現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
昭和ノスタルジック都電荒川線でゆく空想小旅行
2007年03月31日 (土) | 編集 |
都電荒川線-1

PENTAX istDS+smc PENTAX-DA 18-50mm(f3.5-5.6 AL), f5.6, 1/100s(絞り優先)



 雑司ヶ谷霊園から鬼子母神へ向かって歩いていたら都電の線路脇に出た。しばらく待っていると、遠くから小さな電車がのんびりやって来るのが見えた。ああ、あれが都電か。記念に一枚写真を撮ろうとカメラを構えて待つ。そんな私を見つけた運転士さんが私のために徐行運転をしてくれたように見えたのは気のせいだったか。あ、あんなところにまた電車男がいるなと思ってサービスしてくれたのかもしれない。おかげで、にわか電車男の私が、電車マニアっぽい写真を撮ることができて喜んだ。ありがとう、都電の運転士さん。親切のせいでダイヤに乱れが出なかったでしょうか。

 かつて東京中を静脈のように線路を張り巡らしていた都電も、今は荒川線を残すのみとなった。
 明治44年に創業以来、大正、昭和と都民の足代わりとなって働き続け、戦争で壊滅してもまた復活した都電。しかし、自動車の普及と街の近代化には打ち勝てず、業績悪化のために昭和40年代に35系統も廃線となり、姿を消すのも時間の問題となった。
 荒川線も当初は廃止予定だったのだけど、専用の軌道が多かったのと、代替の交通機関がないということで、21世紀の現在に生き延びた。最後に乗った2系統を一本化して荒川をメインに走ることから荒川線と名づけられた。
 もともと王子電気軌道が開業したものを昭和17年に東京市が買い取ったという経緯がある。だから、昔から知っている人はいまだに王子電車、略して王電と呼んでいるそうだ。

都電荒川線-2

 夕暮れ時の荒川線は、ますますノスタルジックな哀感が漂う。線路沿いをのんびり歩いていると、ここが21世紀の東京都内だということをほんの一瞬忘れそうになる。そしてつぶやく言葉は、昭和だねぇ。
 それにしてもけっこうひっきりなしに電車が行き交う。一両編成だから田舎の電車のようにほとんど利用客もないのかと思うとそうではなく、今でも一日5万6,000人が利用するというからなかなかの人気電車だ。この人数は、多くの人が通勤、通学に使っているということになる。都電、侮りがたし。ただ昭和18年頃は一日193万人も乗客があったというから、当時を知ってる関係者にとっては充分すぎるほど寂しい光景なのだろう。

 三ノ輪橋から早稲田までの30駅、12.21キロを平均速度13キロで49分かけてのんびり走る。その間の20パーセントは路面電車となって、車と並走することになる。当然、赤信号も止まらなければならない。用意ドンで自転車と競争したら、たぶん自転車の方が早く着くと思う。マラソンランナーのスピードを1キロ3分として、12キロなら36分となるから走った方が早いとも言える。
 運転のさじ加減は運転手の気持ち次第。コンピューター制御なんて洒落たものはない。ダイヤよりも人情優先。遅れた人が走ってる姿を見れば待っている。へたすれば駅じゃないところで手を挙げれば止まってくれそうな気さえする。もちろん、それはないけれど。
 料金は一駅でも終点までいっても一律160円。前払いシステムで切符もない。観光客用に一日乗車券が400円で売っている。一駅ごとに降りて散策して、また乗ってと、一日都電の小旅行なんてのも楽しそうだ。
 私はこれまで駅と書いているけど、実はこれは間違いで、正しくは停留所となる。都電荒川線は、電車ではなくバスの扱いに近い。

 私のにわか仕込みの知識によると、現在運行している車両は、一番多い7000型(23両)、一番上の写真の7500型、1990年(平成2年)に導入された8500型の3種類となっている。最新型の8500型を以前の車両と入れ替えるはずが、コスト面の問題で5両で生産売り切りになってしまった。ただ、これは姿があまり都電らしくないので、全部8500型に切り替わらなくてよかったと思う。
 以前主力だった6000型は、ライトが一つなのでみんなから一球さんの愛称で呼ばれている。しかし、そんな知識は一般生活では役に立たないどころかむしろ邪魔になることもあるので、無闇に披露しない方がよさそうだ。平成14年まで走っていたというから、東京の人なら見たことがある人が多いと思う。
 今年2007年の5月に、イベント用の最新型9000型が新造されてお披露目になるそうだ。もし見かけたら写真を撮りたい。その前に、あらかわ遊園や、江戸東京たてもの園に保存してある古い車両の写真を撮りに行くことが先か。

