現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
鬼子母神の夏市には昔ながらの正しい縁日の姿があった
2007年07月11日 (水) | 編集 |
鬼子母神の夏市-1

PENTAX istDS+Super Takumar 50mm(f1.4), f1.8, 1/20s(絞り優先)



 七夕を挟んで7月6日から8日の3日間、雑司が谷の鬼子母神で毎年恒例の夏市が開かれる。ちょうど東京行きと日程が重なったので、ツレと二人で出向いてみた。祭りなんて何年ぶりだろう。久しくこういう場所と無縁の暮らしを送っていた。少年の頃は毎年あちこちの盆踊りなどに行っていたのに。
 鬼子母神は4月に初めて行って以来2度目となる。江戸の面影を色濃く残す境内は、ひっそりとした異空間で心落ち着く場所だった。しかし、この日ばかりは雰囲気がガラリと一変していた。あふれんばかりの人々が境内からはみ出して、異様とも思えるほどの熱気に包まれている。活気や賑わいというのを超えていて、入口の外からちょっとひるんだ。なんだこりゃ、と思わず口走る。そこはまさにお祭り会場だった。すごい人だかりにおののく私。まさかこれほど賑わっているとは思ってなかった。びっくりしたなぁ、もう。

鬼子母神の夏市-2

 一番驚いたのが子供の数だ。どこからわいて出てきたのか知らないけど、境内は子供まみれになっている。普段は高齢者しか見かけないような雑司が谷に、これほどの子供がいたのか。近所中の子供を集めて、なおかつ他の地域からの応援を呼んでもここまで集まるかどうかというほどの少年少女軍団。いつもの鬼子母神の平均年齢が60歳を超えるのに対して、この日は20歳を下回っていたかもしれない。小中学生が半分くらいを占めていたから、ホントにそれくらいだろう。それも、親や大人に連れられてきたというのではなく、子供同士で誘い合ってやって来ている姿が目立った。こんなにたくさんの小中学生の中に入ったのは、自分が小中学生だったとき以来だ。

鬼子母神の夏市-3

 境内には所狭しと屋台が立ち並ぶ。それは現代風のものではなく、古式ゆかしいテキ屋の夜店で、コワモテのおじさんが型抜きで子供相手に容赦ないダメ出しをしていたり、おばちゃんがくわえタバコで焼きそばを焼いたりしている。金魚すくい、射的、焼きトウモロコシ、大坂焼き、ヨーヨー釣り、チョコバナナ、アンズ飴、かき氷、ラムネ……。見て回っているだけで子供の頃のワクワクがよみがえる。
 入谷の鬼子母神ではないけれど、小規模ならが朝顔を売っている出店もあった。唐突にKAT-TUNのうちわなどのジャニーズグッズの店があったりして、そのあたりだけがわずかにズレた21世紀的で面白い。

鬼子母神の夏市-4

 境内に常駐している駄菓子屋「上川口屋」も、この日は祭りモード。次々に訪れるお客におばちゃんも忙しそうだった。

鬼子母神の夏市-5

 鬼子母神名物「すきみみずく」も、もちろん売っている。江戸時代から続く郷土玩具として、今も伝統は続いている。縁起物として買っていく人も多いのだろう。値段は書いてなかったけど、おそらく1,500円か2,000円くらいはするはずだ。

鬼子母神の夏市-6

 せっかくの縁日だから何か食べようとなって、迷った末に、大たこ焼(6個入500円)にした。焼きそばはおばちゃんがくわえタバコだし、焼きトウモロコシは歯に引っかかる。大坂焼きと迷って、無難なたこ焼きにしておいた。そういえば、リンゴ飴はなかったな。あれはもう流行らないのか。
 中身にタコだけじゃなくてうずらの卵や赤いウインナーが入っているのがちょっと斬新だった。外皮のパリパリ感が足りなかったものの、肉厚でしっとりしてなかなか美味しかった。こういう夜店で食べるものは、意外となんでも美味しく感じられるものだ。

鬼子母神の夏市-7

 浴衣の女の子も多かった。みんなこの日のために親に用意してもらったのだろう。それは昔よりも昔的で、素敵な光景だった。夏祭りと浴衣と夜店と走り回る少年たち。
 昭和の後半から平成にかけて、夏祭りは死んだと思っていた。でもそうじゃなかった。ここには私さえも知らない昭和30年代のような活気に満ちた縁日があった。私たちが子供だった昭和40年代後半から50年代にかけては、夜祭りの活気は少しずつ薄らいでいっていた。子供心にそれを感じて寂しかったのを覚えている。それが平成10年代の終わりにもまだあったというのは驚きでもあり、嬉しいことでもあった。
 近年は地方ほどこういう伝統的な行事を軽んじる傾向がある。祭りといえば田舎のものというイメージは実際は逆で、むしろもっとも都会である東京こそが一番色濃く江戸の伝統を残しているように思う。東京の子供たちは自然がなくてかわいそうだなんてのも、まったくの思い違いだ。東京は意外にも緑や自然が多くて、子供たちは積極的にそういうものと触れ合っている。
 少年少女時代に鬼子母神の祭りのような思い出を持てる子供たちは幸せだ。大人になったとき、懐かしく思い出したり語り合ったりできる。今の彼らはそれに気づかなくても、20年後、30年後、今の私のような気持ちになるだろう。

鬼子母神の夏市-8

 夜の雑司が谷にも都電荒川線は走る。これに乗って鬼子母神の夏市に行った人も多かっただろう。まさに昭和の世界だ。
 来年の6月には、新たな地下鉄「副都心線」がこのあたりを通ることになる。池袋から雑司が谷、新宿を通って渋谷までをつなぐから、山手線からの連絡がよくなって、このあたりも訪れる人が増えるんじゃないだろうか。観光地化が進むと、鬼子母神も少し変わってしまうかもしれない。来年の夏市はどんなふうになっているだろう。少年少女たちにとって楽しい空間と時間だけは消えずに残って欲しいと思う。
 私たちもまた来年、行こう。新しい地下鉄じゃなく、都電に乗っていけるといい。おかなを空かして、今度はもっといろんなものを食べてみよう。
 来年は平成20年代の始まりの年だ。変わらないものなど何もないけど、変わらずに残って欲しいものもある。ノスタルジックなものとしてではなく、現代のリアルタイムの行事として定着していくことが大切だ。今を生きる子供たちは懐かしいから縁日に行くわけではない。楽しいから行き、それがやがて楽しかった思い出となる。
 来年もその先も毎年行きたいと思えるところが増えていくのは、とても素敵なことだ。長生きだって悪くないと思える。




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