| 動物園にいる鳥さんいろいろ 2006年4月29日(土) |
 Canon EOS 10D+EF75-300mm(f4.0-5.6), f5.0, 1/100s(絞り優先)
あれ? こんなところにオシドリがいる!? 東山動物園の水たまりにオシドリ発見! と喜んだものの、どうもヘンだ。春が深まったこの時期、こんな場所でのんきに泳いでるはずがかない。よくよく見るとカラーリングも違っている。なんだよ、ニセモノかよ! と、横のプレートを見ると、「アメリカオシ」と書かれている。なるほど、そういうことか。オシドリのアメリカ版だったんだね。言われてみると、なんとなくバタ臭い感じもする(バタ臭いって、もう通用しない言葉か?)。 オシドリであってオシドリでない、オシドリではないけどオシドリであるという、ややこしいこの鳥。しかし、最大の謎は、なんでこんな小さな水たまりの中に浮いているのかということだ。オリも柵もないから、その気になればどこへでも飛んでいけるのに、よほどここが気に入ってるんだろうか。 アメリカオシについてネットで調べたら、向こう産の鳥ということで情報が少ない。詳しい生態はよく分からなかった。野生のものが日本にやって来ることはないことだけは確かなようだけど。
生息地は北アメリカの中部から南部、中央アメリカにかけて。北のものは少し南に下がって越冬するが、海を越えて渡ったりはしない。 オシドリは日本にやって来るいわゆる普通のオシドリと、このアメリカオシの2種類しかいないそうだ。ニセモノ呼ばわりして申し訳なかった。これはこれで本物のオシドリだった。 体長は40-50センチくらい。オシドリに比べると足が短くて胴体がずんぐりしている。 オスは写真のように派手に着飾っているけど、メスは他の鳥同様いたって地味な装いをしている。全身灰褐色で、チャームポイントは白ブチのサングラスをかけたような目元。 大好物はドングリで、その他、木の実や種なんかを食べる。 他のカモとの違いは、オシドリと同じく木の穴に巣を作ることだ。オシドリもそうだけど、こんな派手で大きいのが木の上にとまっているとちょっとびっくりするだろう。 日本に来るオシドリは決してオシドリ夫婦などではなく相手をとっかえひっかえのやつだけど、このアメリカオシは生涯つがいで暮らすのだそうだ。オシドリについてのうんちくを言ってくる相手に対しては、このアメリカオシのエピソードで反撃するといいだろう。
 今日は動物園の鳥シリーズでいってみよう。 どこかで見たような顔つきだなと思ってプレートを見たら、ワライカワセミとあった。あー、そうか、青い宝石カワセミと顔つきやクチバシがそっくりだ。しかし、キミ、でかいなぁ。カワセミの5倍くらいはあろうかという巨大さ。顔もかわいげがない。ちっとも笑ってないぞと思ったら、鳴き声がけたたましい人間の笑い声のようなんだとか。名前もLaughing Kookaburra。オーストラリアにすんでるやつだ。 体長は50センチ近くあるというから、ちょっとした猛禽類くらいの大きさだ。ミミズやトカゲ、ネズミ、ときには小さなヘビまで食べるという。ヘビなんかはくわえて木にパシパシたたきつけるというから、なかなかに凶暴だ。そういう目で見ると、すごく悪そうな顔つきに見えてくる。 でも、家族の絆は強く、オス、メス協力して子育てする他、お兄ちゃんやお姉ちゃんまでチビの面倒を見る。 かつて、オーストラリアの原住民であったアボリジニたちは、森から聞こえてくるこいつの笑い声を聞いて、どんな恐ろしいケモノがいるのかと想像を巡らして恐れていたんだそうだ。もしかしたら、オーストラリア旅行へ行ったとき、この鳴き声にびっくりしたという人もいるかもしれない。
 タカやワシに関してはまったく詳しくない私は、このハクトウワシを見ても、それほど心動かされることはなかった。日本にもどこかの森にいるんじゃないの、くらいに思っていた。家に帰ってきてから調べたら、それは大きな勘違いで、日本になんてまったくいないワシだったのだ。そんな珍しいやつならもっと感動して見ておけばよかった。 空の王者と呼ばれるハクトウワシは、北アメリカ大陸の海や川、湖などの沿岸部に生息している。 体長は70-90センチ、翼を広げると2メートルにもなるというから相当な大きさだ。 エモノも大きく、魚だけでなく、カモやネズミ、リスなどの小動物まで鋭いツメでしっかり掴んで捕らえるという。湖のまわりをのんびり散歩なんかしてたら、私も頭を捕まれてもっていかれてしまうかもしれない。もしそんなことになったら、わー、タケコプターだー、などとのんきに喜んではいられない。 外見の特徴はなんといっても目立つ白い頭だ。ここが体と同じ茶色だったら迫力は半減していただろう。あえて銀髪に髪を染めている不良のように気合いが入っているのを感じさせる。眼光もとても鋭い。視力なんか人間の8倍もいいというから、4.0のサンコンさんでも子供扱いだ。 王者好きのアメリカ人としては、当然のごとくこのハクトウワシを国の鳥と定めている。
このように動物園にはいろんな鳥もいて、思いがけない発見などもあるので、機会があれば見てみるといいと思う。派手なインコばかりが動物園の鳥じゃない。 他にもいろいろいて撮りたかったんだけど、鳥カゴのアミアミが邪魔してうまく撮れなかった。このへんもうひと工夫欲しいんだけど、動物園側の都合としては鳥さんまでは資金が回らないだろうか。もう少し動物園の鳥たちの待遇がよくなればいいと願う。コアラ資金の100分の1でも回してあげたい。

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| キンシコウは天に近い場所にすむ金色のサル 2006年4月28日(金) |
 Canon EOS 10D+EF75-300mm(f4.0-5.6), f4.0, 1/4s(絞り優先)
孫悟空のモデルと言われているキンシコウ(金絲猴)。でも実はそうじゃない。トリビアの泉でもガセビアとして紹介されていた。どこかの研究者が思いつきをうっかり口走ってしまって、それが広まってしまったというのが真相のようだ。あとから訂正したものの、もはや打ち消すことができなかった。 でも、そんな説を信じてしまいたくなるものをキンシコウは確かに備えている。美しい金オレンジ色の毛並みと青くセクシーな顔をあわせ持つこの生き物は、そのへんでバナナをもらって嬉しそうに笑ってるサルとは品からして違う。孫悟空のモデルではなくてもキンシコウの価値が下がるわけではない。自分のことをオラとか言いそうにないし。この日も、7つのドラゴンボールを集めに行くでもなく、のんびり毛づくろいをしていた(そっちの孫悟空は話が違うだろう)。 ジャイアントパンダ、ゴールデンターキンとこのキンシコウは、中国の三大珍獣と呼ばれ、手厚く保護され、繁殖が試みられている。日本でも中国との共同研究プロジェクトで、キンシコウを借り受けて繁殖させることに成功している。現在のところ、王子動物園、ズーラシア、熊本市動植物園でしか見ることができないけど、このまま順調に赤ん坊が生まれれば、全国の動物園にも広まっていくかもしれない。東山動物園のちびっこキンシコウも元気に飛び回っていた。
キンシコウの故郷は、チベットや中国西部の森林だ。標高2,000〜3,000メートルの高地で暮らしている。それゆえ、いまだ謎な部分が多く、生息数も6,000〜1万くらいとはっきりしていない。パンダ同様なかなか人間が踏み込んでいけない場所のようだ。 オス1頭、メス数頭の家族を基本とした群れで行動しているという。ときには多くの家族が集まって数百頭の群れになることもあるらしい。 エサは雑食。木の葉、木の実、果実、昆虫などを主食としつつ、冬場は食べるものが少なくなるから、食べられるものはなんでも食べる。 冬はマイナスまで気温が下がるもっとも寒冷な場所にすむサルでもある。それで毛が長くなったというのもあるかもしれない。長い毛は肩から生えている。 体長はオスで70センチくらい、メスがやや小さく50センチくらい。体重は20〜30キロほどだ。オスの唇の両端には小さな突起があるので見分けがつく。写真をよく見るとそれが見て取れるので、これはオスだろう。 顔は青白く、低くて上を向いた鼻が特徴的。ちょっと研ナオコ風。 写真の毛並みがオレンジっぽいのは、室内の照明のせいもあるだろうけど、非繁殖期だからだ。8月から10月の恋の季節になると、もっと鮮やかな金色を帯びてくる。 妊娠期間は200日ほどで、子供はたいていひとりっ子。中国のひとりっ子政策に合わせたわけではないだろうけど。チビの頃は淡い灰色の体毛をしている。
東山動物園の二大アイドルは、コアラとキンシコウだと思う。これにジャイアントパンダが加われば、更に魅力的な動物園になるに違いないのだけど、なかなかパンダは難しいのだろう。譲り受けるのも、育てるのも。 キンシコウを見ようという人の多くは、これを孫悟空のモデルだと思って見に来る。動物に興味はないけど子供にせがまれて家族でやってきたというお父さんだって、そんなものがいるのかどれどれ見てみようかと興味を惹かれても不思議ではない。これが猪八戒のモデルとなったブタだったりしたら、そんなもの別に見たかねえと思う可能性が高い。もし、沙悟浄のモデルとなった岸部シローがオリに入ってバイトをしてたら、それはそれで見てみたいと思うけど(モデルとかじゃない)。 だから、やっぱりキンシコウはこれからも孫悟空のモデルとなったサルでいいのだ。間違いでもかまわないし、嘘だとしても優しい嘘だ。 次は9月あたりに毛並みが金色になった頃、外に出ているところを撮りたい。太陽に照らされる金色のキンシコウは、きっときれいだろうな。

