現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
掛川花鳥園の鳥網羅大作戦へ向けて撮影快調 ---花鳥園編第6回
2007年11月01日 (木) | 編集 |
花鳥園その他鳥-1

Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6



 掛川花鳥園にはこれまで紹介した以外にもまだたくさんの鳥たちがいる。すべてを撮ったわけではないけど、今日はまだ登場してないメンバーを集めてみた。
 上の写真は、アフリカレンカクという鳥だ。名前の通りアフリカの水辺で暮らしている。
 最大の特徴は、浮いている葉っぱの上でも自由自在に歩き回ることができる能力だ。軽い体重に加えて、長い足と指で重さを分散させてひょいひょいと草や葉の上を歩いていく。忍者ハットリくんみたいだ。その様子は一見の価値があり、見ると驚くだろう。器用な鳥もいるもんだ。

花鳥園その他鳥-2

 グリーンティー色をしてトサカを立てた鳥は、ギニアエボシドリだ。ムジエボシドリという名前で呼ばれることもある。西アフリカの海岸線近くで生息している。
 名前は特徴的なトサカ(冠羽)が烏帽子(えぼし)のように見えるところから来ている。烏帽子なんていってもすぐに思い浮かぶ人は少ないと思うけど、平安貴族が蹴鞠とかをするときにかぶっているあの帽子のことだ。
 派手すぎず地味すぎない渋い色合いが素敵。なかなか美しい鳥で見ていて飽きない。目の周りの赤いふちどりと白いラインもお洒落だ。

花鳥園その他鳥-3

 昔から馴染みのあるセキセイインコに似ているけど、やっぱり違う。模様が南国風で派手だ。
 ふとセキセイインコのセキセイってどういう意味だろうと疑問に思って調べたところ、由来を知ってずっこけそうになった。最初に日本に入ってきたインコが黄色と青色だったため、背が黄と青(せい)インコということでセキセイインコになったんだそうだ。なんだそりゃ。
 もともとはオーストラリアの野生にいるインコだったというのもさっき初めて知った。漠然と日本で品種改良された鳥のようなイメージを持っていた。オーストラリアへ行ってインコの群れを見ても驚くことはない。カゴから抜け出したインコが群れになっているわけではない。

花鳥園その他鳥-4

 周りでセイタカシギたちがせわしなく動き回っているのを尻目に、中之島のようなところででんとして動かないのは、クラハシコウさん。休むときは足を変な風に半分折り曲げているからそんなに大きく見えないけど、コウノトリの仲間では最大の大きさになる。立つとちっちゃいおっさんくらいある。145センチというから池乃めだか師匠と同じくらいだ。
 アフリカの水辺にいて、魚や虫、カエルやトカゲなどを食べている。
 12時から魚のエサやり体験があったのだけど、誰もやってなくて私もなんとなくやりそびれてしまった。次回はぜひやろう。魚を投げると上手にキャッチするんだそうだ。
 名前は、クチバシの黄色い部分を鞍に見立てて鞍端黄。

花鳥園その他鳥-5

 水鳥の池には見慣れないカモがいた。これはアカツクシガモだろうか。日本の野生にはめったにいないはずだ。ここの池のものは、飼っているやつなのか外から飛んできたやつなのかよく分からない。交雑もかなり進んでいるように見える。
 アカツクシガモは、ユーラシア大陸に広く分布するカモで、北部で繁殖をして、冬はインドや東南アジアで越冬する。日本にも冬に稀に飛んでくるらしい。
 花鳥園では常連のような大きな顔をして他のカモたちに混じってエサをもらったり泳いだりケンカしたりしていた。本人たちにとってみれば、自分が特別珍しい存在だという自覚はないのだろう。他のカモやアヒルたちのことも仲間と思ってるんだろうか。

花鳥園その他鳥-6

 これはなんだろう。全然分からない。こんなカラーリングのカモは図鑑でも見たことがない。なんとなく自然の配色ではないような気もする。日本には来ない外国のカモなのか、交雑種なのか、それとも私が知らないだけで有名なカモなんだろうか。
 ここで見るカモは信用できないというか、疑ってかからないとだまされそうな危うさがある。

