現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
獅子舞を舞いながら唐獅子牡丹を歌う獅子に多めのご祝儀を
2007年01月02日 (火) | 編集 |
丹生の獅子舞

OLYMPUS E-1+SIGMA 18-50mm DC(f3.5-5.6), f6.3, 1/200s(絞り優先)



 うちの田舎の丹生(三重県)では、今でも正月にちびっ子たちの獅子舞が村の一軒いっけんを回って、笛や太鼓の獅子舞を披露してお小遣いをもらう風習が残っている。もちろん、単独でゲリラ的にやっているのではなく、村ぐるみで行っているお祭り行事だ。ひと組で全部回っているものとばかり思っていたら、3組もいて驚いた。もしかしたらもっといるかもしれない。
 村の民家の数は少ないし、一軒で1,000円くらいしかもらえないから、あまり儲かりそうにない。それでも、子供たちが嫌がらずにちゃんと参加してるのは偉いと思う。街の子供たちなら強制されても出てこないんじゃないだろうか。
 獅子舞は何のためにするかといえば、お小遣い稼ぎのためではない(そりゃそうだ)。その家をお祓いするために行っている。お正月にするところからみて、縁起物でもある。獅子が舞っているときの笛太鼓の音をフトンの中で聞いている私の厄も祓ってもらえるのだろうか。

 獅子舞の起源はインドにあった。中国という言われ方をするのは、中国で伝統芸能として発達したという意味でだろう。かつてインドの遊牧民たちが神とあがめるライオンを偶像化して舞い踊っていたのが始まりとされている。その後、チベットから中国、東南アジア、日本へと伝わっていった。
 日本に最初にやって来たのは奈良時代で、中国、朝鮮半島、東南アジアなど複数のルートから同時に入ってきたようだ。これが一般的なものとなったのは16世紀のはじめ頃のことで、伊勢で起こった飢饉の元凶を追い払うために獅子舞をしたことがきっかけとなったとされている。
 各家庭を回って厄払いをするスタイルが確立されたのは江戸時代に入ってからだった。宗教儀式でもあり、縁起物でもあり、芸能でもある獅子舞は、微妙な位置で日本の風土の中に溶け込んでいった。現在は、民俗芸能の一ジャンルである「神楽(かぐら)」に分類される。
 日本における獅子舞は、中国大陸から伝わってきた伎楽系(ぎがくけい)と、日本古来の風流系の二派に分かれる。伎楽系は中部以西の西日本に多く、頭(かしら)部分の担当と、体を担当する人間(1人)という複数で一体を舞う。それに対して関東・東北の風流系は一人で一体となる。立ち獅子で胸に太鼓をつけて踊る。
 使われている楽器は、太鼓、小太鼓、笛、鐘で、地方や流派によってもいろいろ違ってくる。獅子舞の種類や形式も各地さまざまなので、どれが正統という言い方はできないようだ。ただ、関西のも見慣れている人が関東のものを見るとなんだか違うと思うだろうし、その逆もあるだろう。三重県は関西系のチーム獅子舞だ。
 中国の獅子舞は、中華街の祭りなどでよく行われているので実際に見たことがある人も、テレビなどで見た人もたくさんいると思う。昔のジャッキー・チェンの映画とかにもよく出てきていたような気がする。中国でも、南方獅子舞と北方獅子舞の二種類あるそうだ。
 
丹生の猫

 獅子の写真が欲しかったのだけどすぐには撮りに行けなかったので、田舎にいた猫で代用してみた(代用にはならないだろう)。
 獅子はライオンの別名であり、伝説上の生き物でもある。獅子舞の獅子はやはり実在しない方なのだろう。狛犬やシーサーなんかに近いものがある。
 獅子のルーツを辿っていくとエジプトなどの古代文明に辿り着く。ライオンがすんでいた地域では、ライオンの圧倒的な力と存在感を畏怖して神のように祀ったのだろう。やがてそれが元の姿から一歩進んで伝説の生き物となっていった。
 インドに獅子舞のルーツがあったというのも、インドにはインドライオンがいたからだ。中国にはライオンはいなかった。だから中国で想像上の霊獣に変化していったというのがあるのだろう。いわゆる唐獅子と呼ばれるものだ。それが日本に伝わったとき更に変化して狛犬となった。中国から持ち帰ったのは弘法大師だったという話もある。
 獅子は悪い霊を食べるということになっている。口をパクパクさせているのは、脅しているわけでも、人を食べてしまおうとしてるわけでもなく、悪霊を食べている仕草なのだ。秋田のなまはげとは似てるようで違う。