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| まだサトザクラが咲いているから桜シーズン延長決定 2006年4月27日(木) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f3.2, 1/200s(絞り優先)
東谷山フルーツパークのしだれ桜で今シーズンの桜は終わったはずだった。ところが森林公園にサトザクラが咲いているのを見つけてしまい、そうもいかなくなった。見なかったことにしようかとも思ったけど、これはこれできれいな桜に違いなく、無視することができなかった。 ということで、今日は桜の延長戦。サトザクラ記念とした。
サトザクラという品種の桜は存在しない。山などに咲く野生のヤマザクラに対して、里に咲く品種改良されたものを一般的にサトザクラと呼んでいるだけだ。なので、お馴染みのソメイヨシノもサトザクラに含まれる。 いつから日本人が桜を品種改良するようになったのかは、はっきり分かってない。おそらく平安時代くらいからであろうと言われている。一番盛んに行われていたのは言うまでもなく江戸時代だ。平和と暇に任せて交配をしまくった。今一般的になっている品種の多くがその頃までに作り出されている。ソメイヨシノもそうだ。江戸時代後期までには250種類くらいの桜が作り出さたそうだ。その後、減ったり増えたりしながら今は300種類とも、もっととも言われる。ただ、それは突然変異ものもや、同じものを違う呼び名で呼んでいるだけのものも含まれるので、実際現在でも流通しているものは数十種類といったところだろう。有名どころを20くらい知ってて見分けることができれば、サトザクラ博士と呼ばれる資格は充分ある。 有名なところでは、フゲンゾウ(普賢象)、カンザン(関山)、イチヨウ(一葉)などがある。その他、ミクルマガエシ(御車返し)、ジョウニオイ(上匂)、アリアケ(有明)、シロタエ(白妙)、アマノガワ(天の川)、タイハク(太白)、アサヒヤマ(旭山)、ヨウキヒ(楊貴妃)など。 森林公園にあった写真のものは、一葉か、普賢象あたりだと思うんだけど、はっきり言い切ることはできない。サトザクラ博士への道のりは遠く険しい。
 こんな薄緑色の桜もある。桜と言われなければそうは思えないかもしれないけど、これもウコンザクラ(欝金桜)というサトザクラの一種だ。東谷山フルーツパークにあった。18世紀に京都で作られたのではないかと言われている。 花色がウコンの根で染めたものに似ていることから名づけられた。最初濃い緑色だったものがだんだん白っぽくなり、次にピンク色に染まっていく。面白い桜だ。
サトザクラの一般的な認知度と関心度がどれくらいなのかはよく分からない。個人的には今年になるまでほとんど関心がなかった。桜はソメイヨシノが終わればもう終わりで、せいぜい最後のしだれ桜くらいだと思っていた。大阪の有名な桜スポットである造幣局の通り抜けにはサトザクラがたくさんあるそうだから、関西の人には馴染み深いのだろうか。北海道も、五稜郭や松前城はソメイヨシノよりサトザクラがメインだから、道産子が桜を思い浮かべるときはこちらの方かもしれない。 サトザクラを語る上で荒川堤は外せない。1885年の改修工事の際に、地元民や関係者が、78種類、3,000本以上のサトザクラを荒川堤に移植して、それを大事に育てたことで、品種が保存され、そこから日本全国のみならず世界に広がっていった。
サトザクラの見頃は4月の中頃から5月始めにかけて。まだもう少し桜延長戦が楽しめる。ソメイヨシノのようにパッと咲いてパッと散るような潔さは持ち合わせてない。ポツリ、ポツリとのんびり咲いて、人々が忘れた頃にゆっくり散っていく。そんなのんきなところを楽しみたい。 まだ日本列島の桜前線は突き抜けていない。現在の満開は山形、宮城を越えて、秋田あたりに迫ろうとしている。そう、まだ本州なのだ。北海道は開花さえしていない。ということは、もう少し桜で浮かれ気分でいていいということだ。自分のところが過ぎればもう関係ないというわけじゃない。北で暮らす人たちは、私たちが桜に浮かれていたとき一緒につき合ってくれていたのだから。私ももうしばらくサトザクラを追いかけて、桜シーズンを延長しようと思う。 でも、森林公園のこのサトザクラの下でひとり、ブルーシートを敷いてお弁当を食べながら花見をしたら、ものすごく寂しい気持ちになるだろうなと思う。通りかかった人たちの格好の被写体となってしまって、ブログとかに載せられて笑われてしまうことだろう。もし、ネットのどこかでそんな私の姿が写った写真を見かけたら、優しい気持ちで励ましてください。負けないで、と。

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| ハルリンドウとようやく出会えて湿地の春が動き始めた 2006年4月26日(水) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f3.2, 1/250s(絞り優先)
野山の春はしっかり満喫しているけど、湿地の春はまだ始まっていなかった。それは湿地の春を告げるハルリンドウに出会えてなかったから。3月から何度か出向いてみたものの、どうにも縁がなくてこれまで見つけることができなかった。去年もそうこうしてるうちに季節は初夏に移っていってしまったので、今年こそはという思いが強かった。ひとつには、日が差しているときにしか花を開かないという性質のせいでもある。私がうろついてる日没近くではほとんど咲いていないことが多い。 そのハルリンドウとようやく対面できたのは、森林公園だった。そうか、ここがあったか。ちょっとした盲点だった。初めて見るハルリンドウにヒデキ感激ぃ〜。いや、私ヒデキって名前じゃないけど。 あっ、あった! という心の叫びはもしかしたら口をついて外に漏れていたかもしれない。おー、キミがそうなのか、ハルリンドウさん。なんだ、こんなに小さかったのか。2センチくらいしかないんだ。実物のハルリンドウは思いのほか小さかった。ネットの写真はアップが多いから、もっと大きな花をイメージしていた。 ただ、爽やかな青紫と可憐な様子は、期待を裏切らないものだった。民子さん、キミはリンドウのような人だ。ん? リンドウは政夫さんだったか? 民子さんは野菊だ。松田聖子の棒読みのセリフがよみがえる。
春竜胆。リンドウ科リンドウ属の2年草。 高さ10センチ、花の大きさは3センチ前後で、淡い青紫色の花をひとつ咲かせる。花冠の先は五裂していて、その間に副片があるのが写真でも分かると思う。 湿地の花というイメージが強いけど、必ずしもそうではなく、日当たりがよくて湿り気のある土地でも咲く。ただし、里や土手などで咲いてるのはフデリンドウであることが多い。 原産は日本、中国、朝鮮半島で、シベリアあたりにも分布している。沖縄は微妙。ないかもしれない。 リンドウ科の花は、世界1,000種以上あるという。日本にも30種類以上があるようだ(数え方によっては、世界400種類に日本10数種類?)。 基本は秋に咲くリンドウ。これは色が濃い紫色をしている。春に咲くのは、ハルリンドウ、フデリンドウ、コケリンドウなどで、秋はエゾリンドウ、オヤマリンドウなどの地域種が多いようだ。 ハルリンドウ、フデリンドウ、コケリンドウの見分け方は難しい。それぞれ大きさが微妙に違うのと、がく裂片の形で見分けるというのだけど、私にはさっぱり分からない。 リンドウの名前の由来は、根っこから作る生薬名「竜胆(りゅうたん)」を音読みにしたものだそうだ。その薬は胃に効くらしい。
ハルリンドウを見られたことで、ようやく自分の中で湿地の春が始まった。少し遅れたけど、湿地の花はまだこれからだ。種類はそんなに多くないから、ゆっくり追いかけていけばいい 豊田市の昭和の森には自生してるハルリンドウがあるという。機会があったら行って見てみたい。葦毛湿原の自生は有名だけど、あそこはちょっとうちからは遠すぎる。 ショウジョウバカマ、ハルリンドウでシーズンインした湿地の花たち。今年はシデコブシを見逃してしまったのが残念だった。このあとは、カキツバタ、モウセンゴケ、カキラン、トキソウ、サギソウなどが続き、最後はシラタマホシクサで締めくくりとなる。去年いろいろ見たけど、今年もやっぱりまた見たい。去年の初サギソウのような感動がまたあるだろうか。 湿地帯における最大の目標としては、木道から落ちないこと、というのがある。写真を撮ることに夢中になっていて前のめりに顔から突っ込んでしまった日には、全身泥まみれはもちろんのこと、デジまで湿地の藻くずとなってしまう恐れがある。それだけはなんとしても避けたいところだ。落ちるなら、男らしくないとののしられても、背中から落ちたい。そして、腕を精一杯伸ばしてデジだけは死守したい。

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| 近づいて見てこその美しさを教えてくれたベニシジミ 2006年4月25日(火) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f3.2, 1/250s(絞り優先)
今年の春はなんだか涼しい。過ごしてやすくていいと思う反面、少し物足りないようにも感じている。曇りの日が多く、気温も連日20度を下回っている。 おかげで虫が飛ばない。この春見たチョウといえば、モンシロチョウとキチョウくらいで、アゲハやシジミチョウなどは今のところまったく遭遇しない。森に行っても去年のこの時期と比べて飛んでる虫の数が圧倒的に少ない。虫が苦手な人は喜んでるかもしれないけど、虫好きの私としては早く暖かくなって欲しいと思う。 そんな中、この前松平郷へ行ったときようやく今シーズン初のシジミチョウであるベニシジミと会うことができた。もっともありふれたシジミチョウではあるけど、やはり初ものは嬉しいので、喜んで撮りまくりの私であった。というか、この日はかなり強い風が吹いていて、ベニシジミは花に掴まるのに精一杯で私から逃げる余裕はまるでなかったというのが実際のところだ。たぶん、おでこにマジックで「肉」と書かれても動けなかっただろう。いや、小さすぎて書けないけど。米つぶに字を書く名人とかじゃないし。
子供の頃、チョウといえばアゲハチョウで、モンシロチョウもモンキチョウもありがたみはなく、こんな小さなベニシジミなんてザコ扱いで捕まえたことさえなかった。黒いアゲハなんか見かけた日には嬉しくてどこまでも追いかけたものだ。シジミチョウなんて名前さえ知らなかった。 このシジミを見直したのはつい最近、写真を撮るようになってからだ。アップで撮ったときの思いがけない美しさにハッとして、見方が大きく変わった。いいじゃん、シジミチョウ。幼なじみの女の子が大人になってよくよく見てみると思いがけずきれいだったことに気づいたときと似ている。そんな個人的経験はないけど。 肉眼で見ると、灰色っぽい印象で取り立ててきれいとは思えないベニシジミだけど、写真で見ると白いビロードを身にまとった貴婦人のようだ。オレンジのポイントカラーも効いている。ただし、羽(翅)を広げたときのオレンジと黒のツートンはやや品を欠く。あか抜けない感じで。だから私は、こうして羽を閉じた裏側の姿が好きだ。
春先一番早く姿をあらわすベニシジミは、3月から11月までほぼ一年中日本中どこでも見ることができるチョウだ。北海道から九州までと言われるけど、沖縄にもいるという話もある。沖縄本島以南にはいないはず。 シジミチョウの仲間は世界中に分布していて亜種も多い。そのコレクターもたくさんいるそうだけど、コレクターに最も人気がないのがこのベニシジミなんじゃないだろうか。あまりにもありふれすぎているから。姿の美しさだけなら充分人気者になれる条件を備えているのに。 年に3回から6回くらい、段階的に発生する中で、春・秋型と夏型に分けられる。春に生まれるものは羽の表側のオレンジが鮮やかで面積が大きいのに対して、夏型は黒が多くなり全体的に黒っぽい感じになる。そして秋になるとまた春と同じようにオレンジが勝ったものが生まれてくる。それは日照時間が関係すると言われている。ただし、寒いところや高度が高いところでは夏型もあまり黒くならないというから気候も関係してるのかもしれない。 成虫では冬を越せないので、11月になるとみんな死んでしまうワンシーズン限りの命だ。幼虫の状態で冬を越す。スイバやギシギシに産みつけられた卵からかえった幼虫は、冬の間、その葉っぱを食べて育つ。春先にはサナギになり、3月になるとチョウになって飛び始め、私のようなカメラ野郎に撮りまくられることになる。春先だけの人気者。でも、不人気ゆえに捕まったり追いかけ回されたりすることがないことは、ベニシジミにとってみたら幸運なことだったとも言える。ギフチョウのようになったら大変だ。 大きさは約3センチと、チョウの中では一番小さい。 漢字では紅小灰蝶。 シジミチョウの名前の由来は、羽の形や色が貝のシジミに似てるところから来ている。これはオレンジ色だからベニシジミ。他にはヤマトシジミやルリシジミなどがいる。 オスとメスの区別は微妙。羽の先がやや尖っているのがオスで、丸みを帯びたものがメスというのだけど、見分けるのは難しい。写真のはオスっぽいけど自信はない。 こいつを飼ってみようという人はあまりいないと思うけど、エサはスポーツ飲料でもいいという話だ。室内で放し飼いもできるかも?
灯台もと暗し。そんな言葉を思い出させてくれるベニシジミ。近づいて見ればその美しさに気づくこともあるということも教えてくれた。その教訓を得て、自分のまわりをよくよく見直してみれば、そこにはベニシジミのような可愛い娘が……いないなぁ。いやいや、きっといるはずだ。私は目が悪いからもっと近づいて見なくてはいけないだろう。もし、マクロレンズを付けたカメラを持った男が、あなたの顔の前10センチくらいまで近づいてきたら、それは私かもしれません。そんなときは、優しく突っ込んでください。ベニシジミじゃないんだから、と。

