現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
漠然と訪れたお台場で、強烈な寒風と贅沢な夜景に前が滲んだ
2007年03月02日 (金) | 編集 |
お台場-1

PENTAX istDS+TAMRON 28-200mm XR(f3.8-5.6), f7.1, 1/800s(絞り優先)



 ♪遠のいてくお台場の海は まぶしい西陽に乱反射して♪
 小松未歩が「東京日和」の中でこう歌ったお台場に降り立ったとき、夕焼けの感動ではなくあまりの極寒ぶりに我々は涙することになった。一体何事ですか、この寒風は。顔が痛いですよ、ここ。名古屋を出てきたときは春の陽気だったのに、お台場はシベリアだった。中学生以来、耳当てが欲しいと本気で思った私であった。花粉症の鼻水も凍る寒さ。人もまばらな人工海岸おだいばビーチには寒風が情け容赦なく吹き荒れ、眠ったら死ぬ八甲田山状態。ここでは絶対、針の穴に糸は通せなかっただろう(あえてここでそれをする必然性はまったくない)。ここは冬向きのスポットではないと確信するまで5分とかからなかった。

 お台場へ行こうと思ったのは、観光客としては当たり前とも言える心理だ。それに間違いはない。ただ、お台場で何をしたいとか何を見たいとかがなかったため、とりあえず行ってみるだけ行ってみたお台場の印象はやや漠然としたものとなった。お台場はひとつの大きな街で、小さな人工島などではない。お台場へ行こうというのは、たとえば六本木へ行こうとか原宿へ行こうというのと同じくらい曖昧なものだ。それはたいした下調べをしなかった我々にも問題があるのだけど、お台場自体にも問題がないとは言えない。お台場といえば何を連想しますかという問いを考えてみると分かる。多くの人はフジテレビとか昔の台場とかレインボーブリッジとかになるだろう。でも、それらを自分の目でじっくり見たいかと訊かれればそれほどでもないというのが実際のところではないだろうか。結局、お台場って何よという問いに対する明確な答えを私は手に入れられなかった。ただ、いくつかよかったところや見つけたオススメはあったので、今日はそのへんを漠然と紹介したいと思う。

お台場-2

 お台場への交通手段といえばやはり、ゆりかもめが一般的だろう。無人運転の新交通システムで、ゆらりゆられて新橋から15分ほどで台場に到着する。ぐるりと遠回りしているのが邪魔くさいといえば邪魔くさいけど、初めて訪れるときは東京湾と周囲の高層ビル群などが見られて楽しい。値段は310円だからまずまずか。
 ゆりかもめつながりでお台場のユリカモメ。親子がエサをまいていて、それに群がり集まっていた。おこぼれにあずかろうと、砂浜にはオナガガモやキンクロハジロたちが待ち構える。東京の野鳥はどこでも本当に人慣れしている。オナガなど触れるくらいまで近づいても逃げない。野鳥が全部鳩並み。
 寒くなければもっとじっくり鳥見もしたかったけど、立ち止まると寒さに負けてしまうので歩き続ける。もはや手の感覚がない。

お台場-3

 お台場といえばフジテレビ。どういうつもりでお台場なんかへ移ったのか知らないけど、今の観光地としてのお台場があるのはフジテレビの影響がすごく大きいのは間違いない。そのフジテレビも移ってそろそろ10年になる。ただ、同じ1997年にできたニッポン放送2004年に有楽町へ移転してしまった。
 それ以前のお台場は、13号埋め立て地と呼ばれていて、観光地などではなかった。1995年に誘致するはずだった世界都市博覧会が中止になって、いったんは開発も止まりかけたことさえあった。
 しかし、最近では開発もめざましく、これからどんどん発展していくのだろう。高層マンションなども建っていたから、こちらに住んで都心に通うというのもありだ。電車一本で30分以内で中心までいけるというのはいい。2002年のりんかい線の全線開通や、ゆりかもめの豊洲までの延長もあって、ますます便利になりつつある。
 石原都知事がここに国営のカジノを建てるって話はどうなったんだろう。ぜひやればいいと思うけど。
 フジテレビは今回入らなかった。丸い展望台もいつか機会があれば登ってみよう。

お台場-4

 唐突に自由の女神。でも、ドラマ好きの私にはお馴染みの自由の女神。大好きだったドラマ「With Love」で登場したあれだ。あのときはちょうど、フランスから本物の自由の女神が貸し出されていた時期だったから(1998年年4月から1999年5月まで)、ドラマの中では本物が写っていたのだろう。現在のはレプリカだ。好評だったもんだから、本物が帰った後、フランスに頼んで直接型取りさせてもらってレプリカを作ってしまった。サイズは本物と同じ高さ11メートル(重さ9トン)だけど、これが意外と小さい。ミニチュアサイズ? と思ったくらいだった。完成は2000年。
 女神の後ろに見えてるのがレインボーブリッジ。長さ918メートルの吊り橋だ。歩道があって歩いて渡れるとは知らなかった。1キロくらいなら記念として歩いてみてもいい。タダだし。
 橋の間、右寄りには東京タワーが見えている。夜になると明るいオレンジに光ってその存在感を増す。

