 PENTAX K100D+smc PENTAX-DA 18-55mm(f3.5-5.6 AL), f8 1/320s(絞り優先)
普段は朝っぱらから散策するなんてことがめったにないから、夏といえどもしっかり咲いているアサガオを見る機会はほどんどない。私にとってアサガオ写真を撮ることは、簡単なようで難しい課題だったりする。けど、田舎の朝は早いから、否が応でもたたき起こされてしまい、高校野球を観ることくらいしかやることがなくて、午前中からふらりと出かけることになる。おかげでこの夏初めて、アサガオ写真を撮ることができた。 昔はどこの家でもよくアサガオを植えていたものだけど、最近は少なくなった。街中ではもちろん、田舎でもどこでもここでも咲かせているというわけではない。 夏休みの自由研究といえば、男の子は昆虫採集、女の子はアサガオの観察と相場が決まっていた。最近はどうなんだろう。今はいろんな小道具や情報があふれてるから、そんな古典的なことをする子供は少なくなっただろうか。ネットからなんでも好きなネタを集めることもできる。 今ふと思ったけど、このブログは自由研究に近いかもしれない。フィールドワークとして歩きながら写真を撮って、帰ってきて調べて、書いてまとめて提出するというスタイルだから。知らない間に私は毎日自由研究をしていたのか。昔は夏休みの宿題なんて面倒でやってられないと思ったけど、今ならクラス全員の自由研究と読書感想文を代わりにやってあげてもいいくらいだ。40日あれば40人分はできる。
アサガオは江戸時代に入ってから品種改良が盛んになって、現代に至るまで多くの品種と愛好家を生み出した。もともとは奈良時代に(平安時代という説も)遣唐使が中国から種を薬として持ち帰ったのが始まりとされている。 幻のバラといえば青いバラだけど、幻のアサガオといえば黄色いアサガオのことを指す。江戸時代には薄黄色のきれいなアサガオがあったと言われている。今はきちんと系統立ったものはないそうだ。そういえば黄色いアサガオは見たことがない。私は薄いブルーのアサガオが一番好きだ。
 サルスベリも夏を代表する花の一つだ。暑い時期にショッキングピンクの花はよく目立つ。 江戸時代の始めに中国南部から入ってきた。暖かい地方の花らしく、日本でも夏に好んで咲く。 サルスベリというのは、木の幹がツルツルでサルでも滑りそうだということでつけられた。だから猿滑りと表記する場合もある。ただ、一般的には百日紅と書く。7月から9月にかけて100日間も咲いている紅色の花というところからきている。白花もよく見かける。
 丹生大師の池は夏空を映し、鯉が泳ぎ、咲き残ったスイレンの姿がポツリポツリとあった。ここには亀もたくさんいたはずだ。トンボたちも飛び交って、水面に卵を産み付けていた。 子供の頃、ここでよく鯉にかっぱえびせんをやったのを覚えている。今考えると、かっぱえびせんは鯉にも池にもよくないだろうと思うけど、自分が食べるついでにあげたかっただけで、鯉のために家から食パンを持ってきてあげようとかそういうことではなかった。ベビースターラーメンとかもあげたかもしれない。
 今年もホテイアオイの池のわきにポツリとタカサゴユリ(高砂百合)が咲いていた。去年までは確か数本だったんじゃなかったか。今年は一本だった。 このユリだけは高嶺の花という品格はない。見た目もそうだし、雑草のようにどこにでも咲くたくましさがササユリやオニユリなどとは違う。伊勢自動車道の両脇にたくさん咲いているのもありがたみがない。種が風に乗って遠くまで広がって、排気ガスにも相当強いようだ。 もともとは台湾原産で、今は日本の帰化植物となった。高砂は台湾の原産地の地名だ。 沖縄などに咲くテッポウユリは大柄ながらもっと品がある。
 キツネノカミソリはヒガンバナ科ということで、ヒガンバナと同じく、花の時期は葉っぱがない。地面から唐突に突き出た茎の先に3、4個の花をつける。 名前はキツネを連想させる花色と、葉っぱの形が昔の剃刀に似ているところからきている。 お盆頃から9月にかけて、山辺の林のやや暗いところで咲いている。街中ではまず見かけない花になった。
 キツネつながりで、こちらはキツネノマゴ。小さい花だから、キツネのゴマと間違って覚えてる人もいそうだ。実際は狐の孫だ。花の上の穂状花序を狐の尾に見立てて、花が小さいから狐の子供ではなく孫としたという説がある。 歩く高さの視点ではその存在さえ目に入らないような小さくて目立たない花だけど、ぐっと近づいてよく見てみると薄ピンクで可憐な姿をしていることに気づく。道は歩くだけのためじゃない。たまには道ばたにしゃがんでみると、いろんな発見があるものだ。
 タンポポの出来損ないのように見えて、実はこれが普通の姿というベニバナボロギク(紅花襤褸菊)は、遠くアフリカからやって来た。よく似た姿で黄色いバージョンのノボロギクは、明治にヨーロッパから入ってきたとされている。 どちらも、花が咲くとすぐに出てくる白い冠毛がボロ(襤褸)のようだということから名付けられた。ボロ(襤褸)はボロボロという擬態語から生まれた言葉で、ぼろぞうきんや、ぼろが出るなどという表現が今でもよく使われる。 花は赤い部分で、これで全開だ。つぼみの状態ではない。 茎や葉は春菊に似た味と香りで、食べると美味しいそうだ。
 おまけ画像は、田舎にいたノラ。顔の大きさと体のサイズが合ってない。いろんなところでメシをもらっているらしく、いい体をしていて、人にも慣れている。でも姿形はいかにもノラという風情だ。
夏は花が少なくなる時期だけど、田舎に行けばやはりそれなりに咲いている。見慣れていて写真に撮らなかったものもある。一年を通して追いかけていれば、あの地区だけでも多くの花を見ることができるのだろう。住んでいる人にとってみればわざわざ追いかけて写真に撮るようなものではないのだろうけど、たまに行くと新鮮に映る。 実は一週間後にもう一度田舎に行くことになっている。10日間でも小さな変化はあるだろう。お盆を過ぎれば季節はまた一つ小さく進んで、秋に向かい始める。次はどこで何の写真を撮ろう。夏の終わりを予感させるような写真が撮れるといいなと思っている。
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