現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
華やかで可憐なサトザクラが束になってもソメイヨシノにはかなわない
2007年04月29日 (日) | 編集 |
東山植物園の桜-1

OLYMPUS E-1+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.4,1/200s(絞り優先)



 ゴールデンウィークに入ってソメイヨシノの桜前線は、東北・北海道ブロックに到達したようだ。こちらではもうひと月近く前のことになるから、正月気分も抜けた2月の始めみたいな遠さを感じる。こっちはもう初夏だ。桜並木も、満開の桜の花が幻だったみたいに青々と生い茂って普通の木になってしまった。
 けれど、桜の花は今この時期もまだたくさん咲いている。ソメイヨシノばかりが桜じゃない。いわゆるサトザクラ(里桜)と呼ばれる園芸品種の桜の多くが、4月の中旬から終わりにかけて満開になるのだ。東山植物園には桜の園という各地の桜を集めたコーナーがあって、いろんな種類の桜で賑わっていた。

 たとえばこれは、松月(ショウゲツ)という品種の桜だ。もともとは荒川堤にあった桜で、現在でも関東地方に多く植えられているという。
 薄ピンクの八重咲きで、ヒラヒラフリルの好きな女の子みたいな姿をしている。グループごとに固まって賑やかに咲く様子は、女子中学生を思わせる。中学のとき可愛かった彼女たちは今頃どうしてるだろうなぁ。いやいや、考えまい。
 花弁は20-30枚で、先端に細かい切れ込みが多くあるのが特徴だ。最初は濃いめのピンクで、満開が近づくほどに白くなっていく。ピンクの頬から美白へ、それが大人の女?

東山植物園の桜-2

 これも松月だったような違うような。近くにあったからそうだと思ったのだけど、プレートがかかってない木もあって、これは見た目の印象が違う。もしかしたら別の種類だったかもしれない。
 サトザクラは、桜の花ひとつひとつはきれいでも、離れて見たときの全体像があまりよくない。風情はあっても絢爛さに欠ける。これが桜本来の姿に近いといえばそうだけど、これを見て花見で酒を飲もうとは思わない。この桜じゃあ酔えない。

東山植物園の桜-3

 胸に付けるコサージュみたいなこれは、兼六園菊桜という珍しい種類の桜だ。
 一重の桜に対して花弁がたくさんあるものを八重桜といい、その中でも花弁が70枚以上のものを菊桜と呼ぶ。多くの菊桜は200枚ほどで、兼六園菊桜の場合はそれが250枚から300枚ほどあるのだという。
 昔、孝明天皇が兼六園に植えたとされる桜で、かつては日本に一本しかない天然記念物だった。ただ、それは1970年に枯れてしまって、現在は二代目が跡を継いでいる。
 その後、ある程度は増えて、全国に何本かは植わっているようだ。でも、珍しいことには変わりがない。
 これも濃いピンクから色が薄くなっていく種類の桜で、花びらは散らずに花ごとボトリと落ちる。

東山植物園の桜-4

 これまた変わった花姿をした桜だ。ひょろひょろっと伸びた枝の途中と先端に、やや唐突な感じに桜の花がかたまって咲いている。桜といえば花は完全に桜だけど、この咲き方は桜らしくない。
 プレートが見つからなかったんだったか、メモ撮りを忘れたのだったか、名前は分からない。変わった特徴の桜だから、たぶん有名だとは思うのだけど。

東山植物園の桜-5

 これまた豪華な桜だ。血統書付きのお嬢様猫みたいな風格がある。他のどの桜も憧れずにはいられないような華やかさだ。
 しかしこの普賢象桜(フゲンゾウザクラ)は、最近の品種改良で生み出されたものではなく、室町時代にはすでにあった古い桜というから意外だ。京都の朱雀大路に咲いていたこの桜を見た将軍・足利義満も感服したというエピソードが残っている。
 地味で一重のオオシマザクラからどうしてこんな桜が生まれたのか不思議だ。
 花心から葉化した細い2本の雌しべを突き出している形が、普賢菩薩の乗る象の鼻に似てるところから名づけられたという。
 花は満開になると花心が赤くなっていって、更に華やかさを増す。

