現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
清洲城 後編---キミは3万5千円の信長像を見るか!? 2006年10月20日(金)
2006年10月21日 (土) | 編集 |
清洲城夕暮れ

Canon EOS Kiss Digital N+SIGMA 18-125mm(f3.5-5.6), f4.5, 1/125s(絞り優先)



 清洲城は、名古屋市民や愛知県民よりも、JR東海道本線や名古屋-関西方面の新幹線をよく利用する人にとっての方が馴染み深いかもしれない。夜に名古屋へやって来たとき、その手前で突然ライトアップされた清洲城が現れて驚いた人もいると思う。
 名古屋駅からさほど遠くない距離にあるとはいえ、名古屋の人間がわざわざ出向いていくほどの観光地でもないから、清洲城を見たことがない名古屋人もたくさんいるに違いない。その存在さえ知らない人も大勢いるだろう。私も、三重の田舎へ行く東名阪道を走っているとき、いつも左手に見てるだけで、実際に訪れたのは今回が初めてだった。
 割と戦国好きの私でさえそんな程度なのだから、歴史に関心のないジュリエットに清洲城に興味を持って欲しいというのも無理な注文というものだ。ツアー客のみなさんはそろそろお目覚めだろうか。そろそろ清洲城物語後編を始めたいと思います。みなさーん、出発進行ですよー。

 清洲越しによってその存在を置き去りにされた清洲は、清洲城と共に消えた。以降、歴史の表舞台に登場することはない。江戸時代は宿場町となり、明治、大正、昭和、平成と移り、今は名古屋のベッドタウンとして生まれ変わった。近くに東名阪が通ったことで、交通の便も良くなり、地価も上がったことだろう。
 昭和の終わり頃、清洲城を復元して清洲の町おこしをしようではないかという気運が盛り上がる。信長第二の故郷であり、長らく尾張の首府だった清洲をこのまま埋もれさせておくわけにはいかないという思いが昔からくすぶっていたのだろう。そして平成元年、清洲城の模擬天守は完成を見ることになる。
 しかし、そんなことはまったく想定してなかったのがJRだ。恐ろしいことに、清洲城が建っていた敷地の真上を新幹線と東海道本線が思い切り通っている。信長がこれを見たら怒り狂って皆殺しにされてしまうかもしれないほどの冒涜ぶり。それとも、新しもの好きだった信長は新幹線を見て喜んだだろうか。で、あるか、などと言って。
 そんなわけで、清洲公園と清洲城は少々複雑な地形をしている。五条川を挟んで西側の線路右側が旧清洲城のあった場所で、左が清洲公園、五条川の東側に今の清洲城という配置になっている。本来なら旧清洲城があった場所に再建すべきなのだけど、土地の関係で無理だったのだろう。そういう意味でもややありがたみを欠く清洲城なのであった。

 当時の清洲城に関しては、まったく資料が残っておらず、現在の天守は模擬天守ということになる。ハイカラさんの信長が10年も住んでいたのだから、ちんけで質素な城ではなかったはずだ。見た目の派手さも備えていただろう。戦国時代の天守ということで、入母屋屋根をのせた望楼型天主であったことは間違いないそうだ。金のシャチも乗っていたようだし、金箔の瓦が出土してることから、想像以上に絢爛なものだったのかもしれない。あるいはまだ天下を取るにはほど遠くてそれほどの余裕もなく、実用本位のものだったのだろうか。
 清洲城が本当に立派になったのは、本能寺の変のあと、次男の信雄が城主になったときだった。大改造!劇的ビフォーアフターによって華麗に生まれ変わった清洲城は匠の技が随所に散りばめられ、大天守、子天守、書院などを造営しつつ、堀なんか三重にしてしまい、城下は東西1.6キロ、南北2.8キロまで広がったという。
 現在のものは、鉄筋コンクリート製で、3層4階建てで、中には郷土の文化・歴史コーナーなどがあり、4階が展望台になっている。入場料は300円で、月曜定休の夕方4時半まで。清洲城自体は無料で5時まで。わりと見晴らしがいいようで、名古屋城や小牧山城も見えるそうだ。
 旧城跡には信長を祀る祠などがあり、清洲公園には鎧武者姿の信長銅像が桶狭間の方を向いて建っている。
 当時の面影が残るものは何かないかと探してみても、わずかに本丸土塁の一部や堀跡が残るのみで拍子抜けしてしまう。JRによってさんざん引っかき回されてしまって、何も残ってないのが悲しい。江戸時代末期に川底から発見された城の畳石が「右大臣信長公古城趾」と刻まれて建っているのが、わずかななぐさめと言えるだろうか。
 清洲城のもので現在も残っているのが、名古屋城の堀の北西にある「清洲櫓」だ。これは清洲越しで名古屋城が築城されるとき、清洲城天守の木材を使って作られたもので、戦争の空爆にも耐えて当時そのままの姿をとどめている。

 清洲市民の誇り、清洲城。しかし、その清洲城が自らの首を絞めることになろうとは、信長も予測がつかなかったか。この城を維持するために大赤字になっているそうなのだ。確かに観光地としては圧倒的にマイナーな清洲城。天守の300円は高いという人もいるけど、たまに訪れる人の300円などでは莫大な維持費をまかなえようはずもないのであった。
 ここはひとつ、清洲城を訪れた際はぜひ天守に登り、おみやげも買っていただきたい。信長モナカが一個120円とお買い得になっております。しかし、何故か10個セットになると1,300円になってしまう。まとめ買いすると普通は安くなるもんだけど、さすが信長モナカ。とりあえず10個欲しくても9個にとどめておいた方がいいかもしれない。
 お酒が好きな方は、なんといっても清洲の名物「清洲城 信長鬼ころし」という地酒をおすすめしたい。この酒を飲めば鬼も殺せるくらい気分が大きくなること請け合い。いや、そんなこと請け合っちゃまずいだろう。清洲城には売ってないかもしれないけど、このあたりのコンビニでも売ってるのが嬉しいところ。
 更にお金持ちのみなさんにぜひともお買い求めいただきたいのが、3万5,000円の信長像であります。ええー!? さんまんごせんえんーー!! たけえなぁー! というお声をたくさんちょうだいしたのか、値札を隠したというウワサもあるこのシロモノ。幻の信長像みやげとして天下に名高い。もし買ったあかつきには、写真でもいいので見せてください。
 毎年10月の体育の日には、「清洲ふるさとまつり」が行われている。ついこの前だ。織田信長や武将、姫などに扮した時代行列があり、今年は大河にあやかって一豊と千代も参加していたらしい。といっても、もちろん仲間由紀恵さんは来てないです。
 昨日の写真にあった赤い橋「大手橋」の上では、火縄銃の実演などもあって、なかなか楽しそうだ。何故か、モリゾーとキッコロがいたり、仮面ライダーショーがあったりするのは愛嬌として許して欲しい。

 そんなわけで、一泊二日の清洲城ツアーもついに終わりの時を迎えることになりました。ジュリエットも少しは清洲城のことが好きになってくれただろうか。
 また機会があったら歴史・城ツアーでお会いしましょう。今回はこれにて解散。みなさん、お疲れ様でした。




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