通りに面したオフィス街の並びに、周りを高いビルに囲まれて縮こまるようにしてそれはあった。地上げ屋にも屈せず、最後まで立ち退かずに頑張る老舗の小売店のようだ。カメラを持ってうろついてる私は完全な場違いで、周囲に溶け込めない。いや、怪しい者じゃないです、えへへ、と愛想笑いを浮かべながら、逃げるように鳥居をくぐった。しかし、一歩中に入ってしまえばやはりそこは日常ではない異空間。支配してる空気感が違う。他に人影もなく、ひっそりと静まりかえっていた。 「防犯カメラ作動中」というプレートにややひるみながら、写真を撮りまくる私。これでもかってほど。まいったか、と誰にともなく言ってしまうほどの勢いをみせる。大部分が手ぶれ写真となっていることは、まだこの時点では気づいてない。そんなぁ。 防犯カメラに向かって微笑みながら100円玉を投げ入れ、思いつく限りのお願い事をした。あの子もあの子もあの子もよろしくお願いします。良きに計らってください。受からないものも受からせてください。ついでに私のこともよろしくメカドック。 ……菅原道真さんに私のナイスなジョークは通用しただろうか。 写真も撮りまくったし、お願い事も済んだし、すっかり満足した私は桜天神社を後にすることにした。そういえば路上駐車した車が気になるぞ。いかん、もう一度振り返って追加のお願い事をしなくては。道真さん、どうか私の車がレッカー移動されてませんように。
名古屋には三大天神と言われるものがあって、この桜天神社はそのひとつだ。上野天満宮と山田天満宮は去年行ったから、これで全部制覇したことになる。その点でも気分がスッキリした。道真さんともすっかり友達気分。 他にも天神さんは全国にたくさんある。1万4,000くらいあるそうだ。こりゃあ、菅原道真もこのシーズンは大忙しだ。絵馬を読むだけでも大変そう。私の願い事をしたときは徹夜続きでうとうとしてる時間帯だったかもしれない。それはまずいぞ。あの子たちが受からなかったら私のせいになってしまうんじゃないのか? そうならないことを願いたい。
そもそも何故菅原道真が天満宮に祀られるようになったかというのを知っているだろうか。私は太宰府に左遷されたことと、頭の出来が良くて、字が上手だったことを知ってる程度で、詳しいいきさつは知らなかった。調べてみると、そこには意外な経緯があった。 子供時代から飛び抜けて賢く、大人になっても大秀才だった道真はとんとん拍子で出世したのだけど、それが逆に災いした。宇多天皇に重用され右大臣にまで上り詰めたまではよかったが、醍醐天皇のときに力をつけすぎた藤原氏を抑えるために登用されたことで藤原氏の反発を買って、九州に左遷されてしまうことになる。そこで道真は嘆きの日々を送り、病気になって2年後58歳で死んでしまったのだった。 しかし、話はここで終わらない。それからほどなくして、道真左遷に関わった人が次々を謎の死を遂げることになる。関係者やその子供たちがホラー映画のようにバタバタとやられていって、しまいには醍醐天皇までおかしくなって死んでしまう。都はもうパニックだ。道真の書いたものは燃やしてしまえと書籍を燃やしてると、その燃やしてる人に火がうつって焼け死ぬわ、関係者の家族が集まってるところに雷が落ちて燃え死ぬわで、収まりがつかなくなってきた(天神さんというのはこの雷から来ている)。なんとか怒りを静めるためにと建てられたのが京都の北野天満宮というわけだ。太宰府にも太宰府天満宮が建てられた。それでどうにか騒ぎは静まったんだけど、菅原道真は怨霊デビューだったのだ。 そこからどういう流れで学問の神様として尊敬されるようになったかといえば、道真の仕事が後世、特に江戸時代に入ってから評価されるようになったからだ。道真を尊敬する人も多かった。この桜天神も、信長のお父さん織田信秀が道真好きで、北野から道真の木造をもらったことが始まりだし、上野天満宮は阿倍晴明がこの地に住んでいたときに道真を祀って建てられたと言われている。 菅原道真というと、学問の神様ということでお堅い立派な人物のイメージがあるけど、実際はとても人間的な人だったのだと思う。悲しいときは嘆き、天皇を疑いなく敬愛し、ときには激しく怒り、梅をこよなく愛するセンチメンタリストでもあった。 左遷されていくときに詠んだ有名な「東風吹かば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」という歌も道真の情緒的な面をよく表している。飼い犬をかわいがって話しかける人のいいおじさんみたいだ。
天神さんは受験のお願いに行くだけのところじゃない。普段でもふらっと立ち寄って、道真さんに挨拶しつつ、いくつになっても勉強しなくちゃなという思いを新たにさせてくれる場所だ。冬場は忙しいだろうけど、それ以外なら、やあ、道真さん、元気ですか? と気軽に行けばいい。
♪東風吹けば 東風吹かば君は 何処かで想いおこしてくれるだろうか 大宰府は春 いずれにしても春♪
まっさんこと、さだまさしの「飛梅」の歌詞を思い出す。この歌の意味もよく分からず感動しながら聴いていた私は変な小学生だった。いつか太宰府天満宮へ行こうと決めてまだそれは果たされてない。いつかきっと、梅が咲く季節に行きましょう。道真さん、待っていてくださいね。かつては地の果てのように感じられたであろう太宰府も、今ではあのときの梅と同じように一夜で飛んでいける近い場所になった。 もうすぐ梅が咲く季節だ。そのころまでには道真さんも忙しい仕事から解放されて、ゆっくり梅を眺めることができるだろう。その前に、お願い事の件、よろしく頼みました。

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