 Canon EOS Kiss Digital N+EF-S 18-55mm(f3.5-5.6), f5.6, 1/50s(絞り優先)
たとえばドリンク剤でもサプリメントでも、成分や効能を知ってから飲んだ方がずっとよく効くような気がするように、神社もまたその由来や祭神なんかを事前に調べた上で出向いた方が断然ありがたみが増す。それが人情というものだ。何の予備知識もなくふらりと立ち寄ってお参りした神社をあとから調べてみると思いがけない伝説や歴史があったりして、こんなことならもっとしっかりお参りしてくればよかったと思うことがある。しまったなと。神社仏閣に関しては、予習してから行った方が満足度が高い。 川原神社(かわらじんじゃ)へ行こうかどうしようか迷っていたとき、これは行かなくちゃと思ったのは、ここに弁才天が祀られていることを知ったからだった。弁天さんについてはこれまで馴染みがなかったので、もう少し親しくなりたかった。行ってきてから勉強すれば、弁才天についての知識が増える。そう、神社仏閣は復習も必要なのだ。学校の勉強で予習も復習もやったことがなかったけど、私はもはや生まれ変わったのだ。彼は昔の彼ならず、と太宰さんも言っていた。
昭和区の飯田街道沿いにある川原神社は、まず駐車で参拝客を驚かせる。東側の鳥居を車のままドライブスルーして、境内の鳥居の脇をすり抜けるように進むのだ。おいおい、こんなところホントに走っていいのかと不安になるようなコース取り。しかもその通路が細い。あれは大きな車だと途中で身動きが取れなくなるんじゃないだろうか。それにしても、いくら街中の神社で駐車スペースが外に確保できなかったとはいえ、あれはちょっと畏れ多い気がした。初心者マークの人は鳥居にぶつかっていってしまうかもしれない。 どうにか境内の空き地に車をとめた私の目に飛び込んできたのが、境内全体に作られた大がかりな足場だった。なんだこれは!? 写真には写ってないけど、この右側に100メートル四方くらいの足場が組まれている。何のためのものなんだろう。一時的なものなのか、ここに何か建てようというのか。大きな盆踊りのセットでも組みそうな勢いだったけど、おかげで雰囲気も何もあったもんじゃないのである。更に境内では自転車のちびっ子たちが勢いよく走り抜け、野球小僧たちは大暴れし、地元民がひっきりなしに通り過ぎ、こりゃまいったなと思う私であった。 とりあえず気を取り直して、お参りしたり、あちこち写真を撮って、ようやく気分も静まった。ここは足場とちびっ子さえ不在なら、なかなか雰囲気のある神社に違いない。楠などの巨木もいい感じだ。 写真の本殿はごく新しいものだ。前のものは平成4年に火事で焼けてしまって、これは平成10年に再建されたものだから、まだ8年しか経ってない。ただ、その割にはテカテカと安っぽく光ってないのがいい。その前の社殿は戦争で焼けてしまったそうだ。いずれにしても、もったいないことをした。 ここの神社自体はかなり古くからあったもので、創建年数は不明ながら、醍醐天皇時代の967年に作られた「延喜式神名帳」にすでに載っていることから、1,000年以上の歴史を持っていることになる。朝廷から公式に認められた「式内社」ということで、格式としても高い。 近所の人たちには「川名の弁天さま」と呼ばれて親しまれているそうだ。秋にはもち投げ大会が開かれ(もしかしてあの足場はこれのためだったのか?)、大晦日から新年にかけてたいそうな賑わいだという。毎月3と8の付く日には朝市も開かれているらしい。 祭神は日神(ひのかみ)、埴山姫神(はにやまひめのかみ)、罔象女神(みつはのめのかみ)で、日と土と水の守り神となっている。国つ神系の神社はこの組み合わせが多い。そして、もうひとつここの象徴ともなっているのが弁才天だ。
 入口の鳥居をくぐったすぐにちょっとした池があって、ここに弁天社がある。祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、芸事の向上祈願などに多くの人が訪れるそうだ。本殿よりもこちら目当ての人もたくさんいるとか。 この池は亀の池としても有名で、昔からたくさんいたところへもってきて、亀池として知られたことで大勢の人がここへ亀を放っていくもんだから、ますます増えて大変なことになっている。一度水を抜いたときに数えたら300匹以上いたそうだ。水の状態は見た目よりも悪くないんだろうか。それともこれもまた神力というものなのか。 この弁天池は昔から有名だったようで、江戸時代末期の「尾張名所図絵」にも載っているそうだ。
弁才天がどういう神様かをひとことで説明するのは難しい。いくつかの神様が合体してできた複合体のような存在だから。元々はインドの水の女神サラスヴァティーがルーツのようで、これが日本にいた水の女神である市杵嶋姫神とあわさって弁才天となり、信仰の対象となったのが始まりのようだ。 更にそこから弁才天が弁財天と表記されたりもするようになったことでお金の神様の一面も持ち合わせることになるので少しややこしい。のちには七福神のひとりとして入ったことで、またイメージが広がり、逆にとらえ所がなくなった。仏教の神だったものが神道に取り込まれたという経緯もある。 元は水に関係あるということで水の守り神であり、容姿端麗で芸事に優れていたことから芸能の神様となり、水が流るる如く流ちょうに話すということで弁舌の神様ともなったのだった。と同時に財産の神でもある。 琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)弁天、江ノ島弁天、厳島弁天を三大弁天とするのが一般的なようだ(宮城の金華山弁天、奈良の天川弁天を加えて五大弁天とすることもある)。いずれも水に関係あるところで、特に琵琶湖は弁天の聖地とされて、昔から厚く信仰されていたという。 ちょっと面白いというか恐ろしい伝説によると、弁天さんは嫉妬深い女神で、カップルで訪れるともれなく別れをもたらすという話がある。実際、江ノ島や井の頭弁才天などでそんなことがもっともらしく言われているらしい。名古屋には東山動物園のボートに乗ったカップルは別れるという都市伝説があるけど、弁天様の場合は神様が絡んでいるだけにそんなバカなと笑い飛ばすことが出来ない。本当かどうか、私に実験する勇気はない(相手がいないだけという説もある)。 そういえば、「うる星やつら」の中で、ラムちゃんの幼なじみで弁天ちゃんというのがいたっけ。あれもかなり暴れん坊だったような記憶がある。 で、私が弁天さんに何をお願いに行ったかといえば、わっ、しまった、忘れてた。本殿の方にはお参りしたのに、弁天社にはお賽銭も入れてないし、願い事もしてない。写真を撮っただけで終わってしまった。せめて、もっと文章が上手になりますようにとお願いしておくべきだった。次は亀のエサを持ってまた弁天さんにお参りに行こう。
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