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| ミズバショウは夏の思い出じゃなく春の思い出 2006年4月24日(月) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f4.0, 1/100s(絞り優先)
夏が来てから思い出していたのでは遅すぎるミズバショウ。4月の後半でさえすでに遅かった。松平郷のミズバショウは、見頃を過ぎて葉っぱの様子が乱れていた。4月の上旬から半ばあたりが一番きれいだったろう。いくつか集まって咲いていたところも、葉っぱがとっちらかって写真に撮るにはちょっと厳しかった。 夏が来れば思い出す、遙かな尾瀬、遠い空。この歌でなんとなく初夏の花のイメージがあるけど、実際ミズバショウは春先の花だ。尾瀬は山だから遅いだけのことで。遅いといっても6月上旬だから、夏が来てからそういえばミズバショウはどうなったかな、なんていう調子ではさっぱり見ることができない。ソメイヨシノが満開になる頃には思い出さないといけない。
西日本の人にはあまり馴染みがないと思われるミズバショウだけど、北国の人にとってはありふれた花なんじゃないかと思う。少なくとも、遙かな尾瀬まで行って1時間も山登りしなければ見られないような貴重なものではない。特に北海道なんかでは、そのへんの野山ではいくらでも咲いていて、知られてない群生地もたくさんあると聞く。うらやましいといえばそうだけど、当たり前に見られることが必ずしも幸せなことではないかもしれない。 分布としては、中部以北から北海道、東シベリアあたりに自生している。ただし、例外的に兵庫県大屋町の加保坂に大規模な群生地があって、ここが南限とされている。中部といっても愛知県あたりでは見ることができず、岐阜県の蛭ヶ野高原が南限となる。 ミズバショウにはもうひとつ、北アメリカ太平洋岸の湿地に分布するアメリカミズバショウというのがある。これは日本のミズバショウと姿はそっくりで白の部分が黄色をしていて面白い。あまり日本では馴染みがないのは、すごく匂いがきついせいかもしれない。 同じサトイモ科の仲間としては、植物園の温室でよく見かけるカラーなどがある。サトイモ科は暖かい地方に咲くものがほとんどの中、ミズバショウだけが何故か寒いところを好む。古い植物で、氷河期を生き残ったなごりだろうか。
白い部分は花びらではなく、葉っぱが変形した仏炎包(ぶつえんほう)と呼ばれるものだ。形が仏の背中で輝く光明に似てることからこの名がつけられた。花は中央の黄色いツブツブの部分で、もう少しするとここから2ミリくらいの黄色い小さな花が咲いてくる。数は数百個。そんなに咲かなくていいだろうというくらい咲く。 花が終わる頃には白い部分が枯れて、葉っぱがどんどん巨大化してくる。50センチから大きいもので1メートルくらいになるので、ベランダなんかで栽培した日には大変なことになってしまう。10株も育てたら、ベランダを占領されて通れなくなってしまいそうだ。 ミズバショウの名前の由来は、この大きくなった葉っぱがバショウに似ていて、水の近くに咲くからだと言われている。漢字で書くと水芭蕉だから、松尾芭蕉に関係あるのかと思ったらそうでもないらしい。
ミズバショウを見るなら尾瀬。一度は見てみたい見渡す限りのミズバショウ群生。そんなことを思っている人もたくさんいることだろう。私も少しずつそんな気持ちになってきた。他にもたくさんミズバショウの群生地はあるのに、やっぱり尾瀬じゃなきゃと思わせるのは、あの歌の影響が大きいのだろうか。 しかし、尾瀬は甘くないらしい。まず見頃の時期の混雑がすごいという。すっかり有名になってしまった6月の尾瀬はとんでもない人だかりという話だ。日曜の朝早く目が覚めて、尾瀬のミズバショウでちょっくら見に行くか、ってな感じで出向いてしまうとひどい目に遭うだろう。マイカー規制もあるし、気軽にひとりでフラッと行けるような感じではない。平日ならともかく。 更に、相当広いということもある。スポットまでは山道を1時間は歩かないといけないというし、尾瀬自体とっても広い。日帰りで一周ぐるっと回れるなんてことはなく、一泊で行く人も多い。彼女を尾瀬デートに誘って浮かれ気分で行ったら、よほど健脚な女の子じゃない限り泣きが入るだろう。しかし、尾瀬の奥でケンカ別れはできない。日没で暗くなったら遭難してしまう恐れがあるからだ。たとえモメても空がシャクナゲ色になる頃までには仲直りする必要がある。 尾瀬のミズバショウ、侮りがたし(ホントかな?)。 でも実際歩いて行って、ミズバショウが広がる光景を見たら感激するだろうな。苦労して歩けば余計にそう感じるに違いない。いつの日か、私も行ってみよう。足腰が丈夫な内に、体力自慢の女の子でも誘って。尾瀬のミズバショウたち、私のことを気長に待っていてね。 ところで、尾瀬って何県にあるんだろう?(知らないのかよ!)

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| 空想で作った南米帰り料理に革命精神は宿らず 2006年4月23日(日) |
 Canon EOS 10D+EF28-105mm(f3.5-4.5), f4.0, 1/40s(絞り優先)
今日は南米料理と決めていた。そしてその通り南米各地をうろついて(頭の中で)、それっぽい料理を作って並べた。つもりだった。しかし、結果的には南米料理というよりも、南米帰り料理となってしまったのだった。南米に旅行へ行って、現地で食べた料理を記憶だけで再現しようとして再現仕切れなかった感じ。南米に暮らすどの国の人に食べさせても、これはどこの料理だといぶかるに違いない。そもそも、南米っていっても広いし、国はたくさんあるし、ひとくくりにすること自体無理がある。 とはいうものの、明らかに和食とは見た目も味も違ったから、個人的にはけっこう満足している。南米料理ではなくても南米風の料理とは言えると思う。ひいおじいちゃんがブラジル人の日本生まれの子供に、これがきみの故郷の味だよと言って食べさせたら、案外納得してしまうかもしれない。それとも、こんなの違うやい! とスプーンを投げつけて泣き出してしまうだろうか。ラテンアメリカの血が騒ぐか騒がないか、ラテンのDNAに試してみたい気もした。
一品目は、トマトソース・チキン・ライス・スープ。半オリジナル。元となったのは、カンジャ・デ・ガリーニャというブラジル料理だ。鶏肉とライスが入った、日本でいうおじやみたいなものだと思うのだけど、それを基本にトマトジュースでアレンジした。味付けはチキンブイヨンの素を使っている。 ニンニク、タマネギ、ニンジンをオリーブオイルで炒めて、鶏肉を追加で炒め、赤ワインを入れる。あとは水とトマトジュースを加え、チキンブイヨン、塩、コショウなどで味を調えて、ご飯を入れて少し煮込めば出来上がり。 これは日本人の味覚でも普通に美味しい。更に南米風にするなら、何かでピリ辛にするといいのだろう。その何かが何かは分からないけど。 続いてメインのおかずは、タイ。スズキを使おうと思ったらなかったのでタイで代用した。というのもぜいたくな話か。南米人がタイを食べるかどうかも疑問だ。アマゾン川でとれる淡水の白身魚はよく食べていると思うから、そういうイメージに持っていった。 ソースのベースはヨーグルト。ヨーグルトを使う日本料理はなかなかないから、これはちょっと南米っぽいかなとも思う。マヨネーズとレモンの絞り汁を混ぜたあっさりソースは白身魚によく合った。塩、コショウはやや強め。 白くて細いのは大根の細切り。南米人が大根を食べるかどうかは知らないけど、白身だけではちょっと寂しかったので、付け合わせにした。 右奥はジャガイモポテトサラダを焼いたもの。これもオリジナルからのアレンジで、こういう料理が向こうにあるのかどうかは分からない。ジャガイモをレンジで温めたあとつぶして、そこにツナ缶、ゆで卵、タマネギのみじん切り、レモン汁、オリーブオイル、マヨネーズ、塩、コショウを混ぜ合わせる。そのままポテトサラダとして食べてもいいんだけど、私としてはこれを焼いた方が好きなので焼きにしてみた。 最後、左奥は若干謎の食べ物となっている。卵と小麦粉を混ぜて生地を作り、それを薄くのばして焼いて、その上にとろけるチーズとタコを乗せた食べ物だ。名前はまだない。完全な思いつきで作った。もはや南米からは遠く離れ、新大陸発見か? これは改良の余地が大いにある。まず生地をもっと薄く広くのばしてクレープみたいにして、具はタコだけじゃなくもっといろいろ入れて、生地の中にチーズを巻き込んで、具を詰めて、オーブンで焼いた方が美味しいものができる気がする。最初はそのつもりだったけど、面倒になって手抜きをしてこんなへんてこりんなものになってしまったのだった。または、生地を2枚作って、具を挟んで焼くというのもいいかもしれない。ただ、南米の人にこれをあげても食べるかどうか。タコを食べるのは日本とイタリアくらいで、世界ではあまり食べられてないはずだから。タコを悪魔の使いと言う国さえある。ってことは、タコ焼きも当然、世界には通用しない。
味については、これといったマイナスポイントもないので、70点以上はある。でも80点に届かないのは、意外と無難にまとまりすぎていて面白みというか驚きがなかったから。この料理には、チェ・ゲバラの革命精神は宿ってなかった。わずかにタコ・チーズ焼きに反骨心のカケラがあったくらいで。 そんなわけで、人に出して文句は言われないけど、驚きを与えるまでには至らないという結果に終わった、今日のサンデー料理。まだまだ冒険心と勇気が足りないことをあらためて自覚することとなった。斬新すぎて食べられないくらいの料理を作ってみたいものだ。 近づいては遠ざかり、遠ざかってはまた近づく、突撃、私の晩ごはん企画。お蔵入りになる前に、なんとか今年中に実現させたいと思う。まだ今はその時じゃない。完全な自信作を持たないまま見切り発車してしまったら、自分の持ち歌一曲を繰り返し歌い、しまいには人のヒット曲を歌い出してしまう地方まわりの歌手のようになってしまう。少なくとも、オリジナルの料理4品は完成させてからでないと。 まだまだサンデー料理は続く。サンデーが巡ってくる限り。