 獅子舞もこうして見てくると、思った以上に奥行きと広がりがあるものだということが分かってくる。歴史もある。流派や種類も多く、獅子舞を追いかけて西へ東へという人がいるのも納得できる。全国の獅子舞写真を撮って写真集を作れば、獅子舞マニアが喜んで飛びつくに違いない。問題は、熱狂的な獅子舞好きの人が何人いるかということだ。たぶん、全員かき集めても10万人はいないから、ベストセラーになるのは夢のまた夢ということになる。
 私もいつか機会があったら獅子舞の中に入って華麗な舞いを披露したいと思う。優雅に舞いながら、義〜理と〜人情〜を〜 秤〜に〜かけりゃ〜 義〜理〜が〜重た〜い〜 男の〜世界〜、という歌声が聞こえたら、その獅子には私が入っている可能性があります。お小遣いは多めに包んでください。でも、背中(せな)で唐獅子牡丹は吠えていませんので安心してくださいね。


2007年元日は初詣ネタで決意も新たに再出発
2007年01月02日 (火) | 編集 |
丹生神社前

OLYMPUS E-1+SIGMA 18-50mm DC(f3.5-5.6), f5.0, 1/160s(絞り優先)



 無事2006年から2007年への年越しに成功した私は、珍しく元日の午前中から初詣に行くことにした。うちの田舎の勢和村(現・多気町)の丹生大師へ歩いて向かう。
 ここは神仏習合の歴史と、明治になってからの神仏分離令によって少しややこしいことになっている。地元の人間にとって丹生大事は、お大師さんといって、寺院である丹生山神宮寺のことを指すことが多い。左奥に見えている立派な山門(仁王門)が目印となって、地元以外の人もそちらを目指す。こちらは奈良時代(774年)に空海(弘法大師)の師匠である勤操大徳が開創した寺で、810年には空海もやって来て七堂伽藍を建立したとされる。
 それと同時に右側の鳥居のある方は丹生神社で、境内はつながっていて渾然一体となっている。丹生神社と丹生中神社があり、こちらは6世紀初頭と神宮寺よりも歴史が古い。
 初詣といえばやはり仏さんではなく神さんだろうということで、今日は馴染みの大師さんではなく丹生神社の方に挨拶に行くことにした(結局両方行ったのだけど)。

丹生神社参道

 大師さんの方はそれなりに賑わっていたのだけど、こちらは人影もまばらでそれがかえってしんとした雰囲気を作っていた。参道はこちらの方が昔から好きだった。神聖な空気感がある。
 鳥居をくぐるときも、参道を歩くときも、左右どちらかへ寄ることが決まりになっていると知っているだろうか。真ん中は神様の通る道だから人は歩いてはいけないのだ。私はそのことを去年初めて知った。それまで堂々と真ん中を歩く罰当たりなヤツだった。真ん中を歩いている人を見かけたら、神様気取りかよ、と心の中でツッコミを入れてあげてください。

お大師さんの方遠景

 こちらはお大師さんの方。通常の石段と、屋根付きというか室内階段というかがある。中は暗くて子供の頃はちょっと怖くもあり、楽しくもあった。行き帰りのどちらかは中を行ったものだ。今日は久しぶりに帰りは中を通った。しかし、なんでこんなものがあるのかは謎だ。雨用ってわけでもないだろうに。
 大晦日の夜は、境内で大がかりに火を燃やす行事がある。まだ燃え残りの火があって、みんな当たっていた。薪がかなり余っていたけど、まだこれから燃やすのだろうか。
 ばあちゃんなどは、どんど焼きと呼んでいた。正式名称は分からない。普通どんど焼きというのは小正月などにするものではないだろうか。そうでもないのか。中学生くらいまでは大晦日にどんど焼きを見に行ったものだ。今はもうそんな元気はない。何しろ田舎の夜は寒いのだ。寒さに強い私でも田舎の風の冷たさには負けてしまう。家の外にある便所に行く途中、遠く除夜の鐘を聞いた。

丹生中神社

 参道を進むと一番奥にあるのが摂社丹生中神社だ。祭神は丹生都比売神ではなく譽田別命(ほんだわけのみこと)になっている。
 この地は古くから水銀の産地として知られた場所で、丹生という地名がそのことを表している(全国で水銀がとれたところは丹生が多い)。この地の守護神として祀られてきたようで、平安時代の法典「延喜式神名帳」にも載っている、なかなか由緒のある神社だ。ただ、神宮寺ができてからはそちらの勢力に飲み込まれるような形で、こちらの存在感は薄くなった。
 戦国時代には戦で本殿が燃えたり、境内の神木を松阪城の築城に使ったりと、そんな歴史もある。境内には伊勢椿の原木の椿もあるそうだ。
 明治41年には、あちこちにちらばっていた32社の関連神社を丹生中神社に合祀した。