花鳥園その他鳥-7

 また珍しいカモ発見と思いきや、これはオシドリのメスか。でも、なんとなく模様が違ってるような気がしないでもない。
 オシドリといえば普通は冬に渡ってくる渡り鳥だけど、動物園でも飼っていることがあるくらいだからオールシーズン日本でも暮らしていけるのだろう。花鳥園のものも渡ってきたものではなさそうだ。野生のものはたいてい山の方の川や池など人けの少ないところへ行く。あえてこんな混雑する小さな池にはやってこないだろう。

花鳥園その他鳥-8

 こちらはお馴染みのオスのオシドリだ。自然環境の中で見るとすごくありがたみがある鳥だけど、こんな大部屋水槽で見ると他のカモの中に埋もれてしまう。なんとなくニセモノっぽささえ感じる。でもオシドリはこれが基本色で間違いない。
 愛知県の設楽というところに「おしどりの里」というのがあって、野生の渡りのオシドリを半ば餌づけしてたくさん呼んでいるところがある。毎年数百羽訪れるという。おととしも去年も一度行ってみたいと思いつつ行けなかった。今年もまた行けそうにない。来年の春に渡っていくまで日本にいるから、今シーズンはまだチャンスがあるか。でも、掛川でこんなに触れるほど間近で見てしまうと、双眼鏡で遠くにいるのを観察するだけでは物足りないかもしれない。

 こうして撮ってきた写真を見返してみると、撮りこぼしたものや、やり残したことがあることに気づく。全種類の鳥を網羅できてないし、ふれあいの小道でのイベントも雨で逃した。写真としてももっと上手く撮りたかったという悔いが残っている。来年の冬になるか春になるか、またもう一度行くことになるだろう。ブログのネタに困ったら行くといいかもしれない。一度行けば一週間はつなげる。
 花鳥園編は今回で6回目となった。もう鳥は一通り出尽くしたから、あとは花鳥園紹介などの番外編が一回とプラスアルファになりそうだ。
 更につづく。


明治村が生み出す光と影 ---明治村で撮る<第一回>
2007年11月01日 (木) | 編集 |
明治村光と影編-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4



 昨日もちらっと書いた通り、明治村へ行ってきた。おととしに2回行って以来、もう一度行きたいいきたいと思いつつ時は流れた。今週はJAF割引で半額になるということで、ようやく行くことができた。1年半前は、まだ一眼の前のE-10だった。あのときのことはよく覚えている。
 明治村というところは、被写体に困らない一方、写真を撮るのは難しいところだ。建物の外観をきれいに撮ることはできても、人より上手に撮ろうとするととたんに難易度が上がる。当たり前に撮っても面白くないし、奇をてらうと独りよがりになってしまう。実力が試されるところでもあり、自分の上達度をはかるのに最適の場所でもある。
 私は一年半でどれくらい撮れるようになっただろう。楽しみ半分、不安な気持ち半分で明治村に向かったのだった。
 今回のテーマは、明治村そのものを撮るのではなく、明治村を素材と捉えていかに写真らしい写真を撮るか、というものだった。明治村を撮るのではなく明治村で撮るということを意識した。建物の外観写真は前回でほぼ撮りきったからもういい。機材が変わった分、あのときよりはきれいに撮れるだろうけど、結局同じような写真になってしまう。
 だから、あえて広角レンズは捨てて、Takumarの50mm(f1.4)の単焦点一本勝負でいった。35mm換算で75mmという画角はやや中途半端なのだけど、このレンズはよく使っているから、だいたい感覚は掴めている。
 たくさん撮ってきた中で、今日は光と影という主題のものを並べてみる。この日は午後の途中まで光の支援があって、夕方は残念ながら焼けなかった。光というものが写真にとっていかに重要な要素かということを今回もまた思い知ることとなった。

明治村光と影編-2

 日本赤十字社中央病院病棟の廊下(名古屋衛戌病院の方だったかもしれない)。
 窓から光が差し込む穏やかな午後。かつてはこの廊下を無数の病人やけが人が行き来し、看護師や医者が駆け回ったことだろう。今は廊下の板がきしむ音だけが無人の病棟に響き渡る。

