 Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II
伊良湖の夜に手持ち花火をした。吉良のワイキキビーチでやり残したものだ。 もはや10月で完全に季節外れとなった花火だけど、花火はいつの季節でも楽しいということを発見した。冬でも春でもかまわない。花火は夏しかしてはいけないというような思い込みで損をしている。寒さの中で震えながらやる花火はどうなんだという気はするけれど。 手持ち花火写真はやっぱり難しい。二度目だからもう少し上手く撮れるかと思ったけど、実際は前回からほとんど進歩がなかった。適正なシャッタースピードがどうも掴めない。花火によってもそれぞれ違ってくるし、花火の時間は意外と短いからとっさには変更できない。やってる場所が暗いから、デジ本体のダイヤルなどもよく見えないのだ。 手持ち花火撮りの結論としては、とにかく偶然に賭けろということだ。適当にシャッタースピードを変えながらパシャパシャ連写していれば、たまたま面白い感じに写ることがあって、それでいいのだと思う。打ち上げ花火のように計算しては撮れない。 それに、そもそもが自分で花火をやりながら同時に撮るということに無理がある。いうなれば、テーブルでウエイターとして注文を聞いて、厨房で調理して、また自分で料理を出しに行って、レジまでやるようなものだ。忙しくてしょうがない。ツレがいたからそちらで写真は撮ったのだけど、一人手持ち花火撮影は無理ということがよく分かった(そんなことする人はめったにいない)。
 最初は絞り優先で撮っていて、また前回のように弾ける光写真になってしまった。 暗闇の中の花火というのはデジの計算の中には入っていない特殊な状況だから、明るさをちゃんと判断できない。デジはコントラストの強いシーンが苦手で、暗がりと花火の光はほとんどありえないくらのコントラストのきつさだ。デジタル測光では明るい部分に引きずられて、シャッタースピードが速くなってしまう。 スポット測光にしたらどんな判断になるのだろう。試してみたいけど、もう手持ち花火は残っていない。来年の課題となった。
 このときはどうしたわけかシャッタースピードが遅くなって、明るい部分が白く飛んだ。
 青い光がきれいな花火もあった。どんな成分を燃やしているのだろう。 でも、ガスコンロの火も青いから、青い火自体は特に驚くべきことではないか。花火で青は少し珍しいから、おおっと思うけど。
 光の飛び散り方は線香花火っぽいけど違う。線香花火の親玉みたいなやつだ。
 こちらは線香花火。繊細な光の様子が懐かしくもあり、今見ても新鮮だ。やっぱり線香花火はいいなと思う。 右に見えている光はロウソクの光だ。浜辺は風が強いからすぐに消えてしまうのだけど、ツレが砂浜に穴を掘ることを思いついた。これはいいアイディアだった。ある程度の深さまで掘れば少々の風では火が消えなくなる。
 吹き出し花火に移った。でもこれは完全にシャッタースピードが速すぎる。光が粉になってしまった。 けど、狙いでやれば面白い写真になるんじゃないか。宇宙の星空のような写真になるかもしれない。
 ここでようやく絞り優先モードからシャッタースピード優先モードに切り替えることを思いついた。これで1/20秒くらいだっただろうか。なるほどこうなるか。 こうして撮ってみると、これが必ずしも正解ではないことが分かる。これはこれで成立するけど、光の粒もあれはあれで花火の写真だ。言い方を変えれば、シャッタースピードのコントロールによって写真というのは変わるということだ。特に花火の場合は表現の幅が広い。狙ってできるようになるには、もう少し経験が必要だ。
 秋の手持ち花火撮影大会はこうして終了した。いくつかの発見と課題を残して。 花火も花火撮りも面白い。あらためてそう思った。機会があればまたやりたい。花火セットの中で、打ち上げ花火系のものが残った。これは音がうるさいから人がいたり民家が近いところではできない。近所迷惑になる。人がいなくなった冬の海岸ででもやることになるだろうか。 どうやって撮ったらいいのか、今のところイメージはない。打ち上げ花火、下から撮るか、横から撮るか。横向きに打ち上げたものを流し撮りで撮るというのはどうだろう。かなり高度なテクニックが必要となるけど、面白そうだ。海に向かって打ち上げたものを狙って撮るというのもよさそうだ。ミサイルめいたものになるのだろうか。 考えてたら楽しみになってきた。今年中にやれたらやろう。
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