現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
初めて知った大石のお不動さんの存在とその魅力 2006年9月6日(水)
2006年09月07日 (木) | 編集 |
大石不動院

Canon EOS 10D+TAMRON 28-300mm XR(f3.5-6.3), f5.6, 1/40s(絞り優先)



 勢和村からたぶん一番近い町が車で20分ほど走ったところにある大石町(おいしちょう)だと思う。帰郷したとき、夕飯の買い出しのためにコンビニを探して車を走らせていたら、思いがけず歴史的建造物を発見して、急ブレーキ、急ターンで手前の空き地に飛び込んだ。なんだこれはー、と心の中で叫びつつ。隣町とはいえ、こんなところまでは来たことがなかったので、こんなものがあるとは知らなかった。コンビニは見つからなかったけど、それよりもずっといいものを見つけた。
 建っていた石碑を見ると、「石勝山金常寺 不動院」とある。あとから聞いてみると、ここらでは有名なお寺さんで、「大石の不動さん」とか「青石不動さん」などと呼ばれて親しまれているそうだ。念のために言っておくと、青学対不動峰とか大石と菊丸とかは一切関係ない(当たり前)。そういえば、大石恵がキャスターとして復帰するそうだ。ニュースステーションの頃は可愛くて好きだったけど、もうあまり見たくない。
 説明文によると、平安時代(812年)にこの地を訪れた弘法大師空海が、ここの名産である青石で不動明王を彫って安置するためにお堂をつくったのがが始まりらしい。現在の本堂は1,000年以上も前のものではないものの、江戸時代(1602年)に松阪城主だった古田重勝公が再建したものというから400年以上は経っている。良く言えば風格があるとも言えるし、悪く言うとかなり老朽化が進んでいる。かなり大がかりな補修をしたとか書いてあったから、その前はもっとすごいことになっていたんだろう。お金使ってしまったので寄付をお願いしますとも書いてあった。あ、車に財布忘れた。

 前の道は現在の国道166号で、旧和歌山街道にあたる。かなり昔から三重県と奈良や和歌山を結ぶ道として利用されていたようで、物資の運搬の他、伊勢参りや熊野古道参りなどで人々はこの道を歩いたそうだ。紀州藩の参勤交代で江戸へ向かうときもこの道だったというから、昔から重要な道だったのだろう。
 本堂の隣には、これまた立派な鐘楼堂がある。鐘は有名な天命安弾の作らしいのだけど、その筋では有名にしても私はまったく知らない。だいたい、鐘作りの名人の名前なんてひとりも知らないし。
 鐘楼堂も1722年に建てられたというからなかなかのものだ。
 右の石段を登ったところには、大師堂と天満宮がある。大師堂には弘法大師坐像が置かれているそうで、天満宮の方は、1833年に当時の住職が太宰府天満宮で菅原道真の神体の一部をいただいてきてここに安置したという。どこの一部かがちょっと気になるところだ。
 更に石段を登っていくと、展望台があるらしい。知らなかったのでそこまでは行かなかった。櫛田川やこの地区の町並みが見渡せることだろう。ここら一帯は、三重県立公園「香肌峡」に指定されている。

不動滝の水は少なめ

 本堂の左には、ここの名物のひとつである不動滝がある。写真で見ると妙にスケールが小さく見えるけど、実際は高さ10メートルで、なかなか悪くない景観だ。ただ、季節柄なのか、流れ落ちる水が少なかった。多いときは、もっとダァーっと流れていて、それが二本に分かれることから夫婦の滝とも呼ばれるそうだ。夏の暑いときは水浴びするちびっこがいたり、滝に打たれて修行したりする人もいるという。滝に打たれるというと、オレたちひょうきん族の懺悔の部屋を思い出す。
 ちょっと笑ったのは、滝が当たる岩に空海が「不動滝」と彫り込んだとされる文字が残っているというエピソードだ。キミは修学旅行生か! と空海にツッコミを入れたい。ホントに空海がそんなお茶目なことをしただろうか。空海なら許されても、他の人ならこっぴどく叱れてしまうだろう。
 ちなみに、空海の本名は佐伯眞魚(さえきのまお)という。マオっていうと、浅田真央と小林真央を連想してしまって空海とは結びつかない。しかし、真の魚って、さかなクンが大喜びしそうな名前だな。さかなクンが結婚して子供ができたときは、ぜひこの名前を付けるようにアドバイスしたい。
 更に雑学として付け加えると、弘法大師というのは醍醐天皇が与えた号(諡号)で、必ずしも空海と弘法大師はイコールではないということだ。なにしろ、弘法大師ゆかり地やら大師さんにまつわるエピソードは全国5,000以上もあるというから、それはいくらなんでもあり得ない。ドラマの中の水戸黄門でもそんなに足跡は残してない。空海は一生旅人だったわけではもちろんなくて、多くの時間を中国へ行ったり高野山にこもったりして修行していたのだから。弘法大師にまつわる伝説のかなりの部分は、後世に作られたものなんじゃないかと思う。
 空海の生まれは四国。四国八十八箇所霊場巡りというのは、空海の修行場所が基本となっている。讃岐うどんも空海が作ったなんて話もあるけど、それはどうなんだ。空海も週に5回くらいうどんを食っていたのか?

 大石の不動さんで最も有名な行事は、江戸時代から行われている大石不動八朔まつりだ。近年は8月31日と9月1日の2日間で、今年はあいにくの雨だったとか。無病息災、風水害の厄除け、五穀豊穣、家内安全などを願い、本堂では住職が護摩を焚き、外では市民が手踊りしたり、餅を投げたり、盛大に花火を打ち上げたりして、大盛り上がりに盛り上がるという。70軒の屋台が並び、近隣から1万人が押し寄せるというから、なかなかのものだ。普段とのギャップが激しい。対岸の櫛田川から打ち上げられる花火も本格的なようで、この2日間ばかりは近所の人は静かな夜を過ごすのはあきらめなければならない。
 何故か、カラオケ大会まで開かれると聞いて腰砕けになった。カラオケはある意味、現代の平和の象徴と言えなくもないか。けど、町長やら議員やら町の顔役やらが、「無法松の一生」や「自動車ショー歌」、「母に捧げるバラード」などを熱唱する図は、なんというかめまいがしそうでもある。まさに祭りの夜。
 八朔(はっさく)の八は8月、朔は1日で、旧暦の8月1日を八朔といい、昔はこの日に行われていたからこの名が付いたそうだ。

 夏祭りの他にも、年間を通して見どころがある。春は桜が咲き、4月8日の釈迦の誕生日には櫛田川沿いに咲く桃の花を見ながら花まつりが行われる。初夏にはアジサイが咲き、7月には池に白い睡蓮が浮かぶ。
 そしてもう一つの名物が、7月の終わりから8月にかけて、境内の炮烙岩(ほうろくいわ)という巨岩に咲くムカデランの群生だ。これは国の天然記念物に指定されている珍しいもので、米粒ほどの小さなピンクの色の花が固まって咲くんだそうだ。この時期は、多くのカメラマンが望遠レンズを持ってやって来るという。
 秋は紅葉も楽しめる。
 場所がかなりローカルなところでおすすめできるのは三重県の松阪周辺の人に限られてしまうだろうけど、近くに住んでるのにまだ行ったことがないという方にはおすすめしたい。車で20分ほどにある丹生大師もよろしくお願いします。
 もし行ったときは、私が寄付できなかったことをあやまっていたと伝えてください。よかったら私の分もお賽銭頼みます。あと、不動滝の彫り込みが本当に空海の仕業かどうか確かめてきてくださいね。




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