 お台場はもともと、江戸時代末期、黒船に乗ったペリーの船を追い払うために砲台を作った場所だというのは有名な話だ。お台場というのは、砲台場が訛ったものだと言われている。なので、ここ以外にも砲台があった場所はお台場と呼んでも間違いではないことになる。
 現在は第三台場だった場所が公園として整備されいて歩くことができるようになっている。写真でいうと、レインボーブリッジの手前に見えている小島のようなのがそれだ。駅からは遠いので歩くとけっこうかかりそうだ。第六は離れ小島になっていて上陸することはできない。東京湾の野鳥たちのオアシスとなっているようだ。それ以外の台場は埋め立てられてしまって残っていない。
 全部で数十あった砲台は結局使われることはなかったものの、それを見たペリーは引き返して横浜まで行ってしまったから、まったく役に立たなかったということはなかった。あってもなくてものちの展開は変わらなかったと思うけど。

お台場-5

 いわゆるお台場と呼ばれる埋め立て地は、臨海副都心と呼ばれていていて(またの名をレインボータウン)、台場、有明、青海の3つのエリアに分かれている。
 施設としてはいろいろあって、いちいち説明するととりとめがない。中心になるのは、「デックス東京ビーチ」ということになるのだろうか。ショッピング、食事、レジャーなどの複合施設で、シーサイドモールとアイランドモール、東京ジョイポリスで構成されている。
 私たちが行ったのは、昭和30年代、40年代の昭和が再現されている「台場一丁目商店街」やミニ香港タウンの「台場小香港」あたりだった。そのへんはまたあらためて紹介したいと思っている。
 いろいろな車が集められていて試乗もできる「MEGA WEB」や、「アクアシティー」、「船の科学館」、「ビックサイト」、「大江戸温泉物語」などなど、その気になればここだけで一日充分楽しく過ごすことができる。
 ただ、ある程度下調べして目的を持っていかないと、どうしていいものやら身を持て余してしまうということになりがちなので、準備が必要だろう。特にデートや、家族連れのお父さんは、行き当たりばったりで行くと評価を著しく下げることになりかねないので注意が必要だ。
 ゆりかもめもいいけど、もう少し暖かくなれば水上バスや屋形船などもよさそうだ。
 もし帰りが夜になったら、ゆりかもめで新橋方面へ引き返さずに反対の豊洲へ向かうコースを強くおすすめしたい。できれば最後尾の車両の一番後ろの席を陣取りたい。なるべくならひとりよりもふたりの方が望ましい。欲を言えば、それは同性同士ではなく異性同士の方が更にいい。
 遠ざかるお台場の夜景が目の前180度に広がり、それはもう素晴らしく美しいのだ。あちこちのタワーにも登っていろいろなところから夜景を見たけど、ゆりかもめから見た東京の夜景は他のどこよりも贅沢に思えた。そのときこそ、寒さではなく感動で目の前が少し滲んだのだった。


呼ばれたのか惹かれたのか根津神社は思いがけず立派で驚く
2007年03月02日 (金) | 編集 |
根津神社-1

PENTAX istDS+TAMRON 28-200mm XR(f3.8-5.6), f5.6, 1/250s(絞り優先)



 どうして根津神社へ行こうと思ったのか自分でもよく分からない。その存在はガイドブックか何かで見かけて知ったのだと思う。どんなゆかりのある神社なのかよく知りもせずなんとなく行きたいと思ったのは、根津神社が私を呼んだのか、はたまた私の中の何かが惹かれたのか。とにかく行こうと思った。
 連れと共に出向いた根津神社の前に立ったとき、思いがけず立派な神社で驚く。おおー、大きい。もっとこぢんまりとしたところを想像していたので意外だった。さっそく大鳥居をくぐって中に入ることにする。ちょっとお邪魔します。

 根津といえば甚八。かつて根津甚八もこのあたりに住んでいたというウワサがあるけど、本名が根津透なので芸名は根津神社からではない。真田十勇士の一人である根津甚八を舞台で演じたことから芸名にしたそうだ。
 根津神社の創建は古い。もともとは千駄木に日本武尊(やまとたけるのみこと)が須佐之男命(すさのおのみこと)を祀るために建てたのが始まりとされている。それが本当なら、創建から1,900年余りということになる。
 その後、太田道灌が社殿を建てた。ただ、今のように立派な神社となるのはもっと後の5代将軍綱吉のときだ。世継ぎの子供がいなかった綱吉は、亡き兄の息子綱豊(後の6代将軍家宣)を養子に迎えることになり、その生家であったこの地に根津神社を移して大造営をした。
 それは天下普請と呼ばれ、大変大かがりな工事だったという。現在よりも更に広かった2万2千坪の土地は湿地帯に近いような状態で、造営にはのべ80万人がかり出されたそうだ。
 建物は将軍の名に恥じない作りとなっていて、日光東照宮を模した権現作りの社殿をはじめ、唐門、楼門、透塀などが豪華に立ち並んでいる。それらはすべて国の重要文化財に指定されている(昭和6年にいったん国宝になったあと重文に)。
 以後徳川政府には手厚く保護されるとともに、庶民からも根津の権現様と呼ばれて親しまれてきた。明治維新の際には、明治天皇が国家安泰をこの神社に願ったそうだ。
 写真に写ってるのが、最初の鳥居をくぐった先にある楼門だ。これがもっとも印象的だった。力強くて迫力があり、美しかった。

