 PENTAX istDS+smc PENTAX-DA 18-55mm(f3.5-5.6 AL), f5.6 1/200s(絞り優先)
前からずっと行こうと思っていてなかなか行けなかった浅草の今戸神社(いまどじんじゃ)へ、ようやく行くことができた。ここは浅草といっても浅草寺や浅草の駅からやや離れている場所にあるため、ついでに行くというのができなかった。今回は隅田川の水上バス乗り場と近いということでセットにできた。 ここを訪れたかった理由は二つ。一つは、沖田総司終焉の地という説があること、もう一つは招き猫発祥の地と自称していることだ。結論から言うと、どちらの主張もけっこう怪しいのだけど、まあそれはそれ、ウソかマコトかは別にしてそういういわれのある神社仏閣はとりあえず押さえておきたい。 やっと来ることができて、鳥居の前に立ったときは、おー、来た来た、と嬉しかった。初めまして、今戸神社さん、ちょっとお邪魔します。
 今戸神社へは浅草駅から徒歩15分くらいかかる。ここ単発なら歩いても全然かまわないところだけど、一日東京巡りの中の一つとするとこの歩きはけっこうダメージになる。 そこでオススメしたいのが、「めぐりん」だ。といってもメグという女の子にお世話になるとかそういうことではない。めぐりんという名の100円巡回バスだ。観光地を巡るというのと、その中で素敵な巡り会いがありますようにということで名づけられたらしい。 台東区には北めぐりん、南めぐりん、東西めぐりんという3つの巡回バスが走っていて、浅草や上野を観光するときはこれを使うと便利だ。どこまで乗っても一回100円と格安だし、一日乗車券も300円だ。今戸方面は北めぐりんで、根岸方面を回って浅草に戻っていく。南めぐりんは上野からかっぱ橋、入谷方面へ、東西めぐりんは上野公園をぐるりと回る。 東京は網の目のように電車が走っているにもかかわらず、ポッカリと真空地帯のように空いてしまう場所がある。東京観光の上級者になるためにはバスを活用できるようにならなければいけない。バスを使いこなせれば、東京都23区内で行けないところはほぼなくなる。レンタサイクルまで組み合わせれば万全だ。
 それにしてもまあ、なんというか、ここの境内は空気がすかすかだ。炭酸の抜けたジュースのように、神聖な空気が抜けてしまっている。神社と人にはそれぞれ相性というものがあるから、私の感覚が必ずしも正しいわけではないのだけど、ここには神の気のようなものが感じられなかった。住宅地の真ん中という立地条件もあるにしても、ここはちょっと抜け過ぎではないか。 もともとはなかなか由緒のある神社なのだ。後冷泉天皇の時代(1063年)、源頼義と義家親子が勅命を受けて奥州の安部貞任を征討するときに、京都の石清水八幡から浅草今之津村と鎌倉の鶴ヶ岡に勧請したのが今戸神社の始まりとされている。つまり、鎌倉の鶴岡八幡宮とは兄弟神社ということになる。当初は今戸八幡宮だった。 1081年に、源義家が参拝して戦に勝利したのでお礼に社殿を修復し、1190年には源頼朝が奥州征討に勝利して社殿を再建している。鎌倉時代から戦国時代にかけては戦火で何度も焼けて、そのたびに再建された。江戸時代には三代将軍家光が江戸城改築の際に余った資材で建て替えたりもしている。 関東大震災でも焼け落ち、東京大空襲でも燃えた。何かあるごとに焼け出されてしまっては神様も、こんなところでおちおちしてられないと思って出て行ってしまったのかもしれない。 昭和12年に近くにあった白山神社と合祀して、今戸神社と改称された。現在の社殿は昭和46年に建てられたものだ。 祭神は應神天皇(おうじんてんのう)、伊弉諾尊と伊弉冉尊(イザナギ・イザナミ)、七福神の中の福禄寿。浅草七福神巡りのうちの一ヶ所ともなっている。
 さて、いよいよ真打ち登場、巨大招き猫のお出迎えだ。かなり大きい。手が不自然に長い。そして、やや可愛さに欠けるとぼけた顔をしている。これだけ大きいとなんだか笑える。「銀魂」に出てくる定春みたいだ(あれは犬だけど)。 神前の結婚式も行われているようだけど、この猫を見たら式の最中に笑いが止まらなくなるおそれがある。この巨大招き猫は神聖な場では危険な存在となりかねない。お葬式のあるお寺じゃなくてよかった。
