現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
鎌倉で撮った人のいる風景あれこれ
2007年05月08日 (火) | 編集 |
鎌倉の人のいる風景-1

PENTAX istDS+smc PENTAX-DA 18-50mm(f3.5-5.6 AL), f7.1 1/25s(絞り優先)



 人がいる風景の写真を撮りたいといつも思っている。観光地というのはその点で最適なロケーションだ。せっかくなら、人が入ってしまった写真ではなく、人を入れた写真にしたい。けど、絵になる人やドラマを感じさせるシーンにいつも都合良く出くわすわけではないから、偶然だけが頼りとなる。見ず知らずの人に演出はできない。いいカップルが登場してこれはいただきと思ったら、目の前を横からおばちゃんがフレームインしてきて顔が大写しになってしまったとしても、文句は言えない。そこが面白いところでもあるのだけど。
 たいていは思い通りにならないものの、だからこそたまたま格好の人物が目の前に現れたときは嬉しいものだ。森を歩いていて蝶や鳥と出くわすようなもので、おおー、運がいいと心の中で喜ぶ。しかし、あくまでも自然な立ち居振る舞いを保ちつつ、平静を装って、風景を撮るフリをして人物を撮ることが大切だ。今、オレたちを撮っただろう、フィルムを出せよ、とかインネンをつけられても、写ってる人物の割合が小さければこれは風景写真だし、デジカメだからフィルムじゃないと言い張ることもできる。ついでにその場でジャンプをしてポケットに小銭を隠し持っていないことも主張しよう。札は靴下に入れておけ。

 今日は、鎌倉で撮った人のいる印象的なシーンの写真を並べてみよう。私のいいなぁが必ずしも他人にとってのいいなではないのかもしれないし、その場に居合わせなければ伝わらないニュアンスもあるのだろうけど、写ってくれた人たちにはどうもありがとうとこの場を借りてお礼を言いたい。自分が写ってる写真をこのブログで見る確率というのはものすごく低いと思うけど、もしそうだったとしても大目に見てください。この遠くの小さく写ってる頭は確かに自分のものに違いないなどという報告は特にいりません。
 逆に、私たちもどこかのブログやHPの写真とかで写り込んでしまっていることだろう。ゴールデンウィークの鎌倉を歩き回って誰の写真にも収まらずに済むなんてことはまず考えられない。観光地を歩く以上、自分自身も被写体になる覚悟が必要だ。カメラを構えたオレンジ色の長袖Tシャツを着ている男を見かけたら、それは私かもしれない。

鎌倉の人のいる風景-2

 鶴岡八幡宮で結婚式を挙げていたカップルがいた。ゴールデンウィークまっただ中の、しかも一番人が多い鶴岡八幡宮でするというのは、すごい思いつきだ。この日しかなかったのか、あえてこの日を狙ったのか。芸能人並みに大勢の見物客に囲まれて、写真も撮られ放題となっていた。照れくささを通り越せば、とても気持ちよいものかもしれない。普通の人生でこれほど大勢に取り囲まれて注目を浴びる経験というのはなかなかあるものじゃない。たくさんの人の写真のアルバムの中にも残ることとなるだろう。もちろん、私の中にも収まってもらった。
 最近、あちこちの神社仏閣で結婚式をよく見かける。週末や祝日に行動してるということもあるのだろうけど、ここ3ヶ月で7回くらい見ている。思っている以上に神前結婚式が多いのか、人並み外れて神社仏閣へ行っているだけなのか、たぶんその両方だ。

鎌倉の人のいる風景-3

 子供の記念写真を撮りたいお母さんと、もうひとつ気乗りがしない子供たち。幼心にも写真を撮られるのが好きな子供とそうじゃない子がいる。私は撮られるのが苦手だった。ニッコリ笑ってピースサインで写真に撮られている子供を見て、なんでそんなに自分に自信が持てるんだろうと思ったものだ。
 それでも、ずっとあとになって写真を見返したとき、そのときの記憶がよみがえるから、やっぱり写真というのはいいものだ。撮られておいて損はない。
 このちびっこたちは、たぶんこのシーンを覚えていないだろう。ゴールデンウィークに行った鶴岡八幡宮のことも忘れてしまうかもしれない。親が満足すればそれでいい。子供の写真は子供のためよりも親のためだから。

