 PENTAX istDS+smc PENTAX-DA 18-50mm(f3.5-5.6 AL), f8, 1/200s(絞り優先)
「15歳の女のですが、おばあちゃんの原宿といわれる巣鴨にわたしは行ってもいいのですか?」 あるサイトでそんな素朴な問いかけを目にした。確かにそれは素朴ではあるけど意外と深い疑問なのかもしれない。たとえば、私は貧乏なのですが六本木ヒルズを見に行ってもいいのですかという問いかけにも似ている。もちろん答えは両方とも、いいーんです、となる。巣鴨に年齢制限はなく、六本木ヒルズの入口に貧乏感知ブザーが設置されているわけでもない。 私が行ったときは平日の夕方ということで、地蔵通り商店街はそれほど混み合ってはいなかった。おばちゃんまみれの巣鴨を期待していたので、ちょっと残念だった。ただ、歩いている人の年齢層は確かに高く、街の空気感が明らかに若者向けでないことだけは、巣鴨駅を降りて1分で気がづいた。ここまで潔くお年寄り向けに特化した街というのは他にないだろう。大晦日のNHK紅白歌合戦は、巣鴨を見て自らを省みて欲しいと思う。若者に中途半端にこびるから自分を見失うのだ。 草履や雪駄を売る履物屋、店先に並ぶたくさんの杖、ガモカジと呼ばれる高齢者向け最新ファッションの服屋、名物塩大福、やわらかい濡れせんべい、健康茶に漢方に薬あれこれ。この街の主役はあくまでもお年寄りだ。若者はターゲットではない。マックもS・M・Lではなく、大中小とメニューに表記しているくらいだ。 巣鴨といえばモンスラに赤パン。幸福の黄色いハンカチは知ってるけど、幸運を呼ぶ赤いパンツは知らなかった。モンスラは、もんぺスラックスの略だ。ウエストと足首がゴムになっていて、年輩の人には大好評を博している。銀座三越なんかでは売ってない。ガモカジファッションに身を包んだお年寄りをガモーナと呼ぶらしい。アデージョ(艶女)にだって負けてない。 今の時代のお年寄りはけっこう年金をもらっている世代なのでお金持ちだ。みなさんホイホイいろんなものを買っているのを目にした。中には買っていることをあまり自覚してない人もいるかもしれないけど、そのへんのところは店の人も慣れたものだろう。おばあちゃん、朝ご飯はさっき食べたでしょ。 巣鴨地蔵通り商店街は、かつての中山道だった道だ。だから、昔から人の往来があって、賑わっていたところだった。昨日、今日のお年寄りブームでできた街などではない。 平日は午後3時から6時まで、日曜祝日は昼から午後6時まで、この道は歩行者天国になる。そう、ここは天国に一番近い商店街なのだ。
 とげぬき地蔵の前に、商店街の入口左手にある眞性寺(しんしょうじ)にも寄っていく。中山道の入口に位置したこのお寺さんは、江戸六地蔵のひとつで、この道を旅する人は必ずここでお参りしてからいったと言われている。創建は不明ながら、高岩寺(とげぬき地蔵)よりもこちらの方が古い。「江戸名所図会」にも描かれている名刹で、歴代の将軍も訪れたという。 名物は大きな地蔵菩薩。高さは約5メートルあって、巨大な笠をかぶっている。 毎年6月24日は百万遍大念珠供養が行われ、長さ16メートルの大数珠をみんなで順々に回して厄除け祈願をする。 境内には松尾芭蕉の句碑が建っている。
 JR山手線の巣鴨駅から、ゆっくり歩いても7分くらいでとげぬき地蔵に到着してしまう。あっけないくらいに近い。実はこの近さもまたお年寄りには人気の秘訣となっている。商店街であちこち買い物をしたり商品を見たりしながらフラフラととげぬき地蔵に向かうという距離感とコース設定がちょうどいいのだろう。 平日でも2万人、毎月4のつく縁日の日は6万人、日曜ともなると8万人からの人がやってくるというからすごい人数だ。東京中の元気なお年寄りが一堂に会したと言っても過言ではない。年間で800万人というから、東京は高齢者も多い。 縁日には200を超える露天が並んで、お年寄りで大盛況になるという。しかし、それを狙った高齢者スリや、老人をカモにするキャッチも出没するというから油断はできない。そんなものに引っかかっていては、全然霊験あらたかじゃないことになってしまう。 ここで売られている塩大福や大判焼きなどはお年寄り向けにアレンジされているんだろうか。ノドに詰まりにくい大福になっているとか。巣鴨で商売をするには、普通とは違う部分で気を遣わなくてはいけない難しさがありそうだ。
 一般に「とげぬき地蔵」として知られいている高岩寺は、正式名称を萬頂山高岩寺(ばんちょうざんこうがんじ)という。本尊は秘仏で延命地蔵尊。 1596年に、武士の田付又四郎が妻の病気祈願をしているとき夢に地蔵観音が出てきて、自分の姿の木版を与えるからそれに朱肉を付けて紙に押して川に流すようにと告げた。そこで、一万枚の地蔵の御影を両国橋から流して祈ったところ、妻の病気がすっかり回復したというところから話は始まる。 2年後、誤って針を飲み込んでしまった女中に、地蔵の御影を飲ませてみたところ、ゲホッと吐き出したのが針の刺さった御影だった。 ここからとげ抜き地蔵の名が生まれ、その地蔵尊を祀るために、扶岳太助が江戸神田湯島に創建したのが高岩寺の始まりとされている。60年後に上野の下谷屏風坂に移り、明治24年に区画整理で今の巣鴨に移ってきた。 