 OLYMPUS E-1+SIGMA 18-50mm DC(f3.5-5.6), f5.0, 1/160s(絞り優先)
無事2006年から2007年への年越しに成功した私は、珍しく元日の午前中から初詣に行くことにした。うちの田舎の勢和村(現・多気町)の丹生大師へ歩いて向かう。 ここは神仏習合の歴史と、明治になってからの神仏分離令によって少しややこしいことになっている。地元の人間にとって丹生大事は、お大師さんといって、寺院である丹生山神宮寺のことを指すことが多い。左奥に見えている立派な山門(仁王門)が目印となって、地元以外の人もそちらを目指す。こちらは奈良時代(774年)に空海(弘法大師)の師匠である勤操大徳が開創した寺で、810年には空海もやって来て七堂伽藍を建立したとされる。 それと同時に右側の鳥居のある方は丹生神社で、境内はつながっていて渾然一体となっている。丹生神社と丹生中神社があり、こちらは6世紀初頭と神宮寺よりも歴史が古い。 初詣といえばやはり仏さんではなく神さんだろうということで、今日は馴染みの大師さんではなく丹生神社の方に挨拶に行くことにした(結局両方行ったのだけど)。
 大師さんの方はそれなりに賑わっていたのだけど、こちらは人影もまばらでそれがかえってしんとした雰囲気を作っていた。参道はこちらの方が昔から好きだった。神聖な空気感がある。 鳥居をくぐるときも、参道を歩くときも、左右どちらかへ寄ることが決まりになっていると知っているだろうか。真ん中は神様の通る道だから人は歩いてはいけないのだ。私はそのことを去年初めて知った。それまで堂々と真ん中を歩く罰当たりなヤツだった。真ん中を歩いている人を見かけたら、神様気取りかよ、と心の中でツッコミを入れてあげてください。
 こちらはお大師さんの方。通常の石段と、屋根付きというか室内階段というかがある。中は暗くて子供の頃はちょっと怖くもあり、楽しくもあった。行き帰りのどちらかは中を行ったものだ。今日は久しぶりに帰りは中を通った。しかし、なんでこんなものがあるのかは謎だ。雨用ってわけでもないだろうに。 大晦日の夜は、境内で大がかりに火を燃やす行事がある。まだ燃え残りの火があって、みんな当たっていた。薪がかなり余っていたけど、まだこれから燃やすのだろうか。 ばあちゃんなどは、どんど焼きと呼んでいた。正式名称は分からない。普通どんど焼きというのは小正月などにするものではないだろうか。そうでもないのか。中学生くらいまでは大晦日にどんど焼きを見に行ったものだ。今はもうそんな元気はない。何しろ田舎の夜は寒いのだ。寒さに強い私でも田舎の風の冷たさには負けてしまう。家の外にある便所に行く途中、遠く除夜の鐘を聞いた。
 参道を進むと一番奥にあるのが摂社丹生中神社だ。祭神は丹生都比売神ではなく譽田別命(ほんだわけのみこと)になっている。 この地は古くから水銀の産地として知られた場所で、丹生という地名がそのことを表している(全国で水銀がとれたところは丹生が多い)。この地の守護神として祀られてきたようで、平安時代の法典「延喜式神名帳」にも載っている、なかなか由緒のある神社だ。ただ、神宮寺ができてからはそちらの勢力に飲み込まれるような形で、こちらの存在感は薄くなった。 戦国時代には戦で本殿が燃えたり、境内の神木を松阪城の築城に使ったりと、そんな歴史もある。境内には伊勢椿の原木の椿もあるそうだ。 明治41年には、あちこちにちらばっていた32社の関連神社を丹生中神社に合祀した。
 丹生中神社の左手に丹生神社がある。こちらも祭神は丹生都比売神ではなく、埴山姫命(はにやまひめのみこと)になっている。丹生都比売神を祀った丹生都姫神社は、神宮寺の方の奥まったところに別にある。 丹生神社の本殿はなかなか立派なものだ。伊勢神宮との関連も何やらあるらしい。反対側には社務所がある。 今回は、丹生神社と丹生中神社の両方に初詣をしてきた。今年もよろしくお願いしますの前に去年の報告を。どうもありがとうございました、と。
