 PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm(f2.8-4)
目白駅を出て、学習院のある東へ向かって目白通りを進む。日本女子大を過ぎて少し行くと、左手にちょっと異様な姿をした銀色の建物が突然姿を現す。巨大建造物といっていいほどの大きさにもかかわらず、少し奥に引っ込んでいるから意外と目立たない。直前まで行ってなんだこれはと驚くことになる。 正式名称を東京カテドラル聖マリア大聖堂という。その存在自体はだいぶ前に地図で見つけて、ネットで建物の写真も見てずっと気になっていた。すぐにでも行きたかったのだけど、2007年の1月から9月まで大がかりな改修工事をしているとのことで、それが終わるまで待っていた。そして今回ようやく訪問の機会がやって来たのだった。 けど、目の前まで来て少しひるむ。巨大な建物が人を寄せ付けない雰囲気を放っている。一般人が入っていっていいものかどうか確信が持てない。ここ2年くらいでいくつかの教会を巡って、普通の人よりは教会に対して免疫ができている私でも、ここはちょっと戸惑った。ツレがいなければ引き返していたかもしれない。 でも大丈夫、入ってしまえばこっちのものだ。入ってはいけないのならこんなに大きく門は開いていないだろう。それに教会というところは、非信者が思っているよりもずっとオープンマインドなところなのだ。日本の神社仏閣と一緒と思えば何も恐れることはない。仏教徒じゃなくてもお寺は訪問者を拒んだりしない。門をくぐったとたんに自転車に乗った二人組の外国人にアナタハカミヲシンジマスカ? などと訊ねられるなんてこともない(それは宗教が違う)。 教会を見たら恐れず入って行くべし。迷わず進めよとアントニオも言っている。
 大聖堂の前に正装した男女が集まっていた。結婚式の招待客だ。その集団の間を颯爽と自転車で駆け抜ける我々。ちょっと恥ずかしいけど照れてはいけない。もしかしたら彼らは私たちをここの関係者と思ったかもしれない。観光のくせに自転車で教会に乗り付ける人はあまりいないだろうから。その自転車は写真の左下にしっかり写っている。 ここは広い無料駐車場も完備しているから、車で行くにもいいところだ。信者さんや結婚式に参列する人たち用だろう。 ここまで敷地内に入ったからには当然聖堂の中も見てみたい。けど、結婚式だ。これはさすがに入れないと判断すべきだろう。参列者に紛れ込むにはあまりにも普段着すぎた。Tシャツにマジックでネクタイを描いたくらいでは誤魔化せない。仕方がない、時間をおいて出直すことにする。その前に少しあたりを見学していくことにした。
 駐車場の反対側には聖母マリア像がある。フランスの巡礼地として有名なルルドの洞窟を模して作られたものだ。 1858年、フランスのルルドという田舎町に住む、ベルナデットという少女の前に聖母マリアが現れた。彼女の証言を巡って町中が大騒ぎになり、やがては教会を巻き込んでの騒動に発展する。マリア様を見たというのは嘘なのか本当なのか。しかし、少女がマリアから掘るように言われた場所を掘ってみると、そこからは泉がわき出した。そしてそれを飲んだ病人が次々に治るという奇跡が起きた。その噂を聞きつけた人々がフランス中から訪れるようになり、教会もついにその事実を認めるようになった。少女ベルナデットはその後シスターとなるも病気のため35歳で死んでしまう。けど30年後、遺体を掘り返してみると埋葬時のままの姿を保っていたことからベルナデットは聖女として認められたのだった。 現在ではルルドを目指して世界中から年間500万人もの人々が巡礼に訪れるようになった。 東京カテドラルのルルドの洞窟には泉の仕掛けはなかった。水道水の蛇口のようなものがあったけど出てなかったから、あれは信者さんの儀式用か何かなのかもしれない。日本らしくここから温泉でもわき出たらよかったんだけど。
 司祭の家や司教館などはさすがに関係者以外立ち入り禁止となっていた。ただ、柵や門があるわけではないので、近づこうと思えば誰でも近づけてしまう。東京の街中とは思えない無防備さというか大らかさだ。
 1887年(明治20年)、この地に「聖母仏語学校」が開かれたのが始まりだった。その後名前が「まいかい塾」、「関口教会」と変わり、1899年に最初の大聖堂が建設された。1920年には大司教聖堂(カテドラル)となる。 カトリック教会には地域の区分があって、日本は16の教区に分かれている。それぞれに司教がいて、司教が儀式をするときに座る椅子のことをギリシャ語でカテドラといい、そのカテドラのある教会をカテドラルと呼んでいる。要するに地区の元締めみたいなものだ。名古屋は千種の布池教会がそのカテドラルに当たる(名古屋カテドラル聖ペトロ・聖パウロ司教座聖堂)。 最初の大聖堂は第二次大戦の空襲で焼けてしまい、現在のものは1964年に西ドイツケルン市の信者たちの寄進などで再建されたものだ。 設計はフジテレビや東京都庁の設計でも有名な丹下健三。同時期に担当した代々木体育館との類似も指摘される斬新なデザインだ。21世紀とも言える外観だけど、これを40年以上前にデザインしていた丹下健三はやはりただ者ではない。 しかしその丹下デザインには大きな欠点がある。斬新すぎるデザインと素材使いから雨漏りがひどいというのだ。雨漏り丹下とまで呼ばれている。東京都庁も中は相当ガタガタで、修繕するくらいなら新しいものを建て直した方が安く済むというし、代々木体育館や立教大旧図書館なども同様の症状に悩まされているという。東京カテドラルの大改修もそれが原因で、外観の全面張り替えで費用が8億円もかかってしまった。もう亡くなってしまった大物建築家だから今更文句も言えないけど、悪く言えば欠陥住宅だ。