 OLYMPUS E-1+Super Takumar 300mm(f4), f5.6, 1/800s(絞り優先)
名古屋の桜は待っていてもなかなか咲いてこないから、今日は菜の花の話をしよう。菜の花というと、3月、4月のイメージが強いのだけど、花の時期は長く、地方によってもけっこうバラツキがあるから、人によって感覚はたぶん違うのだろう。日本最大の栽培面積である青森県の横浜町は5月にピークを迎えて、毎年日本各地から見物客が訪れるそうだ。かと思うと、愛知県の渥美半島や千葉県の房総半島などでは1月からもう咲いている。私がこの写真を撮ったのは2月の庄内緑地だった。菜の花は、もはや季節を知らせる花ではなくなっているのかもしれない。 一般的に菜の花という名称はこのグループの総称で、菜の花という名前の花は存在しない。野菜として食べるものをナバナ(菜花)といい、切り花をハナナ(花菜)といって区別する。 種類を大きく分けると、在来種のナタネ(菜種)/アブラナと、セイヨウアブラナ(洋種ナタネ)に分けられる。菜の花界はけっこうややこしいことになっている。 アブラナは世界中に3,000種類もあるという。学名のCruciferaeは4枚の花弁が十字形に並んでいるところから付けられたもので、日本では野菜の花に多い。小松菜、大根、白菜、キャベツ、カラシナ、カブ、ブロッコリー、カリフラワーなどが仲間だ。ときどき、これ菜の花っぽいけどなんか違うなってのを見かけることがあるけど、それはこういうカラクリがあったのだ。それはきっと菜の花だけど菜の花じゃない。
 花が咲いた後には1ミリほどの無数の種ができる。これを絞ったものが菜種油(なたねあぶら)と呼ばれるものだ。昔はこれで行灯(あんどん)などの明かりをとっていた。美濃の斎藤道三が油売りから戦国大名に成り上がったというエピソードは有名だけど、道三は菜の花から油を絞りまくって儲けたのだった。菜の花といえども侮れない。さすがマムシだ、とわけもなく感心してしまうのだった。 現在はセイヨウアブラナから菜種油をとっている。これは明治初期に日本に入ってきて、こちらの方がたくさん油がとれるということで在来種のナタネに取って代わった。セイヨウアブラナというのは、アブラナとキャベツなどを掛け合わせて品種改良されたものを指す。 原種アブラナの原産地は、北ヨーロッパの地中海沿岸だと言われている。紀元前には中国に伝わっていて、日本にも奈良時代には入っていたと予測されている。『古事記』や『万葉集』にも登場している。 最初は食べ物として利用されていたらしく、種から油をしぼるようになったのは平安時代以降だそうだ。その後、少しずつ定着していき、江戸時代に行灯が一般に普及して菜種油の需要は頂点を迎える。当時は日本各地で広く栽培されていたようで、場所によっては見渡す限り黄色い絨毯になっていたところもあったとか。江戸時代の俳人与謝蕪村は、有名な「菜の花や 月は東に 日は西に」他にいくつも菜の花の句を詠んでいる。 現在では、広大な名の花畑というのはほとんど見かけなくなった。生産高最高は千葉県の房総半島で、香川、徳島、愛知、三重が続く。本格的に栽培している地域は限られているようなので、県によっては名の花畑なんてさっぱり見かけないという人もいるのかもしれない。今の時代、半端な量の菜種油では採算が取れないだろう。
 毎年、一回か二回は菜の花のおひたしを食べる。季節ものということで、食べないと気になる。食べればもう、その存在は忘れることができる。そこそこ美味しいけど、好んで食べるほどのものでもない。 食べ方は特に工夫もなく、さっと茹でて、かつお節を振りかけて辛子しょう油で食べる。マヨネーズでもいいらしいけど、そういう食べ方はしたことがない。菜の花の漬け物は漬け物自体食べない私には無関係だし、わざわざ天ぷらにするのも面倒だ。年に一回のことだから、普通の食べ方でいいやと毎年思ってしまう。菜の花に対してもうひとつ情熱的になれない私であった。 栄養素としては、カロチン、ビタミンC、B、鉄、リン、カルシウムなどが豊富に含まれていて体にいい。動脈硬化を予防する効果もあるそうだ。考えてみると、ドラッグストアでわざわざ高いサプリメントを買うよりも普通の食事で摂取しておいた方がずっと安上がりなのだ。サプリメント業界に踊らされっぱなしの私は、ここらで大いに反省すべきだろう。河原で野草摘みでもして一から出直すか。そういえば、そろそろツクシの季節だ。タダメシを獲得するチャンス到来。印刷屋の酒井に負けるな。
♪菜の花畑に入日薄れ 見渡す山の端 霞ふかし♪ 今でもこんな唱歌は歌われているんだろうか。もう、こういう歌は作られなくなった。大量生産されて、聴き捨てにされる曲ばかりで。だから、昔の歌を歌い継いでいくしかない。子供の頃に聴く歌はこういう歌の方がいい。大人になってもずっと記憶に残る。けれど、もはや歌に出てくるような情景は日本にはないから、今の子供たちの心には届かないのかもしれない。うさぎ追いしかの山も、小鮒釣りしかの川も、近所にはない。失ったものは大きい。 この菜の花の写真を撮ったのは2月12日で、狙ったわけではないのに、ちょうど司馬遼太郎の命日「菜の花忌」に当たる日だった。司馬遼太郎は野に咲く黄色い花が大好きだったということで、そう名づけられた。作品にも『菜の花の沖』というのがある。 日本らしいものを大切にする心を、これからも忘れずに持ち続けていこうとあらためて思った。
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