現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
明治神宮は人工の代々木の森に囲まれた神聖空間だった
2007年06月15日 (金) | 編集 |
明治神宮-1

PENTAX istDS+smc PENTAX-DA 18-50mm(f3.5-5.6 AL), f7.1 1/30s(絞り優先)



 JR山手線の原宿駅を降りてすぐ横に、広大な森が広がっている。明治神宮と代々木公園からなる代々木の森だ。72ヘクタール、東京ドーム54個分というこの森は、植樹によって作られた人工の森だということを知っているだろうか。かつてここは、徳川家康直系の家臣、彦根藩井伊家の下屋敷があった場所だった。明治維新後に皇居の用地となったのちは、現在御苑がある部分以外は畑などがあるだけでの荒れ地だったという。
 明治45年(1912年)に明治天皇、大正3年(1914年)に昭憲皇太后が亡くなると、国民から夫妻を祭る神社を造ろうではないかという話が持ち上がった。当時の総工費が520万円だったのに対して国民の献金が600万円も集まったというから、国民全体の気運は相当盛り上がっていたのだろう。場所はいくつか候補が挙がって、誘致合戦なども行われたようだ。最終的には、明治天皇が詠んだ「うつせみの 代々木の里はしづかにて 都のほかのここちこそすれ」という歌から、この代々木の地が選ばれた。天皇も昭憲皇太后もしばしこの地を訪れて気に入っていたそうだ。
 神社の建設と同時に進められたのが森作りだった。昔から神様は森にすむとされて、まずは森ありきだったのだ。優しい森には神話が生きてると昔から相場が決まっている。でもここは森じゃない。だったら作ってしまえということで、大正4年から5年がかりで森にしたのだった。全国からのべ10万人の青年団がボランティアで活躍したそうだ。日本全国北から南から満州、台湾、朝鮮まで、うちの木を使ってくれと続々と木が持ち込まれ、その数は10万本、365種におよんだ。森の設計は林学の権威本多静六の他大勢が関わり、100年後に自然の森として育つようにと、椎、樫、楠などの照葉樹を中心に植樹された。現在は種類こそ250種ほどに減ったものの、本数は17万本にまで増えて、立派な森となっている。まったく人工の森だとは思えない。知らない人が見たら、元々森があったところに神社を造ったのだと信じて疑わないだろう。林苑職員という人たちが20人ほどいて、森を管理しているんだそうだ。
 大正9年に神社が完成したときには、イルミネーションや花火で大いに盛り上がって、その日だけで50万人の参拝者が訪れたという。今は言わずとしれた初詣客全国一位の神社だ。もう30年近く不動の首位が続いている。正月三が日だけで350から400万人、年間で800万人というからすごいものだ。

明治神宮-2

 参道の入口は、北と南と西の三ヶ所ある。どこから行っても中央に位置する本殿までは10分以上かかる。最寄り駅ということでは、JR山手線なら原宿となる。原宿は若者のために作られた駅ではなく、明治神宮のために作られた駅だったのだ。
 私たちは北の代々木駅で降りて歩いた。こちらの方が遠いのだけど、人が少なくて静かな参道が気持ちいい。初詣客も9割は原宿方面から行くそうだ。木々のざわめきと鳥の声、玉砂利を踏む足音と神聖な空気。雰囲気重視なら北参道をおすすめしたい。神社に玉砂利が敷き詰められているのは、神聖な場所で清浄な石を踏むことで身を清めて魂を安らがせるという意味があるとされている。
 北参道と南参道がぶつかるところに大鳥居がある。日本人も外国人もみんなここで記念写真を撮っていく。高さ12メートル、幅17メートル、柱の太さ直径1.2メートル、重さ13トン。木造としては日本一の大きさをほこっている。初代は昭和41年の落雷で壊れてしまった。しかし、同じものを作れるほどの檜は日本にはもうない。そこで台湾まで探しにいって、ようやく3,300メートルの山奥で樹齢1,500年の巨木を見つけて、それを切り倒して日本まで持ってきて再建したのだった(その行為自体がちょっと罰当たりなんじゃないかと思わないでもないけど)。再建にこぎつけるまでに10年近くかかっている。

明治神宮-3

 南参道の途中に「代々木」と書かれた木札があって樅(モミ)の木が立っている。かつてこの場所が井伊藩の下屋敷だったときから樅の大木があって、枯れてもまた樅を植えたりして樅が代々絶えることがなかったということから、この地が代々木と呼ばれるようになったのだという。
 江戸時代には江戸を目指す旅人がここの代々木の大樅を目印にしたというほど立派な木だったようだ。この木の上に登ると江戸城の内部がまる見えになってしまうということで、幕府は一般人がこの木に登ることを禁止にしていたという逸話も残っている。ちょっと笑えるけど、当時は大真面目な話だったのだろう。

明治神宮-4

 客層は老若男女、国内外、各種取り揃えて多種多様。いろんな国の外国人も目についた。参拝というよりも観光的な色合いが強い。
 建物自体はもともと大正時代だからどれも新しい上に、主要なものは空襲で全部焼けてしまったので、これといった見どころはない。社殿も1958年、神楽殿は1993年創建と新しい。明治神宮自体は超有名な神社だけど、どんな神社なのか今ひとつイメージがわかないのはそのためだ。私も行ってみるまでさっぱり分からなかった。行ってみて、なるほどそういうことかと腑に落ちた。
 けど、森の空気感は素晴らしい。熱田神宮なんかよりも神聖な空気に包まれている。ここは神社を見るというよりも東京の森を味わいに行く場所と言えるかもしれない。

