 Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6
花鳥園編も今日ですでに5回目となった。今週末は東京に行くから、キリのいいところで今週いっぱいを花鳥園ネタとしたい。写真の整理がやっと終わって見返してみると、まだまだ使いたい写真がある。全部を使う必要はないにしても、そのまま埋もれさせておくのも残念だ。なるべくここに載せて無理矢理にでも見ていただきたい。頼んでもいないのに自分の娘の写真を見せたがるお父さんのように。かわいいだろうとか言われてもー。あれよりは少しましと思うけど。 今日は鳥と人の触れ合い編というテーマで写真を集めてみた。一枚目に人は登場してないけど、これは後ろの説明書きに意味がある。この写真を見て初めて私は気づいた。100円というのは、エサ代ではなく、「ふれあい体験料」であったということに。確かにエサを持っていれば鳥は寄ってきてくれるわけで、だからエサというのはあくまでもそのきっかけ作りのためのものだったのだ。エサ代が100円とはちょっと高いぞと思ったけど、ふれあい代と思えば納得した。タダではさわらせないぞということだ。もちろん、鳥のエサを家から持っていってはいけない。 それにしてもこの写真の鳥は面白い。顔だけ派手であとは真っ黒って。顔も黒かったらカラス同然で、当然花鳥園の仲間には入れてもらえなかった。日本のカラスもこんな顔をしてたら今よりももう少し人気者になっていただろうに。
 やっぱりオオハシさんは最高だ。見た目のインパクトといい、人なつっこい性格といい、大きなクチバシで器用にエサをほおばるしぐさのユニークさといい、こいつを肩に乗せて街を歩いたら注目の的になること間違いなしだ。今までそういう人を見たことがないから、今やれば日本で初めてオオハシさんを肩に乗せて歩く人になれるチャンスだ。私はやらないけど、誰かやって欲しいと思う。私はその人の写真を撮りたい。
 モモ乗りインコ。肩に乗るくらいだから体にも足にも乗ってくる。頭にまで乗ってくるのは限られるけど。 しかし、どうやってこんなにも慣らしたんだろう。子供の頃から人にエサをもらっていたら自然とこんなふうになるんだろうか。それとも、飼育員さんが1匹ずつヒナから手塩にかけて手乗りインコに育て上げているとでもいうのか。ちびっこギャングの客も当然いるわけで、やつらは追いかけたりいろいろ無茶なことをするから、多少は人間に対して警戒心も芽生えるだろうに、ここの鳥たちはそういうそぶりがほとんどない。不自然なほど人間を恐れてない。 そのあたりの謎については、次に行ったときに飼育員さんに訊ねてみることにしよう。そういえば、温室の中にヒナもいなかったから、そのあたりの事情も訊いてみたい。裏で別に育てているのだろうか。
 やたら手足や服をかじってきたこの鳥さん。名前は知らない。 クチバシが長くてカーブを描いている。これじゃあ固形のエサは食べられないんじゃないかと思いきや、クチバシの先でくわえたと思った瞬間飲み込んでしまった。すごい吸引力だ。オオハシさんのようにクチバシをスイングして口の中に放り込むというスタイルではない。自然界では何を食べてるやつなんだろう。 自然の進化というのは様々な方向性を持っていて面白い。同じ鳥でもこんなにも考え方が違うものかと感心する。鳥として生きると決めたなら、だいたい同じような姿形になりそうなものだけど、どこで暮らして何を食べるかによって形態は大きく違ってくる。進化というのは不思議なものだ。
 いいものを見せてもらった。笑えた。でもこれは特別なシーンではなく、園内の至る所で展開されている光景なのだ。みんなが2、3羽のマイインコを体のどこかしらにくっつけながら歩いている。掃除中のおじさん、おばさんにまでインコはたかっていて、もう慣れっこになっているようで意に介してない。 おじさんの向こうではさりげなくクジャクが木に登っている。野生のものは木に登って眠るそうだけど、動物園なんかでは地面を歩いてる姿しか見たことがない。やっぱり木の上も好きなんだ。 次の目標としては、クジャクを肩に乗せることだ。これはかなり高度な技なので花鳥園でも成功してる人を見なかった。羽を広げたクジャクを頭に乗せることができたなら、私の周りに人の輪ができて記念撮影会になるのは間違いない。