東山植物園の桜-6

 楊貴妃(ヨウキヒ)という名の桜。人の名前がついた桜があるのを初めて知った。なんだかバラみたいなネーミングだ。けど、意外なことに楊貴妃という名前のバラはない(はず)。
 これまた古い桜で、奈良時代にはすでにあったとされている。奈良の興福寺の庭に咲いていたものを、僧侶が楊貴妃と呼ぶようになったことからそれが定着したそうだ。それじゃあ、名前というより愛称だ。昔は、厳密に名前をつけて他と区別するという意識が弱かったようだから、それでいいのか。

東山植物園の桜-7

 八重桜園はボトボト落ちた桜の花で死屍累々といった趣だった。これはちょっと単純に美しいとは言いがたい光景だ。少し痛々しいような感じもあった。八重桜の場合、花弁がギュッと詰まっているから、盛りを過ぎると花びらを散らす前に自らの重みに耐えきれなくなってボトリと落下してしまう。見ようによってはあまり気持ちのいいものではないかもしれない。
 これは御衣黄(ギョイコウ)という桜で、緑色の花を咲かせる唯一の桜だ。ウコン桜よりもはっきりと緑色をしている。それは、花弁に葉緑素があるからで、最初は緑色からだんだん白、黄色、ピンクと変化していく。
 これも、普賢象、松月、鬱金などと同じくオオシマザクラが親で、江戸時代に作られたそうだ。江戸時代初期に京都の仁和寺で栽培されたのが始まりとされている。現在では珍しいながらも全国で見ることができるようだ。ただ、緑色の桜は見た目がパッとしないのであまり普及はしていない。
 名前は、貴族が好んで着た萌黄色の衣に似ているところから、御衣黄となった。

 サトザクラは、昔から今に至るまで、500種類ほどが生み出されたといわれている。品種改良が盛んになったのは鎌倉時代あたりからで、江戸時代にはすでに今あるものの多くが出そろっていた。
 今回、こうしていくつかの種類の桜を見てあらためて思ったのは、ソメイヨシノというのはやっぱり傑作中の傑作なんだなということだった。八重咲きでもなく、可憐なピンク色でもないけど、満開の姿がとにかく素晴らしくて、一週間で花びらを一気に散らす風情がまた格別だ。ソメイヨシノのライバルはいない。ソメイヨシノだけが桜の中でスターになれた。日本人が他のどの桜でもなくソメイヨシノに魅せられたの、必然だった。もし、ソメイヨシノが生み出されていなかったら、日本人と桜のつき合いは今とは全然違ったものとなっただろう。ヤマザクラやサトザクラだけでは満たされなかったに違いない。
 とはいえ、サトザクラにもサトザクラの魅力はあって、ソメイヨシノよりきれいじゃないから価値がないというわけではない。別ものとして楽しめば、これはこれで美しい。ボトボトと落下する花の様子もちょっと胸を打たれるものがある。八重桜は花に近づいて見てこその美しさと知る。
 今年は奥山田のしだれ桜なんかの一本桜を見に行くことができなくて、それが少し心残りとなったものの、それ以外はほぼフルコースを見て回ることができた。近所の桜並木は残らず見たし、東谷山フルーツパークのしだれも、東山植物園のサトザクラも見られて満腹だ。特に最後サトザクラをたくさん見られたのは収穫だった。これを見なければソメイヨシノの偉大さを実感として気づくことができなかった。
 桜見はまた来年へと続いていく。一年いちねん、しっかり見て、自分の中で完結させていくことが次の年につながる。桜の木も、新しい葉をたくさん出して、来年の花に向けての準備が始めている。
 桜よ、今年もありがとう。きっとまた来年会おう。今年会えなかった桜たちよ、来年はきっと会いに行きます。それまでお互い、くたばらずに元気で過ごそう。生きていれば出会いと再会は叶うはずだから。




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