 Canon EOS 10D+Super Takumar 50mm(f1.4), f2.8, 1/60s(絞り優先)
Takumarの50mm f1.4が欲しくて探していたら、PENTAX SP本体とセットで売っていたので、レンズ目的で買ってみた。ジャンク扱いで1,600円。実物を見てみたら、思ったよりきれいで壊れてるところもなさそうだ。これなら使えるかもしれない。レバーを巻いて、シャッターボタンを押すとカシャンと懐かしい音がする。デジタルや電子の世界ではない、機械としてのカメラの味わいだ。 せっかくだから一回くらい使ってみようと思い、フィルムを入れて……って、どこから入れるんだ!? いろんな角度からカメラを眺め回してみても裏蓋を開けるスイッチやレバーのたぐいが見つからない。あちこちボタンを押したり、ダイヤルを回したりしてみるものの、いっこうに裏蓋が開きそうな気配はない。ヤケになってフィルム巻き上げレバーを回してはシャッターを切り、回しては切り、切っては回しを繰り返してみたが、そんなことでラチが開くはずもなかった。なんだか、カメラというものを生まれて初めて目にしたジャングルの部族の人みたいになってしまった私であった。
それから時は流れ3日後、相変わらず裏蓋を開けられないまま、折に触れPENTAX SPをいじったり、振ったり、叩いたりしていた私は、ついに決心をする。こうなったらマイナスドライバーで無理矢理こじ開けるしかないなと。そのとき、いや、ちょっと待て、と頭の中で声がした。その前にネットで検索した方がいいんじゃないかな、と。それも一理ある。早速心の声に従い検索してみた。 「PENTAX SP フタ 開かない」 世の中には自分と同じことを考えている人間が3人はいるという。なるほど、今回もそうだった。私と同じようにこいつのフタの開け方が分からず悩んでいた人を発見。本体左上にあるフィルムを巻き取るときのスイッチレバーを上に持ち上げて、更に力を込めてぐいっと上に引っ張ると、あら不思議(不思議でもなんでもない)、裏蓋は魔法の呪文を聞いたようにパカリと開いたのだった。まさかこんな仕掛けがあったとは。説明書も読まず、誰にも教えてもらわずにこのカラクリに気づく人はどれくらいいるんだろう。けど、このことを書いていた人は20分も悩んでしまったと書いている。20分で突き止めたなんてすごい、と私は感心してしまった。それにしても、マイナスドライバーでこじ開けなくてよかった。 裏蓋さえ開いてしまえばこっちのものだ。フィルムを入れて……ん? こんな感じでいいのかな? なんとなく軸の隙間にフィルムの先を入れて回してみたら巻いていったのでたぶん大丈夫だろう。まずは試し撮りだと小幡緑地に向かった。
 PENTAX SP+Super Takumar 55mm(f1.8)+Kodak ULTRA COLOR 400UC 露出計の電池が切れてるので完全マニュアル機となっているSPに苦戦しながら、なんとか撮ってすぐにカメラのキタムラに持ち込み、現像とCD-ROM書き込みを頼んだ(1,010円)。そして出来上がってきたのがこの写真だ。 おおー、撮れてる、というのが最初の感想だった。しかも、銀塩EOSよりもきれいに写ってるのには驚いた。使ったフィルムが、Kodak ULTRA COLOR 400UCというちょっとだけ高級なネガフィルムだったこともあるんだろうけど、これぞフィルムでしか撮れない青空という感じに写っている。ポジフィルムに近いくらいの深さだ。やるな、PENTAX SP。
このカメラが発売されたのが1964年。昭和39年といえば東京オリンピックの年で、私はまだ生まれてない。世界で初めてレンズを通して測光できる(TTL)カメラとして世界中で話題となった。価格は本体のみで3万円、55mm f1.8が付いて4万4,200円、50mmF1.4付きで53,500円だった。この価格と性能でたちまちベストセラーとなり、この後しばらくPENTAXの時代が続くことになる。私も子供の頃は、持ってもいないくせにカメラはペンタックスが一番と思い込んでいた。キヤノンやニコンなんて一段も二段も落ちるメーカーじゃんと。子供の思い込みなので、ニコン党の人とか怒らないでくださいね。 しかし、4万、5万という価格は決して安い買い物ではない。当時の大卒初任給が2万円切るくらいだから、現代の値段に換算すると40万とか50万とかになる。