 Canon EOS D30+TAMRON SP 90mm(f2.8), f2.8, 1/4s(絞り優先)
ボケというと赤というイメージが強いけど、これはピンクのボケ。春らしく華やいだ雰囲気が気に入った。 ボケは漢字で書くと木瓜。これは、実が瓜に似ているところから中国名で木瓜と呼ばれ、それが日本に伝わったとき毛介(モッケ)となり、モケからボケに転じたと言われている。ホントかウソかは分からない。モケからボケになったというのは怪しい気がする。 実を乾燥させて砕いたものを生薬として売られているのはモクカまたはモッカ(木瓜)と読む。 いずれにしても、惚けとは関係ない。呆けとも。響きで損をしているところがある。
原産は中国と日本。日本に生えていたものはクサボケで、中国のものは別の種類だ。野生のものは関東より西しか生えてなかったというから、本来はあまり寒さには強くなかったようだ。 中国のボケが日本に入ってきたのは平安時代。実を薬にするために持ち込んだようだけど、実があんまりとれないので、のちに観賞用となっていった。品種改良や栽培が進んだのは例によって江戸時代。彼らは暇に任せていろんなことをした。遊びや工夫や花の改良など。それが今につながっている。江戸時代の200年くらいは平和でやることがなかったから何かしてなければ間が持たなかったのだろう。 大正時代には50品種くらい作り出され、現在は200種類くらいがあるという。花の品種名までは覚えようと思わないけど、これを覚えなくてはならないとなると大変だ。写真のものは、「みねやま」かなぁとも思ったけど、たぶん違う。ピンクレディーなんてのもある。 愛好家もたくさんいて、現在も続々と新種が生み出されているという。日本ボケ協会なんてのもある。そのネーミングで本当によかったのかという疑問を抱きつつ、きっと毎年発表会や品評会が催されているのだろうと思う。 花形は一重だけでなく八重もあり、花色は赤、紅、ピンク、白、オレンジなど。紅花はヒボケ、白花はシロボケ、紅白が混じるものはサラサボケと呼ぶ。ところどころ物忘れが激しくなるのはマダラボケ(それはボケだけどボケじゃない)。 ボケはバラ科なので、枝にトゲがある。ただし、写真のものもそうだけど、品種改良されたものの中にはトゲがないものもある。トゲさえなくしてしまっては、もはや野生の面影はないと言えるだろう。 何故か新潟県がやたらめったらボケが盛んな地区で、全国の90パーセントは新潟で生産・販売されているらしい。ボケ確率90パーセントの県! なんていうとまた誤解を招きそう。でも、そんな県があったら住みたくない。
ボケというと梅よりも一足早く春先に咲くものだと思い込んでいたら、11月から咲く寒木瓜(カンボケ)というのもあるそうだ。別にボケて秋に咲き始めるわけじゃない。地球温暖化とも関係ない。春のものは春咲き、秋のものを寒咲と呼ばれたりもする。 春に咲いたものは秋になると実をつける。熟した実を乾燥させて生薬にしたり、熟す前に採って果実酒にしたりする。中国では古くから薬用として利用されていたようだけど、日本にはあまりその習慣がなかったみたいだ。実をそのままかじると酸っぱくてまずいらしい。 挿し木や株分けで増やすことができて、丈夫なので栽培も難しくないという。私も何か育てて、品種改良をして、日本ボケ協会の会員になりたい。
ボケは夏目漱石がとても愛した木でもある。 木瓜咲くや 漱石拙を 守るべく これは漱石の句で、拙(せつ)というのは、稚拙(ちせつ)や拙攻(せっこう)のように、至らない愚かさや足りなさを意味する言葉だ。愚直さと言ってもいいかもしれない。漱石はボケにそんなものを感じ、自分を重ね合わせていたらしい。 小説「草枕」の中で、「世間に拙を守るという人がいる。この人が来世に生まれ変わるときつと木瓜になる。世も木瓜になりたい」と書いた。 梅でも桜でもなく、木瓜を愛したというのは、とても漱石らしい。犬山にある「明治村」に移築保存されている漱石邸の庭には、赤い花を咲かせる木瓜の木が植えられている。今ごろきっときれいな花を咲かせていることだろう。それをいつものように六ツかしそうな、不機嫌そうな顔をした漱石が縁側から見ているんじゃないだろうか。内心ではとても嬉しく愛おしく思いながら。

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