現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
自分でも意外だった初の中華サンデーは中エプの出来 2006年11月26日(日)
2006年11月27日 (月) | 編集 |
中華サンデー

PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f3.5, 1/15s(絞り優先)



 私たちは日常的によく中華料理を食べている。一般庶民の場合は、ラーメンだったりギョウザだったりシュウマイや八宝菜などだろうし、私の場合なら、フカヒレ、アワビ、ツバメの巣、北京ダックなどだ。
 ……。
 書いていて虚しくなった。ウソはいけない、ウソは。そんなもの見たこともないではないか、私。
 それはともかくとして、日本人にとって中華料理というのは和食に次いで馴染み深い料理に違いない。にもかかわらず、私たちは中国の家庭でどんな料理が食べられているかを案外知らない。テレビのレポート番組などで垣間見る中国の料理は、お店の料理であって家庭の料理ではない。日本でも和食屋で出てくるものと家庭の食卓に並ぶものは違う。
 中国人のお母さんが、家で巨大な中華鍋を振り回して、顔の高さまで炎を燃え上がらせながら、玉で鍋を叩くようにガツンガツン、ジャージャーいわせて、子供たちにおまえたち、すぐできるアルよ、待つアルね! などと言ってるシーンを想像したら、それはきっと中国人に対して失礼に当たるのだと思う。北京の高級住宅街に住んでる中国人などは、たとえ中華でも、もっと上品に作り、上品に食べてるに違いない。鍋を振り回したりせず。
 中国に行ったことはないし、中国人の知り合いもいないので確かなことは言えないのだけど、たぶん、日本でいう中華料理と中国における中国料理は別物なのだろうと思う。よく知られているように、日本式のラーメンはあちらにはいないし、向こうでは焼きギョウザはほとんど食べられてなくてギョウザといえば水餃子だったりするそうだ。他にもいろいろ違いがたくさんあるのだろう。もちろん、共通のものもあれこれあるはずだけど。
 ひとつ意外だったのに、しゃぶしゃぶは元々中国料理だったというのがある。完全に日本オリジナルのような顔していて実は中国生まれだったのだ。中国人と思わせて東京生まれの日本人だった陳建一の逆パターンだ。

 日本における多くの中華料理は、広東料理なんだそうだ。長崎の中華街は例外的に福建系で、横浜をはじめ大部分が広東系だという。考えてみると、私たちは北京料理や四川料理、上海料理などいったものをあまり知らないことに気づく。
 何しろ中国は広いから、地方によってかなり違いがある。使っている食材も、調理方法も、調味料も。日本だって北と南ではかなり差があるのだから、中国では尚更だ。他にも山東料理、上海料理、湖南料理、潮州料理などがあり、台湾料理というジャンルもあるようだ。
 笑えない笑い話として、「中国人は四足(よつあし)なら机以外、空を飛ぶものなら飛行機以外は何でも食べる」というのがある。アグネス・チャンも、日本に初めてやって来てお寺の境内にたくさんハトがいるのを見て、美味しそう、と思ったという。
 食べる食材が多いということは料理も多くなる。更に地域による特色や、世界に広がった過程で取り込んでいったその国の要素も加えると、中国料理の種類というのはほとんど無数と言ってもいいのかもしれない。中華の料理人は、数万種類の料理を作れるという話もあるくらいだ。間違いなく、世界で最も種類の多い料理という言い方ができるだろう。
 中華料理の特徴といえば、なんといっても中華鍋と強い火力というのがある。これがあるから、家庭では店の味が出せず、中華料理屋が繁盛するというのもあるだろう。
 脂っこいというイメージも強い。どんな料理も油で炒めたりするから、すごく食べたくなるときと、中華はごめんだと思うときがある。風をひいたりしたときは、中華料理はちょっと食べたくない。
 イメージとして健康に悪そうというのもあるけど、特に中国人が不健康だとか早死にだとか聞かないから、そうでもないのだろう。ウーロン茶で油を打ち消してるという話もある。
 中華は基本的に暖かい料理がほとんどだ。火を通さないものは食べないという風習が昔からあったらしい。中華で冷たい料理というのも思いつかない。あんかけのあんも、料理が冷めないための工夫のひとつなんだとか。しかし、それも最近は変わりつつあって、一番の危機がマグロ問題だ。少し前に鳥インフルエンザがあって、鶏肉を食べられなくなったとき、彼らはマグロを発見してしまった。えらいものが見つかってしまったものだ。今では中国人はマグロを食べまくって、そのうち買い占めて日本に入ってこなくなるというウワサさえある。

