 PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4
ひとり明治村の秋。それもまたよし。 明治村は建物だけでなく訪れる人もまた被写体となる。だから私はここが好きなのだ。何度行っても撮るものに事欠かない。 今日は人がいる明治村風景の写真を集めてみた。ここに来て写真を撮ると、自分がどういう写真を撮りたいのかが確認できる。今日並べた写真が私の撮りたいものなんだと思う。
 ひとりで訪れている女の人が意外といるのが明治村だ。ここではそれがけっこう絵になる。違和感はない。動物園にひとりで来ている女性を見るとおおっと思うけど、明治村だとそんなことはない。一眼を持った女性もよく似合う。 明治の古い建物を集めた野外博物館というのは人を選ぶ。友達でもつき合ってくれない可能性はある。だからひとりで訪れている人がけっこういるんだろうか。好きな人にとってはこんなに楽しいところはないのだけど。
 上品なおばさまふたり連れを見たとき、私はしまった、失敗したと思った。明治村には明治村にふさわしい格好があるということに気づいたから。 長袖Tシャツにコットンパンツという自分の服装を反省した。これではいけない。全然明治らしくない。明治村に行くなら、自分もまた風景の一部としての責任を持たなくてはいけない。自ら演出を壊すのは無粋というものだ。 次回はきちんとした格好で行こう。ハットをかぶってつけ髭を付けてステッキを振り回しながら写真を撮っている男がいたら、それは私かもしれない。ヘアースタイルはもちろん、ざん切り頭だ。見つけたらとりあえず頭をたたいてみてください。文明開化! と言ったらそれは当たりです。何をするんだコラ! とか怒ったらハズレです。
 明治村の敷地面積は約100万平方メートル。その中に70近い建物が移築展示されている。上の写真のようにわりと点々としてるから、一日で全部回るのはけっこう大変だ。今回はちょっと急ぎ足で写真を撮って回って4時間かかった。これはひとりで回ったときの所要時間だから、ふたり以上になるともっと時間はかかることになる。ひとりならトントン回っていける。 デートにも悪くない。女の人が嫌じゃなければ楽しめると思う。落ち着いた感じのカップルが多くて、チャラチャラしたギャルとかは見かけない。ただ、コスプレイヤーなんかがけっこう訪れているそうで、ゴスロリとかの撮影会になって問題を起こしているという話も聞く。
 この日は小学生の遠足か社会見学かでちびっ子が大挙して押し寄せていた。一つの小学校ではなく、何グループも重なったようで、帝国ホテルの前などは小学校の運動場のような様相を呈していた。小学生人口が爆発。こんな明治村の風景を初めて見たので新鮮だった。そしてなんか笑えてしょうがなかった。こんなに大勢の小学生の中に中に紛れ込んだのは、自分が小学生のとき以来かもしれない。 しかしちびっこって元気だ。意味もなく走り回っている。子供と大人の違いは、無駄に走るか走らないかの違いと言ってもいい。大人になると意味もなく走ることがなくなる。
 こちらのチビちゃんたちは真面目に建物見学をしているグループのようだった。無駄口も叩かず整然と歩きながら建物を見て回っていた。黄色い帽子をみんなかぶって同じ格好をしてるから、これが遠足時の正装なのか。私立の小学生だったかもしれない。 私は上の写真の側だった。社会見学でリトルワールドに行ったときも、見学などせずに広場でずっと野球をやっていた。子供の頃からこんな昔の建築物に興味を持つなんてかえっておかしい。趣味として渋すぎる。でも、こういうことでもきちんと取り組んで、しっかりレポートを書く小学生もいるのだ。どっちがいい大人になって人生を楽しめるかは分からない。私としては、そのときどきで自分がやりたいことをやるのが一番だと思ってはいるけど、それが正解かどうかは分からない。
 若い夫婦とその子供のスリーショット。親としては若すぎて軽い感じがするんだけど、こういう風景も私は好きだ。若いくせにかっこいいと思う。 このあと、子供がカメラを持って若い両親を撮っていた。それを見て、そういえば自分が子供の頃はそういう発想ってなかったなと思った。旅行に行って自分が両親を撮った写真というのは記憶にない。今は子供でもデジカメや携帯で日常的に写真を撮る時代だ。子供は撮られる専門というのは昔の話となったらしい。
 歳を取っても一緒に明治村へ行ける女友達がいるということは素敵なことだ。どこへ行ってもおばさま連れやグループは多くて、おじさんは少ない。おじさんは仕事で疲れていて暇もないと言うかもしれないけど、女の人の方がずっといろんなものを見て体験して吸収しようという向上心がある。おじさんだって気持ちさえあればどこへだって出向いていけるのだ。おじさんの友達が連れ立って明治村へ行くなんてことがあってもいい。
 和小物の店を見て回るカップル。ちょっといい感じ。 私は食い気優先で明治村特製カステーラをおみやげに買って帰った。
 親子ほど年の離れたふたり連れが気になった。というのも、私が回っていたコースのすぐ先を行っていて、行くところいくところで出会ってしまったから。 歳はかなり離れていたけど親子という感じはなかったからカップルだったのか。それとも仲良し父娘だったのだろうか。
 いいシーンに出会えた。京都市電を撮ろうとしたら記念撮影をする先客がいて、ちょうどいいやとそれも含めて撮ってみた。写真に入ってしまってすみませんねと謝られたけど、いえいえむしろ入ってもらって喜んだ私なのです。おかげでお気に入りの写真になりました。 写真にはこういう幸運な偶然が必要不可欠だと私は思っている。テクニックも大事だし、計算された写真もいいのだけど、自分ひとりの力だけではいい写真にはならない。いろんな要素が幸運にも集まったとき、そこでいい写真が生まれる。協力してくれた要素に感謝する気持ちが大切だ。 自分が好きな写真といい写真は必ずしもイコールではなくて、たいてはいい写真を撮ろうとやっきになりすぎるか、言い訳をするように自分の好きな写真に逃げ込むかどちらかになりがちだ。でも、両立させる道も必ずあるはずなのだ。自分が気に入って人にも喜ばれる写真というのが確かにある。そういう写真を目指すことが誠意なんじゃないかと今の私は思っている。自分のためだけでなく、人を感心させるためだけでもない、自分も人もいい気分にさせるような写真が撮りたい。
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