 PENTAX istDS+TAMRON 28-200mm(f3.5-5.6)
少し前に放送した「そこが知りたい特捜!板東リサーチ」で、志段味(しだみ)付近の庄内川でカワラナデシコが咲いているのが紹介された。まさか家の近所でまだナデシコが咲いている河原があるとは思ってもなかったので驚いた。 カワラナデシコといえば、大和撫子の語源ともなった可憐なピンクの花で、私の好きな野草ベストテンにも入っている。ぜひとも見に行かなければと思っていた。 昔はありふれた花だったカワラナデシコも、近年は野生のものはかなり貴重になっている。私も園芸品種以外では松平郷で半野生のものを見ただけで、純粋な野生は見たことがなかった。今日やっと時間を作れたので探しに行くことにしたのだった。 しかし、気になる点が二つあった。一つは咲いている場所が志段味橋付近という漠然とした手がかりしかないことと、もう一つはネットで読んだお盆あたりに草刈りをするから見るならその前という情報だった。これはちょっと厳しそうだ。それでもとりあえず行ってみないことには始まらないので、何はともあれ河原を歩いて探すことにした。 まずは大留大橋近くの路上に車をとめて、支流の内津川の河原から捜索を開始した。言うまでもなく、カメラを持って河原をうろついてるお仲間はいない。ひとりぼっちのカワラナデシコ探索隊だ。 探すこと15分、まったく気配すらない。そもそも花自体咲いてない。カワラナデシコがどんなところにどんなふうに咲くのかも知らない私としては、左右をキョロキョロしながら激しく探すより他に手がない。人が見たら完全に落とし物を探す人となっていた。もしくは、河原で石ころを拾って集めている変わり者と思われたかもしれない。 けっこう歩き回ったけど、結局内津川では見つからなかった。それ以外にもめぼしい収穫もなく、庄内川に移動することにした。
 花といえば、こんなヤブに咲く地味な花しか咲いてなかった。アレチハナガサっぽいけど、違う。どこかで名前を見た気がするのだけど、忘れてしまった。おそらく、南米からの帰化植物のクマツヅラ属の仲間だろうとは思う。 ミツバチにとっては魅力的な花のようで、小さい花から花へ飛び移ってせっせと密を集めていた。2週間の寿命の中で、休みなく働いてもティースプーン1杯分しか集められない彼らだから、それはもう必死だ。写真を撮られていることに気づいても、そんなのかまっちゃいられない。
 河原ではなく近くの小公園に咲いていたヒャクニチソウ(百日草)。 夏の暑い盛りの3ヶ月間にわたって咲いているところから名付けられた。いかにも夏らしい色合いのこの花は、メキシコからやって来た。園芸品種として品種改良も盛んで、様々な色や形のものが作り出されている。 ヒャクニチソウもコスモスも、同じメキシコ出身というのも面白い。夏向き、秋向きと全然キャラが違うけど、それぞれが日本に馴染んで、ずっと前からいたような顔をしている。
 捜索ポイントを志段味橋近くの庄内川河原に移してはみたものの、ここでもカワラナデシコの姿は見つけられなかった。川近くの砂地のような土壌に咲くとも思えないのだけどどうなんだろう。私は探す場所を決定的に間違えていたのだろうか。 ここも花は少なく、唯一咲いていたのはムラサキツメクサだけだった。同じピンク紫でもキミじゃないんだよなぁ、私の探してるのは。 川辺ではなく土手に咲いているのだとしたら、確かに草が刈り取られた様子だったから、もう刈られてしまったあとだったのかもしれない。機械で刈るだろうから、わざわざカワラナデシコだけ残して刈るとも思えない。人によっては貴重な野草も、別の人から見たらただの雑草だ。 ついにカワラナデシコ発見ならず。日没が近づき、捜索を断念。やはり訪れるのが遅かった。お盆の草刈りの前なら咲いていたのだろうか。残念無念、また来年だ。 帰宅後もう一度ネットで調べたところ、もう少し東の野添川の河原に咲いているという情報を得た。こちらは10月くらいまであるらしいから、機会を見つけてもう一度探しに行きたい。天然のカワラナデシコは今や、天然の大和撫子と同じくらい貴重なものだから、一度は自分の目で見ておきたい。園芸種のカワラナデシコなんてコスプレの巫女さんみたいなものなのだ。
 地平線近くの雲に太陽が隠れて、河原も夕暮れ時間となった。 日暮れの空を川面に映して、庄内川はゆっくりと流れている。
 雲が多い夕焼け空も、ドラマチックで悪くない。 今日の空はまだ秋の夕焼けという感じではなかった。夏の焼けない夕空だ。 昼間は暑い日が続いているけど、朝夕は少し涼しくなってきたから、夏ももう残り少なくなった。
 黒いはねをヒラヒラさせてオハグロトンボが川面を飛んで枯れ草に止まった。オハグロトンボがいるあたりに自然度の高さを感じる。街中の川ではめったに見られなくなった。 水面にたくさん見えている黒いツブツブはアメンボウだ。魚が口をパクパクさせてるのかと思ったら、無数のアメンボウが水の上を滑っていた。
 日も沈んだし、もう帰ろうか。母と娘でそんな会話を交わしていたのかもしれない。 河原の土手は、家路につく人、犬を散歩させる人、小さな子連れの親子たちが夕陽の中でシルエットになっていた。
 さて、私も帰るとするか。カワラナデシコは影も形もなく、これといった花や生き物の収穫もなかったけど、河原風景は撮れた。河原というのはなかなか絵になるシーンが多くていい。特に夕暮れ時はロマンチックでドラマチックだ。時間と共に移り変わっていく空と水の色に、通りかかる人間が彩りを添える。人がいる風景写真が一番好きな私としては、河原は写真を撮るのに最適な場所と言えそうだ。もしかしたら海よりも。 カワラナデシコは、秋までに再チャレンジしたいと思っている。だいたいあのあたりの様子も分かったから、もっと時間をかけて捜索の範囲を広げれば発見の可能性は高まる。 庄内川の河原で下を向いてキョロキョロしてる男を見かけても、何か落としましたかなどと声をかけず、遠くからそっと見守ってください。
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