都電荒川線-4

 線路という縛れる不自由に何故人はその先の自由を夢見るのだろう。電車に乗りさえすればどこか遙か遠くの街に連れて行ってもらえる気がする。どこまでも続いているように見える線路にも必ず終わりがある。いや、終わりがあるからいいのか。環状線である山手線にロマンはない。
 通称ちんちん電車は、車掌がいなくなってもチンチンと発車のベルを鳴らし、今日も三ノ輪駅を発車する。春には素盞雄神社の梅が、初夏には停留所のバラが見送ってくれる。
 2000年に新しくできた荒川一中前を通り、昭和が色濃い荒川区の商店街へと入っていく。ここは金八先生でもお馴染みの街だ。下町風情の町屋駅を通って、住宅や町工場を過ぎると、あらかわ遊園が見えてくる。次は都電が休むための荒川車庫。王子稲荷のある王子駅のあとは、飛鳥山。東京桜名所のひとつである飛鳥山公園がある。桜シーズンはかなり混雑するだろう。高校、大学が沿線にあるので、登下校時は学生が多くなる。
 次は巣鴨のとげぬき地蔵がある庚申塚だ。ここで一気に乗客の平均年齢が下がったり上がったりする。4の付く縁日の日は相当混雑するようだ。サンシャインを60が見えてきたらもう池袋は近い。雑司ヶ谷霊園のある雑司ヶ谷、鬼子母神の鬼子母神前、学習院から遠い学習院下、ロマンチックな名前の面影橋、そして終点早稲田に到着。ここで唐突な終わりを迎える。ここは池袋でもなく、新宿でもない、早稲田だ。こんなところで降ろされても、と思ってしまうけど、続きは都営バスでどうぞということらしい。せめて新宿まで行ってくださいという願いが聞き入れられることはない。三ノ輪の方も浅草まで伸びれば、観光電車として再びスポットが当たると思うのだけどどうなんだろう。
 なにはともれ、都電荒川線の旅はこうして終わる。ご乗車ありがとうございました。お忘れ物のないようお降り願います。チンチン。

PASMO

 東京人でもない名古屋人のくせにPASMO(パスモ)を持っている生意気な私。これで東京人になったつもり、というわけではないのだけど、一度どんなものか試しに買ってみた。デポジットの500円が難点とはいえ(PASMOが不要になったら返ってくるけど手数料が取られる)、便利は便利だ。電車や地下鉄に乗るとき、いちいち駅のパネルを見上げて切符の代金を確認して自販機で買うという手間が省ける。それに、PASMOは財布に入れたまま、財布を改札のタッチパネルにかざすだけで通過できるのだ。これがけっこうカッコいい。と自分では思ってる。かなり読み取り精度は高い。
 このPASMOだけど、都電でも使える。最新のPASMOでレトロな都電に乗るというギャップが面白い。近いうちにこれで乗ってみよう。
 東京ノスタルジック都電の旅、おすすめです。私も近いうちに都電というものに一度は乗ってみたいと思っている。え、乗ったことないのかよ! というツッコミが聞こえてきそう。

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巣鴨地蔵通りはエリートのお年寄りが集まる天国に一番近い商店街
2007年03月31日 (土) | 編集 |
巣鴨地蔵通り商店街

PENTAX istDS+smc PENTAX-DA 18-50mm(f3.5-5.6 AL), f8, 1/200s(絞り優先)



「15歳の女のですが、おばあちゃんの原宿といわれる巣鴨にわたしは行ってもいいのですか?」
 あるサイトでそんな素朴な問いかけを目にした。確かにそれは素朴ではあるけど意外と深い疑問なのかもしれない。たとえば、私は貧乏なのですが六本木ヒルズを見に行ってもいいのですかという問いかけにも似ている。もちろん答えは両方とも、いいーんです、となる。巣鴨に年齢制限はなく、六本木ヒルズの入口に貧乏感知ブザーが設置されているわけでもない。
 私が行ったときは平日の夕方ということで、地蔵通り商店街はそれほど混み合ってはいなかった。おばちゃんまみれの巣鴨を期待していたので、ちょっと残念だった。ただ、歩いている人の年齢層は確かに高く、街の空気感が明らかに若者向けでないことだけは、巣鴨駅を降りて1分で気がづいた。ここまで潔くお年寄り向けに特化した街というのは他にないだろう。大晦日のNHK紅白歌合戦は、巣鴨を見て自らを省みて欲しいと思う。若者に中途半端にこびるから自分を見失うのだ。
 草履や雪駄を売る履物屋、店先に並ぶたくさんの杖、ガモカジと呼ばれる高齢者向け最新ファッションの服屋、名物塩大福、やわらかい濡れせんべい、健康茶に漢方に薬あれこれ。この街の主役はあくまでもお年寄りだ。若者はターゲットではない。マックもS・M・Lではなく、大中小とメニューに表記しているくらいだ。
 巣鴨といえばモンスラに赤パン。幸福の黄色いハンカチは知ってるけど、幸運を呼ぶ赤いパンツは知らなかった。モンスラは、もんぺスラックスの略だ。ウエストと足首がゴムになっていて、年輩の人には大好評を博している。銀座三越なんかでは売ってない。ガモカジファッションに身を包んだお年寄りをガモーナと呼ぶらしい。アデージョ(艶女)にだって負けてない。
 今の時代のお年寄りはけっこう年金をもらっている世代なのでお金持ちだ。みなさんホイホイいろんなものを買っているのを目にした。中には買っていることをあまり自覚してない人もいるかもしれないけど、そのへんのところは店の人も慣れたものだろう。おばあちゃん、朝ご飯はさっき食べたでしょ。
 巣鴨地蔵通り商店街は、かつての中山道だった道だ。だから、昔から人の往来があって、賑わっていたところだった。昨日、今日のお年寄りブームでできた街などではない。
 平日は午後3時から6時まで、日曜祝日は昼から午後6時まで、この道は歩行者天国になる。そう、ここは天国に一番近い商店街なのだ。