 ピンク色のフラミンゴと、その隣に座っていたおばさまが期せずしてちょっとフラミンゴっぽかった。フラミンゴ三姉妹と呼ぼう。完璧を期すなら、靴もピンクにして欲しかった。その要求に応えてくるのは林家ペーパー夫妻くらいしかいないか。
 ミミズクを撮るおじさんその1。こいつはフォトジェニックな鳥だから、見ると誰もが撮りたくなる。 この前「エキサイトマッチ」を観ていたら、どこかの国のボクサーでミミズクの異名を持つ選手が出てきた。ジョー小泉さんが教えてくれた。 やはり外国ではミミズクというのは猛禽というイメージが定着しているようだ。日本ではフクロウの仲間はフクロウという名前でひとまとめにされていて、森の中でホーホーと鳴く物静かな鳥というイメージが一般的なものとなってしまっている。でも、花鳥園でフクロウショーを見れば、その思い込みが間違いだったことが分かる。目つきからしても優しい鳥なんかじゃないのは一目瞭然だ。
 ミミズクを狙うおじさんその2。 どういうところから来ているのか、スーツ姿のおじさんたちもけっこういた。平日だから観光という感じでもなかったけど、何かのツアーみたいなものだったのか。まさか、仕事途中のセールスマンが息抜きで花鳥園に来ていたとかそういうことはないだろうな。確かにここに来れば仕事のことも忘れて気持ちがなごむには違いないけど。 週末は家族連れが多いのだろう。だから、平日は団体客がけっこういるのかもしれない。そういえば、駐車場に石川かどこかのマイクロバスもとまっていた。私が知らなかっただけで、掛川花鳥園というのは全国に知れ渡った存在なのだろうか?
 フクロウショーではみんな飛ぶフクロウに目を奪われて無防備な顔になりがちだ。そんな顔が誰かの写真の中におさまってしまっている。この女の人なんかも絵に描いたようなおおー顔になっていた。決して王監督のモノマネをしているわけではない。 隣のおじさんがまたいい。何故かフクロウを見ず下を向いている。酔っぱらった輪島功一に見えなくもない。手には食べかけのソフトクリームを持っている。 花鳥園は大人も童心に返る。動物園よりもその傾向が強いのは、生き物との距離がより近いからだろう。みんな昔は子供だった。鳥たちと触れ合うことで無意識のうちにそんな昔の自分に帰るのかもしれない。
 車椅子に乗ったお年寄りも多かった。アニマルセラピーというのがあるけど、生き物を近くで見たり触ったりすることで心の癒し以上のものが得られるということがある。それは単に精神的なものというわけではなく、数値としてもはっきり脳波や血圧などに表れる。人は生き物と触れ合うことで心が穏やかになるようにできているのだ。昔は当たり前のように生活空間に同居していた動物たちが、今では縁遠くなって人の心が殺伐としてきたということもあるに違いない。 心がギスギスしてきたようなときは海もいいけど動物もいい。心のささくれを取ってくれる効果がある。普通の動物園よりも触れ合いがあるところの方が効果は大きい。そういう意味でも花鳥園というのはオススメできる場所だ。加茂さんには頑張ってもらって、更に花鳥園を全国展開していっていただきたいと思う。今のところ4つあるけど、どこも遠くてなかなか行けない。できれば名古屋か、東京近郊のどこかに作ってもらえないだろうか。でもあまり近かったら頻繁に行き過ぎてエサやり貧乏になってしまいそうだ。入園料は1,050円でもエサ代や触れ合い代で倍くらいになってしまうから油断できない。花鳥園、侮りがたし。 そんなわけで、花鳥園編はまだ続くのであった。
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