 PENTAX istDS+TAMRON 28-200mm XR(f3.8-5.6),f3.8, 1/6s(絞り優先)
お台場へ行くならぜひとも寄らねばと思った「台場一丁目商店街」。昭和の時代に駄菓子で育った私としては、昭和の町を再現したテーマパークというのは強く心惹かれるものがあった。 昭和30年代の下町をイメージしたショッピングモールとして台場一丁目商店街がオープンしたのが2002年。「デックス東京ビーチ」の4階ワンフロアーを、そっくり昭和の町並みに仕立て上げている。外観から店構え、品揃えまで昭和レトロの味が満載で、昭和30年代にはまだ生まれてない私でも、懐かしく感じられる空間となっていた。 駄菓子屋さん、文具店、おもちゃ屋、食堂や喫茶店やバーや床屋。そうそう、こんなふうだったよねと、見ているだけで嬉しくて笑えてくる。 上の写真は昭和の縁側風景を再現したセットだ。さすがにここまで古めかしい家は見たことがないけど、小物類まで本物を使っていて手抜かりはない。床に転がしてあるピアニカなんて何十年ぶりに見ただろう。 足のついた白黒テレビに小さなちゃぶ台、外には牛乳配達のための牛乳受け。自転車がちょっと新しすぎたような気がしたけど、自転車は昭和30年くらいからこんなふうだっただろうか。
 井戸なんかもあって、昭和の人にとってはなつかしく、今の若い人には珍しいのだろう。私は三重の田舎がいまだに井戸なんで特に珍しいものではない。ある意味、うちの田舎は演出抜きで昭和がまだ続いているから、愛・地球博の「サツキとメイの家」より価値が高いかもしれない。 雑貨屋さんには懐かしいもののオンパレード。昔のガチャガチャ、瓶のコーラにペプシにラムネ。メンコ、ビー玉、ベーゴマ、フラフープ。アイスクリームのボックスは子供時代に見たやつそのままで、メロンの形をしたケースのメロンアイスや卵のやつやチョコバナナなど、当時のままの姿で売られている。少年時代、こんなものをどれだけ飲んだり食べたりしたか。あんな体に悪そうなものを毎日食べてよく健康に育ったものだと感心する。考えてみると、今の子供たちよりよほどたくさんの悪げなものを摂取してきた私たちの世代だ。食品添加物なんかも入り放題だっただろうし、健康にいいものなんて観念自体が存在しないも同然だった。コーラを飲むと骨が溶けるという都市伝説も今となっては笑い話だ。 大がかりなセットとしては、学校の教室を再現した食堂や子供の遊び場だった空き地の「夕日ヶ丘公園」、ゲームセンター、スバル360や新幹線ひかりのミニチュア、赤い屋根が特徴の丹頂型電話ボックスなどがあった。
 小学校の下校途中、毎日のように駄菓子屋に通った。あの駄菓子屋のおばちゃんは今思えばまだ30代だったんじゃないだろうか。全部が10円、20円だったけど、それでも使えるのは100円くらいだから、毎日どれを食べてどれを我慢しようか頭を悩ませたものだ。それがまた楽しかった。 それにしてもここの駄菓子はどれも高い。当時の値段を知ってるものだから、なんだかだまされてるような気になってなかなか買えなかった。10円、20円だったのが50円、60円って言われるとぼったくりと思えてしまう。これが今の定価なのか、観光地価格なのかは判断がつかなかった。冷静に考えれば今はもう1,000円でも2,000円でも好きなだけ買えるのに、駄菓子屋に入ると少年時代の自分に戻ってしまうらしい。 結局、私とツレでアメやらチョコやらカレーあられやら200円分買っただけだった。なんて貧乏くさい。これじゃあ小学生のままではないか。大人なんだからせめて500円くらいは買わないと。けど、いくつになっても駄菓子っていうのは大人買いするもんじゃないようにも思える。本気であれもこれもと買いだしたらすぐに3,000円くらいいってしまうだろうし。
 わー、ピンクレディーのレコードだ、と駆け寄るふたり。完全に昭和の子供に戻っている。この中の何枚かは確かに持っていた。「カルメン'77」は特にジャケットに見覚えがある。当時はミーちゃんかケイちゃんかどっちが好きかという話によくなった。私はもちろん、ミーちゃん派だ。 当時のアイドルと今のアイドルはまったく別の物だ。時代が違っているから、もうピンクレディーやキャンディーズは出てこない。たのきんトリオや松田聖子も。アイドルという名前は残っても、アイドルの時代はもうとっくに終わっているのだ。
