 PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f2.8, 1/20s(絞り優先)
今日のサンデー料理は和食にした。そこに心のホームがあるから。毎日いろいろなものを食べて、週に一度自分で料理を作って、巡りめぐって何が食べたいのか分からなくなることがある。そんなとき帰っていくのは、やはり和食だ。消極的な帰結だけど、たまには故郷に逃げ帰ったっていい。それは故郷がある人間の特権だから。 今日のもうひとつのテーマは温野菜だった。温野菜という言葉は最近よく耳にするようになったけど、生野菜に対して加熱して温かくなった野菜の総称だから、突然ブームになったとかそういうことではない。特別な料理方法があるわけでもなく、変わった野菜を使うわけでもない。 ただ、野菜炒めや煮込みの具として使われる野菜はあまり温野菜とは表現しない。野菜を加熱してそのままの姿で食べる料理を一般的に温野菜と言うことが多いようだ。 野菜によってどうやって加熱すれば栄養が逃げなかったり増したりするかがそれぞれある。水溶性のものは茹でるとよくないとか、油で炒めた方が栄養が吸収しやすくなるとか。ただ、野菜のソムリエの長谷川理恵なら知ってるかもしれないけど、普通の人は詳しくは知らないと思う。私ももちろん知らない。基本的に加熱するとビタミンBやCは失われやすくて、ミネラル分はあまり減らないそうだ。茹でると溶け出すものが多くて、蒸すと栄養素を閉じ込めやすいくらいに覚えておけばいいと思う。野菜のソムリエを目指してる人はそんな大雑把な知識じゃ駄目だけど。当然、長谷川理恵にも説教を食らってしまう。
ということで、今日は蒸し温野菜にしてみた。やってみて分かることは、やっぱり蒸しというのは型くずれしないというだけではなく、味という点でも美味しいということだ。茹でるのとも煮るのとも焼くのとも違う。ほんのりとした野菜本来の甘みが閉じ込められている。多少時間はかかるけど料理としてはごく単純だ。蒸し器に水を入れて、野菜を並べて火をかけたらあとは放っておけばいい。塩、コショウさえ必要ない。 カボチャやニンジンなどは本当に甘くなるから、何もつけずに食べられるくらいだ。つけ汁がいるやつは、めんつゆをベースにしょう油、酒、みりんを混ぜて、だし汁で好みの濃さに薄めて作る。 今回はエビ、鶏肉、大根、アスパラを使ったけど、これは何でもいい。ジャガイモ、タマネギ、ブロッコリー、キャベツなど、余った野菜でも、たいていは大丈夫だ。 私の場合は、蒸すときに水ではなくだし汁で蒸してみた。その方が味が染み込んで美味しくなると思って。そういう調理方法があるのかどうかは知らない。 温野菜のいいところは、甘みが増して美味しくなるのと、量を食べられるということだ。大量の生野菜が目の前に並ぶとそれだけで気が滅入るけど、温野菜ならむしろ喜んで食べられる。子供だってきっとそうに違いない。野菜は生じゃなきゃ駄目ってわけじゃない。生を少し食べるよりも温野菜をたくさん食べた方が結果的にたくさんの栄養素を摂ることにもなる。その場合、特に蒸すという調理をおすすめしたい。ビタミン類が逃げにくくて、美味しくなって、調理も簡単と、言うことない。蒸し器だけはなければ買ってこなければいけないけど。 更に美味しく食べるようと思えば、ソースを工夫すればいい。好きなソースで食べれば子供もお父さんも喜ぶし、ソースでビタミンが壊れるわけじゃない。これで野菜嫌いの子供が少しでも減ればいい。
左手前のは豆腐っぽいけど、実物はマグロだ。 マグロの切り身をやや大きめのサイコロ状に切って、白味噌、マヨネーズ、しょう油、からしをあわせたものに絡める。その状態でタッパーなどに入れて、ラップをして、レンジで3分から5分ほど加熱すればできあがりだ。これも簡単。 付け合わせのなめこと長ネギの白い部分は蒸し器の中で一緒に蒸した。普通は簡単に茹でればいい。 盛り合わせてから、味噌マヨネーズの残りを上からかける。 右手前は、料理名不明のサトイモ料理。 サトイモはすごく美味しいと思うんだけど、オシャレ度が最低ランクに近いのであまり好まれてない食材だ。洒落たフランス料理やイタリア料理などではまず登場しない。和食にしてもせいぜい煮っころがしくらいで、なんとなく年寄り臭くていけない。工夫してもあまりスマートな料理はならないのだけど、なんとか手を加えて美味しいおかずにしたいと思って考えたのがこれだ。 サトイモをよく洗って、皮付きのままよく茹でる。皮をむいたら適当な大きさに乱切りして、タッパーに入れてラップをしてレンジで3分ほど加熱する。充分柔らかくなったら、タッパーに入れたまま、しょう油、酒、みりん、だし汁を加えてサトイモをつぶす。汁気が多くなったら小麦粉かカタクリ粉を加える。 次にラップに適当な量に分けて包み、口をしばって2分か3分加熱する。 ラップから出したら、白ごまと青のりをまぶして出来上がりだ。 今回ちょっとだし汁を加えすぎて失敗したのだけど、本来は団子状にして白ごまか青のりを全体にまぶした方が見栄えはいいと思う。味としてはとっても美味しいので私は好きだ。ぜひサトイモをもっと使ってやって欲しい。
美味しい和食を作るのは難しく、見た目が美味しそうな和食を作るのはもっと難しい。フランス料理などはどう作ってもそれなりに美味しそうに見えるのだけど、和食で見た目からして食欲をそそるものを作るのはそう簡単じゃない。素材の姿がそのまま残る料理が多くて、ソースの色も地味なものが多いのが要因だろう。それを打破するのが料亭や旅館で出てくるような懐石料理なのだけど、家庭であのレベルを再現するのはとても困難だ。手間暇がかかりすぎるし、飾りつけに使う食材が多すぎて無駄が出過ぎてしまう。 見た目がいかにも美味しそうな和食が作れる人は、間違いなく料理レベルが高い。私はまだまだそういうレベルからは遠い。もっと勉強しなくてはいけないし、もっと回数を重ねなくてはいけないだろう。 和食というのはなかなかに奥が深くて、向こう側をのぞき見ることができない。最後はシンプルに戻るにしても、複雑さを超えた絶妙なバランスのシンプルさを実現するためには年月と修行が必要だ。私もそろそろ包丁一本をさらしに巻いて修行の旅に出ようか(どこへ行くつもりだ)。 心の故郷である和食に戻ったのはよかったけど、ここはここで案外居心地が悪くて落ち着かない。ずっとここに縛られてしまうかと思うとなんとなく気が重くなる。それもまた、故郷と同じだ。田舎暮らしは二泊三日がせいぜいなように、料理もまたフランス料理や洋食に戻りたくなる。もっと自由にいろんなものを作りたい。和食はまたひと月後か、ふた月後だ。 日本人はいつでも帰ることができる和食があって幸せだ。だから、いろんな料理を求めて旅することができるのだろう。心のホームを忘れず、和食の精神をなくさないようにすれば、私たちはもっと自由でいられる。
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