ところで初詣って何? という素朴な疑問がふと頭に浮かんだ。その年初めて神社仏閣にお詣りして一年の無事を祈願することだろうとは分かっていても、その先のことはよく分かってない。何日までが初詣になるのかとか、お寺でもいいのかとか、どういう寺社に行けばいいのかとか、あやふやだ。日本かぶれの外国人に鋭く突っ込まれたらタジタジになってしまいそうな不安を感じたので、今日少し勉強してみた。 まず、基本的には小正月(松の内)の1月15日までにするのがいいようだ。最近は、そんなにのんびりしてられねぇぜべらぼうめこちとら江戸っ子だいこんちくしょうとばかりに1月7日までというところも増えている。気の短い江戸っ子気質がそうさせたとかさせないとか。ちょっと意外だったのは、教会でもいいということだ。そりゃそうか、キリスト教の人は神社仏閣ではなく当然教会に行くものだ。 元日の朝に行くのを元旦詣、大晦日に行くのを除夜詣、大晦日から行って年越しをするのを二年参りというそうだ。新年が明けて最初に出かけることを初門出と言うんだとか。ちなみに、新年最初に店を営業することを初売りという。 ……。 行く場所はどこでもいいらしい。日本は何しろ八百万(やおよろず)の神様がいる国だから、どの神様に祈ってもいいのだ。欲張って何ヶ所詣ってもかまわない。ただし、当然のことながら初詣というのは最初という意味なので二ヶ所目、三ヶ所目に訪れたところは初詣とはいわない。 もう少し時代をさかのぼってみると、本来は氏神様(うじがみさま)と、その年の恵方(えほう)の神様にお詣りしていたのが初詣の始まりだったようだ。ただ、現代は自分のうちの氏神様といってもどこか分からない人がほとんどだろうし、恵方というのもあまり言われなくなっている。今年の恵方は北北西らしいのだけど。 あとはその寺社の御利益を調べて、自分の願い事に合ったところに行けばいい。学問の神様の天満宮に行って縁結びのお願いをしていても、道真さんはこれから受験生の相手で超多忙になるのでなかなか恋愛まで手が回らないなんてことにもなりかねない。 有名寺社としては、名古屋なら熱田神宮がダントツに多い。毎年200万人以上が訪れて、全国でベスト5くらいに入る。一位は毎年明治神宮だ。以下、成田山新勝寺、川崎大師、伏見稲荷大社、住吉大社、浅草寺、鶴岡八幡宮、太宰府天満宮、氷川神社などが続く。2006年の初詣参拝者は9,373万人というのだけど、これはどう考えても何ヶ所も行ってる人が大勢いるということだ。まさか日本人の75パーセントが初詣に行ってるということはあるまい。
新年明けましておめでとうございます。挨拶が遅れました。 今年は元日からいきなり神社仏閣シリーズかよ、と思われたかもしれないけど、たぶん今年も多くなることでしょう。神様関係に興味がない人にもなるべく楽しめるように書きますので、おつき合いください。御利益が余ったらお裾分けしますから。 今年のこのブログの目標は、まずタイトルを変えることというのがある。断想日記プラスワンというのは、HPの日記の「断想日記」と「今日の一枚」という写真コーナーを合体させて楽をしようというコンセプトの元に生まれたものだった。それでこのタイトルになったのだけど、もはや日記でもなければ写真も一枚じゃなくなってるので、内容と合わなくなっている。心機一転、何か考えよう。 スタイルはしばらくここままで、基本姿勢もタイトル下にある「この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと」というのは変わらない。心の中にいる架空の人物---生まれつき病気がちで入院ばかりしている小学5年生の女の子---に、この世界の美しさや素晴らしさや楽しさや面白さを伝えることというのをいつも意識している。遠くまで出かけなくても、日常から一歩踏み出せば、自分が知らなかった世界が広がっているんだと、と。おいおい、小5にはネタが昭和で古すぎるだろうというツッコミを聞き流しつつ。昔、たのきんトリオってのがいてね、メーテル、リンゴの気持ちはよく分かるんだよ。 そんなわけで、2007年もよろしくお願いします。お年玉、待ってます。
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