明治神宮-5

 代々木駅から20分ほど歩いてようやく本殿前に到着した。けっこう遠い。暑くなってきてから歩くのは大変だ。初詣のときは熱気で寒くないのか。
 なかなか賑わっている。みうらじゅん的に言えば、明治神宮は流行っている。この日は休日だったこともあるのだろうけど、普段は修学旅行生なんかも訪れるのだろう。いや、学生は同じ原宿でも竹下通りへ行ってしまうか。私も学生時代に行っていたら、ちっとも楽しくなかった思い出として残っていただろう。今行くとこんなにも楽しいのに。

明治神宮-6

 本殿前の境内はさすがに広い。日本一の参拝客を迎えるためにはこれでも狭いくらいなんだろうけど。背景に見えているのは高さ240メートルのNTTのドコモ代々木ビル。芝の増上寺と東京タワーほどではないにしても、これもまた21世紀の日本的な風景だ。これほど新旧の建物が互いに調和することなく共存している都市というのは他にはないんじゃないだろうか。統一感というものをまるで無視している。それをあっけらかんと受け入れてしまう日本人の感覚というのも嫌いじゃないけど。
 本殿は伊勢神宮や日光東照宮などと同じく、北を背にして建っている。日本古来の神を祀る神社は東向きが多くて、皇室に関係があるところは南向きが多い。京都御所なども南向きだ。これは宇宙の中心に北極星があって、北に鎮座することで世界を統治するといった意味合いが込められているのではないかといわれている。東に向いているのは、そちらが太陽の昇る方角だからなんだと。そういえば、江戸城にしても名古屋城にしても、北の堀を背に天守閣は南を向いていたような気がする。城下町は南に広がっている。支配ということを考えたとき、人の感覚というのは自然と北を背に南に向くものなのかもしれない。地図でも北が上になっている。

明治神宮-7

 明治神宮の祀神はもちろん明治天皇と昭憲皇太后だ。じゃあ、御利益ってなんだろうと考えて思いつかなかった。みんな毎年初詣に何をお願いしてるんだろう。公式サイトを見てみると、家内安全、学業成就など、と書かれている。なんだか漠然としてるな。訪れてる人の多くは家内安全と学業成就をお願いに来てるとは思えないんだけど。お稲荷さんなら商売繁盛、菅原道真の天神さんなら学業向上、弁天さんなら芸事とか、そういう具体的な方向性はなさそうだ。日清・日露戦争を勝ち抜いたということで戦いの神というようなことにはなってない。明治という激動の時代を生き抜いて、日本を近代国家とするのに尽力したという意味では、国民が尊敬して敬うことは当然といえば当然だ。願い事を叶えてもらうというよりも、お礼参りと挨拶に伺うというのが明治神宮の参拝スタイルといってもいいかもしれない。
 明治天皇は、京都で生まれた京都の人だった。教科書の写真では軍服に軍刀で写っているからあのイメージがあるけど、普段は絹の白衣と緋色の袴姿だったそうだ。和歌をたしなみ、言葉も最後まで京言葉だったという。明治維新で東京に連れてこられてしまったけど、生涯心は京にあったのだろうか。遺言で死後は京都の伏見御陵へと戻っていった。魂は明治神宮にあるのかどうか。

明治神宮-8

 明治神宮でも結婚式を見た。当然、格好の被写体になっていた。有名神社で神前結婚式を挙げるなら、これは逃れられない。年間1,300組を超える挙式が行われるというから大人気だ。毎日3組以上の計算となる。仏滅は少ないだろうから、週末は朝から晩までひっきりなしだろう。明治神宮会館は2,000人の収容能力があるというから、陣内智則と藤原紀香の披露宴でも楽勝だ。モッくん(本木雅弘)の結婚式が確か明治神宮だった。

 明治神宮ってどんな神社なんだろうとずっと気になっていて、実際自分の目で確かめられてすっきりした。代々木公園と明治神宮の関係もよく分かってなかったけど、行ってみて理解した。最初に神宮外苑のイチョウ並木を見に行って、外苑と内苑はつながっているものと思ったら全然離れていて混乱したのだけど、そのあたりのつながりも分かった。少しずつ東京が見えてきている。
 テレビやガイドや地図を見てるだけでは分からないこともたくさんある。一度でも自分が行ってみれば、知識と体験の相乗作用で理解も深まる。下調べして、行ってみて、帰ってきて勉強して、このブログに書く、という一連の流れが私自身に多くを与えてくれている。書いたことをきっかけとして、読んでくれた人がその地を訪れて何か得られたとしたら、それは嬉しいことでもあり、このブログにも意味があると思うことができる。
 明治神宮は森が素晴らしいので、ぜひ体感してみてください。野鳥もたくさんいるから、首から双眼鏡をぶら下げていくのも吉です。早朝とかならきっとお仲間がいるに違いない。
 東京にもこんな深い森があったんだなぁと、明治神宮を後にしながらしみじみ感じ入って、もう一度後ろを振り返ってみた。前には原宿の喧噪があった。




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