 あらゆるところに招き猫の影。神棚には古そうな招き猫が飾られ、おみくじは招き猫、お守りも絵馬も招き猫、グッズも招き猫だらけ。今戸焼招き猫は3,000円もする。これでもかと招き猫攻撃を仕掛けてくるので招き猫に興味のない人は戸惑ってしまうだろう。 招き猫発祥の地はいくつかの説があって、ここ今戸神社もそのうちの一つということになっている。江戸時代、おばあちゃんの死んだ猫が夢に出てきて自分の姿をした人形を作って売ったらいいことがあるといったからその通り作って浅草で売ってみたらたちまち評判になったとかなんとか。 他には世田谷の豪徳寺説や、新宿区の自性院説、豊島区の西方寺説などあって、どれが本当かははっきりしていない。いずれにしても、江戸で生まれたことだけは間違いなさそうだ。 今戸焼きは江戸時代にここ今戸で発達して、昭和初期にはすたれてしまった。今では一軒のみになったそうだ。
 社務所では様々な招き猫グッズが売られていた。ほとんど猫雑貨専門店だ。どれもそれなりの値段している。ここまでくると縁起ものというより商売に走りすぎてるような気がしないでもない。今戸神社の招き猫について書かれた本まで売っている。 今戸神社は縁結びの神社ということにもなっている。それは祭神が八百万の神を生んだイザナギノミコトとイザナミノミコトだからだ。應神天皇と母の神功天皇の親子愛と子孫繁栄、更に一対の招き猫ということでも縁結びの三重奏だ。 期待していた生きている猫の姿は見られなかった。たまたまそのときいなかっただけなのか、もともといないのか。これだけ猫を前面に押し出しているなら、生き神様としての猫が常駐していてもよさそうなものだ。看板猫がいるといないのとでは、その神社に対する印象は全然変わってくるし、説得力が違う。無理矢理にでも太った白い猫を連れてきて、賽銭箱の横に寝かせておくべきだと私は思う。
 ここの絵馬は丸型をしていた。当然、招き猫だ。縁結びということで、けっこうカップルが訪れてるのだろう。絵馬がたくさんかかっていた。 アジサイもまだよく咲いていて驚く。気候が違うとは思えないから、遅咲きの品種だろうか。 ここは神社の人が花好きのようで、境内をマイ花壇にしていっぱい花を育てていた。完全なる私物化。椅子とテーブルなんかもセットして、自分ちの庭のようになっている。参拝者はここでお茶を飲んだりできる。花もきれいでいいんだけど、なんかちょっと違うよなぁと思わずにいられないのであった。
 入口にも沖田総司終焉の地という看板があって、境内にも石碑が建っている。しかし、その扱いは小さい。招き猫の10分の1も力が入っていない。ここを終焉の地とする説はあまり有力でないという自覚からだろうか。 ここを沖田最期の地とする根拠は、永倉新八の「同志連名記」が元になっている。ここの近くに新撰組が世話になっていた松本良順の医学所があって、その縁で沖田は今戸神社で療養していて亡くなったと永倉は語ったそうだ。しかし、永倉新八の言うこと書くことは記憶違いが多くて、この話も当てにならないとされている。 もう一つは、子母澤寛が「新選組始末記」の中で書いた千駄ヶ谷の植木屋平五郎宅で亡くなったという説だ。「ばぁさん、あの黒い猫は来てるだろうなぁ」という有名なやりとりがこちらだ。現在はそちらの方が有力な説となっている。 今戸神社がそれでもここが沖田総司の最期の地と主張するなら、せめて神社に黒猫をすまわせずばなるまい。黒と白の夫婦猫が境内にいれば、道具立てとしてはパーフェクトだ。
よく言えばユニーク、悪く言えばちょっとずっこけな今戸神社だけど、見た目以上に由緒と歴史はある。神聖な空気感という点でも物足りないとはいえ、過度の期待をせずに行けばなかなか楽しめる。沖田総司の巡礼気分で出向いていくと腰砕けになる。 個人的にはずっと気になっていた場所なので、行けてよかった。へー、こんなところだったんだと納得できた。良くも悪くも印象深いところであった。
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