現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
300年の歴史と物語に思いを馳せながらいただいた赤福 2006年11月14日(火)
2006年11月15日 (水) | 編集 |
伊勢の名物赤福

PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f2.8, 1/80s(絞り優先)



 赤福を目にしたとたん頭の中で、♪伊勢〜の名物〜 赤福持ちはええゃないか♪というCM曲が流れ出す私は、三重県生まれの名古屋育ち。子供の頃からさんざん聞かされて、もはや忘れることが不可能なほどこびりついてしまっている。
 三重県生まれとして赤福の存在というのはちょっと心強い。全国に誇れるみやげがあるという安心感のようなものがある。逆に言うと、これしかないので迷いようがない。名古屋だと、ういろうは人によって好き嫌いが分かれるし、それをはずすと全国区のみやげ物というは意外と少なくて困ることがある。食べ物は多くても持ち帰ったり贈ったりするものというとパッと出てこない。「なごやん」あたりになるのだろうか。個人的には青柳の「かえるまんじゅう」が好きだ。
 赤福ファンは全国に多い。どこででも買えるわけではないというのも、贈って喜ばれる理由だろう。昔は伊勢にまで行かないと買えなかった。今ではかなりあちこちで買えるようになったとはいうものの、東は名古屋まで、西は神戸までで、それより東西の地区では買うことができない。中部地区の人間は、こんなものどこでも買えると思っているかもしれないけど、そうじゃないのだ。
 けど、ホントにあちこちで目にするようになった。JR線の駅、近鉄の駅、百貨店、空港、サービスエリアでさえ売っている。東京でも売ればもっと売上げは伸びるに違いないけど、それをしないのは正解だ。東京で買えるようになってしまえば、おみやげものとしての価値を失う。
 年間の売上げは、104億円。これは全国のおみやげでダントツの1位だ。2位の北海道・六花亭の「マルセイユバターサンド」でさえ75億円なのだから。その後は「白い恋人」の70億が続く。三重県のようなローカル地区のおみやげとしてこれは立派だ。やはりお伊勢さんの威光というものも多分にあるのだろう。

 創業は江戸時代の1707年。遠く全国からお伊勢参りに訪れる参拝客のために、伊勢神宮内宮の五十鈴川(いすずがわ)のほとりで餅屋を開いたのが赤福の始まりだ。
 当初は、みやげ物というよりもファーストフード的な存在だったのだろう。すぐに食べられて腹持ちがよく、疲れた体に甘いものは染みたに違いない。テイクアウトして帰り道で食べることもできる。評判を聞きつけた旅人で賑わうようになり、まわりにはそれにあやかってたくさんの餅屋ができたという。
 時は流れて戦時中。赤福の原材料である小豆、もち米、砂糖はすべて統制品指定になり、まったく作れなくなってしまう。戦争って本当に不便なものだ。思いがけないところでいろんなしわ寄せがある。ようやく戦争が終わったものの、相変わらず材料は揃わない。出回っているのは闇市だけだ。そのとき、赤福はぐっとこらえた。江戸時代から続く老舗の意地もあっただろうし、お伊勢さんで商売させていただいてるという思いもあったはずだ。正装堂々と商売ができるようになるまでは赤福作りが再開されることはなかった。
 ようやく原料が入手できるようになったのは、昭和24年のことだった。その頃までには類似の店が14軒も出ていたという。しかし、そこは老舗の力。再び元祖お伊勢名物としての地位を取り戻すのに時間はかからなかった。
 会社としての設立は昭和29年(1954年)。赤福というのは、なかなか志のある立派な会社で、商売気だけに走ってないあたりに好感が持てる。
 平成5年。江戸時代の伊勢の街並みを再現したオープンセット「おかげ横丁」も、当初は儲け目的ではなかったという。シャレで作るには費用が莫大すぎる。しかし、レジャーランドのようにしなかったのがよかったのだろう、これは大成功だった。今では年間250万人以上が訪れるそうだ。なにしろこれが出来る前の昭和50年代、このあたりはかなり寂れていたという話を聞いた。ある日、店の店員があまりにもヒマなんで店の前を通る人数を数えてみたら10人だった、というエピソードがあるほどだ。
 おかげ横丁というのは、江戸時代、お伊勢参りのことを「おかげ参り」と呼んだところから来ている。当時の日本国民の2割が伊勢神宮を訪れたというからすごいことだ。昔は交通機関もないから歩いて行った2割ということだから。