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| 歴史の空気と里の四季の松平郷 2006年4月22日(土) |
 Canon EOS 10D+EF75-300mm(f4.5-5.6), f5.6, 1/160s(絞り優先)
去年一年間で、愛知県のいろんなところを散策して回った。公園、森林、山、川、植物園、施設、城、神社仏閣、名所、旧跡などなど。だいたい100ヶ所くらいにはなると思う。その中で個人的にとても気に入った場所のひとつとして松平郷がある。こことは本当に相性が良かった。 徳川家康を生んだ松平家発祥の地である松平郷は、豊田駅から車で30分の静かな山間の中にある。すぐ向こうは岡崎市という場所にもかかわらず、ひっそりとし空気感に包まれ、外界とは隔絶されていると感じる。さほど驚くには当たらないけど、携帯も圏外だ。 歴史の里ということで観光地になっているかとうとまったくそうではない。歴史の雰囲気を残しつつ、今もここで暮らす人々がいて、静かな生活感と歴史のムードが渾然一体となっているのがこの里の特徴だ。初めて訪れた人でも優しく包み込んでくれるようなさりげない優しさと暖かみと感じる。それはちょうど、夏休みに田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに来たという感覚に近い。そこでは、自分が観光客であるということを忘れさせてくれる。
徳川家康(松平元康)は、松平家の九代目にあたり、ルーツをさかのぼっていくと、初代松平親氏(ちかうじ)に行き着く。元々親氏はこの土地の人間ではない。14世紀の末、一家が没落して放浪の僧になっていた徳阿弥がこの地に流れ着き、当時の松平家当主に気に入られ、入り婿になって松平親氏を名乗ることになったのが始まりだ。それ以前の松平郷や松平家についはあまり知られていない。 親氏はこの地に松平城を築き、少しずつ勢力を伸ばし、やがて家康へとつながる基礎を確立した。三代信光のとき、本拠を岡崎に移し、家康は岡崎城で生まれている。 松平城はその後も松平氏が納めていたのだけど、これが後々松平家の内紛を呼ぶことになる。そのせいで家康も子供の頃から大変な苦労をすることになる。ただ、のんきに松平の郷で平和に暮らしていたら、家康の天下統一はなく、江戸時代もなかったわけで、そのあたりもひっくるめて歴史の必然といえるだろうか。
松平郷には何があるかといえば、実はこれといったものは何もない。親氏を祀った松平東照宮や、松平家の菩提寺である高月院、屋敷跡に資料館、家康が産湯に使ったとされる井戸の後などがあるばかりだ。松平城址、大給城址などが国の文化財になっているとはいえ、残っているのは石垣と堀の一部くらいで、見どころがあるほどでもない。一番の見どころといえば、親氏のオヤジの像かもしれない。野良仕事の途中のようなラフな格好をしたオヤジの姿は一見に値する。着物の前は思いっきりはだけていて、裾は膝上までたくし上げ、ワラジ履き。こんなにリラックスした格好で像になってる人も珍しい。ぼんやりした感じでどこか指差していて、その理由も気になる。でも、そんなオヤジが私は好きだ。 それ以外には、250メートル室町塀、冠木門、天下茶屋などがあり、歴史ムードをやや盛り上げる。 しかしなんといっても、私がここを気に入っているのは、季節の花々があるからだ。人の手で植えられたものと自生のもの、民家の人が植えたものなどがいい具合に溶け合って、里の四季を演出している。道ばた、田んぼのあぜ道、池、湿地帯、山、林、川沿い、畑に空き地、それら狭い空間の中で花々が様々な表情を見せてくれるのだ。 春ならカタクリ、雪割草、シュンラン、シデコブシ、サトザクラ、水芭蕉、ヒトリシズカなどの比較的珍しいものからポピュラーなものまで、夏なら池一面に蓮が咲き、湿地も花で溢れ、秋には彼岸花に萩などが里の風景を彩る。野鳥に昆虫にカエルの合唱。夏の夜は夢のようにホタルが飛ぶという。 たぶん、こんな光景は、かつて日本のどこにでもあったものだろう。松平郷が特別なわけではない。ただ、今この場所に特別なものを感じるのは、かつての里の風景を必要以上に手を加えたり保存したりせず普通に保っているところだ。ここで暮らす人たちや管理保存しているたちは見えないところで苦労してるのだろうけど、それが前面に出てきてないのがいい。 そんなにここが気に入ったのなら、いっそ住んでしまえばいいじゃないかとあなたは言うかもしれない。いやいや、それとこれとはまた話が別ですってば。実際に住むとなると、それはもうかなり不便に違いない。店なんかは全部遠そうだし、携帯もつながらない。訪れるにしても年に4回くらいでちょうどいい。おじいちゃんとおばあちゃんのうちだって年に2回も泊まりに行けば充分だったのと同じだ。家から30分くらいの距離なら、毎月でも行きたいところだけど。
歴史と花の里、松平郷。それはどこにでもありそうでもどこにもない山里。機会があれば訪れて、ここの優しい空気感に包まれてみてください。しばらく過ごすうちに、気持ちがゆったりして、帰る頃には穏やかで幸せな気分になっていることでしょう。 松平郷PR大使に私なれるかな?

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| ヒトリシズカを見て静御前のことを思い出す4月の終わり 2006年4月21日(金) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f3.5, 1/125s(絞り優先)
お気に入りの場所のひとつ、豊田市の松平郷でヒトリシズカを見てきた。徳川家康のルーツ松平氏発祥の地である松平郷については、またあらためて書こうと思っている。あそこについては書きたいことがたくさんある。 今日はヒトリシズカについて。
源義経が愛した女性、静御前から名づけられた、ヒトリシズカ。白拍子だった静御前が舞う姿にたとえたのだろう。誰が付けたか知らないけれど、とても情緒的で心を揺さぶられるいい名前だ。ヒトリシズカのヒトリは、一本の茎からひとつの花穂を咲かせるところからきている。これがふたつのフタリシズカという花もある。あちらはあまり繊細な感じがしない。 別名、ヨシノシズカ(吉野静)。これも吉野山で舞った静御前からきている呼び名だ。 さらにマユハキソウ(眉掃草)という呼び名もある。これは白粉(おしろい)をつけたハケに見立てたものだ。
原産は日本で、かなり昔からあったようだ。現在も日本全国に分布していて、さほど珍しい花ではない。やや明るめの里山や林の中に咲いている。日陰でひっそり咲くというタイプではなく、丈夫でたくさん集まって咲いている。ぜんぜんひとりじゃない。栽培も容易で、そう簡単に枯れたりしない。なんだか、ヒトリシズカについて知れば知るほどイメージが壊れていく。ただ、静御前だって薄命ではあったけど気丈な女の人だったということを思えば、逆にイメージとは離れてないとも言えるかもしれない。松平郷では、室町塀沿いにたくさん咲いていた。 白く見えている部分は、花びらではなく花糸で、ヒトリシズカにはガクもない。1本の雌しべと3本の雄しべという非常に単純な構造をしている。それがいくつも集まって花びらのようになっている。 草丈は20〜30センチくらい。葉っぱは4枚。葉は最初紫っぽく閉じていて、開ききる前にそこから白い花の部分が顔を出してくる。情緒的に撮りたい場合はこのときがいい。写真のように葉が開ききって緑色になってからだとちょっと開けっぴろげすぎる。 花の季節は4月下旬から5月の始めくらい。花が終わると種をつけ、それが下に落ちる。それをアリが持っていくとかいかないとか(どっちなんだよ)。
静御前から名前をもらったヒトリシズカ。その特徴はか弱そうな外観とは裏腹な強さだ。本当は、もっと誰も訪れないような林の日陰でひっそりと一本で咲いていたらよかったのかもしれないけど、それはそれで出来すぎな気もする。静御前の本質も、か弱き女というより愛する気持ちに殉じた強さだった。丈夫だからといって、ヒトリシズカの魅力が下がるわけじゃない。
吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人の跡ぞ恋しき
義経と生き別れ、京へ落ちのびる途中捕まって、頼朝の前で舞を舞わされたとき静が歌ったのがこの有名な歌だ。これを聴いた頼朝は激怒し、刀を取ってあわや切り捨てようとしたとき止めに入ったのが北条政子だった。4月8日、鶴岡八幡宮社の前での出来事だ。 このとき静19歳。義経の子供を身ごもっていた。女の子なら助けるという頼朝の約束があったが、生まれてきたのが男の子では助けられるはずもなかった。 9月、政子にたくさんのお金などを与えられ、京都に帰された静のその後についてははっきりしていない。全国でいくつかの伝説が残っているのみだ。一説によると、かつて義経が落ちのびた地、平泉に向かう途中、越後の栃尾にある高徳寺という寺で命尽きたとか。静23歳、4月28日だったという。越後の山里なら、ちょうどヒトリシズカが咲く頃だ。高徳寺の境内にヒトリシズカが咲いているかどうか、私は知らない。たぶん、咲いていないだろう。でも、日本全国でヒトリシズカが咲いている姿を見た多くの人が静御前のことを思い出していることだろう。それで充分だ。 しかし、石原さとみというのはどうだったんだ、NHK大河。静御前もあの世でずっこけてたかもしれないぞ。
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| キビタキと遭遇して夏鳥シーズンが突然の開幕 2006年4月20日(木) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f4.0, 1/125s(絞り優先)
あ、キビタキ。心の中で小さく叫んだ。 もちろん、今シーズン初遭遇。冬場は東南アジアに渡って過ごしてきた彼らが、春になってまた日本へと戻ってきた。おかえりなさい。無事に帰ってきて何よりでした。秋までゆっくり日本で過ごしてくださいね。そして、いい歌声を聞かせてください。 気がつけば夏鳥のシーズンが始まっていた。季節はとどまることなくどんどん先へ進んでいく。待ったなし。野草も、木々の花も、虫も、鳥たちも。ぼんやりしてると季節に置いてけぼりを食ってしまう。こちらも足取りを早めなければ。
暖かくなって、木々の緑が濃くなると、鳥の姿を見つけるはとても難しくなる。声はすれども姿は見えず、これからはそういうことが多くなる。このキビタキを撮ったときは、運良く見える位置に止まったのだけど、レンズがタムロン90mmマクロ(トリミング有り)ということで、小さくぼんやりした写真になってしまった。撮れたのはこの一枚だけで、すぐにどこかへ飛び去った。渡ってきたばかりは特に人に慣れてないので、近づくのが難しい。 キビタキはやっぱりいい鳥だなと思う。メスは緑がかった褐色で地味なのだけど、オスは写真のように鮮やかな黄オレンジ色をしている。鳴き声がまた美しくて、野鳥好きの中にもこの鳥のファンは多い。それほど珍しい鳥というわけでもないのだけど、人を惹きつけるものがある。 大きさは13センチくらいと、スズメより少し小さめ。漢字は黄鶲。黄色いビタキとそのままでひねりはない。目の上の黄色いまゆ毛もチャームポイントだ。森の緑の中では目立つようだけど、木漏れ日の中では保護色になって、かえって見つけにくい。見つけるには鳴き声が頼りとなる。ただ、いろんな鳴き方をする上に他の鳥の鳴き真似をしたりするので、そう簡単でもない。地方によっても鳴き方が違うんだとか。
エサは主に虫で、たまに木の実を食べる。飛んでいる虫を空中で捕まえて食べることから、フライキャッチャーというのがキビタキ類の英名となっている。 それができるのは、羽ばたきのスピードが速くて、飛ぶ速度も高速だからだ。こいつの飛んでいるところを流し撮りするのは相当難しい(林の中ではほとんど無理)。双眼鏡でも追いつけないくらいだから。 春先は平地の林の中で過ごし、夏が近づくともう少し高度の高い高原や、北の方に移動していく。 一夫一夫で、産卵は5月から8月、卵は4、5個。さかんにさえずっているのは、メスを呼び寄せるためと、縄張りを主張するためだ。キビタキの恋の季節はもう始まっている。 メスが卵を温めて、オスは巣の見張りをする。エサ運びはオスとメス共同で行う。 子育てが終わって、秋風が深まる11月頃になると、だんだん寒さがイヤになってきて、マレー半島やインドシナ半島などの暖かい東南アジアに渡っていく。 こんな小さい体で1年に2度、何百キロも海を渡って旅をするんだから、それはもう大変なことだ。偉大なる旅人として敬意を払いたい。
これからの季節、木々の葉が鳥の姿を隠して写真に撮るのが難しくなる。望遠レンズも300mm程度では役に立たないことが多い。それでも、少しでも撮りたい。運を味方につけて。 今年の目標は、なんといってもオオルリだ。去年は撮る以前に姿さえ見ることができなかった。今年こそなんとか撮ってみたい。本当は早朝にフィールドへ出向いていくべきなんだろうけど、私にそんな根性を求めるのは間違いだ。ホンモノじゃないんだから。寝ぼすけのオオルリが、ぼんやりした頭のまま私の前にフラッと出てきてくれることを、ひたすら期待しよう。キビタキももう一度近くからちゃんと撮りたい。 ついては、視力が異常にいい助手を募集します。視力両目とも3.0あるぞ、とかいう方、私と一緒に森を歩いて鳥ちゃんを見つけてもらえませんか? 付随条件として、首が丈夫であることも必要です。何しろずっと見上げてることになるので、普通の人間だと首がすぐに痛くなるんですよ。F1レーサーの卵でも雇うか!? 我こそはという方、海上の森の入り口に集合です。合い言葉は、片方がこまどり? と言ったら、もう一方は、姉妹? です。ただし、三味線を持参する必要はありません。

