 Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm f3.5-5.6 明日から東京行きなので、今日は写真を並べて寝てしまう。長々と書いている時間がない。でもただ写真を並べるだけでは芸がない。ここはひとつ、いつもとは違うデジで撮った写真にしてみよう。 ということで、NikonのD100の登場となった。あれ? 私そんなの持ってたっけ? 持ってませんよ、買いましたよ。しかもレンズは手ぶれ補正のVRレンズじゃないか。うーん、いつの間に。いろいろ経緯はあったんだけどその説明は省くとして、とにかく今手元にあるのでこうなったら使うしかない。おそらく所有期間はさほど長くはならないだろう。カメラも縁というのがあって、買えるときに買っておかないとそのまますれ違ってしまう。買えるときは買ってしまうのが正解なのだ。という、かなり強引な理屈をつけて自分を納得させた。 弟分であるD70との付き合いは短かった。どうも色合いがしっくりこなくて3、4回持ち出しただけで手放してしまったけど、あの頃はまだデジというものも写真というものもよく分かってなくて使いこなせなかっただけということもあった。チャンスが会ったらもう一度買い直そうと思っていたところにD100の値下がりというタイミングで出会うこととなった。どれくらい違うものなのか前から一度使ってみたいという思いもあった。 D70の感触はあまり覚えてないのだけど、D100の方がやはり作りは上だ。特にシャッターがいい。このマイルドテイストはE-1にも通じるものがある。PENTAXの入門機のようにパコーンなんて音はしない。 操作系はかなり煩雑で分かりづらい。設定できる項目も多くてマニュアルを読まないと使いこなせそうにない。この時代は中級機といえども半ばプロユースを想定して作られたものだろうから、こんな複雑なことになってしまったに違いない。Nikonというメーカーは特に独自性が強いから他のメーカーを使い慣れてると戸惑うことも多い。 あ、いけない、カメラ話をしてたら長くなってきた。今日の私は時間がないのだ。こんなおしゃべりをしてる場合ではないぞ。ここからはササッといこう。 なんて言いながら、明日出かける前にもう一回更新することになるかもしれないけど。
 道ばたや民家の前なんかで最近よく見かけるやつで、なんて花なのか気になっていた。こういうつぼみような咲き方なのか思ったら、この前咲いているところを見た。 調べてみると、どうやらチョウセンアサガオの一種のようだ。ただ、ヨウシュチョウセンアサガオ、シロバナヨウシュチョウセンアサガオ、アメリカチョウセンアサガオなど、いろいろ種類があるようで、これが何なのかまでは調べる時間がなかった。宿題とする。それに咲いているところも撮りたい。前に見たときはあまりにも人通りと車通りが多い場所で、バッグからデジを取り出して撮るのをちゅうちょしてしまったのだった。
 西日を受ける萩。ヤマハギだろうか。 萩に対しては特に思い入れもないけど、これを見ると否が応でも秋を思わずにはいられない。 そういえばそろそろ中秋の名月だ。来週の火曜だったか。おはぎも最近食べてないから、久しぶりに月を見ながら食べてみよう。思い出したら無性に食べたくなってきた。
 ここではまだ夏が頑張っていた。光を透かしたモミジアオイの赤がきれいだ。キバナコスモスも秋よりも夏のイメージが強い。晩夏から秋にかけて長く咲いている花ではあるけれど。
 特に意味はないけど、この風景はよく撮っている。東山方面だ。 24-120mmの広角はNikonの場合1.5倍だから36mmになる。ここ最近24mmの世界を知ったから、36mmが狭く感じる。望遠側が180mmだから、このレンズの画角は標準レンズとしては少し中途半端だ。もともとフィルム用に開発されたものだから仕方がない。
 この色合いはいかにもNikonの色だ。最近のNikonもD50、D80あたりからずいぶん鮮やかで抜けがいい方向性に変わってきてるけど、この頃のNikonはこんな色をしていた。良く言えば暖かい色、悪く言うと黄色く濁ってる。特に空の色がどうも気に入らなくてD70を手放したことを思い出した。このあたりの色合いはRAWで撮ってホワイトバランスや色合いを調節しても上手く好みの色に近づけることができない。画質というのは単に解像度やクリア感やノイズだけで決まるものではなく、メーカー特有の色味というものもある。それはいい悪いではなく、個人の好みの問題だ。私はやっぱりPENTAXの色が好きだとあらためて思う。Canonは抜けすぎて薄味すぎる。
 まともな夕陽の逆光で、不思議なゴースト(というのか)が出た。なんだこのびよ〜んと曲がった光の筋は。これは本体ではなくレンズの仕業だ。デジタル用のコーティングがされてないからだろう。個人的にはこういうのも嫌いじゃない。味として楽しめばいいと思ってる。 こういうコントラストの強いシーンはNikonが得意とするところだ。黒つぶれが出ても不自然じゃないシーンにおいては、他のメーカーにはない深い味わいが出る。
 個人的に懐かしのシーン。おととし2005年の3月に初めてレンズ交換式のデジタル一眼レフCanon D30を買ったとき、ここで試し撮りをした。あれはまだ愛知万博が始まる前だった。それと同じ場所に2年半ぶりに戻ってきたのは感慨深い。あのときと比べるとずいぶん画質は上がっている。デジの世代としてはD30もD100それほど変わってないけど、たぶん自分も少しは成長してるからだろう。 万博の2周年を記念して、22、23日の連休に愛・地球博記念公園で夜まつりが行われる。午後5時から9時まで(23日は8時まで)、外国料理店やグッズショップなど15店が出るそうだ。万博ロス症候群の愛知県民が大挙して押し寄せることとなるだろう。私も家にいたら行きたかったけど、その日は東京だ。
 VRレンズの手ぶれ補正効果はどうかといえば、効いてる感じはないけど効いてることは確かなようだ。Canonの手ぶれ補正はジージー小さくうなって頑張ってるなと分かるのだけど、Nikonは静かすぎて動いてるのかどうか分からない。でもオフにするとやっぱりブレるから動いてるのだろう。撮れた写真でも効果は認められる。まだ限界がどのあたりなのかまでは掴んでない。1/2秒でもけっこうブレたから、ボディに内蔵してるK100の方が効果は高そうだ。レンズ内補正だとファインダーで揺れを確認できるから使いやすいというのはある。
 やっぱり手ぶれ補正は効いてるようだ。これくらいの暗さでも止まってる。細い電線もつぶれずに残った。 けど、このレンズ、定価9万4,000円という割に描写は高級レンズとまではいかない。F値も3.5-5.6と暗いし、標準レンズにEDレンズと手ぶれ補正を加えただけといったところか。廉価レンズよりは数段上にしても、D70レンズキットのED18-70mmにも解像度で負けるかもしれない。
まあ、いろいろ書いたけど、おおむねD100はいいデジだと思う。入門機とは確かに違った存在感があるし、持ったときも撮るときもその気にさせてくれる。このあたりは言葉では上手く説明ができないのだけど、作り手の情熱と思い入れが使い手にも伝わるからだろうか。定価30万はダテじゃない。 何にしてももうしばらく使ってみないことにはなんとも言えない部分も多い。ちょっと手持ちのデジが増えすぎてるけど、整理するまで交代で使っていくことになるだろう。最終的にはPENTAXのK10D一本で落ち着きたいのだけど、Canonの20Dも捨てがたいし、一本化するのは難しそうだ。 東京はK100Dと最低限のレンズという軽装で行く。さて、どんな写真と出会えるだろう。
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