 赤福の名前は「赤心慶福(せきしんけいふく)」から来ている。まごころ(赤心)を尽くすことで素直に人の幸せを喜ぶ(慶福)ことができる、という意味だ。赤福という文字も、あかふくという響きも、なんとなくめでたいような幸福感があるいい名前だ。ちなみに、CMのキャラクターは赤太郎という。アカ太郎って、2週間くらい風呂に入ってないやつみたいだな。
 使っている材料は、嘘はホントか(本当だと思うけど)、もち米と小豆と砂糖の3つだけだという。もちろん材料は厳選している。小豆は北海道十勝平野の音更(おとふけ)産のものを、もち米は北海道名寄(なよろ)産と佐賀県のものを、水は五十鈴川の地下水をそれぞれ使用しているそうだ。砂糖は昔、安価な黒砂糖を使っていて、明治44年に明治天皇の昭憲皇太后が赤福が食べたいと言ったとき初めて使って、それ以来白砂糖になったんだとか。
 しかし、原材料が分かっているから自分の家でも作れるかといえば、赤福はそう甘いものではない。作り方自体は単純だ。もち米と砂糖と水を混ぜて蒸して、小豆を水で炊いて砂糖を加えてつぶすだけだ。なのだけど、作った人によると、どうにも餅のやわらかさも餡のなめらかさも再現できないんだそうだ。単純なものだけに絶妙のさじ加減が必要なのだろう。私も機会があったら一度作ってみたいと思う。

 お伊勢さんでは昔から毎月ついたちの日に、神宮を参拝する風習があり(朔日参り)、その参拝者のためについたち限定の「朔日餅(ついたちもち)」が売り出される。赤福本店でも1978年に売り出すようになり、今ではすっかり名物として定着している(四日市市、名古屋市、大阪市、神戸市の百貨店内の直営店でも予約販売されている)。
 みんなこの日は気合いがすごい。朝っぱらの4時45分からの発売に長蛇の列を作る。最近はあまりにも過熱してしまったので整理券を3時30分から配るようになったのだけど、今度はその整理券をもらうのに行列ができてしまう。次はその整理券をもらうための整理券が必要なんじゃないのか。
 2月・立春大吉餅、3月・よもぎ餅、4月・さくら餅、5月・かしわ餅、6月・麦て餅、7月・竹流し、8月・八朔粟餅、9月・萩の餅、10月・栗餅、11月・えびす餅、12月・雪餅、(1月はなし)。こうして見てみると確かに魅惑的なラインナップだ。とりあえず全種類食べるために、おかげ横丁で1年間働いてみようかなんて考えてしまいがちだ。いや、それより名古屋で予約して買えばいいのでは?
 これ以外にも、夏期限定の「あかふく氷」と、冬期限定の「あかふくぜんざい」は、本店へ行かないと食べることができない。このふたつもぜひ食べてみたいところだ。
 赤福はなんといっても、おかげ横丁の本店で、五十鈴川の流れを見ながらできたてを食べるのが一番美味しい。気分の問題だけではなく、赤福は基本的に作った当日かその次の日には食べ切らなくてはいけなくて、それはできたとたんに餅が固くなり始めるからだ。なので、できたてホヤホヤに勝るものはない。ほうじ茶と3個セットで280円は良心的だ。
 日頃何気なくもらったり食べたりしている赤福にはこんなドラマや歴史があったのだ。好物の欄に堂々と「赤福餅」と書いてしまう香里奈でも、このことは知らなかっただろう。一度にひと箱でも食べられるという香里奈さん、大丈夫だろうかと心配になるのを通り越して、それは人としてどうなんだと思う。それが「私の生きる道」と言われれば返す言葉はないのだけど。東京暮らしでしばらく赤福を食べてないかもしれない香里奈さんに、ぜひ赤福を送ってあげたい。そのときはやっぱり、20個入り1,700円の一番大きいやつにしないといけないんだろうな。




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