 日本に初めて中華料理がやって来たときは、支那(シナ)料理だった。当時の日本人は中国人のことを支那人と呼んでいたから。
 そもそもは、明治に横浜港が開港して、そこに入ってきた中国人によって作られた南京町や唐人街(のちの中華街)で、中国料理の店ができたところから、日本における中華料理の歴史が始まった。
 本格的に中華料理の店が増えていったのは明治の中頃以降だった。ラーメン屋台は、大正11年の関東大震災で、家や商売をなくした中国人たちが生活のために引き始めたのが元祖なんだとか。
 中華料理が今のように一般にも浸透したのは、やはり戦後だろう。中国人だけでなく、戦争などで中国へ行っていた日本人が向こうで料理を覚えて帰ってきたことで、ますます中華は日本人好みに味を変え、広まっていった。

 長い前置きはこれくらいにして(もう充分だろう)、今日の本題に入ろう。今回のサンデー料理は、自分でも意外だったんだけど、初めての中華料理となった。これまでも単品としては何種類か作ってはいたものの、中華のテーマで統一して作ったことはなかった。
 左奥は、お馴染みのエビチリだ。多少工夫があるとすれば、エビと豆腐を一緒にしたことだろうか。エビは殻をむいて背わた腹わたを取って、酒と塩をまぶし、豆腐は水分を飛ばしてサイコロ切りにする。どちらもカタクリ粉をまぶして、油で軽く揚げたらいったん取り出す。
 チリは、豆板醤・小1、ケチャップ・大3、しょう油・大1、酒・大1、砂糖・小1、水・大2、ニンニクひとかけらで作る。豆板醤を炒めて、そこにケチャップなどを入れ、沸騰させたらエビと豆腐を入れて絡める。
 右奥は、魚介と野菜のとろみ牛乳スープがけだ。鶏肉、白身魚、イカ、アスパラ、白菜、ニンジン、ブロッコリー、タマネギなどを適当な大きさに切って、炒める。
 あんは、牛乳・大3、酒・大1、スープの素・1、水・1/2カップ、塩、コショウ、ごま油少々、唐辛子などを混ぜて、煮立たせる。最後に水溶きカタクリ粉を加えてとろみをつける。
 手前は形が崩れてしまったのだけど、卵シュウマイだった。溶き卵・2、カタクリ粉・大2、塩、コショウを混ぜて薄焼き卵を作って、それを四角形に切って皮にする。
 具は、タマネギのみじん、キャベツ、シーチキンで、塩、コショウ、しょう油、砂糖などで味を付けておく。あとは包んで蒸し器で蒸すだけ。なんだけど、形が保てないので爪楊枝を刺して形を整える。見た目を気にしなければ全体を包んでしまった方が早い。
 たれは、酢、しょう油、カラシ、酒、砂糖を混ぜて煮立たせ、水溶きカタクリ粉でとろみをつける。

 味の方はといえば、見慣れた周富徳を久しぶりに見ても特に新鮮な驚きがないような味だった。って、どんな味だ、それ。普通に美味しかったけど、面白みはなかったというか、インパクトに欠けた。中華料理店で出しても、大学生の兄ちゃんがジャンプなんかを読みながら顔も上げずに食べてしまえるような料理を作れるようになった自分が嬉しくもあり、残念でもある。愛のエプロンに出ると、一番中途半端でいろんな意味で美味しくないポジショニングだ。中エプでは笑いも感動も呼び込めない。
 味の安定感が出てきたのは、ある意味では停滞期と言えるだろう。ここから更に上に行くには何が足りないのだろう。工夫なのか、更なる経験なのか、それとももともとのセンスなのか。そのへんのことを追求しながら今後もサンデー料理は続いていく。
 まだ全然納得はしていない。料理の究極は、「鉄板少女アカネ!!」で語れるように、食べて泣けることだと思う。私もいつか、海原雄山を泣かせてみたい。ザ・シェフとなれなければ、クッキングパパとなって。
 明日からは、中華鍋に砂を入れて腱鞘炎になるまで振り続けるところから出直そう。泣ける料理を作る前に私が泣き出してしまうだろうか。




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