 Canon EOS 10D+SIGMA 18-50mm(f3.5-5.6), f8.0, 1/250s(絞り優先)
鳳来寺のヤマユリを見に行くもうひとつの楽しみが、ここ四谷の千枚田だ。日本の棚田百選にも選ばれているこの棚田は今、夏の青い空と白い雲、大きく育った緑の稲とのコントラストが美しい。 よくぞこんな斜面にこれだけの棚田を作ったものだ。この段々は、石をひとつひとつ積み上げて作られている。その苦労を思うと気が遠くなりそうだ。鳳来寺のこのあたりは9割が山林で平地が少ないため、これしかなかったのだろう。起源は古く、江戸時代にはすでに今の姿が出来上がっていたと言われている。明治時代には、山津波に襲われ、一時は壊滅的な姿になってしまったそうだ。 総面積7ヘクタールに、1970年頃のピーク時には1,300枚近い田んぼがあったという。まさに千枚田。現在はだいぶ減って800枚ほどになり、半分は休耕田になっているとか。 下と上との標高差は180メートル。斜面なので一見近そうに見えるけど、一番上まで歩いていくと30分もかかるらしい。夏の暑い時期は大変だ。歩きにしても自転車にしても、ここから学校に通っている子供は相当足腰が鍛えられる。お年寄りは大変だろう。
千枚田の方が一般的な呼び名だと思うけど、千枚もないようなところもあるので棚田と言った方が正しいのかもしれない。田んぼと棚田の違いは何かといえば、簡単に言うと斜面にある階段状の田んぼが棚田で、平面なのが田んぼということになる。農林水産省の定義によると、傾斜の角度が20分の1以上、つまり20メートル進んで段差が1メートル以上なら棚田扱いとなるらしい。そんなものどっちでもいいじゃないかと思うなかれ。いろいろややこしいこともあるのだ。たとえば、棚田に認定されると助成金が出るとか。まあしかし、少々の助成金よりも苦労の大きさを思うと、よほどのことがない限り棚田はきつい。 何がきついって、大きな機械が使えないのが一番つらい。大きな機械ではUターンもままならない。必然的に手作業が多くなり、移動も大変となる。川の上流から水を引き込まないといけないし、雨が降らないことを想定して他からの水も確保しなければならない。機械に頼れない分、肉体的にきついから、年を取ったらなかなか農作業はできなくなる。自然と休耕田が増えていくという流れとなり、それを止めることは難しい。 しかし、棚田のメリットもある。狭い土地で米が作れるというだけでなく、美味しい米が作れるのだ。山間部なので昼と夜の温度差が大きく稲がゆっくり育つとか、使っている水が上流のものでいろいろなミネラルを含んでいるとか、米を天日干しにすることでよく乾燥するとかで、結果的に美味しい米ができる。それがあるから、苦労は大きいけど棚田での米作りにこだわっている農家さんもいるだろう。
日本における棚田作りがいつ頃から始まったのか、正確なところは分かっていないらしい。最も古いもので6世紀の古墳時代あたりではないかと言われている。棚田という言葉が最初に記録に出てきたのは室町時代だそうだ。 こういうものを考えつくのは世界共通で、中国、ベトナム、タイ、インドネシアなどにも大規模な棚田がある。中でも世界最大といわれるフィリピンのコルディリェーラ山脈にある棚田は有名で、世界遺産にも登録されている。 英語rice terracesと表される。 日本では江戸時代に入って盛んに作られるようになったようだ。藩によっては米を作れる平野が少ないところもあるわけで、でも年貢の米は納めなくてはならない。よって、少しでも石高を増やすために作られた。東日本は平野が多かったのであまり作られなかったのに対し、西日本の方が土地の事情で多く作られた。 現在、農家の高齢化や後継者不足で農業離れが進む中、棚田は一種のブランドとすることで生き残りをはかっている。全国各地で保存会ができ、ボランティアや農業体験、オーナー制度、棚田米のブランド化などという流れが生まれている。都会に住む人間の原点回帰のひとつの象徴として棚田はかっこうの存在だったとも言える。いきなり広い田んぼを任されても困るけど、千枚田の一枚くらいならオーナーになって収穫体験をしてみたいと思う人は少なくないに違いない。一区画(約100平方メートル)5万円前後で年間オーナーになれるならそんなに高いものでもないし、収穫した米ももらえる。 しかし、米を作るというのはそんなに安易なものではないだろう。荒起こしから始まり、水入れ、田植え、草刈り、畦刈り、虫取り、見回り、肥料やり、稲刈り、天日干し、脱穀、精米、その他諸々の作業を思うと、それなりの覚悟は必要だ。家から近ければいいけど、遠いと通うのも大変になる。一度その体験をすれば、お米に対する認識が決定的に変わるだろうけど。
1999年には、農林水産省が日本の棚田百選を発表した。ただしこれは、規模の大きさや収穫的に優れた棚田を選んだわけではなく、観光地化を目的としたもので、見栄えのよさで決められたようだ。 北は岩手県の山吹から、南は鹿児島の佃まで、全国117市町村、134地区の棚田が選ばれている。百選じゃないじゃん。 地元愛知では、ここ四谷千枚田と設楽町長江の2つ、三重件は紀和町の丸山千枚田など3つ、岐阜は白鳥町の正ヶ洞など5つが入っている。一番多いのは長野県の16だ。これは山の多い土地柄ということでよく分かる。
四谷の千枚田は、東名高速「豊川IC」を降りて、153号線に入り、東に向かって「長篠」の交差点を左折して。そのまま32号線をキープすればそのうち辿り着く。インターを降りて50分か1時間くらいだろうか。 ロケーションとしては、写真のこの位置で東向きになるんだろうと思う。だとすれば、正面に見える鞍掛山から昇る朝日のときもいいし、背中から染まってくる夕焼けどきも最高だ。季節としては、なんといっても水が張られて田植えが終わったばかりの5月に限る。空の色を映して、朝焼け夕焼け色に染まる千枚田は、それはもう美しいに違いない。泣くかもしれない。 私もいつの日か、5月の夕暮れどきにもう一度訪れたいと思う。夕焼け色の空と棚田と農家さんのシルエット、それは初めて見る光景なのにひどく懐かしい気がするんじゃないだろうか。
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