現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
美しき馬はもう一度アメリカ大陸の荒野を駆ける夢を見るか 2006年8月5日(土)
2006年08月06日 (日) | 編集 |
アイボクのお馬さん

Canon EOS 10D+EF75-300mm USM(f4-5.6), f7.1, 1/80s(絞り優先)



 すべての馬がそうではないけれど、ときどきハッとするようなきれいな馬がいる。愛知牧場で見たこの馬もそういう馬だった。馬同士の美しさの基準はよく分からないけど、人間から見てきれいな馬とそうじゃない馬というのが確かにある。個人的な感覚による差はあるにしても。

 人と馬との歴史は長い。有史以来、ずっと近くで寄り添って生きてきた。農耕民族は農作業の友として、好戦的な集団は戦いの相棒として。つい最近まで乗り物としても大いに活躍した。ときにはその肉を食べたりもしつつ。
 人の暮らしにこれほど密接に関わってきた生き物は馬を置いて他にはない。犬は相棒でいろんなところで活躍してけど、犬には乗れないし、犬を食べたりはしてこなかった(中国人は別にして)。猫は一緒にいるだけで働かないし、牛や豚などは相棒というのとは違う。
 今でこそ、競馬や乗馬をする人たち以外に馴染みが薄くなった馬だけど、本来もっと近くで常に接していくことで人は今より幸せになれるような気がする。彼らは強くて美しくて賢い。生き物の傑作だと私は思う。猫と馬を作った担当者は掛け値なしに天才だ。

 野生馬の原産地は北アメリカ大陸だと言われている。それが世界各地に広がり、家畜化され、今に至っている。すでに紀元前4,000年頃には人と共に暮らしていたようだ。それ以前には狩猟の対象であったと考えられている。その結果、北米にいた純野生種は数千年前に絶滅してしまった。
 口にくわえさせて人の言うことを聞かせるための銜(はみ)も、この頃に発明されている。有名なラスコー洞窟の壁画(旧石器時代)にも馬の姿が描かれていたのを覚えている人も多いだろう。
 馬の祖先は、200万年ほど前に登場したそうだ。もっとさかのぼれば数千万年前まで一応分かってるらしい。
 馬にとっての転機は、なんといっても車輪の発明だろう。紀元前2,000年頃のメソポタミアで馬車として使われるようになって以来、世界各地で一気に数を増やし、広まっていった。
 ただ、日本では馬車は流行らず、もっぱら人が乗ったり荷物を背中に乗せて移動する手段として使われた。山道が多かったり、道幅が狭かったりして、馬車はかえって不便だったのだろう。
 日本にはもともと馬はおらず、入ってきたのは、大和朝廷が朝鮮半島を攻めたとき(三韓征伐)、向こうから持ち帰ったのが始まりのようだ。
 一番活躍して、最も不幸だった時代は、やはり戦国時代だろう。たくさんの名馬が生まれ、死んでいった。
 現代において、馬といえばやはり競馬場のサラブレッドたちを思い浮かべる。すでに日本では平安時代に競馬が行われていたというが、サラブレッドの歴史となると、始まりは18世紀のイギリスになる。アラブ馬やハンターなどから競走用に品種改良された馬をサラブレッドと呼び、サラブレッドの両親から生まれた馬だけがサラブレッドとなれる。
 馬の種類では、アラブ馬、ポニー、木曽馬、道産子などの有名なものから、セルフランセ、トロッター、ペルシュロン、クライズデールなど、聞いたことがないような種類など、いろいろいるらしい。

 人との関わりが深いだけに、馬という文字が入った言葉も多い。馬の耳に念仏、生き馬の目を抜く、しり馬に乗る、馬子にも衣装、馬が合う。馬には乗ってみよ人には添うてみよ、という言葉はいい教えだと思う。野次馬、下馬評なんて言葉が今でも普通に使われ、絵馬もお馴染みだ。伝統行事としての流鏑馬や、遊びとしての竹馬や馬跳びなんてのもある。あいつは馬並みだとか。
 ……。
 それはともかくとして、ヴァイオリンなどの弓毛は、昔も今も馬のしっぽの毛から作られている。
 このように、馬というのはまだまだ今でも間接的に私たちの生活の多くの部分で関わりを持っているのだ。まったく無縁になったわけではない。お馬さんごっこだってするし、ポニーテールが好きな男子もいる。
 趣味は馬です、という人もけっこういるだろう。ただしその場合、ふたつにくっきり分かれる。競馬の人と乗馬の人と。乗馬というのは縁遠いという人が多いけど、思ってるよりも手軽なスポーツらしい。上流階級の人々のするお金のかかる趣味という思い込みが強いけど、考えてみたらゴルフより安いくらいだ。ゴルフ道具を揃えたり、打ちっ放しへ行ったり、コースに出たりなんてことを思えば、むしろ乗馬の方が安いかもしれない。
 安いところなら、入会費数万円、月の会費が1万前後、一日の乗馬料が数千円くらいらしいから、食べるのが精一杯のビンボー学生は無理にしても庶民でもさほど贅沢とは言えないんじゃないだろうか。
 あるいは思い切って馬を買ってみるという手もある。飼ってみるではなく、買ってみる。そう、乗り物として。最近の馬鹿高いガソリンのことを考えると、同じ金を馬の食事にした方がいいような気さえしてくる。馬は軽車両だから、自転車と同じだ。歩道を疾走したら叱られるだろうけど、車道の端をポッカポッカ歩いてる分には誰にも文句は言われない。コンビニの前につないでおいても、駐車監視員は手も足も出せない。猛烈に目立つのが難点だけど。

 馬には人の心をゆさぶる何かがある。ただ便利だからというだけでこんなに長い歳月を共に生きてきたわけではないだろう。最初に馬を見つけた昔の人は何を思ったのだろう。腹が減っていて食べ物にしか見えなかったのだろうか。けど、あの瞳を見たら、言葉は通じなくても何か感じるものはあったに違いない。
 馬を見ると、あの美しさゆえなのか、何もかもを悟ってあきらめてるような目のせいなのか、愛おしさと切なさがこみ上げる。何かしてあげたくなるけど何もできないのがもどかしい。馬たちは何を望み、何を夢見てるのだろう。またいつか、アメリカ大陸の荒野を仲間たちと駆ける日が来ることを思い描いているんだろうか。




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