根津神社-2

 楼門の次は唐門。門の左右は透塀(すきべい)で、これが周囲をぐるりと取り囲んでいる。時代劇の撮影などでよく使われるそうだから、透塀の向こうを走るシーンなんかが出てきたら、それは根津神社の可能性が高い。
 この右側にはやや地味で目立たない神楽殿がある。かつてはここで舞が披露されたのだろう。昨日登場したライオン丸猫はこの神楽殿を守るように陣取っていた。隣に大きなイチョウの木があったから、秋にはまた違った風情があって美しいに違いない。
 左側には、乙女稲荷神社がある。小さめの赤い鳥居が100以上立ち並んでいて、ミニ伏見稲荷といった風情となっている。こちらもよくテレビで登場するらしい。

根津神社-3

 拝殿の前で何やら人だかりができている。お詣りするわけでもなくなんとなく立ち尽くしてる感じで何事かと思って中を見てみると、ちょうど結婚式が行われているところだった。そういうことか。しかしこうなるとお詣りがしづらい。結婚式見物の人の前でお詣りをしないといけないから。しばらく待ってみたけど式は終わりそうにないので、控え目にお詣りしておいた。神さんも結婚式の最中で我々のお願い事など聞いちゃいられなかっただろうけど。
 重要文化財で執りおこなわれる結婚式はなかなか価値がある。儀式も一切簡略化せず本格的にやるようだから、神前の結婚式をするにはいいところだ。生田神社に負けるな。

根津神社-4

 拝殿の左右には紅白の梅が一本ずつ植えられていて、おお、なるほど、これはいいと思う。
 それにしても根津神社がこんなにも立派で由緒のある神社だとは思ってもみなかった。東京人の間では知らない人がいないほど有名なんだろうか。今残っている江戸時代の神社建築としては最大の規模だそうで、東京十社のひとつでもあるから、やはり格式のある神社ということなのだろう(神田明神、芝大神宮、日枝神社、亀戸天神社、白山神社、品川神社、富岡八幡宮、王子神社、氷川神社)。
 一般的には、つつじ祭りと例大祭で有名なようだ。丸い植え込みがたくさんあってきれいだと思ったらあれはつつじだったのか。4月下旬には約50種類3,000株のつつじが咲き誇るそうだ。珍しいつつじもあるというから見てみたい気もするけど、相当な人出らしいので行くなら覚悟が必要だ。
 例大祭は毎年9月中旬の土、日で、6代将軍家宣が始めたものだ。現存する3基の大神輿も家宣が奉納したもので、当時は江戸中から山車を集めてきたという。この天下祭は、山王祭、神田祭とあわせて江戸の三大祭と呼ばれている。
 2006年の去年はこの地に移って300年ということで、御遷座300年大祭が大規模に行われたそうだ。
 拝殿にはどういうわけか、これでもかってほどに「卍」のマークが入っていたのが不思議だった。普通卍は仏教関連のもので、神社にはないはずだ。神仏習合の名残というには前面に押し出している感じがあってそれは違う気もする。家康が日光東照宮で祀られるとき東照大権現となったことから、その流れで卍が使われているのではないかというのがあったけど、実際のところはよく分からない。

 根津といえば、夏目漱石ゆかりの地でもある。イギリス留学から帰ってきた漱石は、しばらくの間、根津にあった友人の斎藤阿具博士宅を借りて住んでいた。その頃書かれたのが『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』などだ。
 当時38歳だった漱石は、神経衰弱を和らげるために小説でも書きたまえという友達の高浜虚子のすすめで嫌々『猫』を書き始めることになる。奥さんが書斎をのぞくと、苦虫をかみつぶしたような顔で原稿用紙に向かっていたそうだ。
 このときの家は、犬山の「明治村」にそっくり移築展示されている。
 森鴎外の『青年』の中にも根津神社は登場しているから、鴎外もこのあたりをよく散歩したんじゃないだろうか。
 司馬遼太郎も根津神社がとても好きだったそうだ。

 どういういきさつで訪れることになったにせよ、行ってよかった根津神社。ライオン丸猫にも出会えたし、結婚式も見ることができた。予想を裏切る立派さで感動もあった。これからは根津といえば甚八ではなく神社だ。
 再び訪れる機会があるかどうか分からないけど、しっかり記憶に刻んでおこう。まだ行ったことがない人はおすすめします。




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