明治村光と影編-3

 遠足で訪れた小学生たちが帝国ホテルの玄関ではしゃいでいた。昔は決してあり得なかった光景だ。天下の帝国ホテルにお行儀の悪いちびっこが入れるはずもない。
 老体となって引退した帝国ホテルは今何を思うのか。にぎやかなのをかえって喜んでるだろうか。ここに来たら、もう取り壊される心配はない。半永久的に建ち続けることになっている。フランク・ロイド・ライトも安心してるだろうか。

明治村光と影編-4

 ブラジル移民住宅の天井からぶら下がっていた裸電球。今は日本でも裸電球というのは使わなくなった。私の子供の頃は三重の田舎で使っていたけど、いつの間にか姿を消していた。
 遠く日本からブラジルに渡っていった移民の暮らしはどんなだったのだろう。厳しかったと話には聞いているけど、実際にどれくらい厳しいものだったのかは実感としては分からない。
 夜、暗い部屋を明るく照らす電球の明かりは、貧しいながらも楽しい我が家と思えただろうか。

明治村光と影編-6

 移民住宅に当たる木漏れ日が優しかった。ブラジルでは照りつける太陽がもっと厳しかっただろう。
 けど、こんな二階建ての家を建てられるくらいだから、それなりに成功者の家ということか。そう思うと救いはある。

明治村光と影編-5

 光仮面のようなこの光はなんだか分かるだろうか。灯台の光源だ。昔はこんなのがクルクル回って光を放っていたのだ。直視してもそんなにまぶしくないから、当時の灯台はけっこう暗かったのだろう。

明治村光と影編-7

 西郷隆盛の弟・西郷従道邸の食卓。主のいなくなったテーブルは、時を止めたまま動かない。あれからもう100年も経ってしまった。
 食器はノリタケだった。名古屋人の私はそれがちょっと嬉しかった。別に西郷兄弟のファンとかではないけれど。

明治村光と影編-8

 三重県尋常師範学校・蔵持小学校の机と窓の外。テーブルの小ささと椅子の低さに流れた時の多さを思い知る。自分も小学生の頃はこんなにも小さかったのかと。
 この空間は明治村の中でも人気の高い場所で、みんなここで多かれ少なかれしんみりしていく。ずっと忘れていた小学校の感覚がよみがえる。

明治村光と影編-9

 東松家住宅の日暮れ時。
 油屋から銀行屋になったこの住宅は、増改築で平屋だったものを強引に三階建てにしている。
 昔の商家の面影を色濃く残していて、個人的に好きな建物だ。中に入ると落ち着く感じがある。

明治村光と影編-10

 第四高等学校物理化学教室の廊下。
 どこもそうだけど、人が使ってない建物というのはどうにも暗い印象を受ける。単に光の明るさが足りないというのではなく、活気というものがないから重苦しい。陽気さがまるでない。ここは科学の講義室のようなところなのでよけいにそんな感じがあった。だいたい人のいなくなった夜の校舎は恐いもので、歳月が経っていればなおさらだ。
 考えてみると、日没後の明治村はけっこう恐ろしい。当時使っていた建物をそのまま移築してるから、亡霊ももれなくついてきているかもしれない。日が落ちて暗くなってからは、いろんな人種の霊が騒ぎ出して大変な賑やかさだったりするのだろうか。とりあえず今回の写真にそういうものは写り込んでないと思うけど。

