 PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.8, 1/4s(絞り優先)
小学生のとき、風邪やハライタで学校を休んで、NHK教育テレビの「はたらくおじさん」を観るのが好きだった。 ♪はったらくおじさん〜 はったらくおじさん〜 こ〜んに〜ち〜は〜〜♪ どんな内容の番組だったのか、なんで好きだったのかは、今となっては思い出せない。ただ、確かに好きだったという記憶だけが残っている。体が丈夫で休まず学校に行っていた人には、あまり馴染みのある番組ではなかったかもしれない。確か、午前中の時間帯にやっていた記憶がある。学校を休むことが決まって間もなくだから、9時とか10時とかだったろうか。しかし、あれはどういう視聴者層に向けての番組だったのだろう。平日のそんな時間帯に、働くおじさんをテーマにした子供向け番組を観てる人はそうはいない。当時はまだ家庭用のビデオなんてのもなかったし、おじいちゃんおばあちゃんが観て楽しい番組でもない。お母さん向けでもなかった。だとすると、あれは学校を休んだ子供に対する遠回しのメッセージだったんだろうか。おじさんは働いてるのだから、キミもしっかり学校へ行って勉強するんだよ、という。 当時の私の中で働くおじさんというのは、たとえば重機を運転してるおじさんとか、工場で労働してるおじさんとか、大工さんとか、そういうイメージだった。汗を流して力仕事をしてるおじさんこそが働くおじさんであって、公務員とか教師なんかは働くおじさんではなかった。だからといって、そういうおじさんに憧れを抱いていたかといえば決してそんなことはなかった。小学校の卒業文集で将来なりたい職業には、「きこり」と書いた。当時からどこか浮世離れしたところがあったチビの私であった。
何故唐突にはたらくおじさんなんかを持ち出しかといえば、それはもちろん、今日が勤労感謝の日だからだ。しかし、間違えてはいけない、感謝するのは勤労者ではなく勤労だ。働く人に感謝する日なら勤労者感謝の日となっていなければおかしい。なので、この日はお父さんやお母さんに対して子供が感謝する日などではない。そのあたりのことを、親によく言い聞かせたい。働くことに対して自らが感謝する日なのだ。つまり、この日ばかりは労働を休むのではなく、むしろいつも以上に労働しなければいけない。勤労に感謝するのだから。一体、いつから勤労感謝の日はこんなふうに変わっていってしまったのだろう。 11月23日を勤労感謝の日として祝日に定めたのは、1948年のことだった。戦後になってからと、かなり新しい祝日なのだ。「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」という建前で作られた。 どうして11月23日なのかといえば、この日は元々、古来から続く日本国の重大な行事である「新嘗祭(にいなめさい)」の日で、大王(天皇)が農作物の恵みに感謝する儀式が執り行われていた日に当たるからだ。昔から新嘗の日として祝日だった。旧暦の頃は、11月の2回目の卯の日だったのだけど、太陽暦に切り替わった明治6年(1873年)は11月23日でよいものの、次の年が新暦では1月になってしまってまずいということで、11月23日に固定してしまったというわけだ。だから11月23日という日付そのものに意味はないとはいえ、ハッピーマンデーごときで簡単に動かせる日にちではない。 戦後になって新嘗祭の日から広く一般国民を対象とした勤労感謝の日と名前を変えたことで、この日の性格も大きく変わってしまった。現在では、収穫された五穀に感謝するイベントをしてる家庭はまずないだろうと思う。神社の関係者はともかく、農家でも少ないんじゃないだろうか。戦後になって、本来の趣旨はほとんど忘れ去られてしまった。アメリカやカナダなんかのThanksgiving Dayにならって、収穫感謝の日とでもしておけばよかったのに。勤労感謝なんてするからおかしなことになってしまったのだ。
