現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
感度ISO100フィルムによるラグーナにおける手ぶれ写真の見本市
2007年08月03日 (金) | 編集 |
ラグーナ蒲郡-1

Nikon F-801+TAMRON 28-200mm XR f3.5-5.6+Kodak GOLD 100



 豊川稲荷をあとにして、ついでというのは大回りだけど、ラグーナ蒲郡にも寄ってから帰ることにした。
 施設のオープンは2002年だから、もう5年になる。テレビ愛知の「海においでよ!」というラグナシア紹介番組をいつも観ていた私だから、一度は行ってみないとと思いつつそのままになっていた。愛知ローカルタレントの川崎郁美ちゃんは元気にしてるだろうか。「遊びに行こっ!」も、郁美ちゃんに戻してくれー。
 ラグーナ蒲郡とラグナシアと、どっちがどうなんだという長年の疑問は、実際に行ってみて初めて解決した。ラグーナ蒲郡というのが施設全体の名前で、ラグナシアというのはその中にあるテーマパークのことだったのだ。ラグーナ蒲郡は、ラグナシアとショッピング街であるフェスティバルマーケットなどをあわせた総称だったのだ。知らなかった。そういうことだったか。
 ラグナシアは、アドリア海に面した架空の港町という設定になっている。イタリア村にギリシャ風味を効かせてもっと大きくしたような感じと言えば遠くない。あちらとよりもこちらの方が、より遊園地色が濃い。
 ラグーナ蒲郡に入るのは無料で(駐車場は最初の1時間無料)、ラグナシアへ入るには1,300円かかる。アトラクションのフリーチケットとあわせると3,100円で、夏のプールまで入れてフルセットは4,000円となる。なかなかの値段だ。
 今回は夕方で時間もなかったので、私たちは観覧車に乗っただけだった。上から施設全体を見下ろしてみて、だいたい規模や中身の様子は掴んだ。いつか機会があればラグナシアにも入ってみたい。ここはクリスマスのイルミネーションでもちょっと有名だ。

ラグーナ蒲郡-2

 フィルム感度ISO100で夜の観覧車を撮るのは非常に厳しいものがある。デジカメのように感度を上げられず、三脚も使わないとなると、手ぶれは必至だ。人間の手は1秒以上も完全に静止するようにはできていない。デジカメのいつでも感度を変えられるという機能は、長年フィルムカメラを使ってきた人間にとってはすごくありがたく思えるのだろう。デジから写真に入った人間としては特にすごいことも思わず普通に使っている機能だけど。
 ここの観覧車の照明はすごく地味だ。写真は1秒以上の露光になってるから派手に写っているけど、肉眼で見るとかなり暗い。色が変わっていく仕掛けはあるものの、単色なので見た目の華やかさがない。
 帰ってきてからこれが石井幹子(いしいもとこ)監修と知って驚いた。ホントかな。助手にでもやらせたのだろうか。監修というから自分の作品ではないということか。白川郷合掌集落、東京タワー、大阪城、姫路城、レインボーブリッジ、横浜ベイブリッジなどを手がけたライトアップ界の第一人者の仕事とは思えなかった。近くで見るよりも離れて見るとけっこうきれいではあったけど、どうにも地味という印象は確かだった。予算不足だったのか、維持費をケチったのか。

ラグーナ蒲郡-3

 観覧車に乗ってからは、更に手ぶれとの厳しい戦いとなった。観覧車の情緒などそっちのけで必死に写真を撮る二人組。ガラス面にレンズを押し当てた程度では手ぶれは押さえ込めなかった。これは苦しい。失敗も連写もできないフィルムカメラと観覧車の相性はものすごく悪かった。
 こちら側はヨットハーバーやマリンハウスのある方で、ここもラグーナ蒲郡の一部になる。右端にちらっと見えているのが温泉「ラグーナの湯」ではないかと思う。
 こうやってみると全体はけっこう広い。いろいろな楽しみがあって、一日たっぷり遊ぶことができそうだ。船に乗ったりもできる。

ラグーナ蒲郡-5

 この日は天気が崩れ気味で、期待していた夕焼け空は見ることができなかった。晴れていれば三河湾を一望できるはずだ。ただ、海としてはあまり面白みのある風景ではない。
 ヨットがたくさん見えているのは、昔から蒲郡はヨットの盛んなところだからだ。国際大会などもよく開かれている。アメリカズカップの日本チャレンジの基地が蒲郡に設置されたのが1987年のことで、いつの日か蒲郡でアメリカズカップが開催されることが蒲郡の悲願となっている。