いくらデザインがよくても、10年もしたら雨漏りしてくるような建物では困る。 それはともかくとして、このデザインはやっぱり近くで見てもすごいと思う。近すぎると全体が見えなくてよく分からない。外壁は複雑な曲線を描いていて、上空から見ると十字の形をしている。その屋根は採光面となっていて、入り込んだ光が十字架を浮かび上がらせる仕掛けになっているそうだ。 高さ39.4m。10階建てのビルに相当する高さだ。 外装はステンレス・スチール張りの鉄筋コンクリート造りで、内部には柱が一本もないという特殊な構造をしている。 内装は壁がコンクリートのうちっぱなしで、床は大理石、壁面の上部には黄色いステンドグラスが張られている。 鐘塔は大聖堂よりも更に高い61.68メートル。写真ではゆがんでいるように見えるけど、実際に4つの面がねじれている。これまた変わったデザインだ。 鐘は高いところに4つ並んでいて西ドイツから輸入したものだそうだ。どういう仕掛けで鳴らしているのだろう。
 戻ってきてみると、結婚式も終わって人もいなくなっていた。それではいよいよ中にお邪魔することにしよう。 っと、扉が開かない! 木の扉は固く閉ざされていて我々を拒む。やっぱり一般人は入れないのかとあきらめかけたとき、横の通用門らしきところから入っていく二人組がいた。私たちも便乗だということであとをついていって潜入に成功した。 実はもともとこちら側しか開いてなくて、基本的に日中は誰でも自由に入れるようになっているらしい。儀式の途中でも入れるというのだけど、本当だろうか。もしかしたら関係のない結婚式のときでもこっそり参加してもいいのかもしれない。 内部は残念ながら撮影禁止となっている。人がいないときにお願いすれば撮らせてくれるという話もあるのだけど、このときはけっこう人がいて、真剣にお祈りしてたので写真を撮ってるような雰囲気ではなかった。 中は静謐という言葉ぴったり当てはまるような空気感で、コンクリート特有の冷たさが神聖につながっている。それも設計時の狙いだったのだろうか。木の造りの方が温もりを感じるから私は好きなのだけど、これはこれで悪くない。私が知っている布池教会や多治見修道院とはまた違った神聖さがあった。しばらく座っておとなしくしてると心が浄化されていくようだ。 建物が大きいだけに中も広い。ここで結婚式を挙げるなら、参加者の多いカップルじゃないと寂しいくらいになりそうだ。数百人は収容できる。 葬儀も行われることがあって、設計の丹下健三や(2005年)、吉田茂元首相もここで執り行われた。 見所としてはまず、パイプオルガンがある。ここは音響効果も計算して設計されていて、初代のパイプオルガンは 松任谷由実の「翳りゆく部屋」(1976年)で使われたことでも知られている。 二台目は2004年に完成した。教会用パイプオルガンとしては日本最大のもので、この建築に合わせてオランダで制作されたそうだ。この日は演奏者が練習をしていて、その音色を聴くことができた。かなりの大音響で、神々しくもある。 他には、祭壇のマリア像、聖フランシスコ・ザビエルの胸像、洗礼室などがある。中でも私が一番胸を打たれたのが、ピエタ像のレプリカだった。原寸大のものをフィレンツェに制作を依頼して1973年に贈られたものだそうだ。 老いた天才ダ・ヴィンチと若き天才ミケランジェロは、絵画と彫刻とどちらが優れた芸術かということを巡って子供のようなケンカをしていたけど、ピエタ像を見たダ・ヴィンチが心を打たれなかったはずがないではないかと、そのときはっきり実感として分かったのだった。最初に見たときは内心恐れおののいたんじゃないだろうか。 レプリカであの衝撃度ということは、本物を見たら私はどうなってしまうのだろう。確実に泣くからフィレンツェまで見に行くのはやめよう。
 外に出てきて、ふーとため息が出て、ひとつ大きく深呼吸をした。無意識のうちに、濃密な空気感に息を詰めていたらしい。通常の空気のところに出てきてホッとした。山登りから登山口に戻ってきたときのような感じだ。 表では外国人の信者さんらしき人たちが集まってきていた。ポルトガル人とかそっち方面の人たちだっただろうか。欧米か!(もう古い) この日は曇り空で、青空をバックにした写真を撮れなかったのが少し心残りだった。教会には真っ青な青空がよく似合う。灰色の空だと銀色の建物だからモノトーンになって、少しまがまがしいような感じになった。夕焼けのときもいいのだろうけど、西の空は建物が太陽を隠してしまうから、夕焼けをバックに撮ることはできないかもしれない。機会があればもう一度外観の写真だけ撮りに行きたい。
 色のない写真ばかりだったから、一枚くらいは色のある写真も入れておこう。急にこんな派手な色を見ると目が驚いてしまう。教会の中の花壇に咲いていたこの花はなんだろう。
教会は信者だけのものではない。無神論者が観光気分で訪れてもいい場所だ。神社仏閣へ行くように。みんな神様を信じて神社へ行ってるわけではないだろう。教会だって同じことだ。 東京カテドラルは、ちょっと入って行きづらいと感じるかもしれないけど、全然平気だ。ずんずん中に入っていっても大丈夫。木の扉の罠に引っかからず、横から入っていけることに気づけば勝ちだ。あの木の扉の前で引き返してしまったという人もいるんじゃないだろうか。だとしたらもったいないことをした。 ここは東京観光のひとつとしてオススメできる。丹下健三の建築物を見て、中に入って非日常的な空気に包まれてみれば、いい感じの脱力感と満足感を味わうことができるだろう。神様がいてもいなくても、そんなことは関係ないのだ。
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