巣鴨真性寺

 とげぬき地蔵の前に、商店街の入口左手にある眞性寺(しんしょうじ)にも寄っていく。中山道の入口に位置したこのお寺さんは、江戸六地蔵のひとつで、この道を旅する人は必ずここでお参りしてからいったと言われている。創建は不明ながら、高岩寺(とげぬき地蔵)よりもこちらの方が古い。「江戸名所図会」にも描かれている名刹で、歴代の将軍も訪れたという。
 名物は大きな地蔵菩薩。高さは約5メートルあって、巨大な笠をかぶっている。
 毎年6月24日は百万遍大念珠供養が行われ、長さ16メートルの大数珠をみんなで順々に回して厄除け祈願をする。
 境内には松尾芭蕉の句碑が建っている。

とげぬき地蔵前

 JR山手線の巣鴨駅から、ゆっくり歩いても7分くらいでとげぬき地蔵に到着してしまう。あっけないくらいに近い。実はこの近さもまたお年寄りには人気の秘訣となっている。商店街であちこち買い物をしたり商品を見たりしながらフラフラととげぬき地蔵に向かうという距離感とコース設定がちょうどいいのだろう。
 平日でも2万人、毎月4のつく縁日の日は6万人、日曜ともなると8万人からの人がやってくるというからすごい人数だ。東京中の元気なお年寄りが一堂に会したと言っても過言ではない。年間で800万人というから、東京は高齢者も多い。
 縁日には200を超える露天が並んで、お年寄りで大盛況になるという。しかし、それを狙った高齢者スリや、老人をカモにするキャッチも出没するというから油断はできない。そんなものに引っかかっていては、全然霊験あらたかじゃないことになってしまう。
 ここで売られている塩大福や大判焼きなどはお年寄り向けにアレンジされているんだろうか。ノドに詰まりにくい大福になっているとか。巣鴨で商売をするには、普通とは違う部分で気を遣わなくてはいけない難しさがありそうだ。

とげぬき地蔵境内

 一般に「とげぬき地蔵」として知られいている高岩寺は、正式名称を萬頂山高岩寺(ばんちょうざんこうがんじ)という。本尊は秘仏で延命地蔵尊。
 1596年に、武士の田付又四郎が妻の病気祈願をしているとき夢に地蔵観音が出てきて、自分の姿の木版を与えるからそれに朱肉を付けて紙に押して川に流すようにと告げた。そこで、一万枚の地蔵の御影を両国橋から流して祈ったところ、妻の病気がすっかり回復したというところから話は始まる。
 2年後、誤って針を飲み込んでしまった女中に、地蔵の御影を飲ませてみたところ、ゲホッと吐き出したのが針の刺さった御影だった。
 ここからとげ抜き地蔵の名が生まれ、その地蔵尊を祀るために、扶岳太助が江戸神田湯島に創建したのが高岩寺の始まりとされている。60年後に上野の下谷屏風坂に移り、明治24年に区画整理で今の巣鴨に移ってきた。
 そういうわけなので、間違って針を飲み込んでしまったり、ノドに魚の骨が刺さったときは、とげぬき地蔵へ行くといいだろう。
 って、御利益狭っ! そんなイベントは一生のうちに一回あるかないかだ。地方に住んでいて、魚の骨が刺さったからといって慌てて新幹線のチケットを買って、山手線に乗り継いで、巣鴨までやって来たときには、もうとっくに骨も取れているというものだ。それでも取れないときは、まず医者に行った方がいいと思う。
 しかし、これではさすがに御利益の範囲が狭すぎるので、今は病気平癒、無病息災、痛み軽減、けが治癒、健康長寿などに御利益があるとされている。更に、心に刺さったトゲまで抜いてくれる。うまいことを言うね。だとすれば、年を取って丸くなったお年寄りよりも、働き盛りでストレスをため込んでいる仕事人間こそ、ここを訪れるべきなんじゃないだろうか。
 秘仏を拝むことはできないので、和紙に描かれた御影(おみかげ)を買って、拝んだり、痛いところに貼ったりする。