 写真の出来不出来は最終的に判断するとして、しばらくは明治村写真を出していこうと思っている。今週は花鳥園との二本立てだ。


まだまだ続く掛川花鳥園シリーズ第5回は鳥と人との触れ合い編
2007年11月01日 (木) | 編集 |
花鳥園の鳥と人-1

Nikon D100+VR Nikkor ED 24-120mm F3.5-5.6



 花鳥園編も今日ですでに5回目となった。今週末は東京に行くから、キリのいいところで今週いっぱいを花鳥園ネタとしたい。写真の整理がやっと終わって見返してみると、まだまだ使いたい写真がある。全部を使う必要はないにしても、そのまま埋もれさせておくのも残念だ。なるべくここに載せて無理矢理にでも見ていただきたい。頼んでもいないのに自分の娘の写真を見せたがるお父さんのように。かわいいだろうとか言われてもー。あれよりは少しましと思うけど。
 今日は鳥と人の触れ合い編というテーマで写真を集めてみた。一枚目に人は登場してないけど、これは後ろの説明書きに意味がある。この写真を見て初めて私は気づいた。100円というのは、エサ代ではなく、「ふれあい体験料」であったということに。確かにエサを持っていれば鳥は寄ってきてくれるわけで、だからエサというのはあくまでもそのきっかけ作りのためのものだったのだ。エサ代が100円とはちょっと高いぞと思ったけど、ふれあい代と思えば納得した。タダではさわらせないぞということだ。もちろん、鳥のエサを家から持っていってはいけない。
 それにしてもこの写真の鳥は面白い。顔だけ派手であとは真っ黒って。顔も黒かったらカラス同然で、当然花鳥園の仲間には入れてもらえなかった。日本のカラスもこんな顔をしてたら今よりももう少し人気者になっていただろうに。

花鳥園の鳥と人-2

 やっぱりオオハシさんは最高だ。見た目のインパクトといい、人なつっこい性格といい、大きなクチバシで器用にエサをほおばるしぐさのユニークさといい、こいつを肩に乗せて街を歩いたら注目の的になること間違いなしだ。今までそういう人を見たことがないから、今やれば日本で初めてオオハシさんを肩に乗せて歩く人になれるチャンスだ。私はやらないけど、誰かやって欲しいと思う。私はその人の写真を撮りたい。

花鳥園の鳥と人-3

 モモ乗りインコ。肩に乗るくらいだから体にも足にも乗ってくる。頭にまで乗ってくるのは限られるけど。
 しかし、どうやってこんなにも慣らしたんだろう。子供の頃から人にエサをもらっていたら自然とこんなふうになるんだろうか。それとも、飼育員さんが1匹ずつヒナから手塩にかけて手乗りインコに育て上げているとでもいうのか。ちびっこギャングの客も当然いるわけで、やつらは追いかけたりいろいろ無茶なことをするから、多少は人間に対して警戒心も芽生えるだろうに、ここの鳥たちはそういうそぶりがほとんどない。不自然なほど人間を恐れてない。
 そのあたりの謎については、次に行ったときに飼育員さんに訊ねてみることにしよう。そういえば、温室の中にヒナもいなかったから、そのあたりの事情も訊いてみたい。裏で別に育てているのだろうか。

花鳥園の鳥と人-4

 やたら手足や服をかじってきたこの鳥さん。名前は知らない。
 クチバシが長くてカーブを描いている。これじゃあ固形のエサは食べられないんじゃないかと思いきや、クチバシの先でくわえたと思った瞬間飲み込んでしまった。すごい吸引力だ。オオハシさんのようにクチバシをスイングして口の中に放り込むというスタイルではない。自然界では何を食べてるやつなんだろう。
 自然の進化というのは様々な方向性を持っていて面白い。同じ鳥でもこんなにも考え方が違うものかと感心する。鳥として生きると決めたなら、だいたい同じような姿形になりそうなものだけど、どこで暮らして何を食べるかによって形態は大きく違ってくる。進化というのは不思議なものだ。

花鳥園の鳥と人-5

 いいものを見せてもらった。笑えた。でもこれは特別なシーンではなく、園内の至る所で展開されている光景なのだ。みんなが2、3羽のマイインコを体のどこかしらにくっつけながら歩いている。掃除中のおじさん、おばさんにまでインコはたかっていて、もう慣れっこになっているようで意に介してない。
 おじさんの向こうではさりげなくクジャクが木に登っている。野生のものは木に登って眠るそうだけど、動物園なんかでは地面を歩いてる姿しか見たことがない。やっぱり木の上も好きなんだ。
 次の目標としては、クジャクを肩に乗せることだ。これはかなり高度な技なので花鳥園でも成功してる人を見なかった。羽を広げたクジャクを頭に乗せることができたなら、私の周りに人の輪ができて記念撮影会になるのは間違いない。