ラグーナ蒲郡-6

 こちらがラグナシアの全景だ。さほど広くないことが分かる。ディズニーシーのミニチュア版という陰口もよく聞かれるところだ。実際行ってみると思った以上に楽しめるそうなのだけど。

ラグーナ蒲郡-7

 手持ちの2秒は止まらない。2秒を止められるのは達人だ。手ぶれ補正機能をもってしても止まらないだろう。本気で撮りたければ三脚を使うしかない。でも、こんなところで三脚立ててる場合じゃない。
 駆け足で観覧車にだけ乗りに来たかっこうになったけど、ここで時間切れとなった。ラグーナ蒲郡、おじゃましました、さようなら、またいつか。
 ラグーナ蒲郡へは、またあらためて行こうと思った。今回はいかにも中途半端な訪問で腹八分目もいかなかった。蒲郡といえば竹島弁天や竹島水族館などがあるから、そちらと絡めてもよさそうだ。

 こうして、鳳来寺ヤマユリ行きの長い一日は終わった。フィルムで撮った写真とともにたくさんの思い出が残った。医王寺のハスから始まって、長篠城址、ヤマユリ、四谷の千枚田、鳳来寺山と鳳来寺、東照宮、豊川稲荷、ラグーナ蒲郡と。
 一日の長さは、詰め込もうと思えばかなり詰め込める長さだということをあらためて知る。スカスカでも同じように過ぎていくし、ギュウギュウでも同じ一日として経過する。一日の濃淡の差って面白い。毎日がこんな調子では一週間でへばってしまうだろうけど。
 明日から週末はまた東京行きだ。今度は手ぶれ補正のK100Dで3Gのメモリいっぱい写真を撮ってこよう。いくら撮ってもタダというのはいいもんだ。夜の高感度も試してみたい。
 ということで、土日はブログの更新を休みます。復帰予定は月曜日。ちょっと留守します。


豊川稲荷で閉じこめられそうになったのはキツネさんではなく自分のせい
2007年08月03日 (金) | 編集 |
豊川稲荷-1

Nikon F-801+TAMRON 28-200mm XR f3.5-5.6+Kodak GOLD 100



 東名高速の豊川インターを降りて北へ行くと長篠、鳳来寺方面で、南へ行くと豊川市、蒲郡方面となる。このあたりは愛知県の中では三河地区と呼ばれるところで、名古屋市のある尾張地方とは同じ県内にありながら県外に近い感覚の土地だ。もともとは別の国だった。だから、名古屋人にとって東三河はなじみが薄い。遊びに行くとしてもせいぜい蒲郡どまりで、豊橋や渥美半島へ行くときは通過点でしかない。豊川自体は見所が少なくてあえて行こうとは思わない。私もヤマユリを見るために鳳来寺へ行く以外はほとんどこのあたりは行ったことがなかった。
 豊川といえば何が思い浮かぶかといえば、それはもう豊川稲荷しかない。それ以外には思いつかない。大河ドラマ「風林火山」が始まって、山本勘助の出身地と名乗って宣伝してみたものの、あまり相手にされなかったというのが最近の出来事として思い出されるくらいだ(静岡県富士宮市生まれ説の方が有力のようだ)。
 豊川稲荷は愛知県を代表する神社仏閣の一つで、初詣客は熱田神宮についで多いことでも知られている。前から一度は行かなくてはいけないと思っていて、今回ようやく行くことができた。
 着いたのは太陽も傾き始めた夕方の4時過ぎ。駐車場を探して周囲を走ってみると、有料駐車場しかない。しかも、入り口が閉まっている。門をくぐって境内に車ごと乗り込めるのかと思ったらそうでもない。ぐるりと一周してみたけど、見つからない。もしかして、無料駐車場はない? 都会のど真ん中ならともかく、豊川あたりで駐車場を用意してないなんてちょっと信じられなかった。名古屋市内にある熱田神宮でさえ無料大駐車場を持っているのに。結局、総門の反対側にある稲荷公園との間の道を少し入った路上にとめることになった。このあたりは駐禁ではない。これがあとで痛い目に遭う原因となろうとは、そのときの私たちには知るよしもなかった。

