現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
旧岩崎邸庭園で思った、時代は変わり、歴史は積み重なることを
2007年03月07日 (水) | 編集 |
旧岩崎邸庭園入口

PENTAX istDS+TAMRON 28-200mm XR(f3.8-5.6),f5.6, 1/100s(絞り優先)



 明治時代の洋館に心惹かれる私は、あの時代を庶民として生きていたのかもしれない。見上げる白亜のお屋敷とぐるり取り囲まれた塀からのぞき見える緑の芝生。黒塗りの車に乗った令嬢を遠くから眺めてドキドキしたり、出入りする青い目の異人さんにドギマギしたり。
 洋館の内部に入ると、こんな家、住みにくくて嫌だなと思うから、貴族ではなかったに違いない。広くて部屋数の多い家はどう考えても落ち着かない。私の興味があるのはもっぱら洋館の外観に限られる。それはやっぱり憧れという感情なのだろうと思う。

 湯島天神から歩いていけるところに旧岩崎邸庭園があるというので行ってみた。岩崎弥太郎にも三菱にも全然思い入れはないのだけど、古い洋館があるというのでそれを見るために。
 なかなか人気のあるスポットらしく、入口から行き交う人が多い。洋館やお屋敷に憧れる庶民は意外と多いらしい。
 場所は文京区と台東区の境あたりで、上野の不忍池からも近い。最寄り駅としては、東京メトロ千代田線の湯島駅で、歩いて2分くらいだろうか。しかし、上野とはいえこの敷地の広さ。まず門から屋敷まで140メートルもある。日頃運動不足のお父さんが全力疾走したら、後半は足がもつれて顔から地面に落ちてしまうくらいの距離だ。一般の民家を考えると、玄関から入って140メートルといえば10数軒家をまたいで隣の町内会に入ってしまう。敷地は全盛期の3分の1とはいえ5,000坪。上野で5,000坪の土地っていくらだろう、なんて考えてしまうのが完全に庶民感覚だ。
 それではさっそくお邪魔することにしよう。入園料は400円。庶民からまだ搾り取るか。

旧岩崎邸庭園洋館

 洋館正面。でかっ。目一杯下がっても全体像がカメラに収まらない。嫌がらせとしか思えない(それはひがみだろう)。
 しかし、この中央に植えられたシュロの木がちょっと邪魔だ。どう見てもミスマッチに思える。これもコンドルの嗜好なんだろうか。ここの屋敷全体に言えることなのだけど、良く言えば多様多彩、悪く言うとチャンポン状態で統一感がない作りになっている。ゴッタ煮というか、いろんな要素が趣味的に詰め込まれていて、面白くはあるけど気品という点ではどうなんだと思った。コンドルはどこまで真面目でどこまで遊び心で作ったんだろう。
 設計はジョサイア・コンドル。明治10年にイギリスから政府に招かれて工部大学校造家学科(東京大学工学部建築学科)の初代教授となった建築家で、明治の建築界に多大な影響を与えた人物だ。御茶ノ水のニコライ堂や、鹿鳴館など多くの建築を設計した。
 ただ建築家としてよりも教育者としての評価が高く、弟子には赤レンガの東京駅を設計した辰野金吾や、迎賓館や赤坂離宮を設計した片山東熊などがいる。生徒たちからはコンドル先生と呼ばれて親しまれ、自身も日本を愛し、日本人を妻に持ち、日本で亡くなっている。
 外観はイギリス・ルネッサンス風を基調としていて、装飾は17世紀のジャコビアン様式の他、トスカナ式、イオニア式など、さまざまな国と年代の様式が取り入れられている。
 意外なことにこれでも木造となっている。木でもこんな洋風にできるのだと感心した。2階建てで地下室があり、屋根は手割りのスレート葺き。左右で棟が別れていて、中央部分には玄関とドーム屋根が付けられている。建築面積は160坪。
 遊びとは言わないまでも、西洋建築の実験的な建築物となっている。いろいろなスタイルを明治の日本人に見せてあげようという思いやりから生まれたものだったのかもしれない。このときはまだコンドルも若かった。

旧岩崎邸庭園洋館内部

 洋館内部が一般公開されたのは実は最近のことで、2003年秋からだったらしい。国の重要文化財ということで、室内では係の人が目を光らせていて、お手を触れないでくださいとしつこいくらいに注意を呼びかけていた。お触り禁止か。
 将来的にも洋館の豪邸に住む予定はまったくないので、室内はさらっと流す。いちいちお金がかかっているのは分かるけど、嫌味はない。派手な成金趣味になっていないところは好感が持てる。
 この建物は外国人やお客を招くために建てられたものなので、生活感はもともとなかったのだろう。そういう部分での痕跡は薄かった。生活は同じ敷地内の和館の方でしていたようだ。