鎌倉の人のいる風景-5

 すっかり葉桜になった段葛の桜並木に突然出現したタキシードの老紳士。えっ? と思って反射的に一枚写真を撮って、ファインダーから目を離して前を見たら、もうそこに姿がなかった。一瞬幻を見たのかと、マンガのように自分の目を手でこすってしまったほどに驚いた。どうやら右側にホテルがあって、茂みでお客を出迎えるか何かしていたらしい。驚かせないでくださいよ。
 それにしてもあの風情は異質だった。お屋敷のベテラン執事のようなたたずまいで、姿勢も素晴らしい。メイド喫茶の次は、大人のための執事喫茶が流行る予感。旦那様、おかえりなさいませと、正しい立ち居振る舞いをする執事が出迎えてくれたり、コーヒーを運んできてくれたりするのだ。なんて素敵で贅沢なひととき。一般庶民がお屋敷の旦那気分を味わうために足繁く通うことになるだろう。本物のバトラーはメイドよりも希少価値が高い。お客は女性でもいいわけだ。お嬢様、お帰りなさいませとロールスロイスからエスコートするサービスもお付けしましょう。問題は、執事が時給1,000円や2,000円で働いてくれるかどうかという点だ。ひと月やそこらの研修で素人がなりきれるものではない。

鎌倉の人のいる風景-4

 江ノ電の鎌倉駅はとんでもないことになっていた。駅の手前から改札を通るための長い行列が出来て、ホームは人で溢れかえっていた。江ノ電に乗れないかもなんて話を聞いてはいたものの、まさかそれは大げさだろうと思っていた。けど実際に、電車に乗るまで最大1時間近くの待ち時間になったそうだから、その話は本当だったのだ。びっくりした。
 私たちが行ったときは、だいぶ人も少なくなっていたときで、待ち時間は10分足らずで乗り込むことができたけど、江ノ電の車内は山手線並みの満員状態で、身動きもままらないほどだった。ローカル列車に揺られてのんびり海を眺めながら海岸に向かうという私のイメージは粉微塵に砕け散ったのだった。江ノ電がこんなにも超人気列車だったとは。

鎌倉の人のいる風景-6

 日も傾いて、そろそろ帰りましょうかという人たちが増えてきた頃。おみやげでも買って帰ろうかと、父親と子供たち。ボクこれが欲しい! ダメだよ、そんなもの。もっと他のにしなさい。私これにする! うん、そうか、そうしなさい。ボク、これじゃなきゃイヤだ! ああ、分かった、分かった、それにしようね。今も昔も変わらない観光地の土産物屋で繰り広げられるシーン。おみやげの内容は変わっても、観光地の親子の駆け引きは変わらない。そのおみやげがあとになってみるとまったく役に立たないものだと気づくことも。
 私が子供の頃たくさん集めたペナントやキーホルダーはどこへいってしまったんだろう。

鎌倉の人のいる風景-7

 最後は由比ヶ浜。冷たい海風に吹かれながら砂浜の流木に坐って海を見ていた。ときどき前をカップルが通り過ぎる。太陽は山の影に隠れて空は焼けず。潮風はますます冷たい。鎌倉観光ももう少しで終わろうとしている。午前中に巡ったお寺も、なんだか遠い過去のように思える。少し歩き疲れた私たちは、空が暗くなるまで立ち上がれない。

 人のいる風景写真が自分はやっぱり一番好きなんだと、今回あらためて再認識した。人物のポートレートでもなく、自然だけの風景写真でもなく、その両方であり両方とも違う方向性でいきたい。私は、人が生きて暮らすこの世界が好きなのだ。




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