豊川稲荷-2

 なかなか風格のある稲荷総門をくぐって中にはいると、続いて仁王門(山門)が現れる。ここで少し違和感を覚える人もいるかもしれない。総門は寺っぽいのに、これは神社っぽいではないか、と。境内の雰囲気は寺そのものと言っていい。けど、稲荷だから神社なんじゃないのかと思うのが普通の感覚だ。
 結論から言うと、ここは神社ではなくお寺さんだ。しかも、曹洞宗の禅寺なのだ。これは意外だった。どういうことなのかを理解するには少し説明が必要となる。
 元々日本の寺社は神仏習合が当たり前の姿だった。神様も仏様も一緒くたにお祀りしていて、誰もそれが不自然だなんて思っていなかった。それを明治新政府が神道を国の基本として神と仏を分ける政策をとったもんだから、逆におかしなことになった。神仏分離令によって神社の中にあった仏教関係のものを徹底的に壊されたり分離されたりした。今となっては寺は寺、神社は神社と分けられているのが当たり前のようになっているけど、本来日本人のメンタリティとしては神と仏は同列のものだったことを思うと、現代の姿の方が不自然なのかもしれないと思う。
 豊川稲荷の場合は、神仏分離に抵抗して踏みとどまったことで寺と神社が同居したような姿のまま今に至ったというわけだ。お寺なのに鳥居があるというのも不思議な光景に映る。
 正式名称は、円福山豊川閣妙厳寺という。一般的に豊川稲荷と呼ばれるのは、境内に鎮守として祀られた「咤枳尼真天(だきにしんてん)」の方が本家よりも有名になってしまったからだ。戦国時代は、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康らが信仰し、江戸時代に入ると庶民の間で商売繁盛の神様として広く知られるようになった。大岡越前はわざわざ自分の屋敷に豊川稲荷を造ってしまったほどだった(現在も赤坂に別院として残っている)。
 稲荷神社の総本家は言わずと知れた京都の伏見稲荷だ。全国には約8万の神社がある中で、その3分の1は稲荷神社といわれている。日本三大稲荷を自称するところも多く、豊川稲荷も自ら名乗っている(もうひとつを祐徳稲荷としている)。

 鎌倉時代の1441年、東海義易禅師が本尊に千手観音菩薩を安置して、鎮守として自ら彫った豊川托枳尼真天を祀ったのが妙厳寺・豊川稲荷の始まりとされている。
 室町時代には今川義元が伽藍を整備した。上の写真の仁王門も今川義元が寄進したものだ。かなり年季が入っていていい味を出している。ただし、中の仁王像は昭和41年に作られたものなのであまりありがたみはない。
 私たちが訪れたのは日曜の夕方ということで人影もまばらでひっそりとしていた。正月は大変な人出で押すなおすなの大盛況になる。三が日だけで100万人が参拝に訪れるというから、かなりなもんだ。境内はかなり広めとはいっても熱田神宮や明治神宮のような広さはない。混雑はすごいことになるのだろう。
 仁王門の写真を撮った我々は、とりあえず境内をふらりと歩いてみようということになった。門が閉まる時間が近づいていることなどつゆ知らず。

豊川稲荷-3

 鎌倉時代の禅寺といえば、一般的に総門から主な伽藍が直線上に並んでいるのが基本スタイルだ。鎌倉で見た寺などはその典型例だった。ここは配置にかなり違和感がある。総門から仁王門、寺院の本堂である法堂までは直線なのだけど、お稲荷さんの豊川稲荷大本殿は斜め後ろにあって、門からの参道が不自然な角度に折れている。大小100以上あるという伽藍も法則性のない配置で、それをつなぐ参道は逆S字を描いているのだ。周回コースのようになっているから順番に見学していくには都合がいいにしても、方向感覚を見失いがちになる。中で迷って、自分たちの方向音痴ぶりをキツネのせいにする罰当たりな我々であった。
 最初からこういう配置だったのか、途中から増えていってこんなふうになったのか、そのあたりはよく分からない。豊川稲荷は神社仏閣の常識が通用しない不思議空間だ。
 鳥居があるのは当然稲荷さんのある本堂に続く参道の方で、写真に見えている左手の大きな建物はお寺の本堂に当たる。あとから考えたら、本体であるあちらにお参りするのを忘れていた。けっこうそういう人が多いかもしれない。