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| 2007年に再会の約束を交わして今年の桜シーズン完結 2006年4月19日(水) |
 Canon EOS 10D+EF28-105mm(f3.5-4.5), f5.6, 1/400s(絞り優先)
東谷山フルーツパークのしだれ桜は満開の最後を迎え、降りそそぐように咲き誇っていた。空も見えないほどに。それは、2006年の桜シーズン最後としては申し分ないものだった。今年はもうこれでいい。満足、納得の一年となった。 ここの桜は、ヤエベニシダレ(八重紅枝垂)という種類のしだれ桜で、名前の通り、八重で紅色が濃く、見栄えがいい。髪の毛ふさふさの人がソバージュにしたようなものだ。葉加瀬太郎的しだれ桜と呼びたい。葉加瀬太郎が髪の毛をピンク色に染めるとこんな感じになるに違いない。ぜひ、桜の季節だけでもやってもらいたいと思う。花見の席に来てもらって、ピンクのソバージュを振り乱しながら奏でるバイオリンの音色に酔いしれたい。 シダレサクラというのは、枝が枝垂れているからそう呼ぶのではなく、野生のエドヒガンを品種改良して作られた園芸品種名としてそう呼ばれている。別名、イトザクラ(糸桜)。 どうして枝が枝垂れるかというと、若い枝がどんどん伸びて、枝自身の強さより重さが勝ってしまうため、重力に負けて枝垂れてしまうことになる。重力なんかに負けるな頑張れと応援しても、その声がシダレザクラに届くことはない。そんなにどんどん背が伸びたら服がすぐに着られなくなっちゃうから背を伸ばすのを止めなさいと言っても無理なのと同じだ。
東谷山フルーツパークのしだれ桜は、約1,000本。園内の通路の両脇に並べて植えてあるところが多いので、あちこちで桜のトンネルとなっている。普通の桜や、ヨシノザクラなどもある。ちょっと面白い存在として、ウジョウシダレ(雨情枝垂)という種類の珍しい木が2本あることだ。 童謡「赤い靴」の作詞家としても有名な野口雨情の住んでいた宇都宮の住宅の庭にあった木で、本数が少なくてあまり出回ってない希少種だ。東谷山フルーツパークは、業者からまとめてしだれ桜の苗木を買ったら、その中で2本だけ紛れ込んでいたんだそうだ。ラッキーといえばラッキーだけど、業者さんのうっかりと言えばうっかりだ。 普通のヤエビニシダレと比べると、花びらが平べったくて平らに咲くのが特徴らしい。日本庭園の芝生と、カキ園に立っている。 ここのしだれ桜は、咲くタイミングがソメイヨシノよりも遅く、この地方では一番最後に満開を迎える桜だ。この日も最後の桜を見ようと、大勢の人でにぎわっていた。毎年この期間は桜祭りが行われていて、今年は4月5日から16日までだった。
東谷山フルーツパークは、1980年に多目的農業公園として開園した。無料の植物園というのか、フルーツ園というのか、説明がやや難しい。しだれ桜の名所として最も名が通っているけど、それだけではない。様々な果物を栽培している果樹園、熱帯・亜熱帯の果物を育てて展示している世界の熱帯果樹温室(ここだけ有料で300円)など、家族で行って遊ぶのはもちろん、写真ネタもたくさんある。特別なイベント以外は駐車場も入園も無料なので、ふらっと立ち寄るにもいいとこだ。ただし、夕方4時30分で閉まってしまうのは残念なところ。月曜日定休。 しかしここ、名古屋の一番はずれにあって、交通の便が悪い。JR愛知環状鉄道高蔵寺駅からは徒歩25分もかかるし、ゆとりーとライン東谷橋からでも15分歩かないといけない。ということもあって、車で行く人が多い。そのため、しだれ桜のシーズンは、近くの道路渋滞は大変なことになってしまう。北から行くにしても南からにしても一本道だから。 東谷山フルーツパークはサラリーマン泣かせと言えるだろう。
今年の個人的な桜シーズンは、これでいよいよ終了となる。五条川で終わりだと思っていたけど、思いがけず東谷山フルーツパークも行けてよかった。 今シーズン最も印象深かったのは、なんといっても奥山田のしだれ桜だった。大きな老木の魅力をあらめて教えてもらった。それと同時に、しだれ桜に関しても大きく見直すこととなった。ソメイヨシノが桜のすべてじゃない。しだれ桜が強い風に吹かれてたなびく姿は、風情があってとても絵になるのだった。 来年はもっと県外まで有名な桜を見に足を伸ばしたいところだけど、それはもう少し歳を取ってからの道楽として残しておいてもいいかもしれない。全国にはきっと、たくさんの桜オヤジや桜おばさまがいることだろう。桜前線とともに北上して桜を追いかけているような人たちが。私もいつかそんな人たちの仲間入りができるだろうか。今年あらためて知った桜の魅力や多様性を思うと、やってみたいという気持ちが高まってくる。 桜への思い入れが歳と共に強くなっていくのは、たぶん、多くの人が思い心の中で自問するこの言葉がすべてを物語るだろう。 自分はあと何回、桜を見られるんだろう。 また来年、きっと、桜の季節に戻ってこよう。再会を約束して、少しの間さよならだ。

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| 胸にどーんと来た、東野圭吾『秘密』 2006年4月18日(火) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f5.0, 4.0s(絞り優先)
このブログを始めたのは去年の9月。それから毎日書いてるのに本についてはこれまでほとんど書かなかった。たまには本について書こうと思う。 私のことを牛乳瓶の底のようなメガネをかけた文学少年だったに違いないと、もしあなたが思っているとしたら、それは大きな間違いです。だいたい、きょうび、牛乳瓶の底のようなメガネなんて売ってないし、瓶で売ってる牛乳を見たことがある若者はあまりいない。 小学校の頃はいつもみんなと外で遊んでたし、中学はテニス部で、高校は仲間とダラダラ過ごすという普通の少年だった。本なんてまるで興味がなく、本を読んでる人間をなんだそれと思ってさえいた。夏休みの読書感想文も、「宝くじ必勝法」という本で2年連続書いたくらいだ。 そんな私が本を読むようになったのは大学に入ってからだ。あまりにも時間を持て余してしまって、しょうがないから本でも読むかと思ったのが始まりだった。 太宰治から始まって、世界文学に流れ、日本の純文学に戻り、海外ミステリ、SF、詩、日本人作家、国内ミステリと変遷し、今に至っている。全盛期は一日200ページをノルマに読んでたけど、今は月に2、3冊しか読んでいない。広く浅くは読んでるだけで、本物の読書野郎ではないということだけはここに言っておきたい。って、誰に?
前置きが長くなった。今日は東野圭吾の『秘密』について書こうと思う。といっても、東野圭吾と個人的に親交があって、誰も知らない彼の秘密を握ってるんですよ、フフフ、とかそういうことではない。『秘密』という作品についてだ。知ってるって? 広末涼子主演で映画になったので、そちらを観てる人は多いだろう。 なんで今さらその原作本を読んだかといえば、この前直木賞をとったことと、ドラマ「白夜行」の原作者ということで東野圭吾のことを久々に思い出したところへもってきて、「Book off」の100円コーナーでこの本を見つけたからだ。作品との縁というのはそういうものだ。 映画についてはあまり印象がよくなったので、この原作も最初は期待してなかった。実際、前半は軽い気持ちで読み進めて、まずまずだなくらいに思っていた。これはもしかするとすごく大切な作品になるかもしれないと思い始めたのは、中盤から後半にかけてだった。気づいたらすっかり引き込まれて夢中になってどんどん読み進めて止まらなくなり、寝る時間になって途中でやめたもののどうにも寝付けず、また電気をつけて最後まで一気に読んでしまったのだった。 そして、読み終えた後、あまりにも切なくて悲しくて、まったく眠れず、次の日も自分の悲しみのように感じて、一日すごく沈んだ気持ちで過ごしたのだった。 なんと切なく切ないラブストーリーだろう。まるで自分の経験のように感じた小説は、島田荘司の『異邦の騎士』以来だ。小さい娘を持ったお父さんがこの作品を読んだら、途中で胸が張り裂けそうになって読み進められないかもしれない。 映画の比較でいうと、断然小説の方がいい。時間の経過という要素がこの作品では非常に重要なのに、その部分を映画は描けていなかったから。配役も個人的にはあまり好きじゃない。 この作品は、女性側から読むと男が読むのとはまったく違う感想を持つことになるだろう。小さい女の子を持つお母さんはこの作品を読みながら何を思うのだろう。共感するのか、反発するのか、それとも自分なら別の道を選ぶと思うだろうか。 あのラストをどうとらえるかは人それぞれ。私がもっと若かったら別の思いがあっただろう。今読んでちょうどよかったのかもしれない。それにしてもあのオチはやるせなかった。自分なら、あのあとの人生を耐えていけるかどうか。 娘の名前に込められた東野圭吾のメッセージもまた切ない。モナミはフランス語で、私の友達、または私の恋人、あるいは私の愛する人など、微妙なニュアンスを含んだ言葉だ。
これは誰にでも無条件にすすめられるというタイプの作品ではない。謎解きのミステリと思って読むと肩すかしを食うし、作品として客観的に批評するような読み方をすれば必ずしも出来の良い作品とは言えない部分もある。のるかそるかの分かれ目は、主人公の体験を自分のこととして共有できるかどうかにかかっている。自分がこの登場人物だったらどうするだろうという考え方をする人なら、試してみる価値はある。もし、上手くシンクロできれば、他の作品では得がたい貴重な体験的読書になると思う。 それにしても、東野圭吾が直木賞作家になるなんて、デビュー作『放課後』を読んだ頃は思いもよらなかった。全体的にそつなくまとまってはいるけど、何かこうパンチが効いてないというか、印象の弱い作家だなと思ったのを覚えている。でも考えてみると、あれから多くの年月が流れた。たくさんの作品を書き続けたからこそ、今の東野圭吾がいる。これからもますます期待できる作家となっていくだろう。 『白夜行』、『容疑者Xの献身』、『パラレルワールド・ラブストーリー』あたりを今度読んでいこうと思う。
本ネタもなかなかいいもんだ。また何か面白い本に当たったら、このブログでも書いていこう。映画も、ゲームも。 『秘密』は何年かぶりで、胸にどーんと響くいい作品だった。生きるということは、こういう体験を味わえるということでもある。自ら経験することだけが人生の醍醐味ではないし、体験するだけが感動のすべてでもない。本、映画、ゲーム、テレビ、心を開いてこちらから求めていけば、どこにでも感動の種は転がっている。楽しいことがいっぱいで、生きることに退屈してる暇なんてない。

