 OLYMPUS E-1+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.4,1/18s(絞り優先)
あなたはどんな花が好きですかと問われて即答するのは難しいのだけど、たとえばという前置きをしたあとにいくつか挙げることはできる。その中の一つにブルーデージーがある。あの爽やかで涼やかな色合い。くるくると回り出しそうな可憐な花びらの形。ブルーデージーを見ると、ちょっと微笑みを返したくなるキャンディーズ世代の私なのだ。 そんな私なので、この花を初めて見て、その名前がミヤコワスレだと知ったときは、いっぺんで気に入ってしまった。都忘れ。おまえは都を忘れてしまったのか? ブルーデージーの青とは違う、落ち着いた華やかさに偶然バッタリ出会って、ハッとしてグッと来て君は天使さ。 ちなみに、好きな花はなんですかの答えの続きとしては、カワラナデシコとか、ダイモンジソウとか、ハルリンドウとかが挙がる。見た目と名前とイメージと、そういうもろもろが渾然となって気持ちに訴える花が好きだ。
ミヤコワスレの名前の由来としてこんな逸話がある。鎌倉時代、承久の乱に敗れて佐渡島に流された順徳上皇が、庭に咲いたこの一輪の菊の花を見て、これを見たら都への思いも忘れられると言ったことから、都忘れと呼ばれるようになったのだと。 この花のエピソードとしてはいかにも上手くできているではないか。本当にそんなワンシーンが歴史の裏であったかもしれないと思わせる。ただ、実際のところは、ミヤコワスレは本州から九州にかけての山野に自生していたミヤマヨメナ(深山嫁菜)を江戸時代に入ってから品種改良したものなので、順徳上皇の話は作り話だということになる。あるいは、このミヤコワスレではなく別の菊を見てそう言ったのかもしれない。 江戸時代の人たちもこの花が好きだったようで、たくさんの品種が作り出された。色も薄い紫から濃い紫、青、白、ピンクまである。 別名、ノシュンギク(野春菊)、アズマギク(東菊)などとも呼ばれ、品種名としては「桃山」や「浜乙女」などが有名だそうだ。
 晩春から初夏を黄色く彩るヤマブキは、野生の五弁一重のものだけでなく、品種改良された八重咲きのものもよく見かける。そして、この花を紹介するときは必ずといっていいほど、『後拾遺和歌集』兼明親王(かねあきらしんのう)の和歌と太田道灌のエピソードが付いてくる。 七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき 八重咲きのヤマブキはきれいに咲いても実をつけることができないのが悲しいものよといった歌だ。 ある日、今の埼玉県あたりに鷹狩りに出かけた太田道灌は突然の雨にあい、通りかかった農家で蓑(みの)を借りようとしたところ、応対に出た娘が黙って一輪の八重ヤマブキを差し出して扉を閉めてしまった。わけが分からず憮然として雨に濡れながら帰った道灌がそのことを家臣に話すと、それは上の和歌の、山吹の 実の一つだに なきぞ悲しきの「実の」と「蓑」を掛け合わせて、うちは貧乏で蓑もありませんという意味だったのでしょうと言うのを聞いて、道灌は自分の無知を恥じたという。それ以来、歌を勉強するようになった太田道灌は、のちに和歌でも名を成すようになった。
原産は日本と中国で、北海道から九州にかけての丘陵帯から山地にかけて自生していた。現在、野生のものは少なくなっているようだ。 八重のものは雌しべが退化していて実がならなくなった。一重のものは普通に実もつける。よく似た白いヤマブキは、シロヤマブキといって別の種類のものだ。 もともとは、「山振」という名で万葉集などに登場している。しなやかな枝が風に吹かれて揺れる様子からそう呼ばれていた。もしくは、山の中に咲いていて、花の色が蕗(ふき)に似てるところからヤマブキとなったという説もある。 やまぶき色というのはこの花からつけられた色の名前だ。大判が黄金色なのに対して小判は山吹色と称された。 英名は、ジャパニーズローズ。
 アマドコロという変わった名前のユリ科の花。漢字では甘野老と書く。 地下茎がオニドコロ(ヤマイモ科)に似ていて、食べると甘いからという理由で名づけられたというのだけど、それはちょっと分かりづらい。植物の名前は見た目でつけて欲しいぞ。地上から見えない茎の、しかも味で名づけられてしまっては覚えづらくてしょうがない。 更にこの花は、ナルコユリ(鳴子百合)やホウチャクソウ(宝鐸草)という似た花もあるからややこしい。ホウチャクソウは葉っぱのつき方が違うから一度覚えれば区別がつくのだけど、ナルコユリとは区別がつきづらい。花のつき方が多いのがナルコユリで、アマドコロはそれほど混雑していない。茎に触ってツルツルなのがナルコユリで、少しだけ引っかかりがあるのがアマドコロという区別の仕方もあるようだ。 ヨーロッパからロシア、中国、日本まで広範囲に分布していて、オオアマドコロ、ヤマアマドコロ、アマドコロなどの変種がある。 日本では山野に自生していて、園芸種としてもよく出回っている。園芸用としては葉っぱに斑が入った斑入りが多い。 茎は煮物などで、若芽は天ぷらや卵とじにしたりして食べていたそうだ。名前の通り、少し甘みがあるらしい。古くは薬用としても利用されていて、打ち身やねんざ、咳止めにも効果があるのだとか。
今私たちが目にしたり育てたりしている花にも、すべて歴史がある。流行の商品や新製品のように昨日、今日作り出されたものではない。江戸時代に品種改良で生み出されたものでも300年以上、平安なら1000年、有史以前の数万年以上の野生種もある。名前ひとつ取ってみても、そこにはいろいろなエピソードがあり、思いがあった。それぞれの花にいくつものドラマがあっただろう。 たとえば今私たちが江戸時代にタイムスリップしたとしたら、そこには見覚えのある花々がたくさん咲いていることだろう。もう今では消えてしまった花もあるだろうけど、かつての人たちが愛でいた同じ花を今私たちも見ていると思うとちょっと感激する。聖徳太子も、源義経も、織田信長も、坂本竜馬も、土方歳三も、それぞれに好きな花があっただろうし、四季の花を見て何からしら感じるものがあったはずだ。花は女性のためだけに咲いているわけではない。日本人として生まれたなら、花と人生を重ね合わせて思うこともある。 花を知れば、少しだけ人生が豊かになる。花が季節の細やかな移り変わりを知らせ、ぼんやり過ごしていてはいけないぞと思わせてくれる。花は人に何も要求せず、ただそこに咲いている。野や山や、民家の庭や街中にも。あとは人がそれを発見できるかどうかだけだ。目にしても気づかなければ見たとは言えず、自覚的に見て初めて得られるものがある。 あなたの好きな花はなんですか? その問いかけに、はっきりと自分の好きな花の名前を言える人生でありたい。
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