豊川稲荷-4

 本堂の前に着いたのは5時前で、扉を閉め始めていた。おいおい、もう店じまいかいと焦る。急いでお参りをすませようとする我々と、とっとと帰り支度をするお寺側の無言の攻防が展開された。豊川稲荷というところは、どうも不親切というか愛想がないと感じたのは、私と相性が悪かったせいだろうか。このあと寺の中に閉じこめられかけて泣きそうになったのは私たちのせいだとしても、お参りしてる間くらい扉を閉めるのを待っていてくれてもいいじゃないかと思った。一声かけてくれたらまた気分も違っていただろうし。
 本堂は、総欅造りで、20年以上かけて建てられたそうだ。高さは30メートルもあって立派なものだ。ただ、古いものは江戸時代に燃えてしまって、現在のものは1930年に再建されたものなので、歳月が生み出すありがたみというものは感じない。
 お稲荷さんとはいえ、ここは寺ということで柏手は打たず、礼のみの参拝となる。なにはともあれ、念願の豊川稲荷参拝を終えて、そろそろ帰ろうかと本堂をあとにした。裏手の伽藍を見つつ、入ってきた西門から出るつもりで。

豊川稲荷-6

 寺務所もまた立派な建物だ。禅の道場も兼ねているのだろうか。
 びっくりすのは、境内に丸ポストがあることだ。寺の中にポストがあるのは初めて見た。写真を撮ったときには気づかなかったけど、横にあるのは公衆電話か。

豊川稲荷-5

 小振りの三重塔などもある。高さは15メートルで、1531年に建てられたものだ。これはなかなかいい。伽藍の中ではこれが一番気に入った。
 右に少し写っているのは千本幟(のぼり)で、これがずらっと並んだ様子は雰囲気がある。稲荷さんだから赤かと思いきや、やっぱり寺なのでそのあたりは事情が違っているのだろう。

 このあと私たちは西門の手前で愕然とすることになる。自転車に乗ったおじさんが扉を閉めようとしているので慌てて走っていったら無情にも扉は目の前で閉ざされてしまったのだ。うわー、そんなー。開けてくださいとお願いしたら鍵を持ってないから無理だとあっさり断れた。なんてこった。5時に閉まるなんて、どこかに書いてあったのだろうか。北門は6時まで開いてるというのでややほっとした私たちだったけど、安心するのはまだ早かった。北門を探してうろうろしてるうちに道に迷ってしまい、いったん門の外に出たものの、まだそれは境内の中で、車の方に向かってぐるりと回ったら、あろうことか閉じている西門の前にもう一度出てしまったのだった。途方に暮れた。思い切って植え込みをよじ登って脱出しようとしたら、上の方に有刺鉄線が張り巡らしてあるではないか。なんて恐ろしい。私たちを出さないつもりか? 完全にキツネのせいにする私たち。総門の脇は確か8時くらいまで開いてると書いてあったのをちらっと見たからそちらから出ればよかったのだけど、そうすると車の方とはまったく逆方向だからすごく歩かなければいけなくなる。気を取り直してもう一度北門から出て、今度は駐車場の出入り口から出て、ようやく脱出に成功したのだった。いやはや、まいったね。本気で焦ったぞ。

豊川稲荷-7

 焦りと早足歩きで嫌な汗をかいた私たちは、隣の稲荷公園で夕焼けを見ながら一休みすることにした。吹き来る風が心地いい。ようやく人心地ついた。
 豊川稲荷にもう一度行く機会があるとは思えないから、豊川稲荷といえば閉じこめられかけた記憶がよみがえるに違いない。あそこは恐ろしいところだったという思い出が残った。あとになってみれば笑い話になるのだろうけど、本当に閉じこめられていたらシャレにならなかった。夕方の駆け込み参拝というのがよくなかった。
 この印象を打ち消すためには、やはりもう一度行くべきだろうか。あまりの焦りでおキツネさんがたくさんいる霊狐塚(れいこづか)に挨拶するのを忘れていた。それでキツネさんがいたずら心を出して私たちをこらしめたのかもしれない。次はちゃんと稲荷寿司を持っていかなくては。そして帰りは、豊川稲荷名物、味噌カツ稲荷を食べて帰るのだ。




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