 OLYMPUS E-1+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.4, 1/4s(絞り優先)
人でもモノでも縁がある。どれだけ相手のことが好きでも縁がなければつながれない。理屈を超えたそんなものが存在する。今回、OLYMPUSのE-1を買えたのも縁なんだと思う。 メインとして愛用していたCanonの10Dが酷使のためにシャッターユニットがへたってきた。エラーが出るようになり、買い換えざるを得なくなった。断然の一番候補はPENTAXの*istDだったのだけど、何故か縁がない。いいタイミングで買えずどうしようかと思っていたとき、降ってわいたようにやってきたのがE-1だった。 少し前まとめ買いしたTakumarレンズと一緒にM42とOLYMPUSフォーサーズ変換アダプタが付いてきたのも流れを呼び込んだ。E-300でもいいなと思っていたところへ思いがけずE-1が安く買えたことで、結果的には一番いい形で落ち着いた。
E-1というデジには昔から思い入れがある。振り返れば2年前、当時何か新しいことを始めたいと思っていた私はデジカメ写真をもう少しちゃんと撮れるようになりたいと思い立つ。あれこれ調べて買ったのがNIKONのCOOLPIX 950というコンパクト系デジで、ネットで勉強しながらあれこれ調べていて、行き当たったのが同じ機種を使っていたMさんだった。 Mさんの写真は多くのものを私に与え、教えてくれた。構図について、光の捉え方、ロケーションの大切さ、身近にあるさまざまな被写体など。どこをとっても揺るぎがなくて、上手いのに嫌味がないというのがよかった。人柄のよさが写真にも表れるということもそのとき初めて知ったのだった。 それからMさんはOLYMPUSのE-10に買い換え、更にE-1へと移っていく。私も後を追うようにE-10を買うことになる。その先はCanonのD30やFUJIFILMのS1pro、10Dへ流れて少し方向が変わるのだけど、今回またもや同じところに戻ってきたのは感慨深い。これもまた縁というものか。 Mさんはその後、何故かほとんど写真を撮らなくなってしまう。熱が冷めたように。結局私は、Mさんとは会ったことはもちろん、ネット上で言葉を交わしたことさえないまま今に至っている。それでも、Mさんは今でも私のお手本であることに変わりはない。たまに昔の写真を見返して、少しは近づけたかなと思ったり、いやいやまだまだ追いつけてないなとちょっと悔しい思いをしたりしているのだ。 Mさんがどういうつもりで写真を撮っていたのかは想像するしかないのだけど、少なくとも写真コンテストで入選することを目指していたのではなかったはずだ。応募していたら入っていたものもあっただろうし、もしかしたら応募していたかもしれないけど、そういう方向での上手さを目指しているようには見えなかった。自分が撮りたいものを見せたいように撮る、というのが基本姿勢だったんじゃないかと私は思っている。まず見てもらいたい写真の完成図が頭の中にあって、どういうふうに撮ればそういうふうに写るかが分かっていた。私なんかは今でも偶然頼みなところがあって、そういうところが一番まだまだだと自分で感じるところだ。まだ撮り手本位でありすぎる。 E-1を買ったことで、ずっと前から書いておきたいと思っていたMさんのことを書くことができて、心のつかえがみたいなものがひとつ取れた。Mさんがこのページにたどり着くことはまずないだろうけど、もし見つけてもらえれば、それまた縁というものだから喜びたい。
4日ほどE-1を使ってみて、思った以上の出来のよさに感激している。とにかく、握る喜び、撮る楽しさ、持つ幸せがこのデジにはある。ただ単に高級機だからとか、プロユースだからとか、重いからとかではない、モノとしての質感の高さが歓びにつながるのだと思う。 昔、車のCMで、「スペックだけでは語れない」というキャッチコピーがあったけど、久しぶりにあの言葉を思い出した。持って構えてシャッターを切っただけで楽しいデジというのはそうあるものではない。上質感はこれまで使ったどのデジよりも上だ。10Dもトータルバランスのいい優等生だけど、カメラとしては明らかにE-1の方が格上だ。位置づけの違い以上の差を感じる。 高感度ノイズが多いとか、交換レンズが少なすぎるとか、画素数が少ないとか、そんな欠点も軽々と蹴飛ばしてしまえる魅力がある。画質的にも、Takumarレンズとの相性も思った以上にいいし、心配していた小さなファインダーは10Dよりもはるかにマニュアルのピント合わせがしやすい。 これはいいデジだ。気に入った。
デジタル一眼もかなり成熟してきて、どれを買っても不満のないものとなりつつある。画質に関しても、それぞれのメーカーで傾向の違いはあるものの、単純な画質の良し悪しに大きな差はない(もちろんプロ機は明らかに違いがある)。一眼本体はレンズを付けるための箱と言えばそうだし。 じゃあ、どれを買っても同じかといえば決してそんなことはない。確かにカメラは写真を撮るための道具ではある。でも、道具だからこそ自分の気に入るものを選んで使いたい。自分に合うデジとそうじゃないデジというのは確かにあって、それは誰が決めるものでもなく自分が決めるものだ。自分に合ってるデジを使った方が間違いなく幸福度は上がる。私の場合、それがたまたまE-1だったということで、誰にとってもE-1がそうであるわけではない。 世の中には駄目なデジなど存在しないと私は思っている。どのデジにも必ずいいところがあるから。好きなデジタル一眼にひとりでも多くの人が出会って幸せになれますように。
ところで、自分がちょこっと写ってることにコメントなしかよ、と思ったあなた。なしでいいーんです。これだけわずかしか見えてなければ、たとえ名古屋の街でE-1を使ってる人を見かけても私とは一致しないだろう。ただ、E-1に古いTakumarレンズを付けてる人はめったにいないだろうから、そこで分かってしまうおそれはある。 それっぽい男を見かけたら、まずは遠くからオオタ! と呼んでみてください。キョロキョロしたら、きっと私です。そして、近づいていって逃げ出したら、間違いなく私です。深追いはしないでください。
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