 OLYMPUS E-1+Super Takumar 50mm(f1.4), f4.0, 1/50s(絞り優先)
今日ふいに、自分が料理に何を求めているかがやっと分かった。私がやりたいのは図画工作だったのだ。普通の意味で料理が上手くなりたいというわけではなかった。学校の授業で一番楽しかった図工を料理でやっていたのだ。そうか、そうだったんだ、とひとり納得する日曜日の夕暮れどき。 だから、味への追求がおろそかで、フランス料理や懐石料理なんかに惹かれたのだろう。思えば昔からああいう細かい作業が好きだった。それも、時間をかけてじっくりやるのが。 図工的料理という自覚がなかったから、これまではまっとうな料理を作ることと、味をちゃんとすることと、お絵かき的な方向性と、自分の中で中途半端になっていた。でも、これからは自分がしたいことが分かったから、もっと作りたい料理のスタイルがはっきりしてくると思う。今日のところはまだ自覚が途中だったので、これまたなんともあやふやな料理をなってしまったのだけど。 ただ、コンニャクと豆腐のツートンカラーに、図画工作的な部分が少し出ている。こういうのでもっと凝ったものが作りたい。ソースを絵の具に見立てて、絵や字を描いたりもしたい。彩りももっと考えないといけないだろう。そして何より、もっと自由でありたい。
コンニャクと豆腐は蒸して、白みそベースのたれをかけた(白みそ、しょう油、みりん、酒、砂糖など)。サイコロはもっと小さくした方がよかった。もしくは、コンニャクではなく豆腐だけをサイコロにして、青のりの緑や他の何かでいろんなカラーリングにしてみるのも面白い。カラーサイコロ豆腐。それは、カラーヒヨコを思わせる。って、カラーヒヨコを最後に見た世代はいつなんだ? 私は小学校の校門に売り来ているおっさんが先生に追い払われているのを見たのが最後だった。あれは小学校の低学年だっただろうか。 右は、白身と野菜のコロッケ風。白身を刻んで、タマネギ、ニンジン、長ネギの刻みを混ぜ、とろけるチーズを仕込みつつ、カタクリ粉、小麦粉で丸め、溶き卵、パン粉をつけて揚げる。ソースは、マヨネーズ、ゆで卵、パセリ、タマネギ、しょう油、白ワイン、牛乳、塩、コショウ、その他を混ぜたもの。 左奥は、ジャガイモとキノコのサクサクとろ〜り甘辛仕上げ。ジャガイモは細切りにして小麦粉と塩をまぶして揚げる。シイタケ、シメジ、エリンギ、マイタケなどのキノコ類をしょう油、酒、みりんなどで味付けして炒めて、揚げたポテトの上に乗せる。彩りにニンジンと大根の細切りゆでをも乗せてみた。ポテトのパリパリとキノコのとろりが、ギンギラギンにさりげなくマッチする。 ……。
今日はほとんどいつもの応用のようになって、結果的にチャレンジ精神を欠くものとなってしまった。図画工作的料理って何をどう使って作ればいいんだろうという考えに頭がいっていて、それがまだ形にならなかった。 図工は、なんといっても作っていく過程と出来上がったときの喜びがすべてと言っていい。美術ではないからそんなに観賞するわけでもなく、ほとんどが完成した時点で興味をほぼ失うことになる。これは私の料理にも言えることで、食べるのはついでのようなものなのだ。美味しい料理を食べたいから自分で料理をしてる人とはまるで姿勢が違う。前から薄々気づいてはいたのだけど、図工というキーワードが見つかればなるほどそういうことだ。図工的料理だから、今まで作ったことがないものを作りたかったのだ。珍しいものが食べたいというのとは違った。 けど、図工と料理はやっぱり同じじゃない。似てるけど一緒じゃない。図工だけは卒業するまでずっと5だったけど、料理はまだ3と4の間くらいをいったりきたりしているところだ。料理は難しくて奥が深い。だから、まだまだ続けていけると思う。できなかったものができるようになるのも楽しいから。 料理の体裁にも必ずしもこだわることはない。食材を練って粘土に見立てて動物なんかを作ってもいいし、7色のソースで更に絵を描いたり、焼き物、版画、組み立て工作など、図工と料理の融合に多くの可能性を感じる。そのうち、料理の上で電飾がチカチカするようになるかもしれない。 ただ、味に関してもまだまだ改善の余地はあるから、こちら方面ももっと勉強していかないといけない。行き当たりばったりで当たり外れの多いものではなく、狙って安定した味を出せるようになりたい。作ることが目的でも、食べるために作ってるのだから、美味しいに越したことはない。人に出せるようなものを作れるようにもなりたいし、ときどきは基本に立ち返ることも必要だろう。 おまえは一体どこへ向かおうとしてるんだという自問自答に今こそ答えられる。料理は図画工作だ、と。
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