丹生神社

 丹生中神社の左手に丹生神社がある。こちらも祭神は丹生都比売神ではなく、埴山姫命(はにやまひめのみこと)になっている。丹生都比売神を祀った丹生都姫神社は、神宮寺の方の奥まったところに別にある。
 丹生神社の本殿はなかなか立派なものだ。伊勢神宮との関連も何やらあるらしい。反対側には社務所がある。
 今回は、丹生神社と丹生中神社の両方に初詣をしてきた。今年もよろしくお願いしますの前に去年の報告を。どうもありがとうございました、と。

 ところで初詣って何? という素朴な疑問がふと頭に浮かんだ。その年初めて神社仏閣にお詣りして一年の無事を祈願することだろうとは分かっていても、その先のことはよく分かってない。何日までが初詣になるのかとか、お寺でもいいのかとか、どういう寺社に行けばいいのかとか、あやふやだ。日本かぶれの外国人に鋭く突っ込まれたらタジタジになってしまいそうな不安を感じたので、今日少し勉強してみた。
 まず、基本的には小正月(松の内)の1月15日までにするのがいいようだ。最近は、そんなにのんびりしてられねぇぜべらぼうめこちとら江戸っ子だいこんちくしょうとばかりに1月7日までというところも増えている。気の短い江戸っ子気質がそうさせたとかさせないとか。ちょっと意外だったのは、教会でもいいということだ。そりゃそうか、キリスト教の人は神社仏閣ではなく当然教会に行くものだ。
 元日の朝に行くのを元旦詣、大晦日に行くのを除夜詣、大晦日から行って年越しをするのを二年参りというそうだ。新年が明けて最初に出かけることを初門出と言うんだとか。ちなみに、新年最初に店を営業することを初売りという。
 ……。
 行く場所はどこでもいいらしい。日本は何しろ八百万(やおよろず)の神様がいる国だから、どの神様に祈ってもいいのだ。欲張って何ヶ所詣ってもかまわない。ただし、当然のことながら初詣というのは最初という意味なので二ヶ所目、三ヶ所目に訪れたところは初詣とはいわない。
 もう少し時代をさかのぼってみると、本来は氏神様(うじがみさま)と、その年の恵方(えほう)の神様にお詣りしていたのが初詣の始まりだったようだ。ただ、現代は自分のうちの氏神様といってもどこか分からない人がほとんどだろうし、恵方というのもあまり言われなくなっている。今年の恵方は北北西らしいのだけど。
 あとはその寺社の御利益を調べて、自分の願い事に合ったところに行けばいい。学問の神様の天満宮に行って縁結びのお願いをしていても、道真さんはこれから受験生の相手で超多忙になるのでなかなか恋愛まで手が回らないなんてことにもなりかねない。
 有名寺社としては、名古屋なら熱田神宮がダントツに多い。毎年200万人以上が訪れて、全国でベスト5くらいに入る。一位は毎年明治神宮だ。以下、成田山新勝寺、川崎大師、伏見稲荷大社、住吉大社、浅草寺、鶴岡八幡宮、太宰府天満宮、氷川神社などが続く。2006年の初詣参拝者は9,373万人というのだけど、これはどう考えても何ヶ所も行ってる人が大勢いるということだ。まさか日本人の75パーセントが初詣に行ってるということはあるまい。

 新年明けましておめでとうございます。挨拶が遅れました。
 今年は元日からいきなり神社仏閣シリーズかよ、と思われたかもしれないけど、たぶん今年も多くなることでしょう。神様関係に興味がない人にもなるべく楽しめるように書きますので、おつき合いください。御利益が余ったらお裾分けしますから。
 今年のこのブログの目標は、まずタイトルを変えることというのがある。断想日記プラスワンというのは、HPの日記の「断想日記」と「今日の一枚」という写真コーナーを合体させて楽をしようというコンセプトの元に生まれたものだった。それでこのタイトルになったのだけど、もはや日記でもなければ写真も一枚じゃなくなってるので、内容と合わなくなっている。心機一転、何か考えよう。
 スタイルはしばらくここままで、基本姿勢もタイトル下にある「この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと」というのは変わらない。心の中にいる架空の人物---生まれつき病気がちで入院ばかりしている小学5年生の女の子---に、この世界の美しさや素晴らしさや楽しさや面白さを伝えることというのをいつも意識している。遠くまで出かけなくても、日常から一歩踏み出せば、自分が知らなかった世界が広がっているんだと、と。おいおい、小5にはネタが昭和で古すぎるだろうというツッコミを聞き流しつつ。昔、たのきんトリオってのがいてね、メーテル、リンゴの気持ちはよく分かるんだよ。
 そんなわけで、2007年もよろしくお願いします。お年玉、待ってます。




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