花鳥園の鳥と人-6

 ピンク色のフラミンゴと、その隣に座っていたおばさまが期せずしてちょっとフラミンゴっぽかった。フラミンゴ三姉妹と呼ぼう。完璧を期すなら、靴もピンクにして欲しかった。その要求に応えてくるのは林家ペーパー夫妻くらいしかいないか。

花鳥園の鳥と人-7

 ミミズクを撮るおじさんその1。こいつはフォトジェニックな鳥だから、見ると誰もが撮りたくなる。
 この前「エキサイトマッチ」を観ていたら、どこかの国のボクサーでミミズクの異名を持つ選手が出てきた。ジョー小泉さんが教えてくれた。
 やはり外国ではミミズクというのは猛禽というイメージが定着しているようだ。日本ではフクロウの仲間はフクロウという名前でひとまとめにされていて、森の中でホーホーと鳴く物静かな鳥というイメージが一般的なものとなってしまっている。でも、花鳥園でフクロウショーを見れば、その思い込みが間違いだったことが分かる。目つきからしても優しい鳥なんかじゃないのは一目瞭然だ。

花鳥園の鳥と人-8

 ミミズクを狙うおじさんその2。
 どういうところから来ているのか、スーツ姿のおじさんたちもけっこういた。平日だから観光という感じでもなかったけど、何かのツアーみたいなものだったのか。まさか、仕事途中のセールスマンが息抜きで花鳥園に来ていたとかそういうことはないだろうな。確かにここに来れば仕事のことも忘れて気持ちがなごむには違いないけど。
 週末は家族連れが多いのだろう。だから、平日は団体客がけっこういるのかもしれない。そういえば、駐車場に石川かどこかのマイクロバスもとまっていた。私が知らなかっただけで、掛川花鳥園というのは全国に知れ渡った存在なのだろうか?

花鳥園の鳥と人-9

 フクロウショーではみんな飛ぶフクロウに目を奪われて無防備な顔になりがちだ。そんな顔が誰かの写真の中におさまってしまっている。この女の人なんかも絵に描いたようなおおー顔になっていた。決して王監督のモノマネをしているわけではない。
 隣のおじさんがまたいい。何故かフクロウを見ず下を向いている。酔っぱらった輪島功一に見えなくもない。手には食べかけのソフトクリームを持っている。
 花鳥園は大人も童心に返る。動物園よりもその傾向が強いのは、生き物との距離がより近いからだろう。みんな昔は子供だった。鳥たちと触れ合うことで無意識のうちにそんな昔の自分に帰るのかもしれない。

花鳥園の鳥と人-10

 車椅子に乗ったお年寄りも多かった。アニマルセラピーというのがあるけど、生き物を近くで見たり触ったりすることで心の癒し以上のものが得られるということがある。それは単に精神的なものというわけではなく、数値としてもはっきり脳波や血圧などに表れる。人は生き物と触れ合うことで心が穏やかになるようにできているのだ。昔は当たり前のように生活空間に同居していた動物たちが、今では縁遠くなって人の心が殺伐としてきたということもあるに違いない。
 心がギスギスしてきたようなときは海もいいけど動物もいい。心のささくれを取ってくれる効果がある。普通の動物園よりも触れ合いがあるところの方が効果は大きい。そういう意味でも花鳥園というのはオススメできる場所だ。加茂さんには頑張ってもらって、更に花鳥園を全国展開していっていただきたいと思う。今のところ4つあるけど、どこも遠くてなかなか行けない。できれば名古屋か、東京近郊のどこかに作ってもらえないだろうか。でもあまり近かったら頻繁に行き過ぎてエサやり貧乏になってしまいそうだ。入園料は1,050円でもエサ代や触れ合い代で倍くらいになってしまうから油断できない。花鳥園、侮りがたし。
 そんなわけで、花鳥園編はまだ続くのであった。




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