 Canon EOS 10D+EF28-105mm(f3.5-4.5), f4.0, 1/125s(絞り優先)
春は妙に眠たい。二度寝は当たり前、へたすると三度寝して、大変なことになる。目覚ましを止めた記憶さえないこともある。学生のころ、隣の家の人に枕元の目覚ましを止められたことさえある私は、相当寝起きが悪い。春ともなれば尚更だ。 春、どうしてこんなにも眠たいかというと、そこにはちゃんとした理由があった。それは、心臓に関係があるという。冬寒いとき、人間の体は冬モードになっていて、各器官、特に心臓の動きが鈍くなる。それが春になって暖かくなると、体が目覚めて心臓が活発に動き始める。そうすると、疲れた心臓が回復するのに時間がかかるため、多くの睡眠を必要とするというわけだ。で、春は眠い。夏になるころには活発な動きに体が慣れる。 学校や会社で遅刻の理由を聞かれたときは、ボクが悪いんじゃないです、心臓が悪いんです、と心臓のせいにしてみるのも手かもしれない。おまえ病気なのか、と心配もされて一石二鳥?
疲れた心臓には苦い食べ物がいいらしい。苦い食べ物って何があるだろうかと考えたとき、ツクシが思い浮かんだ。そうだ、ツクシを食べよう。そして私はツクシを探し始めた。 しかし、今年はツクシに縁がない。これまでも探していたのになかなか見つからず、ようやく見つけたのはアスファルトに咲くこの一本のツクシだった。かなりボロボロになったアスファルトとはいえ、こんなところにも生えるとは。悪条件に負けない根性を見習いたい。 春の心臓のためにツクシの卵とじを食べようと思ったけど、このツクシはとれなかった。そもそも一本だけではどうしようもない。頑張って立派なスギナになるのだよ。私の心臓は大丈夫。よく眠ればいいだけだから。
ツクシはスギナの子供であるとよく言われるけど、これは正確な言い回しではない。ツクシとスギナは同じ植物の違う姿で、根っこでつながったひとつのものだから。ツクシは胞子をつくる胞子茎で、スギナは光合成をする栄養茎と、それぞれが別の役割を持っているに過ぎない。裏でつながっていたとは、デキレースだな! と怒ってもしょうがない。ツクシ=スギナは二段構えで増えていく仕組みになっているだけだ。 ツクシの頭から出てくる緑色の粉が胞子で、まずこれを風に乗せて遠くに飛ばす。それと同時にスギナが光合成して養分を地下の根に溜めて、そちらでも芽を出していく。だから、ツクシを取ってもスギナがなくなることはなくて、また次の年には同じ場所にツクシが生えてくる。写真のこのツクシも取ってよかったんだ。せめて一本でも食べておきたかった。
ツクシはトクサ科の植物で、トクサというは今から5億年も前から地球に生えていたと言われている。その親戚であるツクシは、トクサ科の決定版とも言える植物で、長い歳月を生き延びて今に至っている。広く北半球に分布していて、日本でも全国どこでも見ることができる。ただし、あまり暑いところは好きじゃないようで、南の島にはないらしい。これはちょっと意外だ。もしかすると、沖縄の人は、ツクシなんて見たことも食べたこともないさ〜、と言うのだろうか。 名前の由来についてはいくつかの説がある。スギナに付いている子供で「付子」、土を突いて出るから「突子」、スギナを「継ぎ菜」というのに対してツクシを「継く子」、「澪標(みおつくし)」のように突き立った杭に似てるから、など。 漢字の「土筆」は土に刺した筆のような姿からきているのだろう。 英語では「Horsetail(馬のしっぽ)」と呼んでいる。
昔は、田んぼのあぜ道や土手へ行けばいくらでもツクシが生えていて、好きなだけ取ることができた。最近少なくなったのは、環境が悪化したというよりも単純に柔らかい土の場所が少なくなったからではないかと思う。胞子を飛ばした先がアスファルトや固められた土ではツクシは生えてこない。 子供の頃は、一年に一度はツクシを食べていた。母親が採ってきたり、近所からもらったりして。でも、あまり好きじゃなかった。子供にはあの苦みがイヤだったし、そもそも拾い食いみたいでそこまでしなくても食べるものはいくらでもあるじゃないかと思ったものだ。まさか、春先の心臓を気遣った自然の恵みだなんて思いもしない。昔から日本人が季節のものを食べていたのにはちゃんとした理由と必然性があったのだ。親もそんなことは知らずにツクシをとって食べていたとは思うけど。 桜の散る頃まではツクシも生えているから、群生を見つけたら取って食べようと思う。美味しいツクシは、頭がギュッと締まった太い褐色のやつだそうだ。頭が緑のものや、ぼや〜と胞子が開いているもの、短くて細いものはよくないらしい。雨の日の次の夕方頃がツクシ取りにはベストというから、ちょうど明日だ。明日の夕方は、一宮の木曽川堤にいる予定だから、そのときその場所で桜も見ずに地面にはいつくばって何かを探している男がいたら、それは私かもしれません。合い言葉は、ツクシとスギナって同じものなんですよね? だ。そう、雨の日の次の夕方がいいですよね、と答えたら間違いなく私です。私を見つけても、私が取ったツクシはあげません。

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