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| 桃源郷が見つからず、後憂を残して現実世界に帰還 2006年4月17日(月) |
 Canon EOS 10D+EF28-105mm(f3.5-4.5), f5.6, 1/100s(絞り優先)
猿投の桃を見てきた。といっても、サルが桃を投げる芸を見てきたわけではない。猿投というのは地名で、「さなげ」と読む。猿投山、猿投インター、猿投神社、そのあたりで地元ではわりと有名な場所だ。地理的には豊田市の北西、グリーンロードの猿投インターのあたり一帯が桃園となっている。全部で2万本というからなかなかのものだ。 桃の花だから、桜や梅ほどメジャーじゃないし、桃の花自体あまり知られてない。だから観光客がドヤドヤ押しかけるというわけではないものの、この前中日新聞に載ったこともあって、にわか名所となっている。私が行ったのは夕方の日没前だったから数人しか見かけなかったけど、昼間や週末はけっこうなにぎわいのようだ。
それにしてもここの写真を撮るのは難しい。実際はあたりがピンク色に彩られ、華やかな雰囲気に包まれているのだけど、写真ではそれを伝えることができない。2万本とはいえ、1キロ四方くらいに散在していて密集してないから、ここというポイントがない。たぶん、地元の人なんかはいいビューポイントを知ってるのだろうけど、フラッと立ち寄っていきなりそんなポイントを見つけるのは難しかった。各農家さんがそれぞれの土地で栽培してる桃で、見栄えがいいように計算して植えてあるわけでもない。 時期的にはどうだったんだろう。満開が先週末くらいだったようだから、少し遅かったかもしれない。桃の花は、最初白っぽくてだんだん赤色が濃くなっていったところで花をつんでしまうんだそうだ。そうしないと美味しい桃がならないらしい。つまなくても花は一週間程度で散ってしまう。 通常桃の花の見頃は、ソメイヨシノ満開の一週間遅れくらいだと言われている。桃の節句の歌に出てくるあの桃は、温室で育てられたもので、普通はそんなに早くは咲かない。
原産地は中国で、桃の字も中国の字だ。日本には弥生時代くらいに伝わったのではないかと言われている(縄文時代という説もある)。昔は観賞用や薬用が主で、実を品種改良して美味しく食べられるようにしたのはずっと後の明治時代、それも輸入したものがきっかけだった。桃の食用としての歴史は意外と浅い。 女の子の節句がどうして桃の節句かというと、桃はたくさんなることから豊穣の象徴だからというのがひとつある。あと、桃の字の中の兆しをおめでたの兆しになぞらえてそこから女性に関係するようになったからとも言われている。桃太郎の元々のストーリーは、拾った桃を食べたおばあさんとおじいさんが若返って、出来た子供が桃太郎というものだった。ピンクを桃色とも言うし、桃にはそういうイメージがある。ももの実の見た目からきてる部分もあるだろう。
桃の花の手前に咲いている白い花は梨の花だ。これがリンゴの花だったら、りんごももか姫だったのに、惜しい!(そういう問題か?) 梨の花もあまり見る機会はないと思うけど、ちょうど桃と同時期に咲く花だ。この後少し遅れてサクランボ、リンゴなどが続く。秋に実がなる木はこの時期に花を咲かせるものが多く、見慣れないと区別が難しい。 梨の原産は日本と中国で、弥生時代から食べられていたことが遺跡から分かっている。今私たちが食べているものは、野生を品種改良したものだ。21世紀になっても、やっぱり二十世紀が一番有名だろう。 桃も手間がかかるけど、梨もかかる。花を咲かせている一週間のうちにひとつひとつ手作業で人工交配させていかなければならない。耳かきのうしろの綿みたいなのの大きいやつでポンポンポンと、花粉をつけていく。上を見上げながらの作業なので、めちゃめちゃしんどい。とりあえずバレーボール部の1年生にやらせるといいと思う(実際は難しい作業なので素人には任せられない)。
歌舞伎界のことを梨園というのは、唐の玄宗皇帝の故事からきている。玄宗皇帝は踊りや音楽が好きで、梨のたくさん植えられている庭で人々に踊りや歌を教えていた。その人たちが梨園の弟子と呼ばれたことから、転じてその世界の人々を指す言葉となった。 桃源郷も同じく中国の話から来ている言葉だ。漁師が桃の花が咲き誇る夢のような場所に迷い込んで、あまりにも素晴らしかったのでもう一度行こうとしたけど二度と見つけることができなかった。そこから、行きたくても行けない理想郷という意味で桃源郷と言われるようになった。
今回は短い時間で、文字通りの桃源郷気分とまではいかなかった。ベストのビューポイントも見つけられなかったし、写真も心残りがある。また来年ぜひ訪れたい場所がこれでひとつ増えた。南山国際高校の北、419号線と349号線の間、サークルKから西に入ったあたりにいいポイントがあるらしい。車では入っていけない場所だから、どこかにとめて歩いていかないといけない。来年はぜひそこに踏み込んでいきたいと思う。そこがもし、本当の桃源郷だったら、私は迷い込んで出てこられなくなってしまうかもしれない。来年の4月15日頃、突然ブログの更新が止まったら、私は桃源郷へいっちゃったと思ってください。

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| 反省の残ったどんぶり物サンデー料理 2006年4月16日(日) |
 Canon EOS 10D+EF28-105mm(f3.5-4.5), f4.0, 1/8s(絞り優先)
今日のサンデー料理は久しぶりのどんぶり物になった。時間がなかったわけでも、手を抜きたかったからでもなく、どんぶり物が食べたかったから。もう料理飽きたのかー、と思ったあなた、チッチッチッ。←人差し指を左右に振る宍戸錠のような私。料理に力尽きたわけでは決してないので安心してください。と誰にともなく言い訳めいた説明をしてみる。 始まりは余ったタケノコだった。タケノコの天ぷらが食べたいと思って、それならついでいろいろ天ぷらしようかと考えてたら、いっそのこと天丼にしてしまえということになった。天丼ならあとはみそ汁と、何か付け合わせ一品でいいから楽だ。 みそ汁は、今まで食べたことのない組み合わせということで、シメジとカボチャの具と合わせ味噌で作ってみた。これは思いがけずいい組み合わせだ。かぼちゃのとろみと甘みがシメジとよく合う。みそ汁の組み合わせはまだまだ他にもいろんな可能性があるから、あれこれ試してみて自分のベストを見つけたい。 付け合わせは、余っていた大根、ナス、ニンジンで、いつものように白みそ+しょう油+マヨネーズをベースにしたソースをからめて炒めた。このソースは、魚でも肉でも野菜でも美味しく食べられる。
メインの天丼だけど、これはもうあまり説明もいらないだろう。天ぷらは、タケノコ、タマネギ、エビ、大葉とシンプルに。つゆは天つゆの素を使ったので、無難な味付けに仕上がった。少し変わった点としては、天丼ではなく天丼+玉子丼になっているところだ。天つゆの卵を回し入れて、それをご飯の上にかけた後、天ぷらを乗せて、さらに卵入り天つゆをかけている。つゆの多い天丼が好きなので、こういうスタイルにした。 今日のこの料理では失敗のしようがない。普通に美味しく食べられた。がしかし、料理をしたという充実感や満足感は得られなかった。せっかくの週に一度のサンデー料理、簡単すぎてもつまらないことにあらためて気づいた。天ぷらも揚げてるから、2ヶ月前の私ならこれでも充分てんてこ舞いだっただろうから、料理が上達してることを喜ぶべきかもしれないけど。 彼は昔の彼ならず。もう、圧力鍋でカレーを爆発させていた頃の私はいない。ただ、天ぷらはやっぱり面倒だから、あまりしたくないと思った。
波乱もドラマもないまま平穏に終わった今日のサンデー料理。たまにはこういう日があってもいいじゃないか、と自分に言い聞かせてみるものの、楽と楽しいは違うじゃんという答えが返ってきた。確かにそうだ。少し上達したなら、もっと難しいものに挑戦しなくては進歩はない。来週はしっかり作ります、とここに宣言して私の挨拶に代えさせていただきます。みなさん、入学おめでとう(誰が?)。 終わったことは忘れて、もう来週に気持ちを向かわせよう。久々に外国シリーズでいってみよう。春になって暖かくなってきたから、寒い国の料理じゃなく暖かい国がいい。たとえばアルゼンチン料理ってどんなだろう? まったくイメージがわかない。何を主食として食べてるんだろう。マラドーナさん、何を食べればそんなにサッカーが上手くなるんですか? と手紙を書いて教えてもらおうか。 南米料理、それは私にとって謎に満ちている。ブラジルでさえよく知らないし、エクアドルにチリ、パラグアイにウルグアイ、きっとそれぞれの国によって特色があるのだろう。 というわけで、来週は南米へ旅立ってみようと思う。悪いことをしてメキシコに逃げ込むとかそういうことじゃありません。あれは中米だし。 次週サンデー料理は、チェ・ゲバラの革命精神に学ぶ料理になる予定です(?)。また来週〜。

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| 寒そうな名前を持った暖かいところ好きなカンヒザクラ 2006年4月15日(土) |
 Canon EOS 10D+EF75-300mm(f4.5-5.6), f4.5, 1/60s(絞り優先)
奥山田にしだれ桜を見に行った3月の終わり、村積山の登山口付近に咲いていたカンヒザクラ。ソメイヨシノを見慣れた目で見ると、やけに派手に見える濃いピンクのこの花、知らなければ桜とは思わないかもしれない。南国っぽいなと思ったら、中国南部から台湾あたりで自生している桜で、沖縄で桜といえばこのカンヒザクラのことだそうだ。なるほど、これは沖縄によく似合う。石垣島などでは野生化してるものもあるという。沖縄ではソメイヨシノが育たないこともあって、沖縄の人にはお馴染みの桜なのだろう。 本州では当然自生しないので、全部人の手によって植えられたものだ。寒いところは苦手だから、東京あたりが北限となっている。だから、北国の人にはまったく馴染みのない桜という言い方も出来るだろう。実際、見たことないし、その存在も知らなかったという人もいるかもしれない。名古屋あたりではあまり見かけない気がするけど、私が知らないだけだろうか。 花は最大まで咲いて半開きで、花びらは舞わず、花ごとボトッと下に落ちる。風情という点ではソメイヨシノにはかなわないから、派手さで勝負。 沖縄で咲いてるカンヒザクラの写真を見ると、本州で植えられてるものとだいぶ雰囲気が違う。沖縄のものはもっとピンクがかっていて、ふわっとした優しい華やかさがある。リュウキュウヒガンザクラとして区別することもあるそうだ。ああいうのをもっと見たいのに、このへんでは育たないのだろうか。
カンヒザクラを漢字で書くと寒緋桜。昔は緋寒桜(ヒカンザクラ)と呼ばれていたのだけど、別の種類の彼岸桜(ヒガンザクラ)と紛らわしいので、いつからかひっくり返して呼ばれるようになった。悲観とか寒悲とかの漢字が思い浮かんで、なんとなく悲しげな響きを持つこの桜、でも実際そんなことはなくて、南国でけっこうのんきに生きている。少々の雨風くらいではビクともしない。 本州ではソメイヨシノより数日先行して咲く。沖縄では1月からもう咲いてくる。もちろん日本一開花の早い桜だ。もう暖かいからいいさ〜とばかりに年明け早々に咲いてくる。成人式の日はこのヒカンザクラが満開だったりもするらしい。 だから、沖縄の人にしたら、本州が3月の終わりから4月にかけて桜だ、桜だと浮かれているのは、まったくの他人事に感じてるんじゃないだろうか。そもそも沖縄の人は、あまり花見をしながらの宴会というものをしないらしいし。 面白いのは、沖縄で咲くカンヒザクラは北から南に向かって咲いていくということだ。桜は寒さを乗り越えないと咲かないという性質があるため、寒い方から順番に目覚めていき、結果的に北から南に向かって降りてくるという格好になる。だから、桜は常夏の地では決して花開くことはない。 沖縄の桜名所としては、八重岳(やえだけ)、今帰仁城跡、名護城あたりが有名だそうだ。特に八重岳は、このカンヒザクラが4,000本というから圧巻だろう。見られるものならいつか見てみたい。
実のならないソメイヨシノと違って、元々野生だったカンヒザクラはサクランボがなる。ただし、それは酸っぱくて苦くてとてもまずいらしい。花の蜜は甘くて、野鳥もよく吸っているのに、なんでサクランボはそんなに酸っぱいんだか不思議だ。 沖縄では、これの実を酒に浸けて、旧暦3月3日の浜下り(はまくだりかと思ったら、はまうりだった)で配るおばぁがいるらしい。平良とみさんが配り歩く姿が目に浮かんだ。酸っぱいままのものを具志堅に食べさせたいとも思う。
4月15日現在、桜前線は北関東から東北の南あたりなんだろうか。地元の桜が終わると、とたんに桜のニュースがなくなるから、いつも北の方の桜の状況が全然掴めなくてもどかしい思いをする。せいぜい北海道でゴールしたとき小さなニュースになるくらいだ。 桜はまだ終わってはいない。それどころか、日本の桜はこれから7月まで続く。ソメイヨシノは本州で終わって、北海道に入ったらオオヤマザクラにバトンタッチをする。そして、北海道東部の高嶺桜(タカネザクラ)や千島桜でようやくゴールとなる。それが7月の上旬だ。でも、実際は更に高度の高いところの桜があるわけで、南アルプスや北海道の山では遅い年は8月に咲くこともあるという。沖縄も気が早いけど、北海道もずいぶんのんびりしている。そこに住んでいる人たちにとっては、毎年そうなんだからこういうものと当たり前になっているのだろうけど。 個人的な桜シーズンということでは、もう少し延長しようかと思っている。山の方に行けばこれから咲くものもあるし、岐阜や長野あたりでは今が見頃というものもある。東谷山フルーツパークもしだれ桜もあるし、来週いっぱいは桜期間ということにしよう。
カンヒザクラは今、花が一斉に落ちて、道は濃いピンクのじゅうたんになっていることだろう。村積山も去年そうだった。これはこれで独特のよさがあるので、ちょっとオススメしたい。ソメイヨシノだけが桜じゃない。 ただ、この木の真下で花見をしながら飲んだり食べたりしてると、お弁当や飲み物に花がボトッと落ちてくるので注意が必要だ。おしゃべりに夢中になりながら弁当を食べたりすると、花ごとほおばってしまうかもしれない。たぶん、毒はないから食べてしまっても大丈夫とは思うけど。