ここを作るときは団塊の世代まで客層を広げようということで昭和30年代が選ばれたというのがあったそうだ。ただ、実際にはその下の世代や若者が意外に多かったということで、2006年の11月に新たに昭和40年代、50年代のテイストを加えて新装開店した。だから、我々の世代としてはあらたに加わった部分がちょうど小中学生の頃で懐かしさど真ん中だった。 最近は海外からの客も増えているという。中国や韓国の人もどこか共通した時代感覚があったのだろう。
 昭和の食べ物屋は、セットとしてだけではなく現役の飲食店として営業して、当時のものを食べたり飲んだりできるようになっている。全店舗30ほどの中で飲食店は5軒ほどだろうか。一杯飲み屋や、写真のように美空ひばりの店「ひばりフルーツパーラー」などもあった。 その他、「怪奇屋敷」(大人600円)や、射的場、ゲームコーナー、ボウリング場なども用意されていて、買い物から遊び、飲食まで楽しむことができるようになっている。 サンリオファンなら、「さんりお屋お台場店」へ行かねばなるまい。ここでしか買えないものも取り揃えている。
台場一丁目商店街を作りものの昭和だと思うか、懐かしさに浸って楽しめるかは、昭和に対する思い入れの強さによって違ってくる。この時代を知らない人でもいろいろ楽しめることは多いだろうけど、やはり昭和に少年少女時代を過ごした人が感じるであろう懐かしさは特別のものがあると思う。再現度としては、まずは申し分ないものだろう。外国の街を再現したテーマパークのような安っぽさはない。時代考証的にどうなんだとか細かいあら探しをしたら楽しめないから、気持ちだけでも子供時代に戻って素直に面白がりたい。ここはひとりで行くよりふたりで行った方がいい。多すぎてもかえってよくない。昭和に育った同世代と行くのが最適な場所だと思う。30代以上のデートにもいい。 ひとつ希望としては、働く店員も昭和の人にして欲しいということだ。せっかくセットも小物も完璧に昭和しているのに店員だけが若い女の子ではムードも壊れてしまう。駄菓子屋にはおばちゃんが似合うし、文具屋なんかは頑固オヤジだろう。店によっては怖そうなおじさんや粋な若者や色っぽい女の人など、それぞれに合った人材を起用して欲しいところだ。テーマパークとするなら、そこまでこだわってもおかしくはない。
昭和30年代は、戦争が終わって10年経って、町もだいぶ復興して、これからどんどん新しい日本に向かっていって、明るい未来が待っていると大人も子供も信じられた時代だ。未来は誰にとっても未知で、ワクワクドキドキするものだった。貧しくても活気に溢れ、まだ人と人とがしっかりとつながっていた時代でもある。男は男らしく、女は女らしく、子供は子供らしかった。もちろん、悪いことや駄目な部分もたくさんあって、だから今の時代があるのだけど、それでもやっぱり振り返ってみればいい時代だったと感じるのは間違いじゃない。その時代を生きていなくても。 バブルが弾けて、不況に陥って、少し明るさが戻ってきた今、ようやく私たちはあの頃を懐かしむ気持ちの余裕を取り戻してきたのだろう。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』がこのタイミングで作られて好評だったのも偶然ではない。ちょうどあの作品の舞台も昭和33年だった。リリー・フランキーの『東京タワー』も、今書かれ読まれるべき物語だったのだと思う。 懐かしいという感情はそんなに後ろ向きのものではない。それは必ずしもあの時代に戻りたいということではないからだ。私たちは今の時代にさほど不満を持っているわけでもないだろう。ようやくそういう振り返る心のゆとりを持てるようになったことを喜んでいい。記憶は都合良く塗り替えられ、思い出はいつでも美しい。それを味わっていればいいのだ。懐かしさもまた、未来へ向かう原動力になる。 最後に、最高の昭和トリップ小説として広瀬正の『マイナス・ゼロ』をオススメしておきます。集英社文庫はとっくに絶版になっていて オークションでも1,200円なんて値段が付いていてちょっと入手が難しいので、図書館ででも見つけたらぜひ。SFは読まないなんて偏見を捨てて読んでみれば、日本にもこんな素敵な小説があったのかと思うことでしょう。
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