洗い観音

 境内にはもうひとつの名物である「洗い観音」がある。これをとげ抜き地蔵と思い込んで一所懸命磨いている人もいるらしい。でも、教えてあげなくても大丈夫、大切なのは祈る対象ではなく信仰心なのだから。
 これもたいそうな人気で、写真のようにいつも行列が途切れることはないそうだ。行列のできる洗い観音へようこそ。今活躍してるのは二代目で、初代は後ろ厨子に格納されれいる。昔はタワシで磨いていたので、ツルツルのピカピカになって原形が分からなくなってしまったので引退となった。二代目からは「おみぬぐい」という白い布で拭くシステムに変更された。
 これくらいの列ならたいしことはないと思うかもしれないけど、洗い磨き作業がひとりひとり長いから、そう簡単には進まない。何しろ痛みや不調が切実な人はササッと拭いてはい終わりというわけにはいかない。自然と磨く手にも力が入り長引く。後ろから急かすのも悪い。必然的に回転が悪くなる。
 気候のいいときはいいけど、真夏や真冬は大変だ。列の横には「AED」という目立つプレートがかかっていて、用意万端整っている。倒れたらこれで心臓マッサージだ。体がよくなるようにとお願いに来て、むしろ体調が悪くなって寿命を縮めたら洒落にならん。
 ただ、考えてみると電車やバスに乗ってここまでやって来られるということは充分元気な証拠のわけで、そんなに元気ならまだ大丈夫なんじゃないかと思ったりもする。在宅の人にこそ出張サービスが必要だ。そういう意味では、とげぬき地蔵を訪れてるおばあちゃん、おじいじゃんは、お年寄りの中のエリートと言っていい。ゆめゆめ侮ったり軽んじたりしてはいけない。
 そう、ここは元気なお年寄りたちが更なる健康を願って集まる場所なのだ。

とげぬき地蔵全景

 これがだいたい高岩寺境内の全景といっていい。思ったよりも狭い。浅草寺のような大きなお寺を想像していくと、かなり拍子抜けする。あとは右側に洗い観音があるくらいで。 
 建物も新しいものばかりなので、あまり見どころはない。一番古い本堂でも昭和32年で、赤御影石を使ったコンクリート造りの山門は昭和55年とモダンささえ感じさせる(高さ約6.5メートル)。
 境内から出た向かって左側は休憩スペースになっていて、東京では珍しくタダベンチがたくさん設置されている。これもお年寄りに優しいとげぬき地蔵ならではの心遣いだ。
 境内の中ほどにはお馴染みの香炉がある。線香を入れて、煙を手ですくって体の気になるところにかけると調子がよくなるというやつだ。ちびっ子もよく分からないながらも大人のマネをしてやっていた。私ももちろんやっておいた。何か願ってというわけでもないけれど。

 巣鴨はなかなかいいところだった。活気の中にも穏やかさがあって。最近は修学旅行のコースに組み込まれるなど、若者も増えているという。こういう特殊な街というのは他にないから、地蔵通り商店街とあわせて一見の価値がある。おみやげは迷わず赤パンとモンスラだ。他ではなかなか手に入らない希少価値がある。
 これからはどんどん高齢化が進んでいくのだから、それに合わせて街が高齢化していっても不自然ではない。おばあちゃんの原宿だけでなく、おばあちゃんの新宿も、おじいちゃんの歌舞伎町も作ったっていい。隅田川あたりも高齢者向けウォータフロントに再開発したらどうだろう。
 とりあえず、地蔵通りは今後ともしばらくは安泰だろう。少子化はむしろ追い風になるかもしれない。おばあちゃん、おじいちゃんが孫に取られる分が減ることで自分にお金を使うようになる。
 今回の巣鴨行きは、徹底することの大切さをあらためて教わることになった。誰にも彼にもいい顔をする必要はない。ここと絞ったターゲット層に特化させれば独自の色が出る。
 そういうわけで、このブログはますます神社仏閣ネタが色濃くなっていくかもしれない。神社、寺、神社、花、神社、鳥、庭みたいな一週間のローテンション。でも、それでいいのか、私、と声がする。やっぱり、もうちょっと幅広くしようか。季節はもう春だし。今後とも硬軟織り交ぜていくつもりなので、多少神社仏閣ネタが続いたとしても見限らないでください。




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