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| うつむくチゴユリといつか正面から向き合いたい 2006年4月14日(金) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f3.5, 1/40s(絞り優先)
スプリングエフェメラルたちが帰り支度を始めるころ、林の中ではあらたな花たちが出番を待ちかねたように咲き始める。写真のチゴユリはその中のトップバッターと言っていいだろう。しかし、立ち居振る舞いはいたって地味で謙虚。トップバッターというより二番セカンド小坂みたいなやつだ。 やや暗めの林の中でうつむきがちに咲いているチゴユリは、普段のスピードで歩いてたら見逃してしまいそうになるほど華やかさとは無縁だ。街で小坂に会っても分からないように。地面に近いところで下を向いて咲いてるから、少し離れるとまったく目立たない。正面からご対面をしようと思うと、腹ばいのほふく前進スタイルでもまだ足りず、あお向けになって逆方向に見上げる格好をしなければならないほどだ。このチゴユリに、てめぇ、今ガンつけたなっ! とケンカを売るのは80年代の気合いが入ったヤンキーでも難しい。 そんなわけで、写真も本当はもっと下から撮りたかったんだけど、ファインダーをのぞいての手持ちではこれが限界だった。ビニールシートも持ってないし、アングルファインダーなんて気の利いたものはもちろん持ってない。服がドロドロになってもチゴユリ撮ってやる、というほどの気合いは持ち合わせていない私であった。まだ咲き始めということで花も少なく、選択の余地はなかった。もう少したくさん咲いてくると、多少上向きの花も出てくるだろう。
北海道から本州、四国、九州、朝鮮半島、中国あたりに分布する多年草で、平地から低い山の林の中で咲いている。図鑑などの説明では明るい林と書いてあるけど、私の印象としてはやや暗くて湿ったところで見かけることが多い気がする。それも写真を撮るのを難しくさせるひとつの要因となっている。 地上10センチ、葉を入れた全体の大きさは20センチくらいと小さくはないのだけど、花自体は1センチくらいないので、小さい花というイメージがある。 4月から5月にかけて茎の先に通常1個の白い花をつける(2個の場合もある)。6枚の花びらに見えるものは内側の3枚が花びらで、外側の3枚はガクだ。ヤマユリなんかも同じ構造をしている。ただし、チゴユリは球根ではないので普通のユリとは違う。 名前の由来は、小さいユリみたいということで稚児みたいな百合というところから来ている。英名がないところをみると、あちらでは知られていないものなのだろう。 秋には深い藍色の小さな実がなる。
こんなに小さくて可憐な姿をしてるから、か弱くて人が守ってやらなくてはならないのではないかと思うと、意外にしたたかで繁殖力も強い。咲いているところでは家の庭でも勝手に群生してるそうだ。人も花も、守ってあげたくなるような見た目をしてると、必要以上に大事にされることがある。そんな女の子のことを、あの子ってチゴユリっぽいよね、とどこかで使ってみたい。野草に興味のない人に言っても、何それって言われるだろうけど。 繁殖力が強いのは二段構えの戦略によるものだ。実が種になってその場でまた咲いてくるのに加えて、地下で茎を伸ばしてその先で芽を出して増えていく。それは自分の子供というより分身で、毎年自分自身で生まれ変わっているとも言える。そうやって自分を確保しつつ種でも増えるから、なかなかなくなることはない。ただ、種子での発芽確率は高くないようなので、爆発的に増えることはないのだろう。 毎年見てる人なら、咲く場所が移動してることに気づくかもしれない。それは、地下で伸びて、芽が出たら古い自分を消してしまうからだ。
このチゴユリが咲いていた豊田市自然観察の森は、まだ春本番を迎えてなかった。桜が散り始めたらすぐに春真っ盛りだと思い込むのは間違いだった。蝶もトンボも残念ながら出会うことができなかった。今日は日差しが弱くて気温も上がらなかったからだろう。 豊田市自然観察の森のベストシーズンは5月と6月。この時期は一歩歩くごとに目の前で何かの生き物が動く。蝶やトンボ、なんだか気味の悪いものや、ハチやハエや鳥やカエルや、ときにはヘビなんかも。蚊や小さな羽虫もすごいことになっている。そこはまさに昆虫天国。あるいは人にとっては昆虫地獄と言うべきか。クモの巣が顔中に貼り付きまくる季節まであと少し。また汗だくになることを思ってもちょっと気が重くなる。 どんな季節もいいことと悪いことがあるけど、春から初夏はやっぱり楽しみが多い。今年も初めての出会いがたくさんあるといいなと思う。

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| 追いかけてギフチョウ、そして昆虫注意報発令 2006年4月13日(木) |
 Canon EOS 10D+TAMRON SP 90mm(f2.8), f4.0, 1/125s(絞り優先)
今日未明、当ブログ断想日記プラスワンは、昆虫注意報が発令されました。わー、逃げろー。って、待ってー、逃げないでー。大丈夫、マイフレンド。まだ注意報ですから。私自身、あんまり気持ちが悪いのは苦手なんで、そんなに強烈なアップは載せないです。虫を見たとたん、一目散に逃げたりしないでくださいね。もし、超アップを載せるようなときは、昆虫警報が発令されます。その際は、学校もお休みになりますので連絡網で回してください(休みになりません)。 それはともかくとして、これから夏に向かって虫確率が高くなることが予想されるので、昆虫が苦手な人はやや注意が必要です。
春の女神と呼ばれるギフチョウを探しに海上の森へと向かった私であったが、曇り空でやや肌寒く、夕方の短時間という悪条件で、結局ギフチョウどころかモンシロチョウにさえ会うことができなかった。やはり女神はそう甘くはない。飛んでいる虫といえば、小さな訳のわかないやつと、蛾が一匹で、その蛾にさえ逃げられた。 また出直そうと帰る道で出会ったのが写真のこいつ、えーと、キミは誰ですか? 手足が長ーい。現代っ子だな!(そういうことではない)手足の細さといい、飛び方といい、なんだか妙に頼りない。昆虫界のもやしっ子と呼びたくなる。長い手足を利用して上手く草につかまっているけど、これはリラックスした状態なのか、それともかなり無理した姿勢なのか。左手は草を持っている状態で、右手はヒジを折り曲げて草にかけてる感じなんだろうか。真ん中の手というか足と後ろ足でも草を掴んでいる。もし、人間が脇腹あたりにもう一本手が生えていたら、何に使えばいいんだろう?
カトンボかなと思いつつ家に帰ってきてから調べたところ、カトンボ(蚊蜻蛉)は別名で、一般的にはガガンボと呼ばれている虫だということが分かった。はじめまして、ガガンボくん。今後ともよろしく。ところで、キミは何ガガンボですか? ネットで調べると、それなりにガガンボについて出てくるのだけど、決定打となるような説明のあるページが出てこない。何しろガガンボの種類が相当多いらしく、なおかつ、この虫にに対して熱い興味を抱いている人がほとんどいないことが特定を絶望的に難しくしている。どこかにいないんだろうか、ガガンボ・マニアの人。 いくつかの写真と比べてみたけど、そのどれとも違うようだ。ミカドガガンボなんていう珍しいものじゃないだろうし、マダラガガンボとも、キリウジガガンボとも違う。大きさはかなり大きめで、手足まで入れると5、6センチはあっただろう。昆虫写真家の海野和男でさえ、「この辺りの昆虫となると、種類はとても多く、何という名前の虫かぼくにはさっぱりわからない」と言っているくらいだから、私に分かろうはずもない。でも世の中には、これは何々ガガンボじゃんってな人もいるんだろうな、きっと。そんな人に私もなりたいようなそうでもないような。
ガガンボのボは母のボ、つまり蚊の母親という意味だそうだ。なるほどと思いつつ、じゃあガボでいいではなかとも思う。ガノボとか。 ガガンボ科だけど、広く言えば蚊の仲間と言っていいと思う。姿も似てる。ただ、ガガンボは人を刺すことはない。だから、人との関わりが少なくて、一般的に知られることもない。けど、蚊と間違われて叩かれたりしてしまうこともけっこうあるんだろうな。人違いですって、わぁぁーーー! というガガンボの叫びが聞こえる気がした。 幼虫がまたかわいくない。白いイモムシみたいなやつで水中にいる。腐った植物なんかを食べてるらしい。ますますもってかわいげがない。 大人のガガンボは花の蜜を吸うのだそうだ。こんだけ手足が長いと花にとまるのも難しそうだけど、どうやってとまるんだろう。そもそも、なんでこんなに手足が長い必要があるのか、そのへんのところをガガンボに問いただしたい。長い方がカッチョいいじゃん、とガガンボくんは答えるだろうか。 羽は左右一枚ずつしかなくて、これじゃあ飛ぶにもバランスが悪いだろうと思ったら、羽の下にあるチョロッと短い棒状のものが後ろ羽の退化したもので、これでバランスを取っているという。写真にも写っているのが見えるだろうか。先が丸くなっているやつ。でもやっぱり羽2枚ではトンボのように速くは飛べない。
結局のところ、あまりよく分からなかったガガンボのこと。分かったのは種類が多いということと、みんなあまり興味を持ってないということくらいだ。これではあまりすっきりしないから、今後ともガガンボについては興味を持って追いかけていこうと思う。ポケット昆虫図鑑程度には載ってないから、もっとちゃんとした昆虫図鑑を買わなければならないだろう。 また虫の名前で頭を悩ませる季節がやって来た。虫は花よりも鳥よりも区別が難しい。とにかく種類がものすごく多いから。去年は途中でギブアップしたけど、今年はどこまで追っていけるか。基本的なトンボや蝶くらいまではなんとかしたい。でも、昆虫博士にだけはなれないし、なりたくないと思う私であった。 昆虫写真に関しては、楽しいし好きだ。できるだけ撮っていこうと思っている。また蝶やトンボにさんざん翻弄されるのだろう。 それはそうと、ギフチョウだ。見られる期間はごくわずかしかないから、これからしばらくはギフチョウ追っかけがメインとなる。春の女神は私に微笑んでくれるだろうか。