フラッグシップ機の価格帯だから、その頃のおとーさんとしては家族の猛反対を押し切って、気絶しそうなくらいの意気込みで一台のカメラを買ったのだろう。何度も家族会議を開いたかもしれないし、好きなタバコやお酒をやめてまで欲しいと思ったかもしれない。一眼レフというのは、学生やOLが趣味として気軽に買えるようなものではなかった。 ちなみに、トヨタコロナが54万円だったというから、今でいうと500万円オーバー。自家用車もまだまだ高嶺の花だった。 それにしても40年経った今でも現役で使えるというのはすごいことだ。いかに丈夫で壊れにくいか。露出計の部分がダメになってるのは多いけど、基本的には問題なく動くものがほとんどだと思う。ミラーが上がったまま下りてこないことがあるという不具合が私のやつもあったけど、底蓋をはずして(小さいマイナスネジ4本だけ)、ギアの部分にCRE5-56を吹きかけたら直った。
 PENTAX SP+Super Takumar 55mm(f1.8)+Kodak ULTRA COLOR 400UC こういう描写もフィルムならではだ。解像感もボケも申し分ない。それと、このフィルムけっこういいんじゃないか。今回プリントしてないからその点ではよく分からないのだけど、デジタル化を念頭に置いて作られているというから、デジタルデータにしたときの印象がいいのかもしれない。 花はキバナコスモス(黄花秋桜)で、原産地はメキシコ。一般的なコスモスもメキシコの高原地帯だけど、あちらの方が日本の風景に馴染む。こちらはちょっとバタ臭いというか、葉っぱの形や咲く様が繊細さを欠く。普通のコスモスよりもチョコレートコスモスに近いそうだ。オレンジの他に黄色もあり、日本には大正時代に入ってきた。
カメラはここ50年ほどのあいだにいろいろな部分が大きく進化した。オートフォーカスになり、自動測光になり、より簡単に、人に優しくなった。デザインやスタイルも変化し、フィルムからデジタルへとほぼ完全に移行しつつある。けど、PENTAX SPを今回使ってみてあらためて思ったのは、やっぱりカメラってレンズなんだなということだ。カメラにレンズが付いているのではなく、レンズにカメラを付けるというのがとらえ方としては正しいのかもしれない。 デジカメへの流れは今後も止まらない。デジタルは更なる進化を遂げていくだろう。ただ、フィルムカメラが完全になくなってしまうことはないはずだ。レコードファンよりももっと一般的な場所で残っていくと思う。それはやっぱり、フィルムカメラならでは楽しさがあるからだ。特にマニュアル機となると自分で考えなくていけないことが多くて、そこがかえって楽しさとなる。絞りは開放にするのか絞るのか、この絞りならシャッタースピードはどれくらいなのか、ピントは合ってるかどうか、手ぶれしないように慎重にシャッターを切って、現像に出して、取りに行ったときちゃんと写ってるかどうか不安と期待が入り交じるあの感覚。デジカメが手軽さや便利さを得る代わりに失ってしまったものだ。 オールドカメラやレンズには、確かに撮る楽しさがある。ただ、それは個人的なものであって写真を見る側(あるいは見せられる側)には関係のないものだ。むしろ、邪魔くさいとさえ言える。そんな話はマニア同士で勝手にやってくれと私も思ったりもする。このデジ全盛の時代にあえてフィルムで撮ってる人間なんてよほど変わり者か、妙なこだわりをひけらかす嫌味な人種じゃないかと思う人もいるだろう。頑なに時代に逆行する頑固オヤジや、気取った芸術学部の学生に対するような反発心とコンプレックスの入り交じったようなものを感じることもある。 とはいえ、クラシックカメラに関してはスーパー・ローアマチュアな私でさえ、こっちにおいでよと手招きせずにはいられないのだ。面白いよー、いっぺん触って撮ってみてよ、絶対楽しいから。こんな魅力的なオモチャをマニアだけに独占させておくのはもったいなすぎる。 今なら、レンズ付きでSPなどのまともに動くマニュアル機が数千円でゴロゴロ転がっている。中学生のお小遣いでも買える値段だ。大人買いなら10台だって買える(そんなにいらない)。 もう一度言おう、こっちにおいでよ、と。
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