旧岩崎邸庭園洋館内装

 内装も隅々まで凝っていて、天井にも様々な装飾が施されている。内装好きの人にとってはたまらなく魅力的なんじゃないだろうか。
 現在の私たちにとってはある程度見慣れているものだからさほど驚かないけど、明治の日本人はさぞやびっくりしたことだろう。こういう内装の発想は、江戸時代の日本にはなかったものだから。
 室内には暖炉の他ヒーターまである。2階にも水洗トイレがあり、シャワーさえあったというからたいしたものだ。30年前まではみんなちょんまげで刀差してくみ取り便所に五右衛門風呂だったのが、たった30年で一変した生活に馴染んでしまう日本人の順応性の高さはすごいもんだなとあらためて思った。

旧岩崎邸庭園中庭

 中庭では学生たちが写生をしていた。私たちは手作りケーキを持ち込んでランチをした。これから暖かくなったら、ここはランチにいい。半日でものんびりできそうだ。雑木林の中ではコゲラの姿があった。しばらくここにいると東京にいるということを忘れる。
 洋館の左側には和館がある。かつてはこちらがメインということで、550坪の敷地にたくさんの建物が建っていたそうだ。こちらは大河喜十郎を棟梁として建てられた。書院造りの建物で、洋館とは渡り廊下でつながっていて、一部公開されている。500円で抹茶と和菓子がいただける喫茶もある。
 右端にちらっと移ってる黒い建物が撞球室(ビリヤード場)で、これもコンドル設計となっている。アメリカ木造ゴシック建築で、山小屋風の建物だ。洋館とは地下道でつながっているというけど、中へ入ることはできない。しかし、ビリヤードをするためだけに一軒建ててしまうという贅沢さ。年に数回やる程度だったろうに。

 この土地は江戸時代、越後高田藩榊原家の江戸屋敷があった場所だった。明治維新後、各地の江戸屋敷は解体され、ここも例外ではなかった。あるところは明治新政府のものとなったり、分割して売りに出されたりした。
 岩崎家といえばのちの三菱財閥創始者ということでたいそう立派だと思われているけど、明治維新の時点では成り上がり者にすぎない。土佐では地下浪人(郷士の株を売って土地に住みついた浪人)の子供で、商才で世に出た人物だ。ある意味ではすごいのだけど、同じ郷土の坂本竜馬は岩崎弥太郎のことが好きでなかったと言われている。竜馬も商人の一面を持っていたけど、その志があまりにも相容れないものがあったのだろう。その岩崎家が明治の世になって徳川四天王の榊原家の屋敷を買い取ったというのは世の中の流れを感じずにはいられない。明治維新は必要だったしいいことも多かったけど、古い時代に属していた人間にとってはなんともやりきれない時代だったことだろう。
 その後岩崎家は少しずつ土地を買い足していって、最終的には1万5,000坪にまで広がった。子供の頃買えなかったお菓子やおもちゃを大人買いするみたいだ。
 コンドル設計の洋館が完成したのは明治29年(1896)年のことなので、岩崎弥太郎は見ていない。1985年に死んでいて、そのときはもう長男の久弥の代になっていた。
 文京区本駒込にある六義園は岩崎弥太郎が買い取って別邸にしていた場所だ。あちらも東京のものとなって一般公開されている。
 第二次大戦中、上野は空襲が激しかったにもかかわらず、この洋館は焼けずに残った。さすがのアメリカ兵もここに爆弾を落としちゃまずいと思ったのだろうか。
 戦後はGHQに接収されて無茶されてしまった。きれいな庭園は運動場にされて、かつての庭の面影は一切残っていない。アメリカ人に庭園の魅力は分からなかったらしい。
 昭和22年に国に返還されたあとは、最高裁判所研修所などに使われた。その際和館の大部分を壊してしまったのだから、日本人もアメリカ人も大して変わりないか。
 その後は長らく放置されて廃屋同然となっていて一時は取り壊しの話もあったようだ。しかし保護活動が実り、修繕されて一般公開にまでこぎつけた。ここまで来ればずっと残り続けるだろう。

 歴史というのは、単純に土地の上にも積み重なっていくものだということを知る。日本に人が住み始めて以来、ある土地の上に何世代にも渡って人々の暮らしと時代が歴史となって重なっている。いくつもの建物が建てられ壊され、また建て替えられてきた。同じ土の上に季節を変えて様々な花が咲くように。そこで生きた大勢の人の思いというのも残っていくものなのだろう。土地もまた記憶を持っている。
 たとえば100年後、この場所がどうなっているのかは分からない。1,000年後なんて想像もつかない。すべては一瞬の夢幻のようなものだ。けど、その土地に実際自分が立つことで、記憶の残像にほんのわずかでも触れることができるというのは喜びだ。歴史が頭の中を駆けめぐる。それはきっとその土地が持つ記憶が私に見せてくれたイメージだ。
 故きを温ねて新しきを知る。歴史の中にも既知と未知がある。古いものを訪ねるということは、必ずしも懐古趣味ではない。過去の中の未知を知ることで自分が過去と未来と同時につながることができる。これからもできるだけたくさんの歴史に触れに行こうと思っている。タッチ禁止なんて言わないで。




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