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| 2006年桜シーズンの締めくくりは散りかけの五条川 2006年4月12日(水) |
 Canon EOS 10D+EF28-105mm(f3.5-4.5), f5.0, 1/200s(絞り優先)
名古屋地方の桜のピークは先週末で、天気の良かった日曜日は各地で最高の賑わいを見せていた。それから2日間雨が続いて、ようやく雨があがった今日、今年締めくくりとして大口町の五条川へ行ってきた。ここは去年たくさん回った中で一番のお気に入りだった。 しかし、2日間の雨と強い風は、思った以上に桜を散らせていた。満開から3割くらいは散っていただろう。7分咲きと3割散りでは、まったく景観が違う。残念ながら散り始めた桜はあまりきれいじゃない。ちょうどいいときに雨が続いたのがもったいなかった。 その代わり、桜祭りも終わって観光客もほとんどいなかったから、ゆっくり見て写真を撮ることができたのはよかった。近所の人たちが、遊歩道を普通に犬の散歩ができるくらい平常に戻っていた。このあたりも日曜日などは人並みで前に進めなかったくらいだっただろう。 散ったなら散ったで、桜の花びらが川を埋め尽くす様子を撮りたいと思っていたら、そこまでは散ってなかった。そういう意味では訪れるのが中途半端に早すぎた。あと3日くらい待つべきだったろう。五条川の桜並木の一番いいところは、川幅が狭くて、桜が川の方に傾いている点で、川面を覆うほど花びらが流れていく様は、それはもう幻想的なのだ。写真でしか見たことがないのだけど。これはまた、来年への課題として残った。
五条川は愛知県を代表する桜の名所で、全国桜100選にも選ばれている。川沿いの桜並木ということでは、名古屋市瑞穂区の山崎川とここと、ベストワン、ツーと言っていいだろう。桜の木なら山崎川、風景としての景観なら五条川だと個人的には思っている。もし、山崎川の川幅がもっと狭くて、川自体にも風情があれば文句なしだけど、そう何もかもうまくはいかない。 五条川の桜並木といってもスポットは多く、人によって思い浮かべる場所は違うと思う。五条川は、岐阜県多治見市から始まって、犬山の入鹿池を経た後、大口町、江南市、岩倉市を通って、新川、日光川と名前を変えつつ、最後は伊勢湾に流れ込む、全長28キロの川だ。その間、ほぼずっと桜が植わっていて、桜並木の長さでは日本第2位だそうだ。一番桜が多いのは岩倉市で、7キロにソメイヨシノを中心として1,600本の桜が植えられている。昭和24年頃から植えられ始めたというから、そろそろ老木も目立ち始めている。 ということで、五条川というと岩倉市の豊国橋、岩倉橋あたりをイメージするのが一般的ではありつつ、私はややローカルな大口町の裁断橋があるあたりによく行く。こっちの方が車もとめやすいし、人も少なくていい。 今NHKの大河でやってる山内一豊の出身地がこの岩倉市で、頑張って宣伝活動をしてるようだけど、あまり知られてない。裁断橋は、豊臣秀吉の家臣だった堀尾金助とその母のエピソードを知っている人なら、そういう部分でも楽しめるだろう。堀尾邸の跡地も残されている。
五条川でもうひとつ有名なのが「のんぼり洗い」だ。鯉のぼりの糊を落とすため、川に入って鯉のぼりを流しながら洗う。なんで川に入って洗うんだと私に訊かれても困る。そういう伝統行事だから。冬の寒いときから行われ、桜祭りの期間にも実演される。今となっては五条川はそんなにきれいな川じゃないから、川で洗ったものを持ち帰ってもう一度水道水で洗わないと駄目なような気もするけど。 その他、山車巡行があったり、桜祭り期間中は80店ほど屋台が並ぶ。夜はライトアップもされ、ここは宴会禁止じゃないので夜も賑わうようだ(山崎川は住宅地なので宴会禁止)。 岩倉市や大口町がこの桜祭りにかける意気込みはなかなかのものがある。近くの大型スーパーなども観光客に駐車されてしまうけど、協賛してるので文句は言わない(はず)。山内一豊で一気に知名度を上げようと目論みは、ドラマ自体がいまひとつなので思惑は外れ気味。「新撰組」のときのような効果はまったく期待できそうにない。
今年の桜見物は、この五条川が最後ということになりそうだ。もう少し回りたかったけど、雨が降ったり、タイミングが合わなかったりで、思ったほどは行ききれなかった。ただ、必要充分に見たので、物足りなさはない。なんだかんだで開花から2週間以上も持ったのだから、長く楽しませてもらった方だろう。 写真という点では、去年は本当に桜は難しいと思ったけど、今年はいろいろ撮れて楽しかった。まだまだいろんな撮り方があることも分かったし、それは来年以降の楽しみになった。夜桜もまだ挑戦してないし、桜吹雪が舞うシーンのスローシャッターも試してみたい。 桜の季節の終わりに立って、去年ほど感傷的な気分になっていない。それがいい傾向なのかそうじゃないのかは分からない。ただ、今年行ったすべての場所で、桜たちに来年の再会を約束してきたから、その約束は守らなければいけないという思いが今胸にある。終わってしまうことは悲しいことじゃない。再会の楽しみや喜びを与えてくれるのだから。 来年はまた、満開の五条川の桜に会いに行こうと思う。やっぱり、私はここの桜が一番好きだ。

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| スプリングエフェメラルの彼女たち、また来年会いましょう 2006年4月11日(火) |
 Canon EOS D30+TAMRON SP 90mm(f2.8), f3.5, 1/250s(絞り優先)
飯盛山にカタクリを見に行ったとき、一緒に咲いていたキクザキイチゲ。ブログに載せようと思っていて、すっかり忘れていた。飯盛山へ行ったのは3月27日だから、もう2週間前になるのか。桜だ黄砂だなどと浮かれていたら、もうそんなに時が流れてしまっていたか。この調子でいくと、そろそろ年賀状の準備を始めないといけないかもしれない(それは気が早いだろう)。 キクザキイチゲが咲く季節としては3月から4月ということだから、今行ってもまだ咲いているのだろうか。写真のこの状態でピークなのか、その前なのか後なのか、さっぱり分からない。場所はすぐに分かると思う。飯盛山を登り始めたすぐのところで、群生してるのはここ一ヶ所だから。それゆえ、みんな同じ場所から同じ角度で撮るしかなく、ネットでよく似た写真を見かけることになる。私も素直に、同じように撮った(READ MOREにアップ写真をもう一枚)。 でも、ここのキクザキイチゲはちょうどいい感じにかたまって咲いている。近すぎず、遠すぎず、斜面になっていて画面に変化を生むし、木のアクセントなどもある。飯盛山のキクザキイチゲはフォトジェニックだ。みんな、カタクリを撮ったついでに撮っていく。ついで扱いにキクザキさんとしては納得いかないなぁと思っているかもしれないけど。
キクザキイチゲを漢字で書くと菊咲一華。「一華」というのはイチリンソウ属の花の呼び名のひとつで、「菊咲」は花が菊に似てるところから名づけられた。菊の仲間ではない。 別名がたくさんあって、ちょっとややこしい。キクザキイチゲソウ(菊咲一華草)、キクザキイチリンソウ(菊咲一輪草)、ルリイチゲソウ(瑠璃一華草)など。イチリンソウはまた別の花だから、紛らわしいし、なんで白花なのにルリかというと、瑠璃色のキクザキイチゲもあるからだ。一般的にはキクザキイチゲで通っている。 ややこしいといえば、アズマイチゲ(東一華)というのもあって、花と葉がよく似ている。アズマの方が葉っぱがくたっと元気がない感じで、キクザキイチゲの葉のような深い切れ込みもない。あと、アズマの方の花柄には毛がないのに対してキクザキには毛がある。毛がなくてくたびれたそのまんま東と覚えておけば間違えることはないだろう!
比較的寒いところが好きなようで、北海道と、本州では近畿より北にしか生えてない。四国、中国、九州地方の人は見たことがないのだろうか。はっきりとした境界線があるのかないのか、どのあたりが境になっているのかはちょっと興味深いところだ。 山地の落葉樹林に生える多年草で、高さは10センチから20センチくらい。カタクリの近くに咲いていることが多いけど、それほど珍しいものではないので、山に入っていけば自力で見つけることはそんなに難しくないだろう。いくらキクザキイチゲが群生していても、それだけで観光客を集めるだけの力はない。 白い花のように見えているのはガク片で、花びらではない。10枚から13枚くらいあって、この数でイチリンソウやニリンソウとは区別ができる。 白が一般的だと思うけど、紫や青、ピンクなどの変種も多いという。瑠璃色のキクザキイチゲは、ぜひ一度見てみたい。ブルーデージーが好きだから、瑠璃色キクザキも気に入るはずだ。 日光が好きで、曇っているとふてくされて花を開かない。雨の日や夜も眠りっぱなし。ちょっと気難しい女の子のようなところがある。
春先に花を咲かせる他の仲間同様、キクザキさんもスプリングエフェメラルのひとつだ。少し暖かくなると早々と花を咲かせ、春の終わりには実をつけて、初夏には葉も茎も枯れ、次の雪解けまでの長い眠りに入る。 セツブンソウ、フクジュソウ、セリバオウレン、カタクリ、ミスミソウ、アズマイチゲたち。彼女たちは、短距離リレーのようにバトンを次々と受け渡して、咲き急ぎ、姿を消していく。それが毎年繰り返されている。ずっと昔から。 今年はまた、その花リレーの半分くらいを見逃してしまった。でも、それが来年に向けて私の命をつないでくれるようにも思う。見られなかった心残りが生きる原動力になる。 桜も終わりが近づき、季節は春から初夏へ。次の年の初春という季節にまた立てるように、しっかり生きていこう。 飯盛山の花たち、また来年、会いにゆきます。
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| 一日12時間働くベジタリアンのアメリカビーバーは森の匠 2006年4月10日(月) |
 FUJIFILM FinePix S1 Pro+TAMRON 28-200mm XR(f3.8-5.6), f5.6, 1/280s(絞り優先)
久々の動物シリーズ、今日はアメリカビーバーを取り上げてみたい。そのへんの川でたまに見かけるヌートリアではない。東山動物園にいたアメリカビーバーくんだ。ビーバーちゃんかもしれない。 本来夜行性なので昼間はあまり動かないというのだけど、このときは夕方だったのと、何かもらったのとで嬉しそうに泳ぎ回っていた。大事に両手で抱えてかじっていたものは、丸ごとリンゴだった。リンゴをかじると歯ぐきから血が出ませんか? そんな懐かCMを思い出した。しかし、歯が超丈夫な彼らにとってリンゴなどは人間からみたときのイチゴくらいやわらかいものなのだろう。この程度で歯ぐきから血を出していたらビーバーなんてやってられない。もしかしたら、芯まで食べてしまうくらいの勢いなのかもしれない。
ビーバーにはこのアメリカビーバーとヨーロッパビーバーの2種類がいる。ヨーロッパビーバーは、ヨーロッパからシベリア、中国あたりに生息してるやつで、アメリカビーバーは北アメリカからメキシコ北部あたりで暮らしている。日本にはいないから、私たちからすると珍しい生き物と思いがちだけど、北半球で暮らしてる人にとってはとてもありふれた生き物なんじゃないかと思う。川で泳いでるところを見つけたら、子供ははしゃぎ、父さんはビデオを回し、母さんは駆け寄る子供に危ないわよっ、と注意するなんていう騒ぎになることは、たぶんない。ニューヨーク育ちの都会っ子なら喜ぶだろうか。東京育ちの子供が野生のカブトムシを見てはしゃぐ程度には。 北アメリカの川や池では普通にいる彼らは、ファミリーの結束が強い。ファミリーといってもドン・コルレオーネとかそっち方面のファミリーではない。ビーバーはイタリア移民とかじゃないし。2〜4頭くらいの家族単位でいつも行動している。典型的な核家族と言えよう。ダムも二世帯住宅じゃない。 体長は60センチから70センチくらいと、川の生き物としては大きい。日本人的感覚からすると、川にこのサイズの生き物がいたらぎょっとする。体重も15キロから30キロあるというからボリューム感もある。 特徴的なのは尾っぽで、人間が潜水をすつとき足につける尾ひれに似ている。素材的にもツルツルでボディーとは明らかに素材が違っている。長さも30センチと立派だ。足にも水かきがついていて、泳ぎは大の得意。潜水能力も抜群で、酸素を体内にためこんで15分も潜っていられる。バサロ泳法で100メートルプールを何往復できるか。 好物はポプラやヤナギの皮や芽。丈夫な歯でガリガリかじってかじってかじりまくり。ガリガリ君なんて3秒で食べられるだろう。その他に食べるのも、木の根や水生植物など、完全なるベジタリアンだ。 動物園では何をもらっているかというと、リンゴ、青菜、食パン、野菜類などで、動物園のサイトには「アメリカビーバー定食150円」と書いてあった。一日2食で300円。これは動物園の動物の中ではもっと | |