 Canon EOS Kiss Digital N+SIGMA 18-125mm(f3.5-5.6), f5.0, 1/15s(絞り優先)
愛知県一宮市(いちのみやし)に、古くて立派なお寺があると知ったのは去年のこと。喜び勇んで出向いていったら閉まっていた。閉門が5時だということを知らなかった私は、固く閉ざされた門の前でしばし佇む人となったのであった。たのもー、とかひと言叫びたかった。 その反省を生かして、今回はちゃんと4時に行った。今度はしっかり門も開いていた。お久しぶりです、妙興寺さん。私のことを愛・おぼえていますか? どちらさまですか、リン・ミンメイです。いや、オオタです。こんにちは、お邪魔します、どうぞお入りください、ありがとう、とひとしきり門の前でひとり芝居をしつつ、総門をくぐる。おお、ここが妙興寺か。なるほど、この趣はなかなかのものですよ。禅寺特有の空気感を入口付近から感じさせる。さすが、「尾張に杉田(過ぎた)の妙興寺」とうたわれただけのことはある。京都の古刹と比べても遜色ない。 鎌倉時代の1348年に、尾張中島城主・中島蔵人の次男・滅宗宗興によって創建され、18年かけて建てられた臨済宗のお寺だ。山号は長嶋山(ちょうとうさん)、寺号は妙興報恩禅寺(みょうこうほうおんぜんじ)という。本尊は釈迦三尊。 足利義詮の祈願所だったり、後光厳天皇の勅願寺だったり、その後も歴代の為政者によって手厚く保護されてきた。一宮では一番歴史のある寺で、現在でもなかり広い境内を持っている。
手前に見えている門が一番南にある総門で、江戸時代に名古屋城から移築した門だ。ただし、昭和34年の伊勢湾台風で一度倒壊している。そのせいではないんだろうけど、扉のところにプチプチで覆いをしていたのが気になった。何か意味があるんだろうけど、もう少し一体感のある素材を使って欲しかった。これじゃあ車をぶつけたところにガムテープを貼ってしまったみたいだ。 奥に見えているのが勅使門(ちょくしもん)。このお寺の中で最も重要なお宝だ。建物のことごとくを火事や地震などで失った中、この門だけが建てられたときのそのままの姿で生き残った。さすがに放っている歴史オーラが違う。国の重要文化財も納得だ(以前は国宝だったものが格下げになったらしい?)。門の勅額「国中無双禅刹」は後光厳天皇の字だとか。形式は、一間一戸の四脚門(よつあしもん)。 せっかくだからくぐってみたなかったのだけど、それどころか周りを囲まれていて近づくことさえできなかった。そもそも、勅使門というのは、宮廷からの勅使を出迎えるときのみ開かれた門だから、一般庶民の私などくぐれるはずもないのだ。もし、ここの門が開くと、そこから三門、仏殿が一直線に並んでいることが分かる。総門だけ東にずれてるのは、鎌倉時代の禅宗伽藍では一般的な配置なんだとか。
 私としてはこいつが見たかった。ガイドブックの写真を見て、わっ、これ絶対見たいと思った三門。実物を見て、その期待を裏切らない立派さに感動。横にギターを弾いているおじさまがいて、ええっ!? と最初戸惑ったのだけど、しばらくするとこれが実にいい感じになってきた。寺の境内とギターの音色という異色の組み合わせがこんなにも馴染むとは思わなかった。夕陽を浴びながら海に向かってギターをかき鳴らしていた青年も感激したけど(ホントにこんな人いるんだと思って)、ここのギターおじさまはそれよりもよかった。室町時代の人が聴いても、これはちょっといいなと思ったんじゃないだろうか。
三門というのは、山門と書かれることもあるけど、元々は三門が正しい。正式名称は三解脱門。三は、空、無相、無作のことで、仏を求める者はこの三つを解脱しなければならない、といったような意味らしい。 形式は、三間三戸の重層門。間口が三間あって三間とも通ることができるから三間三戸。重層というのは、二階部分にも屋根がある門のことをいう。 昔のものは火事で焼けてしまって、現在のものは明治11年に再建されたものだけど、そんな新しさは感じない。この門はとても気に入った。
 最後は仏殿。門三つで充分満足してしまっておまけのような感じになってしまったけど、これも五間四方の入母屋造りの立派なものだ。 賽銭箱に100円を投げて、さて何を拝もう、と迷う。考えてみると、お願い事はいつも神社に行ってする。お寺では何を願えばいいんだろう? そもそもお寺って願い事するところなの? という素朴すぎる疑問に自分自身答えることができなかった。実際のところどうなんだろう。一応、こちらの関係者各位のことをよろしくお願いしますと挨拶だけはしておいたけど、それでよかったんだろうか。 ふと扉を見ると、何やらどこかで見たような紋が彫られている。誰のだっけ。戦国武将の誰かだと思ったけど。帰ってきてから調べてみると、豊臣秀吉の五七の桐だった。そうだそうだ。ただし、もともとは足利尊氏の足利家の紋章だったということで、そちらの関係なのだろう。
このお寺は、神陰流の開祖である上泉信綱が無刀取りを会得した場所としても有名だ。文献としてはっきりしたものはないものの、どうやらここで修行したというのは本当らしい。子供を誘拐した暴れん坊が振り回す刀を素手で受け止めて、そこから無刀取りを開眼したという、時代劇のようなエピソードも語り伝えられている。池波正太郎の「剣の天地」でもそのことが描かれていてい、舞台は妙興寺となっている。 禅寺ということで、現在でもたくさんの雲水たちがこのお寺で修行をしている。夕方、大勢出てきて境内を掃除していた。その全員に挨拶されて戸惑う私。超こんにちは攻撃。ここの修行僧が編み出したらしい妙興寺そばというのも地元の名物としてちょっと有名らしい。 神社仏閣好きにはたまらない魅力を持った、ここ妙興寺。自信を持っておすすめしたい。たいてい長くても30分も神社などにはいない私がたっぷり1時間過ごした。閉門時間が迫ってきて、今度は中に閉じこめられそうになるくらいだった。入れないのもイヤだけど、出られないのはもっとイヤだぞ。お前さん、ついでに修行していきなさいなどと誘われても困ってしまう。いや、私、修行は俗世間でしますので。 というわけで、ちょっとした修学旅行気分を味わえた妙興寺行きとなったのだった。よかった、よかった。
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