 OLYMPUS E-1+ZD 14-45mm(f3.5-5.6) 新嘗祭(にいなめさい、または、しんじょうさい、古くはにいなえ)がいつ頃から始まったのかははっきりしない。皇極天皇元年(642年)に行われたというのが「日本書紀」に出てくる最初の記述ということになってはいるけど、さらに起源は古そうだ。 春に五穀豊穣を祈って行われるのが「祈年祭(きねんさい)」で、秋のはじめ9月に収穫を感謝して神様に作物を捧げるのが「神嘗祭(かんなめさい)」。11月の相嘗祭(あいなめさい)を経て、新嘗祭となる。このとき初めて、その年に収穫された新穀や新酒を天照大神や天地の神に捧げて、天皇は国民の代表として新穀を食べて収穫に感謝する儀式を行う。つまり、この日まで国民はその年に穫れた新米はまだ食べてはいけなかったのだ。 天皇が即位して最初に行う新嘗祭を大嘗祭(おおなめさい)といい、これは天皇一世一代の大規模な祭典となる。現在の今上天皇も、1990年(平成2年)に執り行っている。新嘗祭は、戦後になって皇室典範から儀式として除外されたものの、今でも完全非公開で行われているという。中でどういう儀式をしているのか、普通の人は誰も知らない。そんなことがなされているという報道さえない。 伊勢神宮は天照大神の正宮ということで、新嘗祭も神嘗祭も大々的に儀式が行われている。こちらは一般でも見物することができる。 勤労感謝の日というのは、実はこんな裏事情や歴史があったのだ。古代から続く日本の重大な儀式が行われていた日だとは、知らなかった人も多いんじゃないだろうか。私も今日勉強して初めて知ったのだった。こんなことも知らず、新米が穫れると真っ先に親戚から送ってもらって、たいして感謝もせずにパクパク食べていた。来年からはこの日まで新米を我慢……できないだろうけど、せめて感謝する気持ちだけは忘れないようにしようと思った。勤労に感謝するのは難しくても、毎日食べてるお米に感謝するのは難しくない。お米ひと粒には七人の神様がいるという教えが昔あったけど、あれは今思えばいい教えだった。
11月23日は語呂がいいということでいろんな日になっている。いい夫婦の日や、いいふみの日、いい兄さんの日など。その他、手袋の日、外食の日、ゲームの日だったりもする。 出来事としては、Jリーグ発足、角川書店設立、通信衛星による日米のテレビ中継成功、たまごっち発売、ジュークボックス設置、女性の大相撲見物が可能になる、なんてことがあった。 樋口一葉が死に、白井義男が亡くなり、風船おじさんはゴンドラでアメリカを目指してどこかへ消え、たこ八郎は神奈川の海で溺れ死んだ。たこ八郎の座右の銘は「迷惑かけてありがとう」だった。 感謝は強要したり義理で嫌々差し出すようなものじゃない。押しつけたり、無理矢理引き出したりするものでもない。心の奥から自然に生まれてくるものだ。感謝しなさないなんて言われて嬉しい人はいない。たとえそれが親子の間柄であったとしてもだ。本当に自分の中から感謝の思いがわき出してきたのなら、そのときは言葉と態度でそれを表現すればいい。勤労感謝の日だからといって形だけで感謝してもあまり意味がない。 11月23日はどうやって過ごせばいいのか? それはもう、11月23日らしく過ごすに限る。奥さんやだんなさんは互いに相手に対して手紙を書き、テレビの衛星放送でJリーグと大相撲を観つつ、引き出しの奥にしまったたまごっちを出してきて遊び、樋口一葉を読んで、いい時間になったところで手袋をして外食に出かける。ライスの皿についた米粒も残さず食べなくてはならない。帰りにゲーセンに寄って軽くゲームをして、ジュークボックスで思い出の曲をかけ、海へ行って砂浜でシャドーボクシングをしつつ、たこ八郎のモノマネをして、最後は風船に乗って海の彼方に消えるのだ。はたらくおじさんのテーマソングを歌いながら。うーん、完璧だ。これぞ11月23日の過ごし方の見本と言えよう。最後がちょっとイヤな場合は、風船を海に飛ばすだけでも可とする。来年はぜひ、実践してみてください。私に成り代わって。
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