そういうわけなので、間違って針を飲み込んでしまったり、ノドに魚の骨が刺さったときは、とげぬき地蔵へ行くといいだろう。 って、御利益狭っ! そんなイベントは一生のうちに一回あるかないかだ。地方に住んでいて、魚の骨が刺さったからといって慌てて新幹線のチケットを買って、山手線に乗り継いで、巣鴨までやって来たときには、もうとっくに骨も取れているというものだ。それでも取れないときは、まず医者に行った方がいいと思う。 しかし、これではさすがに御利益の範囲が狭すぎるので、今は病気平癒、無病息災、痛み軽減、けが治癒、健康長寿などに御利益があるとされている。更に、心に刺さったトゲまで抜いてくれる。うまいことを言うね。だとすれば、年を取って丸くなったお年寄りよりも、働き盛りでストレスをため込んでいる仕事人間こそ、ここを訪れるべきなんじゃないだろうか。 秘仏を拝むことはできないので、和紙に描かれた御影(おみかげ)を買って、拝んだり、痛いところに貼ったりする。
 境内にはもうひとつの名物である「洗い観音」がある。これをとげ抜き地蔵と思い込んで一所懸命磨いている人もいるらしい。でも、教えてあげなくても大丈夫、大切なのは祈る対象ではなく信仰心なのだから。 これもたいそうな人気で、写真のようにいつも行列が途切れることはないそうだ。行列のできる洗い観音へようこそ。今活躍してるのは二代目で、初代は後ろ厨子に格納されれいる。昔はタワシで磨いていたので、ツルツルのピカピカになって原形が分からなくなってしまったので引退となった。二代目からは「おみぬぐい」という白い布で拭くシステムに変更された。 これくらいの列ならたいしことはないと思うかもしれないけど、洗い磨き作業がひとりひとり長いから、そう簡単には進まない。何しろ痛みや不調が切実な人はササッと拭いてはい終わりというわけにはいかない。自然と磨く手にも力が入り長引く。後ろから急かすのも悪い。必然的に回転が悪くなる。 気候のいいときはいいけど、真夏や真冬は大変だ。列の横には「AED」という目立つプレートがかかっていて、用意万端整っている。倒れたらこれで心臓マッサージだ。体がよくなるようにとお願いに来て、むしろ体調が悪くなって寿命を縮めたら洒落にならん。 ただ、考えてみると電車やバスに乗ってここまでやって来られるということは充分元気な証拠のわけで、そんなに元気ならまだ大丈夫なんじゃないかと思ったりもする。在宅の人にこそ出張サービスが必要だ。そういう意味では、とげぬき地蔵を訪れてるおばあちゃん、おじいじゃんは、お年寄りの中のエリートと言っていい。ゆめゆめ侮ったり軽んじたりしてはいけない。 そう、ここは元気なお年寄りたちが更なる健康を願って集まる場所なのだ。
 これがだいたい高岩寺境内の全景といっていい。思ったよりも狭い。浅草寺のような大きなお寺を想像していくと、かなり拍子抜けする。あとは右側に洗い観音があるくらいで。 建物も新しいものばかりなので、あまり見どころはない。一番古い本堂でも昭和32年で、赤御影石を使ったコンクリート造りの山門は昭和55年とモダンささえ感じさせる(高さ約6.5メートル)。 境内から出た向かって左側は休憩スペースになっていて、東京では珍しくタダベンチがたくさん設置されている。これもお年寄りに優しいとげぬき地蔵ならではの心遣いだ。 境内の中ほどにはお馴染みの香炉がある。線香を入れて、煙を手ですくって体の気になるところにかけると調子がよくなるというやつだ。ちびっ子もよく分からないながらも大人のマネをしてやっていた。私ももちろんやっておいた。何か願ってというわけでもないけれど。
巣鴨はなかなかいいところだった。活気の中にも穏やかさがあって。最近は修学旅行のコースに組み込まれるなど、若者も増えているという。こういう特殊な街というのは他にないから、地蔵通り商店街とあわせて一見の価値がある。おみやげは迷わず赤パンとモンスラだ。他ではなかなか手に入らない希少価値がある。 これからはどんどん高齢化が進んでいくのだから、それに合わせて街が高齢化していっても不自然ではない。おばあちゃんの原宿だけでなく、おばあちゃんの新宿も、おじいちゃんの歌舞伎町も作ったっていい。隅田川あたりも高齢者向けウォータフロントに再開発したらどうだろう。 とりあえず、地蔵通りは今後ともしばらくは安泰だろう。少子化はむしろ追い風になるかもしれない。おばあちゃん、おじいちゃんが孫に取られる分が減ることで自分にお金を使うようになる。 今回の巣鴨行きは、徹底することの大切さをあらためて教わることになった。誰にも彼にもいい顔をする必要はない。ここと絞ったターゲット層に特化させれば独自の色が出る。 そういうわけで、このブログはますます神社仏閣ネタが色濃くなっていくかもしれない。神社、寺、神社、花、神社、鳥、庭みたいな一週間のローテンション。でも、それでいいのか、私、と声がする。やっぱり、もうちょっと幅広くしようか。季節はもう春だし。今後とも硬軟織り交ぜていくつもりなので、多少神社仏閣ネタが続いたとしても見限らないでください。
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